古事記 草薙の太刀~原文対訳

八俣大蛇 古事記
上巻 第二部
スサノオの物語
草薙の太刀
出雲国
原文 書き下し
(武田祐吉)
現代語訳
(武田祐吉)
爾速須佐之男命。  ここに速須佐の男の命、 依つてスサノヲの命は
乃於湯津爪櫛取成
其童女而。
その童女をとめを
湯津爪櫛ゆつつまぐしに取らして、
その孃子おとめを
櫛くしの形かたちに變えて
刺御美豆良。 御髻みみづらに刺さして、 御髮おぐしにお刺さしになり、
告其
足名椎
手名椎神。
その
足名椎、
手名椎の神に告りたまはく、
その
アシナヅチ・
テナヅチの神に仰せられるには、
汝等。 「汝等いましたち、 「あなたたち、
釀八鹽折之酒。 八鹽折やしほりの酒を釀かみ、 ごく濃い酒を釀かもし、
且作廻垣。 また垣を作り廻もとほし、 また垣を作り廻して
於其垣作八門。 その垣に八つの門を作り、 八つの入口を作り、
每門結八佐受岐。
〈此三字以音〉
門ごとに
八つのさずきを結ゆひ、
入口毎に
八つの物を置く臺を作り、
每其佐受岐
置酒船而。
そのさずきごとに
酒船を置きて、
その臺毎に
酒の槽おけをおいて、
每船盛
其八鹽折酒
而待。
船ごとに
その八鹽折の酒を盛りて
待たさね」とのりたまひき。
その濃い酒をいつぱい入れて
待つていらつしやい」と仰せになりました。
     
故隨告而。 かれ告りたまへるまにまにして、 そこで仰せられたままに
如此設備待之時。 かく設まけ備へて待つ時に、 かように設けて待つている時に、
其八俣遠呂智。 その八俣やまたの大蛇をろち、 かの八俣の大蛇が
信如言來。 信まことに言ひしがごと來つ。 ほんとうに言つた通りに來ました。

每船
垂入己頭。
飮其酒。
すなはち
船ごとに
己おのが頭を乘り入れて
その酒を飮みき。
そこで
酒槽さかおけ毎に
それぞれ首を乘り入れて
酒を飮みました。
於是飮醉。
留伏寢。
ここに飮み醉ひて留まり
伏し寢たり。
そうして醉つぱらつてとどまり
臥して寢てしまいました。
     
爾速須佐之男命。 ここに速須佐の男の命、 そこでスサノヲの命が
拔其所御佩之
十拳劔。
その御佩みはかしの
十拳とつかの劒を拔きて、
お佩きになつていた
長い劒を拔いて
切散其蛇者。 その蛇を切り散はふりたまひしかば、 その大蛇をお斬り散らしになつたので、
肥河
變血而流。
肥ひの河
血に變なりて流れき。
肥の河が
血になつて流れました。
     
故。切其中尾時。 かれその中の尾を
切りたまふ時に、
その大蛇の中の尾を
お割きになる時に
御刀之刄毀。 御刀みはかしの刃毀かけき。 劒の刃がすこし毀かけました。
爾思怪。 ここに怪しと思ほして、 これは怪しいとお思いになつて
以御刀之前。 御刀の前さきもちて 劒の先で割いて
刺割而見者。 刺し割きて見そなはししかば、 御覽になりましたら、
在都牟刈之大刀。 都牟羽つむはの大刀あり。 鋭い大刀がありました。
故。取此大刀。 かれこの大刀を取らして、 この大刀をお取りになつて
思異物而。 異けしき物ぞと思ほして、 不思議のものだとお思いになつて
白上於
天照大御神也。
天照らす大御神に
白し上げたまひき。
天照らす大神に
獻上なさいました。
是者
草那藝之大刀也。
〈那藝二字以音〉
こは
草薙くさなぎの大刀なり。
これが
草薙の劒でございます。
八俣大蛇 古事記
上巻 第二部
スサノオの物語
草薙の太刀
出雲国

草薙の太刀の象徴性

 
 
 ヤマタ大蛇から剣が出てきたのは、八幡とかかりヤマトの製鉄(タタラのタタリ)。続く因幡はその補強材料。ちなみに古事記は大和に朝廷がある時に書かれている。
 足名椎・手名椎はタタラ鍛冶。
 巳の内の剣で、己の身内に飲み込んでいる痛み、酒を飲んで忘れて寝る。

 肥の河が血になりとは、人が傷つきすぎて体験を肥やしに糧にしきれない。
 
 蛇から出た剣、というわけで邪剣。

 この視点は渡来のもの(太安万侶はどこから見ても渡来系の名)。古事記は徹底して野蛮な権力暴力とそれを皮肉る滑稽(おかしさ)と弱者の悲しみとこれらをやわらげる歌の心で描かれ、公の正史としての日本書紀は翼賛で書かれる。
 
 

参照:平家物語11巻・剣

 
 尊あはれに思し召し、この少女をゆつつま櫛にとりなし、御髪にさしかくさせ給ひ、八の舟に酒を入れ、美女の姿をつくつて、たかき岡に立つ。

 

 その影酒にうつれり、大蛇人と思つてその影をあくまでのんで、酔ひ臥したりけるを、尊はき給へる十つかの剣を抜いて、大蛇をくだくだに切り給ふ。

その中に一の尾にいたつて切れず。尊あやりと思し召し、たてさまにわつて御覧ずれば、一の霊剣あり。これをとつて、天照大神に奉り給ふ。

 

 「これは昔、高天原にて我が落としたりし剣なり」とぞ宣ひける。
 大蛇の尾の中にありける時は、村雲常におほひければ、あまの村雲の剣とぞ申しける。御神これを見て、あめの宮の御宝とし給ふ。