枕草子43段 虫は

あてなる 枕草子
上巻中
43段
虫は
七月ばかりに

(旧)大系:43段
新大系:40段、新編全集:41段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず、混乱を招くので、三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:50段
 


 
 虫は、鈴虫。ひぐらし。蝶。松虫。きりぎりす。はたおり。われから。ひを虫。蛍。
 

 蓑虫、いとあはれなり。鬼の生みたりければ、親に似てこれも恐ろしき心あらむとて、親の、あやしき衣ひき着せて、「いま秋風吹かむをりぞ来むとする。待てよ」と言ひおきて、逃げて往にけるも知らず、風の音を聞き知りて、八月ばかりになれば、「ちちよ、ちちよ」とはかなげに鳴く、いみじうあはれなり。
 

 額づき虫、またあはれなり。さるここちに道心おこしてつきありくらむよ。思ひかけず、暗き所などに、ほとめきありきたるこそをかしけれ。
 

 蝿こそ、にくきもののうちにいれつべく、愛敬なきものはあれ。人々しう、かたきなどにすべきものの大きさにはあらねど、秋など、ただよろづのものにゐ、顔などに、ぬれ足してゐるなどよ。人の名につきたる、いとうとまし。
 

 夏虫、いとをかしうらうたげなり。火近う取り寄せて物語など見るに、草子の上などに飛びありく、いとをかし。
 

 蟻は、いとにくけれど、軽びいみじうて、水の上などを、ただ歩みに歩みありくこそをかしけれ。