枕草子106段 二月つごもり頃に

殿上より 枕草子
上巻下
106段
二月つごもり頃
ゆくすゑ

(旧)大系:106段
新大系:102段、新編全集:102段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず、混乱を招くので、三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:110段
 


 
 二月つごもり頃に、風いたう吹きて空いみじう黒きに、雪少しうち散りたるほど、黒戸に主殿司来て、「かうて候ふ」と言へば、寄りたるに、「これ、公任の宰相殿の」とてあるを、見れば、懐紙に、
 

♪15-2
 少し春ある 心地こそすれ
 

とあるは、げに今日のけしきにいとようあひたるも、これが本はいかでかつくべからむ、と思ひわづらひぬ。「たれたれか」と問へば、「それそれ」といふ。みないと恥づかしきなかに、宰相の御答へを、いかでかことなしびに言ひ出でむ、と心ひとつに苦しきを、御前に御覧ぜさせむとすれど、上のおはしまして大殿籠りたり。主殿司は、「とくとく」と言ふ。げに遅うさへあらむは、いととりどころなければ、さはれとて、
 

♪15
 空寒み 花にまがへて 散る雪に
 

と、わななくわななく書きてとらせて、いかに思ふらむとわびし。これがことを聞かばやと思ふに、そしられたらば聞かじとおぼゆるを、「俊賢の宰相など、『なほ内侍に奏してなさむ』となむ、定め給ひし」とばかりぞ、左兵衛督の、中将におはせし、語り給ひし。