枕草子119段 あはれなるもの

冬は 枕草子
上巻下
119段
あはれなる
正月に

(旧)大系:119段
新大系:114段、新編全集:115段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず、混乱を招くので、三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:123段
 


 
 あはれなるもの 孝ある人の子。よきをとこの若きが、御嶽精進したる。たてへだてゐて、うちおこなひたる暁の額、いみじうあはれなり。むつまじき人などの、めさまして聞くらん、思ひやる。詣づる程のありさま、いかならんなど、つつしみおぢたるに、たひらかに詣で着きたるこそいとめでたけれ。烏帽子のさまなどぞ、すこし人わろき。なほいみじき人と聞こゆれど、こよなくやつれてこそ詣づと知りたれ。
 

 右衛門の佐宣孝といひたる人は、「あぢきなき事なり。ただきよき衣を着て詣でんに、なでう事かあらん。必ずよもあやしうて詣でよと、御嶽さらに宣はじ」とて、
 三月つごもりに、紫のいと濃き指貫、白き襖、山吹のいみじうおどろおどろしきなど着て、隆光が、主殿の助なるには、青色の襖、紅の衣、すりもどろかしたる水干といふ袴を着せて、うちつづき詣でたりけるを、かへる人も今詣づるも、めづらしう、あやしき事に、すべて、むかしよりこの山に、かかる姿の人見えざりつ、と、あさましがりしを、四月一日にかへりて、六月十日の程に、筑前の守の辞せしに、なりたりしこそ、げにいひにけるにたがはずも、ときこえしか。これはあはれなる事にはあらねど、御嶽のついでなり。
 

 男も女も、若くきよげなるが、いとくろき衣着たるこそあはれなれ。
 九月つごもり、十月一日の程に、ただあるかなきかに聞きつけたるきりぎりすの声。
 庭鳥の、子いだきてふしたる。秋ふかき庭の浅茅に、露の、色々の玉のやうにておきたる。夕暮れ暁に、河竹の風に吹かれたる、めさまして聞きたる。また、夜などもすべて。山里の雪。思ひかはしたる若き人の中の、せくかたありて、心にもまかせぬ。