光源氏の和歌 221首:源氏物語の人物別和歌

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光る源氏

 

 光源氏の和歌221首。全795首の約3分の1(28%)を占める圧倒的歌人。光源氏が一般通説的、光る源氏が有力学説的な表記。後者が本来と思う。

 

 光る源氏、さらには源氏物語と著者・紫式部を代表する和歌を次の2首とする。

260 みをつくし恋ふるしるしにここまでも
 めぐり逢ひけるえには深しな
396 唐衣また唐衣唐衣
 かへすがへすも唐衣なる

 260「めぐり逢ひ」は紫式部集1・百人一首57の枕詞、かつ源氏物語における唯一の「めぐり逢」で議論の余地がないほど運命恋歌歌風を表し、396「唐衣」で男性学者的にはありえない発想を示す。この「めぐり逢ひ」という歌詞が紫式部集先頭歌の枕詞にある以上、上記の源氏の用法を無視し、「はやうよりわらは友だちなりし人に、年ごろへて行きあひたるが、ほのかにて、十月十日のほど、月にきほひて帰りにければ」という詞書の「友だち」三文字のみから女友達というのは、ありえない本末転倒解釈。だから「ほのかにて」を、ほのかな(淡い)恋心の心象と解せず、時間的僅少性または視覚的不分明性などとアクロバティックにひねり回す即物的観念論を展開している。議論が深まったどころか、その方向の議論を深めるほど混迷が深まる。

 

 また当時は和歌が上手いとモテた説は的外れなおじさん達の願望で、基本死が近づいたと感じた高齢者(昔は40歳前後)の遺言的趣味でしかない。仮にモテたことがあってもそれを一般化するのは、一つしかない例外を正当化するために立てられた業平並みにお馬鹿な一面的推論に過ぎず、一般にも光源氏のモテ要素は和歌能力と結び付けられていない。若者同士の恋歌贈答も、素養ある者が晩年になり人生の粋を集めて懐古的に戯曲化したもの。源氏物語も紫式部集もまさにそのような作品だし、源氏独詠最多の須磨と源氏最期の幻がほぼ同じ12首で、源氏の独詠割合が有意に高い(一人で物語全体の独詠110首の半分を占める)のも、以上のロジック全てひっくるめた象徴的投影といえる。

 

 

  巻名

源氏の和歌:221首・巻別相手内訳
相手を想定しない独詠のみ源氏表記、唱和は0.1カウント

最初最後の相手に色づけ

1 桐壺
2 帚木 3(
3 空蝉 1(
4 夕顔 4(夕顔)、3(源氏)、2(空蝉)、1×2(中将の君、軒端荻)
5 若紫 5(尼君=紫祖母)、1.1×2(僧都:尼君兄、源氏)、1×4(藤壺、少納言乳母、忍びて通ひたまふ所、紫の上)、0.1(聖)
6 末摘花 4(末摘花)、3(源氏:うち一首に大輔命婦が独答)、1×2(頭中将、侍従の君)
7 紅葉賀 3(源典侍)、2×2(藤壺、頭中将)、1×2(王命婦=藤壺付女房、源氏
8 花宴 4(朧月
9 4(源氏)、2×3(紫の上、六条御息所、大宮=葵と頭中将の母)、1×3(源典侍、頭中将、朝顔)
10 賢木 5(藤壺)、3(六条御息所)、2(朧月夜)、1.1(源氏)、1×4(斎宮、紫の上、朝顔、頭中将)、0.1×2(親王=藤壺兄、藤壺付女房:王命婦)
11 花散里 1×2(花散里方女房麗景殿女御=花散里姉)
12 須磨 12.1(源氏)、2×5(紫の上、朧月夜、藤壺、六条御息所、頭中将)、1.1(右近将監)、1×4(大宮=葵と頭中将の母、花散里、冷泉院、五節)、0.1×2(良清、惟光)
13 明石 8(明石の君)、3(源氏)、2×2(紫の上、明石入道)、1×2(朱雀院、五節
14 澪標 3(明石の君)、1×6(宣旨の娘、紫の上、花散里、惟光、源氏、斎宮
15 蓬生 1×2(源氏末摘花
16 関屋 1(
17 絵合 1(の上
18 松風 1×3(明石尼君、明石の君、冷泉院)、0.1×3(源氏+頭中将②+左大弁
19 薄雲 2(明石の君)、1×3(紫の上、源氏、斎宮)
20 朝顔 3×2(朝顔源氏)、1×2(源典侍、紫の上)
21 乙女 1×2(朝顔、五節)、0.1(源氏+朱雀+蛍宮+冷泉
22 玉鬘 1×3(玉鬘、源氏、末摘花
23 初音 1×2(紫の上源氏
24 胡蝶 3(玉鬘)、1(蛍宮
25 1×2(花散里玉鬘
26 常夏 1(
27 篝火 1(
28 野分 1(
29 行幸 1×4(冷泉院、玉鬘、末摘花、頭中将
30 藤袴
31 真木柱 3()、1(源氏)
32 梅枝 1.1(蛍宮)、1(朝顔)、0.1×4(源氏+柏木+夕霧+紅梅)
33 藤裏葉 1(中将
34 若菜上 2×2(紫の上、朧月夜)、1×2(玉鬘、女三宮)
35 若菜下 1×4(明石尼君、紫の上、女三宮、朧月夜
36 柏木 1(三宮
37 横笛 1(源氏)
38 鈴虫 2(女三宮)、1(冷泉院
39 夕霧
40 御法 1×2(頭中将、斎宮)、0.1×3(紫の上、源氏、明石姫君
41 12(源氏)、2(中将の君②)、1×5(蛍宮、明石の君、花散里、夕霧、導師)

 

 

源氏の相手:人物別集計
  人名 歌数
唱:0.1
1 源氏:独詠.唱和 50.7
2 紫の上 16.1
3 明石の君 15
4 玉鬘 13
5 朧月夜 11
6 藤壺 10
7 頭中将 10
8 空蝉 7
9 末摘花 7
10 六条御息所 7
11 朝顔 7
  上位10人・女率90%
12 尼君=紫祖母 5
13 源典侍 5
14 女三宮 5
15 冷泉院 4.1
16 夕顔 4
17 斎宮 4
18 花散里 4
19 蛍宮 3.2
20 大宮=葵の母 3
21 五節 3
  上位20人・女率85%
22 明石入道 2
23 明石尼君 2
24 中将の君② 2
25 北山の僧都 1.1
26 王命婦=藤壺付女房 1.1
27 右近将監 1.1
28 惟光 1.1
29 朱雀院 1.1
30 夕霧 1.1
31 中将の君① 1
32 軒端荻 1
33 少納言の乳母 1
34 忍んで通う所 1
35 侍従の君 1
36 花散里方女房 1
37 麗景殿:花散姉 1
38 宣旨の娘 1
39 導師 1
40 北山の聖 0.1
41 親王=藤壺兄 0.1
42 良清 0.1
43 頭中将② 0.1
44 左大弁 0.1
45 柏木 0.1
46 紅梅 0.1
47 明石姫君 0.1
  女率62% 214+7

 


 上記の傾向から、唱和は男の場合は仕事、女の場合は家族的関係による。

  原文
(定家本)
現代語訳
(渋谷栄一)
 

桐壺(きりつぼ) 0/9首

 
 

帚木(ははきぎ) 3/14首

  相手内訳:3(空蝉)
19
つれなきを
 恨みも果てぬ
 しののめに
 とりあへぬまで
 おどろかすらむ
〔空蝉←〕 あなたの冷たい態度に恨み言を十分に言わないうちに夜もしらみかけ
 鶏までが取るものも取りあえぬまであわただしく鳴いてわたしを起こそうとするのでしょうか
21
贈:
見し夢を
 逢ふありやと
 嘆くまに
 目さへあはでぞ
 ころも経にける
〔空蝉←〕 夢が現実となったあの夜以来、再び逢える夜があろうかと嘆いているうちに
 目までが合わさらないで眠れない夜を幾夜も送ってしまいました
22
帚木
 心を知らで
 園原の
 道にあやなく
 惑ひぬるかな
〔空蝉←〕近づけば消えるという帚木のような、あなたの心も知らないで
 近づこうとして、園原への道に空しく迷ってしまったことです
 
 

空蝉(うつせみ) 1/2首

  相手内訳:1(空蝉)
24
贈:独
空蝉
 身をかへてける
 のもとに
 なほ人がらの
 なつかしきかな
〔空蝉←〕 あなたは蝉が殻を脱ぐように、衣を脱ぎ捨てて逃げ去っていったが
 その木の下でやはりあなたの人柄が懐かしく思われますよ
 
 

夕顔 11/19首

  相手内訳:4(夕顔)、3(源氏)、2(空蝉)、1×2(中将の君、軒端荻)
27
寄りてこそ
 それかとも見め
 たそかれに
 ほのぼの見つる
 夕顔
〔夕顔→〕もっと近寄ってどなたかとはっきり見ましょう
 黄昏時にぼんやりと見えた美しい花の夕顔を
28
咲く花に
 移るてふ名は
 つつめども
 折らで過ぎ憂き
 今朝の
〔中将の君←〕 美しく咲いている花のようなそなたに心を移したという評判は憚られますが
 やはり手折らずには素通りしがたい今朝の朝顔の花です
30
優婆塞が
 行ふ道を
 しるべにて
 来むも深き
 契り違ふな
〔夕顔←〕 優婆塞が勤行しているのを道しるべにして
 来世にも深い約束に背かないで下さい
32
いにしへ
 かくやは人の
 惑ひけむ
 我がまだ知らぬ
 しののめの道
〔夕顔←〕昔の人もこのように恋の道に迷ったのだろうか
 わたしには経験したことのない明け方の道だ
34
夕露に
 紐とく花

 玉鉾の
 たよりに見えし
 縁にこそありけれ
〔夕顔←〕 夕べの露を待って花開いて顔をお見せするのは
 道で出逢った縁からなのですよ
36
見し人の
 煙を雲と
 眺むれば
 べの
 むつましきかな
〔源氏〕 契った人の火葬の煙をあの雲かと思って見ると
 この夕方の空も親しく思われるよ
38
空蝉
 世は憂きものと
 知りにしを
 また言の葉に
 かかる命よ
〔空蝉→〕あなたとのはかない仲は嫌なものと知ってしまいましたが
 またもあなたの言の葉に期待を掛けて生きていこうと思います
39
ほのかにも
 軒端の
 ばずは
 露のかことを
 何にかけまし
〔軒端荻:空蝉の継娘←〕 一夜の逢瀬なりとも軒端の荻を結ぶ契りをしなかったら
 わずかばかりの恨み言も何を理由に言えましょうか
41
泣く泣くも
 今日は我が
 下紐
 いづれの世にか
 とけてるべき
〔源氏〕泣きながら今日はわたしが結ぶ袴の下紐を
 いつの世にかまた再会して心打ち解けて下紐を解いて逢うことができようか
42
逢ふまでの
 形見ばかりと
 しほどに
 ひたすら袖の
 朽ちにけるかな
〔空蝉←〕再び逢う時までの形見の品ぐらいに思って持っていましたが
 すっかり涙で朽ちるまでになってしまいました
44
過ぎにしも
 今日別るるも
 二道に
 行く方知らぬ
 秋の暮かな
〔源氏〕亡くなった人も今日別れて行く人もそれぞれの道に
 どこへ行くのか知れない秋の暮れだなあ
 
 

若紫 12/25首

  相手内訳:5(尼君=紫祖母)、1.1×2(僧都:尼君兄、源氏)、1×4(藤壺、少納言の乳母、忍びて通ひたまふ所、紫の上)、0.1(聖)
47
初草
 若葉の上を
 見つるより
 旅寝の袖も
 露ぞ乾かぬ
〔尼君=紫祖母←〕初草のごときうら若き少女を見てからは
 わたしの旅寝の袖は恋しさの涙の露ですっかり濡れております
49
吹きまよふ
 深山おろしに
 夢さめ
 涙もよほす
 滝の音かな
〔僧都=尼君兄←〕 深山おろしの懺法の声に煩悩の夢が覚めて
 感涙を催す滝の音であることよ
51
宮人に
 行きて語らむ
 山桜
 風よりさきに
 来ても見るべく
〔源氏+僧都+聖〕大宮人に帰って話して聞かせましょう、この山桜の美しいことを
 風の吹き散らす前に来て見るようにと
54
夕まぐれ
 ほのかに花の
 色を見て
 今朝は
 立ちぞわづらふ
〔尼君=紫祖母←〕 昨日の夕暮時にわずかに美しい花を見ましたので
 今朝は霞の空に立ち去りがたい気がします
56
面影は
 身をも離れず
 山
 心の限り
 とめて来しかど
〔尼君=紫祖母←〕 あなたの山桜のように美しい面影はわたしの身から離れません
 心のすべてをそちらに置いて来たのですが
58
あさか山
 くも人を
 思はぬに
 など山の井の
 かけ
離るらむ
〔尼君=紫祖母←〕 浅香山のように浅い気持ちで思っているのではないのに
 どうして山の井に影が宿らないようにわたしからかけ離れていらっしゃるのでしょう
60
見てもまた
 逢ふ夜まれなる
 のうちに
 やがて紛るる
 我が身ともがな
〔藤壺←〕 お逢いしても再び逢うことの難しい夢のようなこの世なので
 夢の中にそのまま消えてしまいとうございます
62
贈:
いはけなき
 鶴の一声
 聞きしより
 葦間になづむ
 舟ぞえならぬ
〔尼君=紫祖母←〕 かわいい鶴の一声を聞いてから
 葦の間を行き悩む舟はただならぬ思いをしています
63
手に摘みて
 いつしかも見む
 
 根にかよひける
 野辺の若草
〔源氏〕 手に摘んで早く見たいものだ
 紫草にゆかりのある野辺の若草を
64
あしわかの
 浦にみるめは
 かたくとも
 こは立ちながら
 かへるかは
〔少納言の乳母←〕若君にお目にかかることは難しかろうとも
 和歌の浦の波のようにこのまま立ち帰ることはしません
66
朝ぼらけ
 立つ空の
 まよひにも
 行き過ぎがたき
 妹が門かな
〔(下仕え女返歌)忍びて通ひたまふ所←〕 曙に霧が立ちこめた空模様につけても
 素通りし難い貴女の家の前ですね
68
ねは見ねど
 あはれとぞ思ふ
 武蔵野の
 露分けわぶる
 草のゆかり
〔紫の上←〕 まだ一緒に寝てはみませんが愛しく思われます
 武蔵野の露に難儀する紫のゆかりのあなたを
 
 

末摘花(すえつむはな) 9/14首

  相手内訳:4(末摘花)、3(源氏:うち一首に大輔命婦(末摘花方に出入りする帝付き女房)独答)、1×2(頭中将、侍従の君=末摘花の乳母子)
71
里わかぬ
 かげをば見れど
 ゆく
 いるさの
 誰れか尋ぬる
〔頭中将→〕 どの里も遍く照らす月は空に見えても
 その月が隠れる山まで尋ねて来る人はいませんよ
72
いくそたび
 君がしじまに
 まけぬらむ
 ものな言ひそと
 言はぬ頼みに
〔末摘花←〕 何度あなたの沈黙に負けたことでしょう
 ものを言うなとおっしゃらないことを頼みとして
74
言はぬをも
 言ふにまさると
 知りながら
 おしこめたるは
 苦しかりけり
〔侍従の君代答→〕何もおっしゃらないのは口に出して言う以上なのだとは知っていますが、
 やはりずっと黙っていらっしゃるのは辛いものですよ
75
夕霧の
 るるけしきも
 まだ見ぬに
 いぶせさそふる
 宵の雨かな
〔末摘花←〕 夕霧が晴れる気配をまだ見ないうちに、
 さらに気持ちを滅入らせる宵の雨まで降ることよ。
77
贈:
日さす
 軒の垂氷は
 解けながら
 などかつららの
 結ぼほるらむ
〔末摘花←〕 朝日がさしている軒のつららは解けましたのに
 どうしてあなたの心は氷のまま解けないでいるのでしょう
78
降りにける
 頭の雪を
 見る人

 劣らず濡らす
 かな
〔源氏〕 老人の白髪頭に積もった雪を見ると
 その人以上に、今朝は涙で袖を濡らすことだ
80
なつかし
 色ともなしに
 何にこの
 すゑつむ花
 に触れけむ
〔(大輔命婦独答←)源氏〕 格別親しみを感じる花でもないのにどうしてこの
 末摘花のような女に手をふれることになったのだろう
82
逢はぬ夜
 へだつるなかの
 手に
 重ねていとど
 見もし見よとや
〔末摘花←〕 逢わない夜が多いのに間を隔てる衣とは
 ますます重ねて見なさいということですか
83
紅の
 花
ぞあやなく
 うとまるる
 梅の立ち枝は
 なつかし
けれど
〔源氏〕 紅の花はわけもなく嫌な感じがする
 梅の立ち枝に咲いた花は慕わしく思われるが
 
 

紅葉賀(もみじのが) 9/17首

  相手内訳:3(源典侍)、2×2(藤壺、頭中将)、1×2(王命婦=藤壺付女房、源氏
84
もの思ふに
 立ち舞ふべくも
 あらぬ身の
 うちりし
 心知りきや
〔藤壺←〕つらい気持ちのまま立派に舞うことなどはとてもできそうもないわが身が
 袖を振って舞った気持ちはお分りいただけましたでしょうか
86
いかさまに
 昔結べる
 契り
にて
 この世にかかる
 なかの隔てぞ
〔王命婦=藤壺付女房←〕 どのように前世で約束を交わした縁で
 この世にこのような二人の仲に隔てがあるのだろうか
88
よそへつつ
 るに心は
 なぐさまで
 露けさまさる
 撫子の花
〔藤壺←〕 思いよそえて見ているが、気持ちは慰まず、
 涙を催させる撫子の花の花であるよ
91
笹分けば
 やとがめむ
 いつとなく
 なつくめる
 森の木隠れ
〔源典侍→〕笹を分けて入って逢いに行ったら人が注意しましょう、
 いつでもたくさんの馬を手懐けている森の木陰では
93
妻は
 あなわづらはし
 東屋
 真屋のあまりも
 馴れじとぞ思ふ
〔源典侍→〕 人妻はもう面倒です、
 あまり親しくなるまいと思います
95
隠れなき
 ものと知る知る
 夏
 着たるを薄き
 心とぞ見る
〔頭中将→〕この女との仲まで知られてしまうのを承知の上でやって来て
 夏衣を着るとは、何と薄情で浅薄なお気持ちかと思いますよ
97
荒らだちし
 に心は
 騒がねど
 寄せけむ磯を
 いかがみぬ
〔源典侍→〕荒々しく暴れた波――頭中将には驚かないが、
 それを寄せつけた磯――あなたをどうして恨まずにはいられようか
98
なか絶え
 かことや負ふと
 危ふさに
 はなだの
 取りてだに見ず
〔頭中将←〕あなた方の仲が切れたらわたしのせいだと非難されようかと思ったが、
 この縹の帯などわたしには関係ありません
100
尽きもせぬ
 心の闇に
 暮るるかな
 雲居に人を
 見るにつけても
〔源氏〕 尽きない恋の思いに何も見えない、
 はるかに高い地位につかれる方を仰ぎ見るにつけても
 
 

花宴(はなのえん) 4/8首

  相手内訳:4(朧月夜)
102
贈:
深き夜の
 あはれを知るも
 入る月の
 おぼろけならぬ
 契りとぞ思ふ
〔朧月夜←〕趣深い春の夜更けの情趣をご存知でいられるのも
前世からの浅からぬ御縁があったものと存じます
104
いづれぞと
 露のやどりを
 分かむまに
 小笹が
 風もこそ吹け
〔朧月夜→〕どなたであろうかと家を探しているうちに
世間に噂が立ってだめになってしまうといけないと思いまして
105
贈:
世に知らぬ
 心地こそすれ
 有明の
 月のゆくへを
 空にまがへて
〔朧月夜←〕今までに味わったことのない気がする
有明の月の行方を途中で見失ってしまって
107

 いる
さの山に
 惑ふかな
 ほの見し
 影や見ゆると
〔朧月夜←〕月の入るいるさの山の周辺でうろうろと迷っています
かすかに見かけた有明の月をまた見ることができようかと
 
 

葵 13/24首

  相手内訳:4(源氏)、2×3(紫の上、六条御息所、大宮=葵と頭中将の母)、1×3(源典侍、頭中将、朝顔)
110
はかりなき
 千尋の底の
 海松ぶさの
 生ひゆくすゑは
 我のみぞ見む
〔紫の上←〕限りなく深い海の底に生える海松のように
豊かに成長してゆく黒髪はわたしだけが見届けよう
113
かざしける
 心ぞあだに
 おもほゆる
 八十氏人に
 なべて逢ふ日を
〔源典侍→〕そのようにおっしゃるあなたの心こそ当てにならないものと思いますよ
たくさんの人々に誰彼となく靡くものですから
116
浅みにや
 人はおりたつ
 わが方は
 身もそぼつまで
 深き恋路
〔六条御息所→〕袖が濡れるとは浅い所にお立ちだからでしょう
わたしは全身ずぶ濡れになるほど深い泥(こひじ)――恋路に立っております
118
のぼりぬる
 煙はそれと
 わかねども
 なべて雲居の
 あはれなるかな
〔源氏〕空に上った煙は雲と混ざり合ってそれと区別がつかないが
おしなべてどの雲もしみじみと眺められることよ
119
限りあれば
 薄墨衣
 浅けれど
 涙ぞ
 淵となしける
〔源氏〕きまりがあるので薄い色の喪服を着ているが
涙で袖は淵のように深く悲しみに濡れている
121
とまる身も
 消えしもおなじ
 
 心置くらむ
 ほどぞはかなき
〔六条御息所→〕生き残った者も死んだ者も同じ露のようにはかない世に
心の執着を残して置くことはつまらないことです
123
見し人の
 雨となりにし
 居さへ
 いとど時雨
 かき暮らすころ
〔頭中将→〕妻が雲となり雨となってしまった空までが
ますます時雨で暗く泣き暮らしている今日この頃だ
124
草枯れの
 まがきに残る
 撫子
 別れし秋の
 かたみとぞ見る
〔大宮=葵の母←〕草の枯れた垣根に咲き残っている撫子の花を
秋に死別れたお方の形見と思って見ています
126
わきてこの
 暮こそ
 露けけれ
 もの思ふ
 あまた経ぬれど
〔朝顔←〕とりわけ今日の夕暮れは涙に袖を濡らしております
今までにも物思いのする秋はたくさん経験してきたのですが
128
なき魂ぞ
 いとど悲しき
 し床の
 あくがれがたき
 心ならひに
〔源氏〕亡くなった人の魂もますます離れがたく悲しく思っていることだろう
共に寝た床をわたしも離れがたく思うのだから
129
君なくて
 塵つもりぬる
 常夏の
 露うち払ひ
 いく夜寝ぬらむ
〔源氏〕あなたが亡くなってから塵の積もった床に
涙を払いながら幾晩独り寝をしたことだろうか
130
贈:
あやなくも
 隔てけるかな
 夜をかさね
 さすがに馴れし
 
〔紫の上←〕どうして長い間何でもない間柄でいたのでしょう
幾夜も幾夜も馴れ親しんで来た仲なのに
131
あまた
 今日改めし
 色
 着ては
 ふる心地する
〔大宮=葵の母←〕何年来も元日毎に参っては着替えをしてきた晴着だが
それを着ると今日は涙がこぼれる思いがする
 
 

賢木(さかき) 16/33首

  相手内訳:5(藤壺)、3(六条御息所)、2(朧月夜)、1.1(源氏)、1×4(斎宮、紫の上、朝顔、頭中将)、0.1×2(藤壺兄、藤壺付女房)
134
少女子が
 あたりと思へば
 葉の
 香をなつかしみ
 とめてこそ折れ
〔六条御息所→〕少女子がいる辺りだと思うと
榊葉が慕わしくて探し求めて参ったのです
135
暁の
 別れはいつも
 露けきを
 こは世に知らぬ
 秋の空かな
〔六条御息所←〕明け方の別れにはいつも涙に濡れたが
今朝の別れは今までにない涙に曇る秋の空ですね
137
八洲もる
 国つ御神
 心あらば
 飽かぬ別れの
 をことわれ
〔斎宮←〕大八洲をお守りあそばす国つ神もお情けがあるならば
尽きぬ思いで別れなければならないわけをお聞かせ下さい
140
振り捨てて
 今日は行くとも
 鈴鹿川
 八十瀬の波に

 袖は濡れじや
〔六条御息所←〕わたしを振り捨てて今日は旅立って行かれるが、鈴鹿川を
渡る時に袖を濡らして後悔なさいませんでしょうか
142
行く方を
 眺め
もやらむ
 この秋は
 逢坂山を
 霧な隔てそ
〔源氏〕あの行った方角を眺めていよう、今年の秋は
逢うという逢坂山を霧よ隠さないでおくれ
144
さえわたる
 池の鏡の
 さやけきに
 見なれし影
 見ぬぞ悲しき
〔親王(藤壺兄)+源氏+王命婦(藤壺付女房)〕氷の張りつめた池が鏡のようになっているが
長年見慣れたそのお姿を見られないのが悲しい
147
嘆きつつ
 わが世はかくて
 過ぐせとや
 胸のあくべき
 時ぞともなく
〔朧月夜→〕嘆きながら一生をこのように過ごせというのでしょうか
胸の思いの晴れる間もないのに
148
逢ふことの
 かたきを今日に
 限らずは
 今幾をか
 嘆きつつ経む
〔藤壺←〕お逢いすることの難しさが今日でおしまいでないならば
いく転生にわたって嘆きながら過すことでしょうか
150
浅茅生の
 のやどりに
 君をおきて
 四方の嵐ぞ
 静心なき
〔紫の上←〕浅茅生に置く露のようにはかないこの世にあなたを置いてきたので
まわりから吹きつける世間の激しい風を聞くにつけ気ががりでなりません
152
かけまくは
 かしこけれども
 そのかみ
 秋思ほゆる
 木綿欅かな
〔朝顔←〕口に上して言うことは恐れ多いことですけれど
その昔の秋のころのことが思い出されます
155
影は
 見し世の秋に
 変はらぬを
 隔つる霧
 つらくもあるかな
〔藤壺→〕月のは昔の秋と変わりませんのに
隔てる霧のあるのがつらく思われるのです
157
あひ見ずて
 しのぶるころ
 涙をも
 なべての空の
 時雨とや
〔朧月夜→〕お逢いできずに恋い忍んで泣いている涙の雨までを
ありふれた秋の時雨とお思いなのでしょうか
158
別れにし
 今日は来れども
 し人に
 行き逢ふほどを
 いつと頼まむ
〔藤壺←〕故院にお別れ申した日がめぐって来ましたが、雪は降っても
その人にまた行きめぐり逢える時はいつと期待できようか
160
月のすむ
 雲居をかけて
 慕ふとも
 この世の闇に
 なほや惑はむ
〔藤壺←〕月のように心澄んだ御出家の境地をお慕い申しても
なおも子どもゆえのこの世の煩悩に迷い続けるのであろうか
162
ながめかる
 海人のすみかと
 見るからに
 まづしほたるる
 松が浦島
〔藤壺←〕海人が住む松が浦島という、
物思いに沈んでいらっしゃるお住まいかと存じますと何より先に涙に暮れてしまいます
165
時ならで
 今朝咲く
 夏の雨に
 しをれにけらし
 ふほどなく
〔頭中将→〕時節に合わず今朝咲いた花は夏の雨に
萎れてしまったらしい、美しさを見せる間もなく
 
 

花散里(はなちるさと) 2/4首

  相手内訳:1×2(花散里方女房麗景殿女御:花散里姉)
166
をちかへり
 えぞ忍ばれぬ
 ほととぎす
 ほの語らひし
 宿の垣根に
〔花散里方女房←〕昔にたちかえって懐かしく思わずにはいられない、ほととぎすの声だ
 かつてわずかに契りを交わしたこの家なので
168
橘の香
 なつかし
 ほととぎす
 花散る里
 たづねてぞとふ
〔麗景殿女御:花散里姉←〕昔を思い出させる橘の香を懐かしく思って
ほととぎすが花の散ったこのお邸にやって来ました
 
 

須磨 28/48首

  相手内訳:12.1(源氏)、2×5(紫の上、朧月夜、藤壺、六条御息所、頭中将)、1.1(右近将監)、1×4(大宮=葵の母、花散里、冷泉院、五節)、0.1×2(良清、惟光)
170
鳥辺山
 燃えし
 まがふやと
 海人の塩焼く
 浦見にぞ行く
〔大宮=葵の母←〕あの鳥辺山で火葬にした妻の煙に似てはいないかと
海人が塩を焼く煙を見に行きます
172
身はかくて
 さすらへぬとも
 君があたり
 去らぬ
 は離れじ
〔紫の上←〕たとえわが身はこのように流浪しようとも
鏡に映った影はあなたの元を離れずに残っていましょう
175
行きめぐり
 つひにすむべき
 月影の
 しばし雲らむ
 空な眺めそ
〔花散里→〕大空を行きめぐって、ついには澄むはずの月のですから
しばらくの間曇っているからといって悲観なさいますな
176
逢ふなき
 涙の河
 沈みしや
 るる澪の
 初めなりけむ
〔朧月夜←〕あなたに逢えないことに涙を流したことが
流浪する身の上となるきっかけだったのでしょうか
179
別れしに
 悲しきことは
 尽きにしを
 またぞこの
 憂さはまされる
〔藤壺→〕父院にお別れした折に悲しい思いを尽くしたと思ったはずなのに
またもこの世のさらに辛いことに遭います
181
憂き世をば
 今ぞ別るる
 とどまらむ
 名をば糺の
 にまかせて
〔右近の将監の蔵人←〕辛い世の中を今離れて行きます、後に残る
噂の是非は、糺の神にお委ねして
182
亡き影や
 いかが見るらむ
 よそへつつ
 眺むる月も
 雲隠れぬる
〔源氏〕亡き父上はどのように御覧になっていらっしゃることだろうか
父上のように思って見ていた月の光も雲に隠れてしまった
183
いつかまた
 春の都の
 花
を見む
 時失へる
 山賤にして
〔冷泉院(藤壺と源氏の子)←〕いつ再び春の都の花盛りを見ることができましょうか
時流を失った山賤のわが身となって
185
生ける世の
 別れを知らで
 契りつつ
 を人に
 限りけるかな
〔紫の上←〕生きている間にも生き別れというものがあるとは知らずに
命のある限りは一緒にと信じていましたことよ
187
唐国に
 名を残しける
 人よりも
 行方知られぬ
 家をやせむ
〔源氏〕唐国で名を残した人以上に
行方も知らない侘住まいをするのだろうか
188
故郷を
 峰の霞は
 隔つれど
 眺むる空は
 同じ雲
〔源氏〕住みなれた都の方を峰の霞は遠く隔てているが
わたしが悲しい気持ちで眺めている空は都であの人が眺めているのと同じ空なのだ
189
松島
 海人の苫屋も
 いかならむ
 須磨浦人
 しほたるるころ
〔藤壺←〕私の帰りを待っていらっしゃる出家されたあなた様はいかがお過ごしでしょうか
わたしは須磨の浦で涙に泣き濡れております今日このごろです
190
こりずまの
 のみるめの
 ゆかしきを
 焼く海人
 いかが思はむ
〔朧月夜←〕性懲りもなくお逢いしたく思っていますが
あなた様はどう思っておいででしょうか
196
伊勢人の
 波の上
 漕ぐ小舟にも
 うきめは刈らで
 乗らましものを
〔六条御息所→〕伊勢人が波の上を漕ぐ舟に一緒に乗ってお供すればよかったものを
須磨で浮海布など刈って辛い思いをしているよりは
197
海人がつむ
 なげきのなかに
 塩垂れて
 いつまで須磨
 眺め
〔六条御息所→〕海人が積み重ねる投げ木の中に涙に濡れて
いつまで須磨の浦にさすらっていることでしょう
199
恋ひわびて
 泣く音にまがふ
 浦波は
 思ふ方より
 風や吹くらむ
〔源氏〕恋いわびて泣くわが泣き声に交じって波音が聞こえてくるが
それは恋い慕っている都の方から風が吹くからであろうか
200

 恋しき人の
 列なれや
 旅の空飛ぶ
 声の悲しき
〔源氏+良清+惟光+前右近将督〕初雁は恋しい人の仲間なのだろうか
旅の空を飛んで行く声が悲しく聞こえる
204
見るほどぞ
 しばし慰む
 めぐりあはむ
 月の都
 遥かなれども
〔源氏〕見ている間は暫くの間だが心慰められる
また廻り逢おうと思う月の都は、遥か遠くではあるが
205
憂しとのみ
 ひとへにものは
 思ほえで
 左右にも
 濡るる袖かな
〔源氏〕辛いとばかり一途に思うこともできず
恋しさと辛さとの両方に濡れるわが袖よ
207
ありて
 引き手の綱
 たゆたはば
 うち過ぎましや
 須磨
〔五節←〕わたしを思う心があって引手綱のように揺れるというならば
通り過ぎて行きましょうか、この須磨の浦を
208
山賤の
 庵に焚ける
 しばしばも
 言問ひ来なむ
 恋ふる里人
〔源氏〕賤しい山人が粗末な家で焼いている柴のように
しばしば便りを寄せてほしいわが恋しい都の人よ
209
いづ方の
 雲路に我も
 迷ひなむ
 月の見るらむ
 ことも恥づかし
〔源氏〕どの方角の雲路にわたしも迷って行くことであろう
月が見ているだろうことも恥ずかしい
210
友千鳥
 諸声に鳴く
 暁は
 ひとり寝覚の
 床も頼もし
〔源氏〕友千鳥が声を合わせて鳴いている明け方は
独り寝覚めて泣くわたしも心強い気がする
211
いつとなく
 大宮人
 恋しきに
 桜かざしし
 今日も来にけり
〔源氏〕いつと限らず大宮人が恋しく思われるのに
桜をかざして遊んだその日がまたやって来た
212
故郷を
 いづれの春か
 行きて見む
 うらやましきは
 帰るがね
〔頭中将←〕ふる里をいつの春にか見ることができるだろう
羨ましいのは今帰って行く雁だ
214
近く
 飛び交ふ鶴も
 空に見よ
 我は春日の
 曇りなき身ぞ
〔頭中将←〕雲の近くを飛びかっている鶴よ、雲上人よ、はっきりとご照覧あれ
わたしは春の日のようにいささかも疚しいところのない身です
216
知らざりし
 大海の原に
 流れ来て
 ひとかたにやは
 ものは悲しき
〔源氏〕見も知らなかった大海原に流れきて
人形に一方ならず悲しく思われることよ
217
八百よろづ
 神
もあはれと
 思ふらむ
 犯せる罪の
 それとなければ
〔源氏〕八百万の神々もわたしを哀れんでくださるでしょう
これといって犯した罪はないのだから
 
 

明石 17/30首

  相手内訳:8(明石の君)、3(源氏)、2×2(紫の上、明石入道)、1×2(朱雀院、五節
219
海にます
 の助けに
 かからずは
 潮の八百会に
 さすらへなまし
〔源氏〕海に鎮座まします神の御加護がなかったならば
潮の渦巻く遥か沖合に流されていたことであろう
220
贈:
遥かにも
 思ひやるかな
 知らざりし
 よりをちに
 伝ひして
〔紫の上←〕遥か遠くより思いやっております
知らない浦からさらに遠くの浦に流れ来ても
221
あはと見る
 路の島の
 あはれさへ
 残るくまなく
 澄める夜の月
〔源氏〕ああと、しみじみ眺める淡路島の悲しい情趣まで
すっかり照らしだす今宵の月であることよ
223
旅衣
 うら悲しさに
 明かしかね
 草の枕は
 夢も結ばず
〔明石入道→〕旅の生活の寂しさに夜を明かしかねて
安らかな夢を見ることもありません
224
をちこちも
 知らぬ雲居
 眺めわび
 かすめし宿の
 梢をぞ訪ふ
〔明石の君←〕何もわからない土地にわびしい生活を送っていましたが
お噂を耳にしてお便りを差し上げます
226
いぶせくも
 にものを
 悩むかな
 やよやいかに
 問ふ人もなみ
〔明石の君←〕悶々として心の中で悩んでおります
いかがですかと尋ねてくださる人もいないので
228
秋の夜の
 月毛の駒よ
 我が恋ふる
 雲居を翔れ
 時の間も見む
〔源氏〕秋の夜の月毛の駒よ、わが恋する都へ天翔っておくれ
束の間でもあの人に会いたいので
229
むつごとを
 りあはせむ
 人もがな
 憂き世の
 なかば覚むやと
〔明石の君←〕睦言を語り合える相手が欲しいものです
この辛い世の夢がいくらかでも覚めやしないかと
231
しほしほと
 まづぞ泣かるる
 かりそめの
 みるめは海人の
 すさびなれども
〔紫の上←〕あなたのことが思い出されて、さめざめと泣けてしまいます
かりそめの恋は海人のわたしの遊び事ですけれども
233
このたびは
 立ち別るとも
 塩焼く
 煙は同じ
 方になびかむ
〔明石の君←〕今はいったんお別れしますが、藻塩焼く
煙が同じ方向にたなびいているようにいずれは一緒に暮らしましょう
236
逢ふまでの
 かたみに契る
 中の緒

 調べはことに
 変はらざらなむ
〔明石の君→〕今度逢う時までの形見に残した琴の中の緒の調子のように
二人の仲の愛情も、格別変わらないでいて欲しいものです
237
うち捨てて
 立つも悲しき
 浦波の
 名残いかにと
 思ひやるかな
〔明石の君←〕あなたを置いて明石の浦を旅立つわたしも悲しい気がしますが
後に残ったあなたはさぞやどのような気持ちでいられることかお察しします
240
かたみにぞ
 換ふべかりける
 逢ふことの
 日数隔てむ
 中の
〔明石の君→〕お互いに形見として着物を交換しましょう
また逢える日までの間の二人の仲の、この中の衣を
242
都出でし
 春の嘆きに
 劣らめや
 年経る浦を
 別れぬる秋
〔明石入道→〕都を立ち去ったあの春の悲しさに決して劣ろうか
年月を過ごしてきたこの浦を離れる悲しい秋は
243
わたつ
 しなえうらぶれ
 蛭の児の
 脚立たざりし
 年は経にけり
〔朱雀院←〕海浜でうちしおれて落ちぶれながら蛭子のように
立つこともできず三年を過ごして来ました
245
贈:
嘆きつつ
 明石浦に
 朝霧の
 立つやと人を
 思ひやるかな
〔明石の君←〕お嘆きになりながら暮らしていらっしゃる明石の浦には
嘆きの息が朝霧となって立ちこめているのではないかと思いやっています
247
帰りては
 かことやせまし
 寄せたりし
 名残に
 干がたかりしを
〔五節→〕かえってこちらこそ愚痴を言いたいくらいです、ご好意を寄せていただいて
それ以来涙に濡れて袖が乾かないものですから
 
 

澪標(みおつくし) 9/17首

  相手内訳:3(明石の君)、1×6(宣旨の娘、紫の上、花散里、惟光、源氏、斎宮
248
かねてより
 隔てぬ仲と
 ならはねど
 別れ惜し
 ものにぞありける
〔宣旨の娘=明石姫君乳母←〕以前から特に親しい仲であったわけではないが
別れは惜しい気がするものであるよ
250
いつしかも
 うちかけむ
 をとめ子が
 世を経て撫づる
 岩の生ひ先
〔明石の君←〕早くわたしの手元に姫君を引き取って世話をしてあげたい
天女が羽衣で岩を撫でるように幾千万年も姫の行く末を祝って
253
誰れにより
 世を山に
 行きめぐり
 絶えぬ涙に
 浮き沈む身ぞ
〔紫の上→〕いったい誰のために憂き世を海や山にさまよって
止まることのない涙を流して浮き沈みしてきたのでしょうか
254
松や
 時ぞともなき
 蔭にゐて
 何のあやめも
 いかにわくらむ
〔明石の君←〕海松は、いつも変わらない蔭にいたのでは、
今日が五日の節句の
 五十日の祝とどうしてお分りになりましょうか
257
おしなべて
 たたく水鶏
 おどろか
 うはの空なる
 もこそ入れ
〔花散里→〕どの家の戸でも叩く水鶏の音に見境なしに戸を開けたら
わたし以外の月の光が入って来たら大変だ
259
荒かりし
 波のまよひに
 住吉の
 をばかけて
 忘れやはする
〔惟光→〕あの須磨の大嵐が荒れ狂った時に
念じた住吉の神の御神徳をどうして忘られようぞ
260
みをつくし
 恋ふるしるしに
 ここまでも
 めぐり逢ひける
 えには深し
〔明石の君←〕身を尽くして恋い慕っていた甲斐のあるここで
めぐり逢えたとは、宿縁は深いのですね
262
露けさの
 昔に似たる
 旅衣
 田蓑の島の
 名には隠れず
〔源氏〕涙に濡れる旅の衣は、昔、海浜を流浪した時と同じようだ
田蓑の島という名の蓑の名には身は隠れないので
263
降り乱れ
 ひまなき空に
 亡き人の
 天翔るらむ
 宿ぞ悲しき
〔斎宮←〕雪や霙がしきりに降り乱れている中空を、亡き母宮の御霊が
まだ家の上を離れずに天翔けっていらっしゃるのだろうと悲しく思われます
 
 

蓬生(よもぎう) 2/6首

  相手内訳:1×2(源氏末摘花
268
尋ねても
 我こそ訪はめ
 道もなく
 深き
 もとの心を
〔源氏〕誰も訪ねませんがわたしこそは訪問しましょう
道もないくらい深く茂った蓬の宿の姫君の変わらないお心を
269
藤波の
 うち過ぎがたく
 見えつるは
 松こそ宿
 しるしなりけれ
〔末摘花←〕松にかかった藤の花を見過ごしがたく思ったのは
その松がわたしを待つというあなたの家の目じるしであったのですね
 
 

関屋 1/3首

  相手内訳:1(空蝉)
272
わくらばに
 行き逢ふ道を
 頼みしも
 なほかひなしや
 潮ならぬ海
〔空蝉←〕偶然に近江路でお逢いしたことに期待を寄せていましたが
それも効ありませんね、やはり潮海ではないから
 
 

絵合(えあわせ) 1/9首

  相手内訳:1(紫の上)
277
憂きめ
 その折よりも
 今日はまた
 過ぎにしかたに
 かへる涙か
〔紫の上→〕辛い思いをしたあの当時よりも、今日はまた
再び過去を思い出していっそう涙が流れて来ます
 
 

松風(まつかぜ) 4/16首

  相手内訳:1×3(明石尼君、明石の君、冷泉院)、0.1×3(源氏+頭中将②+左大弁
291
いさらゐは
 はやくのことも
 忘れじを
 もとの主人
 面変はりせる
〔明石尼君→〕小さな遣水は昔のことも忘れないのに
もとの主人は姿を変えてしまったからであろうか
292
契りし
 変はらぬ琴の
 調べにて
 絶えぬ心の
 ほどは知りきや
〔明石の君←〕約束したとおり、琴の調べのように変わらない
わたしの心をお分かりいただけましたか
295
久方の
 光に近き
 名のみして
 朝夕霧も
 晴れぬ山
〔冷泉院→〕桂の里といえば月に近いように思われますが
それは名ばかりで朝夕霧も晴れない山里です
296
めぐり来て
 手に取るばかり
 さやけきや
 路の島の
 あはと見し
〔源氏+頭中将②+左大弁〕都に帰って来て手に取るばかり近くに見える月は
あの淡路島を臨んで遥か遠くに眺めた月と同じ月なのだろうか
 
 

薄雲(うすぐも) 5/10首

  相手内訳:2(明石の君)、1×3(紫の上、源氏、斎宮)
302
生ひそめし
 根も深ければ
 武隈の
 松に小松の
 千代をならべむ
〔明石の君→〕生まれてきた因縁も深いのだから
いづれ一緒に暮らせるようになりましょう
304
行きて見て
 明日もさね来む
 なかなかに
 遠方人
 心置くとも
〔紫の上→〕ちょっと行ってみて明日にはすぐに帰ってこよう
かえってあちらが機嫌を悪くしようとも
305
入り日さす
 峰にたなびく
 薄雲
 もの思ふ袖に
 色やまがへる
〔源氏〕入日が射している峰の上にたなびいている薄雲は
悲しんでいるわたしの喪服の袖の色に似せたのだろうか
306
贈:
君もさは
 あはれを交はせ
 人知れず
 わが身にしむる
 秋の夕風
〔斎宮←〕あなたもそれでは情趣を交わしてください、誰にも知られず
自分ひとりでしみじみと身にしみて感じている秋の夕風ですから
308
浅からぬ
 したの思ひを
 知らねばや
 なほ篝火
 は騒げる
〔明石の君→〕わたしの深い気持ちを御存知ないからでしょうか
今でも篝火のようにゆらゆらと心が揺れ動くのでしょう
 
 

朝顔 8/13首

  相手内訳:3×2(朝顔源氏)、1×2(源典侍、紫の上)
309
人知れず
 の許しを
 待ちし間に
 ここらつれなき
 世を過ぐすかな
〔朝顔←〕誰にも知られず賀茂の神のお許しを待っていた間に
長年つらい世を過ごしてきたことよ
311
見し折の
 つゆ忘られぬ
 朝顔
 花の盛りは
 過ぎやしぬらむ
〔朝顔←〕昔拝見したあなたがどうしても忘れられません
その朝顔の花は盛りを過ぎてしまったのでしょうか
313
いつのまに
 蓬がもとと
 むすぼほれ
 雪降る里と
 荒れし垣根ぞ
〔源氏〕いつの間にこの邸は蓬が生い茂り
雪に埋もれたふる里となってしまったのだろう
315
身を変へて
 後も待ち見よ
 この世にて
 るる
 ためしありやと
〔源典侍→〕来世に生まれ変わった後まで待って見てください
この世で子が親を忘れる例があるかどうかと
316
つれなさを
 昔に懲りぬ
 心こそ
 人のつらきに
 添へてつらけれ
〔朝顔←〕昔のつれない仕打ちに懲りもしないわたしの心までが
あなたがつらく思う心に加わってつらく思われるのです
319
かきつめて
 昔恋しき
 雪もよに
 あはれを添ふる
 鴛鴦の浮
〔紫の上→〕何もかも昔のことが恋しく思われる雪の夜に
いっそうしみじみと思い出させる鴛鴦の鳴き声であることよ
320
とけて寝ぬ
 寝
覚さびしき
 冬の夜に
 むすぼほれつる
 夢の短さ
〔源氏〕安らかに眠られずふと寝覚めた寂しい冬の夜に
見た夢の何とも短かかったことよ
321
亡き人を
 慕ふ心に
 まかせても
 見ぬ三つの
 瀬にや惑はむ
〔源氏〕亡くなった方を恋慕う心にまかせてお尋ねしても
その姿も見えない三途の川のほとりで迷うことであろうか
 
 

乙女/少女 3/16首

  相手内訳:1×2(朝顔、五節)、0.1(源氏+朱雀+蛍宮+冷泉
322
かけきやは
 川瀬の波も
 たちかへり
 君が禊の
 のやつれを
〔朝顔←〕思いもかけませんでした
再びあなたが禊をなさろうとは
329
乙女子
 さびぬらし
 つ袖
 古き世の友
 よはひ経ぬれば
〔五節←〕少女だったあなたも神さびたことでしょう
天の羽衣を着て舞った昔の友も長い年月を経たので
332
鴬の
 さへづる
声は
 昔にて
 睦れし花の
 蔭ぞ変はれる
〔源氏+朱雀+蛍宮+冷泉〕鴬の囀る声は昔のままですが
馴れ親しんだあの頃とはすっかり時勢が変わってしまいました
 
 

玉鬘(たまかずら) 3/14首

  相手内訳:1×3(玉鬘、源氏、末摘花
347
知らずとも
 尋ねて知ら
 三島江に
 生ふる三稜
 は絶えじを
〔玉鬘←〕今はご存知なくともやがて聞けばおわかりになりましょう
三島江に生えている三稜のようにわたしとあなたは縁のある関係なのですから
349
恋ひわたる
 身はそれなれど
 玉かづら
 いかなる
 尋ね来つらむ
〔源氏〕ずっと恋い慕っていたわが身は同じであるが【玉鬘のような】その娘は
どのような縁でここに来たのであろうか
351
さむと
 言ふにつけても
 片敷の
 夜の衣
 思ひこそやれ
〔末摘花→〕お返ししましょうとおっしゃるにつけても独り寝の
あなたをお察しいたします
 
 

初音 2/6首

  相手内訳:1×2(紫の上源氏
352
薄氷
 解けぬる池の
 鏡
には
 世に曇りなき
 影ぞ
並べる
〔紫の上←〕薄い氷も解けた池の鏡のような面には
世にまたとない二人の影が並んで映っています
357
ふるさとの
 春の梢に
 ね来て
 世の常ならぬ
 を見るかな
〔源氏〕昔の邸の春の梢を訪ねて来てみたら
世にも珍しい紅梅の花が咲いていたことよ
 
 

胡蝶 4/14首

  相手内訳:3(玉鬘)、1(蛍宮
363
淵に身を
 投げ
つべしやと
 この春は
 のあたりを
 立ち去らで見よ
〔蛍宮→〕淵に身を投げるだけの価値があるかどうか
この春の花の近くを離れないでよく御覧なさい
367
ませのうちに
 根深く植ゑし
 竹の子の
 おのが世々にや
 生ひわかるべき
〔玉鬘←〕邸の奥で大切に育てた娘も
それぞれ結婚して出て行くわけか
369
橘の
 薫りし袖

 よそふれば
 変はれる身とも
 思ほえぬかな
〔玉鬘←〕あなたを昔懐かしい母君と比べてみますと
とても別の人とは思われません
371
贈:
うちとけて
 寝も見ぬものを
 若草の
 ことあり顔に
 むすぼほるらむ
〔玉鬘←〕気を許しあって共寝をしたのでもないのに
どうしてあなたは意味ありげな顔をして思い悩んでいらっしゃるのでしょう
 
 

蛍 2/8首

  相手内訳:1×2(花散里玉鬘
377
鳰鳥に
 影をならぶる
 若
 いつか菖蒲
 引き別るべき
〔花散里→〕鳰鳥のようにいつも一緒にいる若駒のわたしは
いつ菖蒲のあなたに別れたりしましょうか
378
思ひあまり
 昔の跡を
 訪ぬれど

 に背ける
 子ぞたぐひなき
〔玉鬘←〕思いあまって昔の本を捜してみましたが
親に背いた子供の例はありませんでしたよ
 
 

常夏 1/4首

  相手内訳:1(玉鬘)
380
撫子の
 とこなつかしき
 色を見ば
 もとの垣根
 人や尋ねむ
〔玉鬘←〕撫子の花の色のようにいつ見ても美しいあなたを見ると
母親の行く方を内大臣は尋ねられることだろうな
 
 

篝火(かがりび) 1/2首

  相手内訳:1(玉鬘)
384
篝火
 たちそふ恋の
 こそ
 世には絶えせぬ
 炎なりけれ
〔玉鬘←〕篝火とともに立ち上る恋の煙は
永遠に消えることのないわたしの思いなのです
 
 

野分(のわき) 1/4首

  相手内訳:1(玉鬘)
388
下露に
 なびかましかば
 女郎花
 荒きには
 しをれざらまし
〔玉鬘→〕下葉の露になびいたならば
女郎花は荒い風には萎れないでしょうに
 
 

行幸(みゆき) 4/9首

  相手内訳:1×4(冷泉院、玉鬘、末摘花、頭中将
391
小塩山
 深雪積もれる
 松原に
 今日ばかりなる
 跡やなからむ
〔冷泉院→〕小塩山に深雪が積もった松原に
今日ほどの盛儀は先例がないでしょう
393
あかねさす
 は空に
 らぬを
 などて行幸
 目をきらしけむ
〔玉鬘→〕日の光は曇りなく輝いていましたのに
どうして行幸の日に雪のために目を曇らせたのでしょう
396
唐衣
 また唐衣
 唐衣

 かへすがへす
 唐衣なる
〔末摘花→〕唐衣、また唐衣、唐衣
いつもいつも唐衣とおっしゃいますね
398
よるべなみ
 かかる渚に
 うち寄せて
 海人も尋ねぬ
 屑とぞ見し
〔頭中将→〕寄る辺がないので、このようなわたしの所に身を寄せて
誰にも捜してもらえない気の毒な子だと思っておりました
 
 

藤袴 0/8首

 
 

真木柱(まきばしら) 4/21首

  相手内訳:3()、1(源氏)
407
おりたちて
 汲みは見ねども
 渡り
 人の瀬とはた
 契らざりしを
〔玉鬘←〕あなたと立ち入った深い関係はありませんでしたが、三途の川を渡る時、
他の男に背負われて渡るようにはお約束しなかったはずなのに
421
かきたれて
 のどけきころの
 春雨に
 ふるさと人を
 いかにぶや
〔玉鬘←〕降りこめられてのどやかな春雨のころ
昔馴染みのわたしをどう思っていらっしゃいますか
423
思はずに
 井手の中道
 隔つとも
 言はでぞ恋ふる
 山吹の花
〔源氏〕思いがけずに二人の仲は隔てられてしまったが
心の中では恋い慕っている山吹の花よ
424
同じ
 かへりしかひの
 見えぬかな
 いかなる人か
 手ににぎるらむ
〔玉鬘←〕せっかくわたしの所でかえった雛が見えませんね
どんな人が手に握っているのでしょう
 
 

梅枝(うめがえ) 3/11首

  相手内訳:1.1(蛍宮)、1(朝顔)、0.1×4(源氏+柏木+夕霧+紅梅)
429
花の
 いとど心を
 しむるかな
 人のとがめむ
 をばつつめど
〔朝顔→〕花の枝にますます心を惹かれることよ
人が咎めるだろうと隠しているが
431
色も香も
 うつるばかりに
 この春は
 咲く宿を
 かれずもあらなむ
〔蛍宮+源氏+柏木+夕霧+紅梅〕色艶も香りも移り染まるほどに、今年の春は
花の咲くわたしの家を絶えず訪れて下さい
436
めづらしと
 故里
 待ちぞ見む
 花の錦を
 着て帰る君
〔蛍宮→〕珍しいと家の人も待ち受けて見ましょう
この花の錦を着て帰るあなたを
 
 

藤裏葉(ふじのうらば) 1/20首

  相手内訳:1(頭中将)
455
色まさる
 籬の
 折々
 袖うちかけし
 秋を恋ふらし
〔頭中将←〕色濃くなった籬の菊も折にふれて
袖をうち掛けて昔の秋を思い出すことだろう
 
 

若菜上 6/24首

  相手内訳:2×2(紫の上、朧月夜)、1×2(玉鬘、女三宮)
462
小松
 末の齢に
 かれてや
 野辺の若菜
 年を摘むべき
〔玉鬘→〕小松原の将来のある齢にあやかって
野辺の若菜も長生きするでしょう
464
:答
命こそ
 ゆともえめ
 定めなき
 の常ならぬ
 仲の契りを
〔紫の上→〕命は尽きることがあってもしかたのないことだが
無常なこの世とは違う変わらない二人の仲なのだ
465
中道を
 隔つるほどは
 なけれども
 心乱るる
 今朝のあは雪
〔女三宮←〕わたしたちの仲を邪魔するほどではありませんが
降り乱れる今朝の淡雪にわたしの心も乱れています
469
年月を
 なかに隔てて
 坂の
 さも塞きがたく
 落つる
〔朧月夜←〕長の年月を隔ててやっとお逢いできたのに
このような関があっては堰き止めがたく涙が落ちます
471
沈みしも
 忘れぬものを
 こりずま
 身も投げつべき
 宿の藤
〔朧月夜←〕須磨に沈んで暮らしていたことを忘れないが
また懲りもせずにこの家の藤の花に、淵に身を投げてしまいたい
474
:答
水鳥の
 青羽は色も
 変はらぬを
 萩の下こそ
 けしきことなれ
〔紫の上→〕水鳥の青い羽のわたしの心の色は変わらないのに
萩の下葉のあなたの様子は変わっています
 
 

若菜下 4/18首

  相手内訳:1×4(明石尼君、紫の上、女三宮、朧月夜
484
誰れかまた
 心を知りて
 住吉の
 神
代を経たる
 にこと問ふ
〔明石尼君←〕わたしの外に誰がまた昔の事情を知って住吉の
神代からの松に話しかけたりしましょうか
496
契り置かむ
 この世ならでも
 葉に
 ゐる
 心隔つな
〔紫の上→〕お約束して置きましょう、この世ばかりでなく来世に蓮の葉の上に
玉と置く露のようにいささかも心の隔てを置きなさいますな
498
待つ里も
 いかが聞くらむ
 方がたに
 心騒がす
 ひぐらしの声
〔女三宮→〕わたしを待っているほうでもどのように聞いているでしょうか
それぞれに心を騒がすひぐらしの声ですね
499
海人の世を
 よそに聞かめや
 須磨の浦に
 藻塩垂れしも
 誰れならなくに
〔朧月夜←〕出家されたことを他人事して聞き流していられましょうか
わたしが須磨の浦で涙に沈んでいたのは誰ならぬあなたのせいなのですから
 
 

柏木 1/11首

  相手内訳:1(女三宮)
504
贈:
誰が世にか
 種は蒔きしと
 人問はば
 いかが岩根の
 松は答へむ
〔女三宮←〕いったい誰が種を蒔いたのでしょうと人が尋ねたら
誰と答えてよいのでしょう、岩根の松は
 
 

横笛 1/8首

  相手内訳:1(源氏)
514
憂き節も
 忘れずながら
 呉竹の
 こは捨て難き
 ものにぞありける
〔源氏〕いやなことは忘れられないがこの子は
かわいくて捨て難く思われることだ
 
 

鈴虫 3/6首

  相手内訳:2(女三宮)、1(冷泉院
520
葉を
 同じ台と
 契りおきて
 露の分かるる
 今日ぞ悲しき
〔女三宮←〕来世は同じ蓮の花の中でと約束したが
その葉に置く露のように別々でいる今日が悲しい
523
心もて
 草の宿りを
 厭へども
 なほ鈴虫
 ふりせぬ
〔女三宮→〕ご自分からこの家をお捨てになったのですが
やはりお声は鈴虫と同じように今も変わりません
525
月影は
 同じ居に
 見えながら
 わが宿からの
 ぞ変はれる
〔冷泉院→〕月の【面影】は昔と同じく照っていますが【雲の中に見えながらも】
わたしの方がすっかり変わってしまいました
 
 

夕霧 0/26首

 
 

御法(みのり) 3/12首

  相手内訳:1×2(頭中将、斎宮)、0.1×3(紫の上、源氏、明石姫君
557
ややもせば
 消えをあらそふ
 露の世
 後れ先だつ
 ほど経ずもがな
〔紫の上+源氏+明石姫君〕どうかすると先を争って消えてゆく露のようにはかない人の世に
せめて後れたり先立ったりせずに一緒に消えたいものです
561
けさは
 昔とも
 おもほえず
 おほかた
 夜こそつらけれ
〔頭中将→〕涙に濡れていますことは昔も今もどちらも同じです
だいたい秋の夜というのが堪らない思いがするのです
563
昇りにし
 雲居ながらも
 かへり見よ
 われ飽きはてぬ
 常ならぬ世に
〔斎宮→〕煙となって昇っていった雲居からも振り返って欲しい
わたしはこの無常の世にすっかり飽きてしまいました
 
 

幻 19/26首

  相手内訳:12(源氏)、2(中将の君②)、1×5(蛍宮、明石の君、花散里、夕霧、導師)
564
わが宿は
 もてはやす
 人もなし
 何にか春の
 たづね来つらむ
〔蛍宮←〕わたしの家には花を喜ぶ人もいませんのに
どうして春が訪ねて来たのでしょう
566
憂き世には
 雪消えなむと
 思ひつつ
 思ひの外に
 なほぞほどふる
〔源氏〕つらいこの世からは姿を消してしまいたいと思いながらも
心外にもまだ月日を送っていることだ
567
植ゑて見し
 花のあるじも
 なき宿に
 知らず顔にて
 来ゐる鴬
〔源氏〕植えて眺めた花の主人もいない宿に
知らない顔をして来て鳴いている鴬よ
568
今はとて
 荒らしや果てむ
 亡き人の
 心とどめし
 春の垣根を
〔源氏〕いよいよ出家するとなるとすっかり荒れ果ててしまうのだろうか
亡き人が心をこめて作った春の庭も
569
なくなく
 帰りにしかな
 
 いづこもつひの
 常ならぬに
〔明石の君←〕泣きながら帰ってきたことです、この仮の世は
どこもかしこも永遠の住まいではないので
572
羽衣
 薄きに変はる
 今日よりは
 空蝉の世ぞ
 いとど悲しき
〔花散里→〕羽衣のように薄い着物に変わる今日からは
はかない世の中がますます悲しく思われます
574
おほかたは
 思ひ捨ててし
 世なれども
 はなほや
 摘みをかすべき
〔中将の君→〕だいたいは執着を捨ててしまったこの世ではあるが
この葵はやはり摘んでしまいそうだ
575
亡き人を
 偲ぶる宵の
 村雨に
 濡れてや来つる
 山ほととぎす
〔夕霧←〕亡き人を偲ぶ今宵の村雨に
濡れて来たのか、山時鳥よ
577
つれづれ
 わが泣き暮らす
 夏の日を
 かことがましき
 虫の声かな
〔源氏〕することもなく涙とともに日を送っている夏の日を
わたしのせいみたいに鳴いている蜩の声だ
578
夜を知る
 蛍を見ても
 悲しきは
 時ぞともなき
 思ひなりけり
〔源氏〕夜になったことを知って光る螢を見ても悲しいのは
昼夜となく燃える亡き人を恋うる思いであった
579
七夕の
 逢ふ瀬は雲の
 よそに見て
 別れの庭に
 露ぞおきそふ
〔源氏〕七夕の逢瀬は雲の上の別世界のことと見て
その後朝の別れの庭の露に悲しみの涙を添えることよ
581
恋ふる
 わが身も末に
 なりゆけど
 残り多かる
 なりけり
〔中将の君→〕人を恋い慕うわが余命も少なくなったが
残り多い涙であることよ
582
もろともに
 おきゐし菊の
 白露も
 一人袂に
 かかる秋かな
〔源氏〕一緒に起きて置いた菊のきせ綿の朝露も
今年の秋はわたし独りの袂にかかることだ
583
大空を
 かよふ
 夢にだに
 見えこぬ魂の
 行方たづねよ
〔源氏〕大空を飛びゆく幻術士よ、夢の中にさえ
現れない亡き人の魂の行く方を探してくれ
584
宮人は
 豊明といそぐ
 今日
 日影も知らで
 暮らしつるかな
〔源氏〕宮人が豊明の節会に夢中になっている今日
わたしは日の光〔影〕も知らないで暮らしてしまったな
585
死出の山
 越えにし人を
 慕ふとて
 跡を見つつも
 なほ惑ふかな
〔源氏〕死出の山を越えてしまった人を恋い慕って行こうとして
その跡を見ながらもやはり悲しみにくれまどうことだ
586
かきつめて
 見るもかひなし
 藻塩草
 同じ雲居の
 煙とをなれ
〔源氏〕かき集めて見るのも甲斐がない、この手紙も
本人と同じく雲居の煙となりなさい
587
春までの
 命も知ら
 のうちに
 色づく梅を
 今日かざしてむ
〔導師←〕春までの命もあるかどうか分からないから
雪の中に色づいた紅梅を今日は插頭にしよう
589
もの思ふと
 過ぐる日も
 知らぬまに
 年もわが
 今日尽きぬる
〔源氏〕物思いしながら過ごし月日のたつのも知らない間に
今年も自分の寿命も今日が最後になったか