徒然草59段 大事を思ひ立たむ人は:原文

道心あらば 徒然草
第二部
59段
大事を思ひ
真乗院

 
 大事を思ひ立たむ人は、去りがたく、心にかからむことの本意を遂げずして、さながら捨つべきなり。
「しばし、このこと果てて」「同じくはかのこと沙汰しおきて」「しかしかのこと、人の嘲りやあらむ、行く末難なくしたためまうけて」「年ごろもあれ、そのこと待たむ、ほどあらじ。もの騒がしからぬやうに」など思はむには、えさらぬことのみいとど重なりて、事の尽くる限りもなく、思ひ立つ日もあるべからず。
おほやう、人を見るに、少し心あるきはは、皆このあらましにてぞ一期は過ぐめる。
 

 近き火などに逃ぐる人は、「しばし」とや言ふ。
身を助けむとすれば、恥をも顧みず、財をも捨てて逃れ去るぞかし。
命は人を待つものかは。
無常の来ることは、水火の攻むるよりもすみやかに、逃れがたきものを、その時、老いたる親、いときなき子、君の恩、人の情け、捨てがたしとて捨てざらむや。