枕草子191段 すきずきしくてひとり住みする人の

八月ばかり 枕草子
中巻下
191段
すきずきし
いみじう暑き昼中

(旧)大系:191段
新大系:182段、新編全集:182段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず混乱を招くので、以後最も索引性に優れる三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:317段
 


 
 すきずきしくてひとり住みする人の、夜はいづくにやありつらむ、暁に帰りて、やがて起きたる、ねぶたげなるけしきなれど、硯とりよせて墨こまやかにおしすりて、ことなしびに筆に任せてなどはあらず、心とどめて書く、まひろげ姿もをかしう見ゆ。
 

 しろき衣どものうへに、山吹、紅などぞ着たる。しろき単衣のいたうしぼみたるを、うちまもりつつ書きはてて、前なる人にもとらせず、わざと立ちて、小舎人童、つきづきしき随身など近う呼び寄せて、ささめきとらせて、往ぬるのちもひさしうながめて、経などのさるべき所々、しのびやかに口ずさびに読みゐたるに、奥の方に御粥、手水などしてそそのかせば、あゆみ入りても、文机におしかかりて書などをぞ見る。おもしろかりける所は高ううち誦したるも、いとをかし。
 

 手洗ひて、直衣ばかりうち着て、六の巻そらに読む、まことにたふときほどに、近き所なるべし、ありつる使うちけしきばめば、ふと読みさして、返りごとに心移すこそ、罪得らむとをかしけれ。
 
 

八月ばかり 枕草子
中巻下
191段
すきずきし
いみじう暑き昼中