源氏物語 48帖 早蕨:あらすじ・目次・原文対訳

総角 源氏物語
第三部
第48帖
早蕨
宿木

 
 本ページは、高千穂大名誉教授・渋谷栄一氏の『源氏物語の世界』(目次構成・登場人物・原文・訳文)を参照引用している(全文使用許可あり)。
 ここでは、その原文と現代語訳のページの内容を統合し、レイアウトを整えた。速やかな理解に資すると思うが、詳しい趣旨は上記リンク参照。
 
 

 早蕨(さわらび)のあらすじ

 薫25歳の春の話。

 宇治の里にまた春がめぐってきた。父八の宮〔源氏の異母弟〕も姉大君も亡くした中君の元に、父の法の師だった宇治山の阿闍梨から例年通り蕨や土筆が届けられた。中君は阿闍梨の心づくしに涙を落とす。

 匂宮〔今上帝の三宮。源氏の異母兄(朱雀帝)の孫〕は宇治通いが困難なので、二月上旬に中君を京の二条院に迎えることにした。後見人の薫〔源氏の子とみなされる柏木の子・頭中将の孫〕は、中君のために上京の準備に心を配る。上京の前日、薫は宇治を訪れ、中君と大君の思い出を夜更けまで語り合った。匂宮の元へ移る中君がいまさらながら惜しく、薫は後悔の念に駆られた。老女房の弁は大君の死後尼になっていたが、このまま宇治に留まる決心をしていた。

 二月七日に二条院に迎えられた中君は匂宮から手厚く扱われる。これを知って、六の君と匂宮の婚儀を目論んでいた夕霧〔源氏と葵の子〕は二十日過ぎに末娘六の君の裳着を決行、薫との縁組を打診したが、薫の対応はそっけなかった。薫に断られた夕霧は「亡くなられた大君といい、生きている中君といい。当代きっての貴公子2人に想われるこの姉妹は…」と、宇治の姉妹に心を奪われ愛娘・六の君に興味を示さない薫と匂宮に不満を抱く。

 桜の盛りのころ、薫は二条院を訪れ中君と語り合った。中君に親しく近付く薫に、匂宮は警戒の念を抱く。

(以上Wikipedia早蕨より。色づけと〔〕は本ページ)
 
目次
和歌抜粋内訳#早蕨(15首:別ページ)
主要登場人物
 
第48帖 早蕨(さわらび)
 薫君の中納言時代
 二十五歳春の物語
 
第一章 中君の物語
 匂宮との結婚を前にした宇治での生活
 第一段 宇治の新春、山の阿闍梨から山草が届く
 第二段 中君、阿闍梨に返事を書く
 第三段 正月下旬、薫、匂宮を訪問
 第四段 匂宮、薫に中君を京に迎えることを言う
 第五段 中君、姉大君の服喪が明ける
 第六段 薫、中君が宇治を出立する前日に訪問
 第七段 中君と薫、紅梅を見ながら和歌を詠み交す
 第八段 薫、弁の尼と対面
 第九段 弁の尼、中君と語る
 
第二章 中君の物語
 匂宮との京での結婚生活が始まる
 第一段 中君、京へ向けて宇治を出発
 第二段 中君、京の二条院に到着
 第三段 夕霧、六の君の裳着を行い、結婚を思案す
 第四段 薫、桜の花盛りに二条院を訪ね中君と語る
 第五段 匂宮、中君と薫に疑心を抱く
 出典
 校訂
 

主要登場人物

 

薫(かおる)
源氏の子〔と一般にみなされる柏木の子、頭中将の孫〕
呼称:中納言・中納言殿・中納言の君・客人・殿・君
匂宮(におうのみや)
今上帝の第三親王
呼称:兵部卿宮・宮
中君(なかのきみ)
八の宮の二女
呼称:中の宮・姫宮
弁尼君(べんのあまぎみ)
〔八の宮の義理の従姉妹、柏木の乳母子〕
呼称:弁

 
 以上の内容は〔〕以外、以下の原文のリンクから参照。
 
 
 

原文対訳

和歌 定家本
(大島本
現代語訳
(渋谷栄一)
  早蕨(さわらび)
 
 

第一章 中君の物語 匂宮との結婚を前にした宇治での生活

 
 

第一段 宇治の新春、山の阿闍梨から山草が届く

 
   薮し分かねば、春の光を見たまふにつけても、「いかでかくながらへにける月日ならむ」と、夢のやうにのみおぼえたまふ。
 
 薮だからといって分け隔てして日光は差すものでないので、春の光を御覧になるにつけても、「どうしてこう生き永らえてきた月日なのだろう」と、夢のようにばかり思われなさる。
 
   行き交ふ時々にしたがひ、花鳥の色をも音をも、同じ心に起き臥し見つつ、はかなきことをも、本末をとりて言ひ交はし、心細き世の憂さもつらさも、うち語らひ合はせきこえしにこそ、慰む方もありしか、をかしきこと、あはれなるふしをも、聞き知る人もなきままに、よろづかきくらし、心一つをくだきて、宮のおはしまさずなりにし悲しさよりも、ややうちまさりて恋しくわびしきに、いかにせむと、明け暮るるも知らず惑はれたまへど、世にとまるべきほどは、限りあるわざなりければ、死なれぬもあさまし。
 
 去っては迎える時節時節にしたがって、花や鳥の色をも声をも、同じ気持ちで起き臥し見ては、ちょっとした和歌を詠むことでも、上の句と下の句とをそれぞれ付け交わして、心細いこの世の悲しさも辛さも、語り合ってきたからこそ、慰むこともあったが、おもしろいことや、しみじみとしたことを、聞き知る人がいないままに、すべてまっくら闇で、心一つに思い悩んで、父宮がお亡くなりになった悲しさよりも、もう少しまさって恋しくわびしいので、どうしたらよいかと、明けるのも暮れるのも分からず茫然としていらっしゃるが、世に生きている間は、定めがあることだったので、死ぬことができないのもあきれたことだ。
 
   阿闍梨のもとより、  阿闍梨のもとから、
   「年改まりては、何ごとかおはしますらむ。
 御祈りは、たゆみなく仕うまつりはべり。
 今は、一所の御ことをなむ、安からず念じきこえさする」
 「新年になってからは、いかがお過ごしでしょうか。
 ご祈祷は、怠りなくお勤めいたしております。
 今は、お一方の事を、ご無事にと祈念いたしております」
   など聞こえて、蕨、つくづくし、をかしき籠に入れて、「これは、童べの供養じてはべる初穂なり」とて、たてまつれり。
 手は、いと悪しうて、歌は、わざとがましくひき放ちてぞ書きたる。
 
 などと申し上げて、蕨、土筆を、風流な籠に入れて、「これは、童たちが献じましたお初穂です」といって、差し上げた。
 筆跡は、とても悪筆で、和歌は、わざとらしく放ち書きにしてあった。
 
 

684
 「君にとて あまたの春を 摘みしかば
 常を忘れぬ 初蕨なり
 「わが君にと思って毎年毎年の春に摘みましたので
  今年も例年どおりの初蕨です
 
   御前に詠み申さしめたまへ」  御前でお詠み申し上げてください」
   とあり。
 
 とある。
 
 
 

第二段 中君、阿闍梨に返事を書く

 
   大事と思ひまはして詠み出だしつらむ、と思せば、歌の心ばへもいとあはれにて、なほざりに、さしも思さぬなめりと見ゆる言の葉を、めでたく好ましげに書き尽くしたまへる人の御文よりは、こよなく目とまりて、涙もこぼるれば、返り事、書かせたまふ。
 
 大事と思って詠み出したのだろう、とお思いになると、歌の気持ちもまことにしみじみとして、いい加減で、そうたいしてお思いでないように見える言葉を、素晴らしく好ましそうにお書き尽くしなさる方のお手紙よりも、この上なく目が止まって、涙も自然とこぼれてくるので、返事を、お書かせになる。
 
 

685
 「この春は 誰れにか見せむ 亡き人の
 かたみに摘める 峰の早蕨」
 「今年の春は誰にお見せしましょうか
  亡きお方の形見として摘んだ峰の早蕨を」
 
   使に禄取らせさせたまふ。
 
 使者に禄を与えさせなさる。
 
   いと盛りに匂ひ多くおはする人の、さまざまの御もの思ひに、すこしうち面痩せたまへる、いとあてになまめかしきけしきまさりて、昔人にもおぼえたまへり。
 並びたまへりし折は、とりどりにて、さらに似たまへりとも見えざりしを、うち忘れては、ふとそれかとおぼゆるまでかよひたまへるを、
 まことに盛りではなやいでいらっしゃる方で、いろいろなお悲しみに、少し面痩せしていらっしゃるのが、とても上品で優美な感じがまさって、故人にも似ていらっしゃった。
 お揃いでいらっしゃったときは、それぞれ素晴らしく、全然似ていらっしゃるとも見えなかったが、ふと忘れては、その人かと思われるまで似ていらっしゃるのを、
   「中納言殿の、骸をだにとどめて見たてまつるものならましかばと、朝夕に恋ひきこえたまふめるに、同じくは、見えたてまつりたまふ御宿世ならざりけむよ」  「中納言殿が亡骸だけでも残って拝見できるものであったらと、朝夕にお慕い申し上げていらっしゃるようだが、同じことなら、結ばれなさるご運命でなかったことよ」
   と、見たてまつる人びとは口惜しがる。
 
 と、拝する女房たちは残念がっている。
 
   かの御あたりの人の通ひ来るたよりに、御ありさまは絶えず聞き交はしたまひけり。
 尽きせず思ひほれたまひて、「新しき年ともいはず、いや目になむ、なりたまへる」と聞きたまひても、「げに、うちつけの心浅さにはものしたまはざりけり」と、いとど今ぞあはれも深く、思ひ知らるる。
 
 あの御あたりの人が通って来る便りに、ご様子は常にお互いにお聞きなさっていたのであった。
 いつまでもぼうっとしていらして、「新年になっても相変わらず、悲しそうな涙顔に、なっていらっしゃる」とお聞きになっても、「なるほど、一時の浮ついたお心ではいらっしゃらなかったのだ」と、ますます今となって愛情も深かったのだと、思い知られる。
 
   宮は、おはしますことのいと所狭くありがたければ、「京に渡しきこえむ」と思し立ちにたり。
 
 宮は、お越しになることがまことに自由に振る舞えず機会がないので、「京にお移し申そう」とご決意なさっていた。
 
 
 

第三段 正月下旬、薫、匂宮を訪問

 
   内宴など、もの騒がしきころ過ぐして、中納言の君、「心にあまることをも、また誰れにかは語らはむ」と思しわびて、兵部卿宮の御方に参りたまへり。
 
 内宴など、何かと忙しい時期を過ごして、中納言の君が、「心におさめかねていることを、また他に誰に話せようか」とお思い余って、兵部卿宮の御方に参上なさった。
 
   しめやかなる夕暮なれば、宮うち眺めたまひて、端近くぞおはしましける。
 箏の御琴かき鳴らしつつ、例の、御心寄せなる梅の香をめでおはする、下枝を押し折りて参りたまへる、匂ひのいと艶にめでたきを、折をかしう思して、
 しんみりとした夕暮なので、宮は物思いに耽っておいでになって、端近くにいらっしゃった。
 箏のお琴を掻き鳴らしながら、いつものように、お気に入りの梅の香を賞美しておいでになる、その下枝を手折って参上なさったが、匂いがたいそう優雅で素晴らしいのを、折柄興あることにお思いになって、
 

686
 「折る人の 心にかよふ 花なれや
 色には出でず 下に匂へる」
 「折る人の心に通っている花なのだろうか
  表には現さないで内に匂いを含んでいる」
 
   とのたまへば、  とおっしゃるので、
 

687
 「見る人に かこと寄せける 花の枝を
 心してこそ 折るべかりけれ
 「見る人に言いがかりをつけられる花の枝は
  注意して折るべきでした
 
   わづらはしく」  迷惑なことです」
   と、戯れ交はしたまへる、いとよき御あはひなり。
 
 と冗談を言い交わしなさっているが、実にも仲好いお二方である。
 
   こまやかなる御物語どもになりては、かの山里の御ことをぞ、まづはいかにと、宮は聞こえたまふ。
 中納言も、過ぎにし方の飽かず悲しきこと、そのかみより今日まで思ひの絶えぬよし、折々につけて、あはれにもをかしくも、泣きみ笑ひみとかいふらむやうに、聞こえ出でたまふに、ましてさばかり色めかしく、涙もろなる御癖は、人の御上にてさへ、袖もしぼるばかりになりて、かひがひしくぞあひしらひきこえたまふめる。
 
 こまごまとしたお話になってからは、あの山里の御事を、まずはどうしているかと、宮はお尋ね申し上げなさる。
 中納言も、亡くなった方のことが諦めようもなく悲しいことを、その当時から今日までの思いの断ち切れないことを、四季折々につけて、悲しいことや風流なことを、悲喜こもごもとか言うように、申し上げなさると、それ以上にあれほど色っぽく涙もろいご性癖は、人のお身の上のことでさえ、袖をしぼるほどになって、話しがいがあるようにお答えなさっているようである。
 
 
 

第四段 匂宮、薫に中君を京に迎えることを言う

 
   空のけしきもまた、げにぞあはれ知り顔に霞みわたれる。
 夜になりて、烈しう吹き出づる風のけしき、まだ冬めきていと寒げに、大殿油も消えつつ、闇はあやなきたどたどしさなれど、かたみに聞きさしたまふべくもあらず、尽きせぬ御物語をえはるけやりたまはで、夜もいたう更けぬ。
 
 空の様子もまた、なるほど心を知っているかのように霞わたっていた。
 夜になって烈しく吹き出した風の様子、まだ冬らしくてまこと寒そうで、大殿油も消え消えし、闇は梅の香を隠せず匂っているが、互いにそのままお話をやめることもなさらず、尽きないお話を心ゆくまでお話しきれないで、夜もたいそう更けてしまった。
 
   世にためしありがたかりける仲の睦びを、「いで、さりとも、いとさのみはあらざりけむ」と、残りありげに問ひなしたまふぞ、わりなき御心ならひなめるかし。
 さりながらも、ものに心えたまひて、嘆かしき心のうちもあきらむばかり、かつは慰め、またあはれをもさまし、さまざまに語らひたまふ、御さまのをかしきにすかされたてまつりて、げに、心にあまるまで思ひ結ぼほるることども、すこしづつ語りきこえたまふぞ、こよなく胸のひまあく心地したまふ。
 
 世にも稀な二人の仲のよさを、「さあ、そうはいっても、とてもそんなばかりではなかったでしょう」と、隠しているものがあるようにお尋ねになるのは、理不尽なご性癖のせいである。
 そうは言っても、物事をよくお分かりになって、悲しい心の中を晴れるように、一方では慰めもし、また悲しみを忘れさせ、いろいろとお語らいになる、そのご様子の魅力にお引かれ申して、なるほど、心に余るほどに鬱積していたことがらを、少しずつお話し申し上げなさるのは、この上なく心が晴れ晴れする気がなさる。
 
   宮も、かの人近く渡しきこえてむとするほどのことども、語らひきこえたまふを、  宮も、あの方を近々お移し申そうとすることについて、ご相談申し上げなさるのを、
   「いとうれしきことにもはべるかな。
 あいなく、みづからの過ちとなむ思うたまへらるる。
 飽かぬ昔の名残を、また尋ぬべき方もはべらねば、おほかたには、何ごとにつけても、心寄せきこゆべき人となむ思うたまふるを、もし便なくや思し召さるべき」
 「まことに嬉しいことでございますね。
 不本意ながら、わたしの過失と存じておりました諦め切れない故人の縁者を、また他に訪ねるべき人もございませんので、後見一般としては、どのようなことでも、お世話申し上げるべき人と存じておりますが、もし不都合なこととお思いになりましょうか」
   とて、かの、「異人とな思ひわきそ」と、譲りたまひし心おきてをも、すこしは語りきこえたまへど、岩瀬の森の呼子鳥めいたりし夜のことは、残したりけり。
 心のうちには、「かく慰めがたき形見にも、げに、さてこそ、かやうにも扱ひきこゆべかりけれ」と、悔しきことやうやうまさりゆけど、今はかひなきものゆゑ、「常にかうのみ思はば、あるまじき心もこそ出で来れ。
 誰がためにもあぢきなく、をこがましからむ」と思ひ離る。
 「さても、おはしまさむにつけても、まことに思ひ後見きこえむ方は、また誰れかは」と思せば、御渡りのことどもも心まうけせさせたまふ。
 
 と言って、あの、「他人とお思いくださるな」と、お譲りになったお心向けをも、少しお話し申し上げなさるが、岩瀬の森の呼子鳥めいた夜のことは、話さずにいたのであった。
 心の中では、「このように慰めがたい形見にも、なるほど、おっしゃったように、このようにお世話申し上げるべきであった」と、悔しさがだんだんと高じてゆくが、今では甲斐のないゆえに、「常にこのようにばかり思っていたら、とんでもない料簡が出て来るかもしれない。
 誰にとってもつまらなく、馬鹿らしいことだろう」と思い諦める。
 「それにしても、お移りになるにしても、ほんとうにご後見申し上げる人は、わたし以外に誰がいようか」とお思いになるので、お引越しの準備を用意おさせになる。
 
 
 

第五段 中君、姉大君の服喪が明ける

 
   かしこにも、よき若人童など求めて、人びとは心ゆき顔にいそぎ思ひたれど、今はとてこの伏見を荒らし果てむも、いみじく心細ければ、嘆かれたまふこと尽きせぬを、さりとても、またせめて心ごはく、絶え籠もりてもたけかるまじく、「浅からぬ仲の契りも、絶え果てぬべき御住まひを、いかに思しえたるぞ」とのみ、怨みきこえたまふも、すこしはことわりなれば、いかがすべからむ、と思ひ乱れたまへり。
 
 あちらでも、器量の良い若い女房や童女などを雇って、女房たちは満足げに準備しているが、今を最後とこの伏見ならぬ宇治を荒らしてしまうのも、たいそう心細いので、お嘆きになること尽きないが、だからといって、また気負い立って強情を張って、閉じ籠もっていてもどうしようもなく、「浅くない縁が、絶え果ててしまいそうなお住まいなのに、どういうおつもりですか」とばかり、お恨み申し上げなさるのも、少しは道理なので、どうしたらよいだろう、と思案なさっていた。
 
   如月の朔日ごろとあれば、ほど近くなるままに、花の木どものけしきばむも残りゆかしく、「峰の霞の立つを見捨てむことも、おのが常世にてだにあらぬ旅寝にて、いかにはしたなく人笑はれなることもこそ」など、よろづにつつましく、心一つに思ひ明かし暮らしたまふ。
 
 二月の上旬頃にというので、間近になるにつれて、花の木の蕾みがふくらんでくるのもその後が気になって、「峰に霞が立つのを見捨てて行くことも、自分の常住の住まいでさえない旅寝のようで、どんなに体裁悪く物笑いになっては」などと、万事に気がひけて、一人思案に暮れて過ごしていらっしゃる。
 
   御服も、限りあることなれば、脱ぎ捨てたまふに、禊も浅き心地ぞする。
 親一所は、見たてまつらざりしかば、恋しきことは思ほえず。
 その御代はりにも、この度の衣を深く染めむと、心には思しのたまへど、さすがに、さるべきゆゑもなきわざなれば、飽かず悲しきこと限りなし。
 
 御服喪も、期限があることなので、脱ぎ捨てなさるのに、禊も浅い気がする。
 母親は、お顔を存じ上げていないので、恋しいとも思われない。
 そのお代わりにも、今回の喪服の色を濃く染めようと、心にお思いになりおっしゃりもしたが、はやり、そのような理由もないことなので、物足りなく悲しいことは限りがない。
 
   中納言殿より、御車、御前の人びと、博士などたてまつれたまへり。
 
 中納言殿から、お車や、御前の供人や、博士などを差し向けなさった。
 
 

688
 「はかなしや 霞の衣 裁ちしまに
 花のひもとく 折も来にけり」
 「早いものですね、霞の衣を作ったばかりなのに
  もう花が綻ぶ季節となりました」
 
   げに、色々いときよらにてたてまつれたまへり。
 御渡りのほどの被け物どもなど、ことことしからぬものから、品々にこまやかに思しやりつつ、いと多かり。
 
 なるほど、色とりどりにたいそう美しくして差し上げなさった。
 お引越しの時のお心づけなど、仰々しくない物で、それぞれの身分に応じていろいろと考えて、とても多かった。
 
   「折につけては、忘れぬさまなる御心寄せのありがたく、はらからなども、えいとかうまではおはせぬわざぞ」  「何かにつけて、忘れず気のつくご好意をありがたく、兄弟などでさえ、とてもこうまではいらっしゃらないことだ」
   など、人びとは聞こえ知らす。
 あざやかならぬ古人どもの心には、かかる方を心にしめて聞こゆ。
 若き人は、時々も見たてまつりならひて、今はと異ざまになりたまはむを、さうざうしく、「いかに恋しくおぼえさせたまはむ」と聞こえあへり。
 
 などと、女房たちはお教え申し上げる。
 ぱっとしない老女房連中の考えとしては、このような点を身にしみて申し上げる。
 若い女房は、時々拝見し馴れているので、今を限りに縁遠くおなりになるのを、物足りなく、「どんなに恋しくお思いなされるでしょう」とお噂し合っていた。
 
 
 

第六段 薫、中君が宇治を出立する前日に訪問

 
   みづからは、渡りたまはむこと明日とての、まだつとめておはしたり。
 例の、客人居の方におはするにつけても、今はやうやうもの馴れて、「我こそ、人より先に、かうやうにも思ひそめしか」など、ありしさま、のたまひし心ばへを思ひ出でつつ、「さすがに、かけ離れ、ことの外になどは、はしたなめたまはざりしを、わが心もて、あやしうも隔たりにしかな」と、胸いたく思ひ続けられたまふ。
 
 ご自身は、お移りになることが明日という日の、まだ早朝においでになった。
 いつものように、客人席にお通りになるにつけても、今は、だんだん何にも馴れて、「自分こそ、誰よりも先に、このように思っていたのだ」などと、生前のご様子や、おっしゃったお気持ちをお思い出しになって、「それでも、よそよそしく、思いの外になどとは、おあしらいなさらなかったが、自分のほうから、妙に他人で終わることになってしまったな」と、胸痛くお思い続けなさる。
 
   垣間見せし障子の穴も思ひ出でらるれば、寄りて見たまへど、この中をば下ろし籠めたれば、いとかひなし。
 
 垣間見した襖障子の穴も思い出されるので、近寄って御覧になるが、部屋の中が閉めきってあるので、何にもならない。
 
   内にも、人びと思ひ出できこえつつうちひそみあへり。
 中の宮は、まして、もよほさるる御涙の川に、明日の渡りもおぼえたまはず、ほれぼれしげにてながめ臥したまへるに、
 部屋の中でも、女房たちはお思い出し申し上げながら涙ぐんでいた。
 中の宮は、女房たち以上に、催される涙の川で、明日の引っ越しもお考えになれず、茫然として物思いに沈んで臥せっておいでになるので、
   「月ごろの積もりも、そこはかとなけれど、いぶせく思うたまへらるるを、片端もあきらめきこえさせて、慰めはべらばや。
 例の、はしたなくなさし放たせたまひそ。
 いとどあらぬ世の心地しはべり」
 「幾月ものご無沙汰の間に積もりましたお話も、何ということございませんが、鬱々としておりましたので、少しでもお晴らし申し上げて、気を紛らわせたく存じます。
 いつものように、きまり悪く他人行儀なさらないでください。
 ますます知らない世界に来た気が致します」
   と聞こえたまへれば、  と申し上げなさると、
   「はしたなしと思はれたてまつらむとしも思はねど、いさや、心地も例のやうにもおぼえず、かき乱りつつ、いとどはかばかしからぬひがこともやと、つつましうて」  「体裁が悪いとお思い申されようとは思いませんが、それでも、気分もいつものようでなく、心も乱れ乱れて、ますますはきはきしない失礼を申し上げてはと、気がひけまして」
   など、苦しげにおぼいたれど、「いとほし」など、これかれ聞こえて、中の障子の口にて対面したまへり。
 
 などと、つらそうにお思いになっているが、「お気の毒です」などと、あれこれ女房が申し上げるので、中の襖障子口でお会いなさった。
 
   いと心恥づかしげになまめきて、また「このたびは、ねびまさりたまひにけり」と、目も驚くまで匂ひ多く、「人にも似ぬ用意など、あな、めでたの人や」とのみ見えたまへるを、姫宮は、面影さらぬ人の御ことをさへ思ひ出できこえたまふに、いとあはれと見たてまつりたまふ。
 
 たいそうこちらが気恥ずかしくなるほど優美で、また「今度は、一段と立派におなりになった」と、目も驚くほどはなやかに美しく、「誰にも似ない心ばせなど、何とも、素晴らしい方だ」とばかりお見えになるのを、姫宮は、面影の離れない方の御事までお思い出し申し上げなさると、まことにしみじみとお会い申し上げなさる。
 
   「尽きせぬ御物語なども、今日は言忌すべくや」  「つきないお話なども、今日は言忌みしましょうね」
   など言ひさしつつ、  などと言いさして、
   「渡らせたまふべき所近く、このころ過ぐして移ろひはべるべければ、夜中暁と、つきづきしき人の言ひはべるめる、何事の折にも、疎からず思しのたまはせば、世にはべらむ限りは、聞こえさせ承りて過ぐさまほしくなむはべるを、いかがは思し召すらむ。
 人の心さまざまにはべる世なれば、あいなくやなど、一方にもえこそ思ひはべらね」
 「お移りになるはずの所の近くに、もう幾日かして移ることになっていますので、夜中も早朝もと、親しい間柄の人が言いますように、どのような機会にも、親しくお考えくださりおっしゃっていただければ、この世に生きております限りは、申し上げもし承りもして過ごしとうございますが、どのようにお考えでしょうか。
 人の考えはいろいろでございます世の中なので、かえって迷惑かなどと、独り決めもしかねるのです」
   と聞こえたまへば、  と申し上げなさると、
   「宿をばかれじと思ふ心深くはべるを、近く、などのたまはするにつけても、よろづに乱れはべりて、聞こえさせやるべき方もなく」  「邸を離れまいと思う考えは強うございますが、近くに、などとおっしゃって下さるにつけても、いろいろと思い乱れまして、お返事の申し上げようもなくて」
   など、所々言ひ消ちて、いみじくものあはれと思ひたまへるけはひなど、いとようおぼえたまへるを、「心からよそのものに見なしつる」と、いと悔しく思ひゐたまへれど、かひなければ、その夜のことかけても言はず、忘れにけるにやと見ゆるまで、けざやかにもてなしたまへり。
 
 などと、言葉とぎれとぎれに言って、ひどく心に感じ入っていらっしゃる様子など、ひどくよく似ていらっしゃるのを、「自分から他人の妻にしてしまった」と思うと、とても悔しく思っていらっしゃるが、言っても効ないので、あの夜のことは何も言わず、忘れてしまったのかと見えるまで、きれいさっぱりと振る舞っていらっしゃった。
 
 
 

第七段 中君と薫、紅梅を見ながら和歌を詠み交す

 
   御前近き紅梅の、色も香もなつかしきに、鴬だに見過ぐしがたげにうち鳴きて渡るめれば、まして「春や昔の」と心を惑はしたまふどちの御物語に、折あはれなりかし。
 風のさと吹き入るるに、花の香も客人の御匂ひも、橘ならねど、昔思ひ出でらるるつまなり。
 「つれづれの紛らはしにも、世の憂き慰めにも、心とどめてもてあそびたまひしものを」など、心にあまりたまへば、
 お庭前近い紅梅が、花も香もなつかしいので、鴬でさえ見過ごしがたそうに鳴いて飛び移るようなので、まして、「春や昔の」と心を惑わしなさるどうしのお話に、折からしみじみと心を打つのである。
 風がさっと吹いて入ってくると、花の香も客人のお匂いも、橘ではないが、昔が思い出されるよすがである。
 「所在ない気の紛らわしにも、世の嫌な慰めにも、心をとめて賞美なさったものを」などと、胸に堪えかねるので、
 

689
 「見る人も あらしにまよふ 山里に
 昔おぼゆる 花の香ぞする」
 「花を見る人もいなくなってしまいましょうに、嵐に吹き乱れる山里に
  昔を思い出させる花の香が匂って来ます」
 
   言ふともなくほのかにて、たえだえ聞こえたるを、なつかしげにうち誦じなして、  言うともなくかすかに、とぎれとぎれに聞こえるのを、やさしそうにちょっと口ずさんで、
 

690
 「袖ふれし 梅は変はらぬ 匂ひにて
 根ごめ移ろふ 宿やことなる」
 「昔賞美された梅は今も変わらぬ匂いですが
  根ごと移ってしまう邸は他人の所なのでしょうか」
 
   堪へぬ涙をさまよくのごひ隠して、言多くもあらず、  止まらない涙を体裁よく拭い隠して、言葉数多くもなく、
   「またもなほ、かやうにてなむ、何ごとも聞こえさせよかるべき」  「またやはり、このように、何事もお話し申し上げたいものです」
   など、聞こえおきて立ちたまひぬ。
 
 などと、申し上げおいてお立ちになった。
 
   御渡りにあるべきことども、人びとにのたまひおく。
 この宿守に、かの鬚がちの宿直人などはさぶらふべければ、このわたりの近き御荘どもなどに、そのことどもものたまひ預けなど、こまやかなることどもをさへ定めおきたまふ。
 
 お引越しに必要な支度を、人びとにお指図おきなさる。
 この邸の留守番役として、あの鬚がちの宿直人などが仕えることになっているので、この近辺の御荘園の者どもなどに、そのことをお命じになるなど、生活面の事まで定めおきなさる。
 
 
 

第八段 薫、弁の尼と対面

 
   弁ぞ、  弁は、
   「かやうの御供にも、思ひかけず長き命いとつらくおぼえはべるを、人もゆゆしく見思ふべければ、今は世にあるものとも人に知られはべらじ」  「このようなお供にも、思いもかけず長生きがつらく思われますが、人も不吉に見たり思ったりするにちがいないでしょうから、今は世に生きている者とも人に知られますまい」
   とて、容貌も変へてけるを、しひて召し出でて、いとあはれと見たまふ。
 例の、昔物語などせさせたまひて、
 と言って、出家をしていたのを、しいて召し出して、まことにしみじみと御覧になる。
 いつものように、昔の思い出話などをおさせになって、
   「ここには、なほ、時々は参り来べきを、いとたつきなく心細かるべきに、かくてものしたまはむは、いとあはれにうれしかるべきことになむ」  「ここには、やはり、時々参りましょうが、まことに頼りなく心細いので、こうしてお残りになるのは、まことにしみじみとありがたく嬉しいことです」
   など、えも言ひやらず泣きたまふ。
 
 などと、最後まで言い終わらずにお泣きになる。
 
   「厭ふにはえて延びはべる命のつらく、またいかにせよとて、うち捨てさせたまひけむ、と恨めしく、なべての世を思ひたまへ沈むに、罪もいかに深くはべらむ」  「厭わしく思えば思うほど長生きをする寿命がつらく、またどう生きよといって、先に逝っておしまいになったのか、と恨めしく、この世のすべてを情けなく思っておりますので、罪もどんなにか深い事でございましょう」
   と、思ひけることどもを愁へかけきこゆるも、かたくなしげなれど、いとよく言ひ慰めたまふ。
 
 と、思っていたことをお訴え申し上げるのも、愚痴っぽいが、とてもよく言い慰めなさる。
 
   いたくねびにたれど、昔、きよげなりける名残を削ぎ捨てたれば、額のほど、様変はれるに、すこし若くなりて、さる方に雅びかなり。
 
 たいそう年をとっているが、昔、美しかった名残の黒髪を削ぎ落としたので、額の具合、変わった感じに少し若くなって、その方面の身としては優美である。
 
   「思ひわびては、などかかる様にもなしたてまつらざりけむ。
 それに延ぶるやうもやあらまし。
 さても、いかに心深く語らひきこえてあらまし」
 「思いあぐねた果てに、どうしてこのような尼姿にして差し上げなかったのだろう。
 それによって寿命が延びるようなこともあったろうに。
 そうして、どんなに親密に語らい申し上げられたろうに」
   など、一方ならずおぼえたまふに、この人さへうらやましければ、隠ろへたる几帳をすこし引きやりて、こまかにぞ語らひたまふ。
 げに、むげに思ひほけたるさまながら、ものうち言ひたるけしき、用意、口惜しからず、ゆゑありける人の名残と見えたり。
 
 などと、一方ならず思われなさると、この人までが羨ましいので、隠れている几帳を少し引いて、こまやかに語らいなさる。
 なるほど、すっかり悲しみに暮れている様子だが、何か言う態度、心づかいは、並々でなく、嗜みのあった女房の面影が残っていると見えた。
 
 

691
 「さきに立つ 涙の川に 身を投げば
 人におくれぬ 命ならまし」
 「先に立つ涙の川に身を投げたら
  死に後れしなかったでしょうに」
 
   と、うちひそみ聞こゆ。
 
 と、泣き顔になって申し上げる。
 
   「それもいと罪深かなることにこそ。
 かの岸に到ること、などか。
 さしもあるまじきことにてさへ、深き底に沈み過ぐさむもあいなし。
 すべて、なべてむなしく思ひとるべき世になむ」
 「それもとても罪深いことです。
 彼岸に辿り着くことは、どうしてできようか。
 それ以外のことであってさえも、深い悲しみの底に沈んで生きてゆくのもつまらない。
 すべて、皆無常だと悟るべき世の中なのです」
   などのたまふ。
 
 などとおっしゃる。
 
 

692
 「身を投げむ 涙の川に 沈みても
 恋しき瀬々に 忘れしもせじ
 「身を投げるという涙の川に沈んでも
  恋しい折々を忘れることはできまい
 
   いかならむ世に、すこしも思ひ慰むることありなむ」  いつになったら、少しは思いが慰むことがあろうか」
   と、果てもなき心地したまふ。
 
 と、終わりのない気がなさる。
 
   帰らむ方もなく眺められて、日も暮れにけれど、すずろに旅寝せむも、人のとがむることやと、あいなければ、帰りたまひぬ。
 
 帰る気にもなれず物思いに沈んで、日も暮れてしまったが、わけもなく外泊するのも、人が咎めることであろうかと、仕方ないので、お帰りになった。
 
 
 

第九段 弁の尼、中君と語る

 
   思ほしのたまへるさまを語りて、弁は、いとど慰めがたくくれ惑ひたり。
 皆人は心ゆきたるけしきにて、もの縫ひいとなみつつ、老いゆがめる容貌も知らず、つくろひさまよふに、いよいよやつして、
 お悲しみなっておっしゃっていたご様子を話して、弁は、ますます慰めがたく悲しみに暮れていた。
 女房たちは満足そうな様子で、衣類を縫い用意しながら、年老いた容貌も気にせず、身づくろいにうろうろしている中で、ますます質素にして、
 

693
 「人はみな いそぎたつめる 袖の浦に
 一人藻塩を 垂るる海人かな」
 「人びとは皆準備に忙しく繕い物をしているようですが
  一人藻塩を垂れて涙に暮れている尼の私です」
 
   と愁へきこゆれば、  と訴え申し上げると、
 

694
 「塩垂るる 海人の衣に 異なれや
 浮きたる波に 濡るるわが袖
 「藻塩を垂れて涙に暮れるあなたと同じです
  浮いた波に涙を流しているわたしは
 
   世に住みつかむことも、いとありがたかるべきわざとおぼゆれば、さまに従ひて、ここをば荒れ果てじとなむ思ふを、さらば対面もありぬべけれど、しばしのほども、心細くて立ちとまりたまふを見おくに、いとど心もゆかずなむ。
 かかる容貌なる人も、かならずひたぶるにしも絶え籠もらぬわざなめるを、なほ世の常に思ひなして、時々も見えたまへ」
 結婚生活に入ることも、とてもできそうにないことと思われるので、事情によっては、ここを荒れはてさせまいと思うが、そうしたらお会いすることもありましょうが、暫くの間も、心細くお残りになるのを見ていると、ますます気が進みません。
 このような尼姿の人も、必ずしも引き籠もってばかりいないもののようですので、やはり世間一般の人のように考えて、時々会いに来てください」
   など、いとなつかしく語らひたまふ。
 昔の人のもてつかひたまひしさるべき御調度どもなどは、皆この人にとどめおきたまひて、
 などと、とてもやさしくお話しになる。
 亡き姉君がお使いになったしかるべきご調度類などは、みなこの尼にお残しになって、
   「かく、人より深く思ひ沈みたまへるを見れば、前の世も、取り分きたる契りもや、ものしたまひけむと思ふさへ、睦ましくあはれになむ」  「このように、誰よりも深く悲しんでおいでなのを見ると、前世からも、特別の約束がおありだっただろうかと思うのまでが、慕わしくしみじみ思われます」
   とのたまふに、いよいよ童べの恋ひて泣くやうに、心をさめむ方なくおぼほれゐたり。
 
 とおっしゃると、ますます子供が親を慕って泣くように、気持ちを抑えることができず涙に沈んでいた。
 
 
 

第二章 中君の物語 匂宮との京での結婚生活が始まる

 
 

第一段 中君、京へ向けて宇治を出発

 
   皆かき払ひ、よろづとりしたためて、御車ども寄せて、御前の人びと、四位五位いと多かり。
 御みづからも、いみじうおはしまさまほしけれど、ことことしくなりて、なかなか悪しかるべければ、ただ忍びたるさまにもてなして、心もとなく思さる。
 
 すっかり掃除し、何もかも始末して、お車を何台も寄せて、ご前駆の供人は、四位五位がたいそう多かった。
 ご自身でも、ひどくおいでになりたかったが、仰々しくなって、かえって不都合なことになるので、ただ内密に計らって、気がかりにお思いになる。
 
   中納言殿よりも、御前の人、数多くたてまつれたまへり。
 おほかたのことをこそ、宮よりは思しおきつめれ、こまやかなるうちうちの御扱ひは、ただこの殿より、思ひ寄らぬことなく訪らひきこえたまふ。
 
 中納言殿からも、ご前駆の供人を、数多く差し上げなさっていた。
 だいたいのことは、宮からの指示があったようだが、こまごまとした内々のお世話は、ただこの殿から、気のつかないことのなくお計らい申し上げなさる。
 
   日暮れぬべしと、内にも外にも、もよほしきこゆるに、心あわたたしく、いづちならむと思ふにも、いとはかなく悲しとのみ思ほえたまふに、御車に乗る大輔の君といふ人の言ふ、  日が暮れてしまいそうだと、内からも外からも、お促し申し上げるので、気ぜわしく、京はどちらの方角だろうと思うにも、まことに頼りなく悲しいとばかり思われなさる時に、お車に同乗する大輔の君という女房が言うには、
 

695
 「ありふれば うれしき瀬にも 逢ひけるを
 身を宇治川に 投げてましかば」
 「生きていたので嬉しい事に出合いました
  身を厭いて宇治川に投げてしまいましたら」
 
   うち笑みたるを、「弁の尼の心ばへに、こよなうもあるかな」と、心づきなうも見たまふ。
 いま一人、
 ほほ笑んでいるのを、「弁の尼の気持ちと比べて、何という違いだろうか」と、気にくわなく御覧になる。
 もう一人の女房が、
 

696
 「過ぎにしが 恋しきことも 忘れねど
 今日はたまづも ゆく心かな」
 「亡くなった方を恋しく思う気持ちは忘れませんが
  今日は何をさしおいてもまず嬉しく存じられます」
 
   いづれも年経たる人びとにて、皆かの御方をば、心寄せまほしくきこえためりしを、今はかく思ひ改めて言忌するも、「心憂の世や」とおぼえたまへば、ものも言はれたまはず。
 
 どちらも年老いた女房たちで、みな亡くなった方に、好意をお寄せ申し上げていたようなのに、今はこのように気持ちが変わって言忌するのも、「世の中は薄情な」と思われなさると、何もおっしゃる気になれない。
 
   道のほどの、遥けくはげしき山路のありさまを見たまふにぞ、つらきにのみ思ひなされし人の御仲の通ひを、「ことわりの絶え間なりけり」と、すこし思し知られける。
 七日の月のさやかにさし出でたる影、をかしく霞みたるを見たまひつつ、いと遠きに、ならはず苦しければ、うち眺められて、
 道中は、遠く険しい山道の様子を御覧になると、つらくばかり恨まれた方のお通いを、「しかたのない途絶えであった」と、少しは理解されなさった。
 七日の月が明るく照り出した光が、美しく霞んでいるのを御覧になりながら、たいそう遠いので、馴れないことでつらいので、つい物思いなさって、
 

697
 「眺むれば 山より出でて 行く月も
 世に住みわびて 山にこそ入れ」
 「考えると山から出て昇って行く月も
  この世が住みにくくて山に帰って行くのだろう」
 
   様変はりて、つひにいかならむとのみ、あやふく、行く末うしろめたきに、年ごろ何ごとをか思ひけむとぞ、取り返さまほしきや。
 
 生活が変わって、結局はどのようになるのだろうかとばかり、不安で、将来が気になるにつけても、今までの物思いは何を思っていたのだろうと、昔を取り返したい思いであるよ。
 
 
 

第二段 中君、京の二条院に到着

 
   宵うち過ぎてぞおはし着きたる。
 見も知らぬさまに、目もかかやくやうなる殿造りの、三つば四つばなる中に引き入れて、宮、いつしかと待ちおはしましければ、御車のもとに、みづから寄らせたまひて下ろしたてまつりたまふ。
 
 宵が少し過ぎてお着きになった。
 見たこともない様子で、光り輝くような殿造りで、三棟四棟と建ち並んだ邸内にお車を引き入れて、宮は、早く早くとお待ちになっていたので、お車の側に、ご自身お寄りあそばしてお下ろし申し上げなさる。
 
   御しつらひなど、あるべき限りして、女房の局々まで、御心とどめさせたまひけるほどしるく見えて、いとあらまほしげなり。
 いかばかりのことにかと見えたまへる御ありさまの、にはかにかく定まりたまへば、「おぼろけならず思さるることなめり」と、世人も心にくく思ひおどろきけり。
 
 お部屋飾りなども、善美を尽くして、女房の部屋部屋まで、お心配りなさっていらしたことがはっきりと窺えて、まことに理想的である。
 どの程度の待遇を受けるのかとお考えになっていたご様子が、急にこのようにお定まりになったので、「並々ならないご愛情なのだろう」と、世間の人びともどのような人かと驚いているのであった。
 
   中納言は、三条の宮に、この二十余日のほどに渡りたまはむとて、このころは日々におはしつつ見たまふに、この院近きほどなれば、けはひも聞かむとて、夜更くるまでおはしけるに、たてまつれたまへる御前の人びと帰り参りて、ありさまなど語りきこゆ。
 
 中納言は、三条宮邸に、今月の二十日過ぎにお移りになろうとして、最近は毎日いらっしゃっては御覧になっているが、この院が近い距離なので、様子も聞こうとして、夜の更けるまでいらっしゃったが、差し向けなさっていた御前の人々が帰参して、有様などをお話し申し上げる。
 
   いみじう御心に入りてもてなしたまふなるを聞きたまふにも、かつはうれしきものから、さすがに、わが心ながらをこがましく、胸うちつぶれて、「ものにもがなや」と、返す返す独りごたれて、  ひどくお気に召して大切にしていらっしゃるというのをお聞きになるにつけても、一方では嬉しく思われるが、やはり、自分の考えながら馬鹿らしく、胸がどきどきして、「取り返したいものだ」と、繰り返し独り言が出てきて、
 

698
 「しなてるや 鳰の湖に 漕ぐ舟の
 まほならねども あひ見しものを」
 「しなてる琵琶湖の湖に漕ぐ舟のように
  まともではないが一夜会ったこともあったのに」
 
   とぞ言ひくたさまほしき。
 
 とけちをつけたくもなる。
 
 
 

第三段 夕霧、六の君の裳着を行い、結婚を思案す

 
   右の大殿は、六の君を宮にたてまつりたまはむこと、この月にと思し定めたりけるに、かく思ひの外の人を、このほどより先にと思し顔にかしづき据ゑたまひて、離れおはすれば、「いとものしげに思したり」と聞きたまふも、いとほしければ、御文は時々たてまつりたまふ。
 
 右の大殿は、六の君を宮に差し上げなさることを、今月にとお決めになっていたのに、このように意外な人を、婚儀より先にと言わんばかりに大事にお迎えになって、寄りつかずにいらっしゃるので、「たいそうご不快でおいでだ」とお聞きになるのも、お気の毒なので、お手紙は時々差し上げなさる。
 
   御裳着のこと、世に響きていそぎたまへるを、延べたまはむも人笑へなるべければ、二十日あまりに着せたてまつりたまふ。
 
 御裳着の儀式を、世間の評判になるほど盛大に準備なさっているのを、延期なさるのも物笑いになるにちがいないので、二十日過ぎにお着せ申し上げなさる。
 
   同じゆかりにめづらしげなくとも、この中納言をよそ人に譲らむが口惜しきに、  同じ一族で変わりばえがしないが、この中納言を他人に譲るのが残念なので、
   「さもやなしてまし。
 年ごろ人知れぬものに思ひけむ人をも亡くなして、もの心細くながめゐたまふなるを」
 「婿君としようか。
 長年人知れず恋い慕っていた人を亡くして、何となく心細く物思いに沈んでいらっしゃるというから」
   など思し寄りて、さるべき人してけしきとらせたまひけれど、  などとお考えつきになって、しかるべき人を介して様子を窺わせなさったが、
   「世のはかなさを目に近く見しに、いと心憂く、身もゆゆしうおぼゆれば、いかにもいかにも、さやうのありさまはもの憂くなむ」  「世の無常を目の前に見たので、まことに気が塞いで、身も不吉に思われますので、何としても何としても、そのようなことは気が進みません」
   と、すさまじげなるよし聞きたまひて、  と、その気のない旨をお聞きになって、
   「いかでか、この君さへ、おほなおほな言出づることを、もの憂くはもてなすべきぞ」  「どうして、この君までが、真剣になって申し出る言葉を、気乗りしなくあしらってよいものか」
   と恨みたまひけれど、親しき御仲らひながらも、人ざまのいと心恥づかしげにものしたまへば、えしひてしも聞こえ動かしたまはざりけり。
 
 と恨みなさったが、親しいお間柄ながらも、人柄がたいそう気のおける方なので、無理にお勧め申し上げなさることができなかった。
 
 
 

第四段 薫、桜の花盛りに二条院を訪ね中君と語る

 
   花盛りのほど、二条の院の桜を見やりたまふに、主なき宿のまづ思ひやられたまへば、「心やすくや」など、独りごちあまりて、宮の御もとに参りたまへり。
 
 花盛りのころ、二条院の桜を御覧になると、主人のいない山荘がさっそく思いやられなさるので、「気兼ねもなく散るのではないか」などと、独り口ずさみ思い余って、宮のお側に参上なさった。
 
   ここがちにおはしましつきて、いとよう住み馴れたまひにたれば、「めやすのわざや」と見たてまつるものから、例の、いかにぞやおぼゆる心の添ひたるぞ、あやしきや。
 されど、実の御心ばへは、いとあはれにうしろやすくぞ思ひきこえたまひける。
 
 こちらにばかりおいでになって、たいそうよく住みなれていらっしゃるので、「安心ことだ」と拝見するものの、例によって、どうかと思われる心が混じるのは、妙なことであるよ。
 けれども、本当のお気持ちは、とてもうれしく安心なことだとお思い申し上げなさるのであった。
 
   何くれと御物語聞こえ交はしたまひて、夕つ方、宮は内裏へ参りたまはむとて、御車の装束して、人びと多く参り集まりなどすれば、立ち出でたまひて、対の御方へ参りたまへり。
 
 何やかやとお話を申し上げなさって、夕方、宮は宮中へ参内なさろうして、お車の設えをさせて、お供の人びとが大勢集まって来たりなどしたので、お出になって、対の御方へ参上なさった。
 
   山里のけはひ、ひきかへて、御簾のうち心にくく住みなして、をかしげなる童の、透影ほの見ゆるして、御消息聞こえたまへれば、御茵さし出でて、昔の心知れる人なるべし、出で来て御返り聞こゆ。
 
 山里の様子とは、うって変わって、御簾の中で奥ゆかしく暮らして、かわいらしい童女の、透影がちらっと見えた子を介して、ご挨拶申し上げなさると、お褥を差し出して、昔の事情を知っている人なのであろう、出て来てお返事を申し上げる。
 
   「朝夕の隔てもあるまじう思うたまへらるるほどながら、そのこととなくて聞こえさせむも、なかなかなれなれしきとがめやと、つつみはべるほどに、世の中変はりにたる心地のみぞしはべるや。
 御前の梢も霞隔てて見えはべるに、あはれなること多くもはべるかな」
 「朝夕の区別もなくお訪ねできそうに存じられます近さですが、特に用事もなくてお邪魔いたすのも、かえってなれなれしいという非難を受けようかと、遠慮しておりましたところ、世の中が変わってしまった気ばかりがしますよ。
 お庭先の梢も霞を隔てて見えますので、胸の一杯になることが多いですね」
   と聞こえて、うち眺めてものしたまふけしき、心苦しげなるを、  と申し上げて、物思いに耽っていらっしゃる様子、お気の毒なのを、
   「げに、おはせましかば、おぼつかなからず行き返り、かたみに花の色、鳥の声をも、折につけつつ、すこし心ゆきて過ぐしつべかりける世を」  「おっしゃるとおり、生きていらしたら、何の気兼ねもなく行き来して、お互いに花の色や、鳥の声を、季節折々につけては、少し心をやって過すことができたのに」
   など、思し出づるにつけては、ひたぶるに絶え籠もりたまへりし住まひの心細さよりも、飽かず悲しう、口惜しきことぞ、いとどまさりける。
 
 などと、お思い出しなさるにつけて、一途に引き籠もって生活していらした心細さよりも、ひたすら悲しく、残念なことが、いっそうつのるのであった。
 
 
 

第五段 匂宮、中君と薫に疑心を抱く

 
   人びとも、  女房たちも、
   「世の常に、ことことしくなもてなしきこえさせたまひそ。
 限りなき御心のほどをば、今しもこそ、見たてまつり知らせたまふさまをも、見えたてまつらせたまふべけれ」
 「世間一般の人のように、仰々しくお扱い申し上げなさいますな。
 この上ないご好意を、今こそ、拝見しご存知あそばしている様子を、お見せ申し上げる時です」
   など聞こゆれど、人伝てならず、ふとさし出で聞こえむことの、なほつつましきを、やすらひたまふほどに、宮、出でたまはむとて、御まかり申しに渡りたまへり。
 いときよらにひきつくろひ化粧じたまひて、見るかひある御さまなり。
 
 などと申し上げるが、人を介してではなく、直にお話し申し上げることは、やはり気が引けるので、ためらっていらっしゃるところに、宮が、お出かけになろうとして、お暇乞いの挨拶にお渡りになった。
 たいそう美しく身づくろいし化粧なさって、見栄えのするお姿である。
 
   中納言はこなたになりけり、と見たまひて、  中納言はこちらに来ているのであった、と御覧になって、
   「などか、むげにさし放ちては、出だし据ゑたまへる。
 御あたりには、あまりあやしと思ふまで、うしろやすかりし心寄せを。
 わがためはをこがましきこともや、とおぼゆれど、さすがにむげに隔て多からむは、罪もこそ得れ。
 近やかにて、昔物語もうち語らひたまへかし」
 「どうして、無愛想に遠ざけて、外にお座らせになっているのか。
 あなたには、あまりにどうかと思われるまでに、行き届いたお世話ぶりでしたのに。
 自分には愚かしいこともあろうか、と心配されますが、そうはいってもまったく他人行儀なのも、罰が当たろう。
 近い所で、昔話を語り合いなさい」
   など、聞こえたまふものから、  などと、申し上げなさるものの、
   「さはありとも、あまり心ゆるびせむも、またいかにぞや。
 疑はしき下の心にぞあるや」
 「そうはいっても、あまり気を許すのも、またどんなものかしら。
 疑わしい下心があるかもしれない」
   と、うち返しのたまへば、一方ならずわづらはしけれど、わが御心にも、あはれ深く思ひ知られにし人の御心を、今しもおろかなるべきならねば、「かの人も思ひのたまふめるやうに、いにしへの御代はりとなずらへきこえて、かう思ひ知りけりと、見えたてまつるふしもあらばや」とは思せど、さすがに、とかくやと、かたがたにやすからず聞こえなしたまへば、苦しう思されけり。
 
 と、言い直しなさるので、どちらの方に対しても厄介だけれども、自分の気持ちも、しみじみありがたく思われた方のお心を、今さらよそよそしくすべきことでもないので、「あの方が思いもしおっしゃりもするように、故姉君の身代わりとお思い申して、このように分かりましたと、お表し申し上げる機会があったら」とはお思いになるが、やはり、何やかやと、さまざまに心安からぬことを申し上げなさるので、つらく思われなさるのだった。
 
 
 

【出典】

 
  出典1 日の光薮し分かねば石の上古りにし里に花も咲きけり(古今集雑上-八七〇 布留今道)(戻)  
  出典2 花鳥の色をも音をもいたづらにもの憂かる身は過ぐすのみなり(後撰集夏-二一二 藤原雅正)(戻)  
  出典3 わが身から憂き世の中と名付けつつ人のためさへ悲しかるらむ(古今集雑下-九六〇 読人しらず)(戻)  
  出典4 春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やは隠るる(古今集春上-四一 凡河内躬恒)(戻)  
  出典5 恋しくは来てもみよかし人づてに岩瀬の森の呼子鳥かな(玄々集-九三)(戻)  
  出典6 いざここにわが世は経なむ菅原や伏見の里の荒れまくも惜し(古今集雑下-九八一 読人しらず)(戻)  
  出典7 春霞立つを見捨てて行く雁は花なき里に住みやならへる(古今集春上-三一 伊勢)(戻)  
  出典8 今ぞ知る苦しきものと人待たむ里をば離れず訪ふべかりけり(古今集雑下-九六九 在原業平)(戻)  
  出典9 月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身一つはもとの身にして(古今集恋五-七四七 在原業平)(戻)  
  出典10 五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする(古今集夏-一三九 読人しらず)(戻)  
  出典11 逢ふことのあらしにまよふ小舟ゆゑとまる我さへこがれぬるかな(九条右大臣集-三五)(戻)  
  出典12 憎さのみ益田の池のねぬなはは厭ふにはふるものにぞありける(源氏釈所引-出典未詳)あやしくも厭ふにはゆる心かないかにしてかは思ひやむべき(後撰集恋二-六〇八 読人しらず)(戻)  
  出典13 大方の我が身一つの憂きからになべての世をも恨みつるかな(拾遺集恋五-九五三 紀貫之)(戻)  
  出典14 涙河底の水屑となりはてて恋しき瀬々に流れこそすれ(拾遺集恋四-八七七 源順)(戻)  
  出典15 我が恋は行方も知らず果てもなし逢ふを限りと思ふばかりぞ(古今集恋二-六一一 凡河内躬恒)(戻)  
  出典16 心から浮きたる舟に乗りそめて一日も波に濡れぬ日ぞなき(後撰集恋三-七七九 小野小町)(戻)  
  出典17 かかる瀬もありけるものをとまりゐて身を宇治川と思ひけるかな(九条右大臣集-五八)(戻)  
  出典18 都にて山の端に見し月なれど波より出でて波にこそ入れ(土佐日記-二六)(戻)  
  出典19 この殿は むべも むべも富みけり さきくさの あはれ さきくさの はれ さきくさの 三つ葉四つ葉の中に 殿づくりせりや 殿づくりせりや(催馬楽-この殿は)(戻)  
  出典20 取り返すものにもがなや世の中をありしながらの我が身と思はむ(源氏釈所引-出典未詳)(戻)  
  出典21 しなてるや鳰の海に漕ぐ舟のまほにも妹に逢ひ見てしがな(河海抄所引-出典未詳)(戻)  
  出典22 浅茅原主なき宿の桜花心やすくや風に散るらむ(拾遺集春-六二 恵慶法師)植ゑて見し主なき宿の梅の花色ばかりこそ昔なりけれ(源氏釈所引-出典未詳)(戻)  
 
 

【校訂】

 
  備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△  
  校訂1 残したりけり--のこし(し/+たり)けり(戻)  
  校訂2 心まうけせさせ--心まうけ(け/+せ<朱>)させ(戻)  
  校訂3 垣間見--かいは(は/#ま<朱>)み(戻)  
  校訂4 罪深かなる--*つみふかくなる(戻)  
  校訂5 旅寝せむも--たひねせん(ん/+も<朱>)(戻)  
  校訂6 心寄せまほしく--心よせま(ま/+ほ<朱>)し(し/+く<朱>)(戻)  
  校訂7 見たまふにぞ--見給ふに(に/+そ)(戻)  
 

 
 ※(以下は当サイトによる)大島本は、定家本の書写。
 書写の信頼度は、大島本<明融(臨模)本<定家自筆本、とされている。