古事記 口姫の歌~原文対訳

大猪子と大根 古事記
下巻①
16代 仁徳天皇
イワヒメ皇后の嫉妬
9 紅色と口姫
三色之奇虫と大根
原文 書き下し
(武田祐吉)
現代語訳
(武田祐吉)

口子の青摺衣が紅色に

     
故是
口子臣。
 かれこの
口子くちこの臣おみ、
 このクチコの臣が
白此御歌之時。 この御歌を白す時に、 この御歌を申すおりしも
大雨。 大雨降りき。 雨が非常に降つておりました。
     
爾不避其雨。 ここにその雨をも避さらず、 しかるにその雨をも避けず、
參伏前殿戶者。 前つ殿戸とのどにまゐ伏せば、 御殿の前の方に參り伏せば
違出後戶。 後しりつ戸に違ひ出でたまひ、 入れ違つて
後うしろの方においでになり、
參伏後殿戶者。 後つ殿戸にまゐ伏せば、 御殿の後の方に參り伏せば
違出前戶。 前つ戸に違ひ出でたまひき。 入れ違つて
前の方においでになりました。
     
爾匍匐進赴。 かれ匍匐はひ進起しじまひて、 それで匐はつて
跪于庭中時。 庭中に跪ける時に、 庭の中に跪ひざまずいている時に、
水潦至腰。 水潦にはたづみ腰に至りき。 雨水がたまつて腰につきました。
其臣。 その臣、 その臣は

著紅紐
青摺衣。
紅あかき紐ひも著けたる
青摺あをずりの衣きぬを
服きたりければ、
紅い紐をつけた
藍染あいぞめの衣を
著ておりましたから、
故水潦拂紅紐。 水潦紅き紐に觸りて、 水潦みずたまりが赤い紐に觸れて
青皆變紅色。 青みな紅あけになりぬ。 青が皆赤くなりました。
     

口姫が物申す歌(兄は猪に食われた=ヤられた)

     

口子臣之妹。
口日賣。
ここに
口子の臣が妹
口比賣くちひめ、
そのクチコの臣の
妹のクチ姫は
仕奉大后。 大后に仕へまつれり。 皇后樣にお仕えしておりましたので、
故是
口日賣歌曰。
かれその
口比賣くちひめ歌ひて曰ひしく、
この
クチ姫が歌いました歌、
     
夜麻志呂能 山代の 山城やましろの
都都紀能美夜邇 筒木の宮に 筒木つつきの宮みやで
母能麻袁須 物申す 申し上げている
阿賀勢能岐美波 吾あが兄せの君は、 兄上を見ると、
那美多具麻志母 涙ぐましも。 涙ぐまれて參ります。
     
爾太后問
其所由之時。
 ここに大后、
その故を問ひたまふ時に
 そこで皇后樣が
そのわけをお尋ねになる時に、
答白。 答へて曰さく、  
僕之兄口子臣也。 「僕が兄口子の臣なり」
とまをしき。
「あれはわたくしの兄の
クチコの臣でございます」
と申し上げました。
大猪子と大根 古事記
下巻①
16代 仁徳天皇
イワヒメ皇后の嫉妬
9 紅色と口姫
三色之奇虫と大根