古事記 天之日矛(アメノヒボコ)~原文対訳

海人なれや 古事記
中巻⑧
15代 応神天皇
新羅の天之日矛物語
1 天之日矛
難波のアカル姫
原文 書き下し
(武田祐吉)
現代語訳
(武田祐吉)
又昔。  また昔  また
有新羅國主之子。 新羅しらぎの國主こにきしの子、 新羅しらぎの國王の子の
名謂天之日矛。 名は天あめの日矛ひぼこといふあり。 天あめの日矛ひほこという者がありました。
是人參渡來也。 この人まゐ渡り來つ。 この人が渡つて參りました。
     

新羅のアグ沼

     
所以參渡來者。 まゐ渡り來つる故は、 その渡つて來た故は、
新羅國有一沼。 新羅の國に一つの沼あり、 新羅の國に一つの沼がありまして、
名謂
阿具奴摩
〈自阿下四字以音〉
名を
阿具沼
あぐぬまといふ。
アグ沼といいます。
此沼之邊。 この沼の邊に、 この沼の邊で
一賎女晝寢。 ある賤の女晝寢したり。 或る賤の女が晝寢(ひるね)をしました。
     
於是日耀
如虹指
其陰上。
ここに日の耀ひかり
虹のじのごと、
その陰上ほとに指したるを、
其處に日の光が
虹のように
その女にさしましたのを、
亦有一賤夫。 またある賤の男、 或る賤の男が
思異其状。 その状を異あやしと思ひて、 その有樣を怪しいと思つて、
恒伺其女人之行。 恆にその女人をみなの行を伺ひき。 その女の状を伺いました。
     
故是女人。 かれこの女人、 しかるにその女は
自其晝寢時妊身。 その晝寢したりし時より、姙みて、 その晝寢をした時から姙んで、
生赤玉。 赤玉を生みぬ。 赤い玉を生みました。
     

アグ沼の赤玉

     
爾其所伺賤夫。 ここにその伺へる賤の男、  その伺つていた賤の男が
乞取其玉。 その玉を乞ひ取りて、 その玉を乞い取つて、
恒裹着腰。 恆に裹つつみて腰に著けたり。 常に包つつんで腰につけておりました。
     
此人
營田於山谷之間故。
この人、
山谷たにの間に田を作りければ、
この人は
山谷の間で田を作つておりましたから、
耕人等之飮食。 耕人たひとどもの飮食をしものを 耕作する人たちの飮食物を
負一牛而。 牛に負せて、 牛に負わせて
入山谷之中。 山谷たにの中に入るに、 山谷の中にはいりましたところ、
遇逢。
其國主之子
天之日矛。
その國主こにきしの子
天あめの日矛ひぼこに
遇ひき。
國王の子の
天の日矛が
遇いました。
     
爾問其人。 ここにその人に問ひて曰はく、 そこでその男に言うには、
曰何汝
飮食負牛。
「何なぞ汝いまし
飮食を牛に負せて
「お前はなぜ
飮食物を牛に背負わせて
入山谷。 山谷たにの中に入る。 山谷にはいるのか。
汝必殺
食是牛。
汝いましかならず
この牛を殺して食ふならむ」といひて、
きつと
この牛を殺して食うのだろう」と言つて、
即捕其人。 すなはちその人を捕へて、 その男を捕えて
將入獄囚。 獄内ひとやに入れむとしければ、 牢に入れようとしましたから、
其人答。 その人答へて曰はく、 その男が答えて言うには、
曰吾非殺牛。 「吾、牛を殺さむとにはあらず、 「わたくしは牛を殺そうとは致しません。
唯送田人之食耳。 ただ田人の食を送りつらくのみ」
といふ。
ただ農夫の食物を送るのです」
と言いました。
然猶不赦。 然れどもなほ
赦さざりければ、
それでも
赦しませんでしたから、
爾解其腰之玉。 ここにその腰なる玉を解きて、 腰につけていた玉を解いて
幣其國主之子。 その國主こにきしの子に幣まひしつ。 その國王の子に贈りました。
     
故赦其賤夫。 かれその賤の夫を赦して、 依つてその男を赦して、
將來其玉。 その玉を持ち來て、 玉を持つて來て
置於床邊。 床の邊べに置きしかば、 床の邊に置きましたら、
即化美麗孃子。 すなはち顏美き孃子になりぬ。 美しい孃子になり、
仍婚
爲嫡妻。
仍よりて婚まぐはひして
嫡妻むかひめとす。
遂に婚姻して
本妻としました。
海人なれや 古事記
中巻⑧
15代 応神天皇
新羅の天之日矛物語
1 天之日矛
難波のアカル姫