枕草子218段 笛は

弾くものは 枕草子
中巻下
218段
笛は
見ものは

(旧)大系:218段
新大系:204段、新編全集:205段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず混乱を招くので、以後最も索引性に優れる三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:202段
 


 
 笛は 横笛いみじうをかし。遠うより聞ゆるが、やうやう近うなりゆくもをかし。
 近かりつるがはるかになりて、いとほのかに聞ゆるもいとをかし。車にても、徒歩よりも、馬にても、すべて、ふところにさし入れて持たるも、なにとも見えず、さばかりをかしき物はなし。まして聞き知りたる調子などは、いみじうめでたし。
 暁などに忘れて、をかしげなる、枕のもとにありける見付たるもなほをかし。人のとりにおこせたるをおし包みてやるも、立文のやうに見えたり。
 

 笙の笛は月のあかきに、車などにて聞こえたる、いとをかし。所せる持てあつかひにくくぞ見ゆる。さて、吹く顔やいかにぞ。それは横笛も吹きなしなめりかし。
 

 篳篥はいとかしがましく、秋の虫をいはば、轡虫などの心地して、うたてけぢかく聞かまほしからず。ましてわろく吹きたるはいとにくきに、臨時の祭の日、まだ御前には出でで、もののうしろに横笛をいみじう吹きたてたる、あな、おもしろ、と聞くほどに、なからばかりよりうち添へて吹きのぼりたるこそ、ただいみじう、うるはし髪持たらむ人も、みな立ちあがりぬべき心地すれ。やうやう琴、笛にあはせてあゆみいでたる、いみじうをかし。
 
 

弾くものは 枕草子
中巻下
218段
笛は
見ものは