源氏物語 12帖 須磨:あらすじ・目次・原文対訳

花散里 源氏物語
第一部
第12帖
須磨
明石

 
 本ページは、高千穂大名誉教授・渋谷栄一氏の『源氏物語の世界』(目次構成・登場人物・原文・訳文)を参照引用している(全文使用許可あり)。
 ここでは、その原文と現代語訳のページの内容を統合し、レイアウトを整えた。速やかな理解に資すると思うが、詳しい趣旨は上記リンク参照。
 
 

 須磨のあらすじ

 朧月夜との仲が発覚し、追いつめられた光源氏は後見する東宮に累が及ばないよう、自ら須磨への退去を決意する。左大臣家を始めとする親しい人々や藤壺に暇乞いをし、東宮や女君たちには別れの文を送り、一人残してゆく紫の上には領地や財産をすべて託した。 須磨へ発つ直前、かつて彼が葵祭りで勅使を務めた際に仮の随身として仕えていた事がきっかけで、源氏と親しくしていた尉の蔵人が現われ、「私もお連れ下さい」と随行を志願。彼もまた、源氏と親しくしていた事で官職を罷免されてしまったのだ。彼も供を許され、須磨へ行くことに。

 須磨の侘び住まいで、源氏は都の人々と便りを交わしたり絵を描いたりしつつ、淋しい日々を送る。つれづれの物語に明石の君の噂を聞き、また都から頭中将がはるばる訪ねてきて、一時の再会を喜び合った。

 三月上巳の日、海辺で祓えを執り行った矢先に恐ろしい嵐が須磨一帯を襲い、源氏一行は皆恐怖におののいた。

(以上Wikipedia須磨(源氏物語)より。色づけは本ページ。嵐が続く説明もあるが、明石の内容なのでそちらに挿入している)

 以上のあらすじでは触れられないが、嵐の前に登場する明石入道(明石の父)の発言が、世界観の理解に大事と思う。彼は物語の後の方でも登場し、熱い台詞を残して去る。
 

目次
和歌抜粋内訳#須磨(48首:別ページ)
主要登場人物
 
第12帖 須磨
 光る源氏の
 二十六歳 春三月下旬から
 二十七歳 春三月上巳日まで
 無位無官時代の都と須磨の物語
 
第一章 光る源氏 逝く春と離別
第二章 光る源氏 夏の長雨と鬱屈
第三章 光る源氏 須磨の秋
第四章 光る源氏 信仰生活と神の啓示
 
 
第一章 光る源氏の物語
 逝く春と離別の物語
 第一段 源氏、須磨退去を決意
 第二段 左大臣邸に離京の挨拶
 第三段 二条院の人々との離別
 第四段 花散里邸に離京の挨拶
 第五段 旅生活の準備と身辺整理
 第六段 藤壺に離京の挨拶
 第七段 桐壺院の御墓に離京の挨拶
 第八段 東宮に離京の挨拶
 第九段 離京の当日
 
第二章 光る源氏の物語
 夏の長雨と鬱屈の物語
 第一段 須磨の住居
 第二段 京の人々へ手紙
 第三段 伊勢の御息所へ手紙
 第四段 朧月夜尚侍参内する
 
第三章 光る源氏の物語
 須磨の秋の物語
 第一段 須磨の秋
 第二段 配所の月を眺める
 第三段 筑紫五節と和歌贈答
 第四段 都の人々の生活
 第五段 須磨の生活
 第六段 明石入道の娘
 
第四章 光る源氏の物語
 信仰生活と神の啓示の物語
 第一段 須磨で新年を迎える
 第二段 上巳の祓と嵐
 出典
 校訂
 

主要登場人物

 

光る源氏(ひかるげんじ)
二十六歳から二十七歳
呼称:大将・殿・主人の君・源氏の光君・君・殿・主人
頭中将(とうのちゅうじょう)
故葵の上の兄
呼称:三位中将・宰相
桐壺院(きりつぼのいん)
光る源氏の父
呼称:院・帝・国王
朱雀帝(すざくてい)
光る源氏の兄
呼称:主上・帝・内裏の上・内裏
弘徽殿大后(こうきでんのおおぎさき)
朱雀帝の母后
呼称:后の宮・宮
藤壺の宮(ふじつぼのみや)
東宮の母
呼称:入道の宮・宮、桐壺帝の后
紫の上(むらさきのうえ)
光る源氏の妻
呼称:西の対・姫君・女君・姫君・二条院の君・二条院の姫君
朧月夜の君(おぼろづきよのきみ)
弘徽殿大后の妹
呼称:尚侍君・尚侍・女君・女、右大臣の娘
明石入道(あかしのにゅうどう)
明石の君の父
呼称:入道・父君・父入道

 
 以上の内容は、全て以下の原文のリンク先参照。文面はそのままで表記を若干整えた。
 
 
 
 

原文対訳

  定家本
(大島本
現代語訳
(渋谷栄一)
  須磨
 
 

第一章 光る源氏の物語 逝く春と離別の物語

 
 

第一段 源氏、須磨退去を決意

 
1  世の中、いとわづらはしく、はしたなきことのみまされば、「せめて知らず顔にあり経ても、これよりまさることもや」と思しなりぬ。
 
 世の中がまことに厄介で、体裁の悪いことばかりが増えていくので、源氏の君は「無理にそ知らぬふりをして過ごしていても、これより厄介なことが増えていくのでは」とお思いになった。
 
2  「かの須磨は、昔こそ人の住みかなどもありけれ、今は、いと里離れ心すごくて、海人の家だにまれに」など聞きたまへど、「人しげく、ひたたけたらむ住まひは、いと本意なかるべし。
 さりとて、都を遠ざからむも、故郷おぼつかなかるべきを」、人悪くぞ思し乱るる。
 
 「あの須磨は、昔こそ人の住居などもあったが、今ではまったく人里から離れて物寂しく、漁師の家さえ稀で」などとお聞きになるが、「人の出入りが多くごみごみとした住まいは、いかにも退去の本旨にかなわないであろう。
 そうかといって、都から遠く離れるのも、家のことがきっと気がかりに思われるであろう」と、人目にもみっともないくらいお悩みになる。
 
3  よろづのこと、来し方行く末、思ひ続けたまふに、悲しきこといとさまざまなり。
 憂きものと思ひ捨てつる世も、今はと住み離れなむことを思すには、いと捨てがたきこと多かるなかにも、姫君の、明け暮れにそへては、思ひ嘆きたまへるさまの、心苦しうあはれなるを、「行きめぐりても、また逢ひ見むことをかならず」と、思さむにてだに、なほ一、二日のほど、よそよそに明かし暮らす折々だに、おぼつかなきものにおぼえ、女君も心細うのみ思ひたまへるを、「幾年そのほどと限りある道にもあらず、逢ふを限りに隔たりゆかむも、定めなき世に、やがて別るべき門出にもや」と、いみじうおぼえたまへば、「忍びてもろともにもや」と、思し寄る折あれど、さる心細からむ海づらの、波風よりほかに立ちまじる人もなからむに、かくらうたき御さまにて、引き具したまへらむも、いとつきなく、わが心にも、「なかなか、もの思ひのつまなるべきを」など思し返すを、女君は、「いみじからむ道にも、後れきこえずだにあらば」と、おもむけて、恨めしげに思いたり。
 
 あらゆること、今までのことや将来のことをお思い続けなさると、悲しいことはさまざまである。
 嫌な世だとお捨てになった世の中も、今は最後と住み離れるようとお思いになると、まことに捨てがたいことが多いなかでも、姫君が明け暮れ日の経つにつれて、思い悲しんでいられる様子が気の毒で悲しいので、「別れ別れになても、再び逢えることは必ず」と、お思いになる場合でも、やはり一、二日の間の別々にお過ごしになった時でさえ気がかりに思われ、女君も心細いばかりに思っていらっしゃるのを、「何年間と期限のある旅路でもなく、『再び逢える時を期限に』と、あてどもなく漂って行くのも、無常の世に、このまま別れ別れになってしまう旅立ちにでもなりはしまいか」と、たいそう悲しく思われなさるので、「こっそりと一緒に連れて」と、お思いよりになる時もあるが、そのような心細いような海辺の、波風より他に訪れる人もないような所に、このようないじらしいご様子でお連れなさるのも、まことに不似合いで、自分の心にも、「かえって、物思いの種になるにちがいなかろう」などとお考え直しになるが、女君は、「どんなにつらい旅路でも、ご一緒申し上げることができたら」と、それとなくほのめかして、君を恨めしそうに思っていらっしゃった。
 
4  かの花散里にも、おはし通ふことこそまれなれ、心細くあはれなる御ありさまを、この御蔭に隠れてものしたまへば、思し嘆きたるさまも、いとことわりなり。
 なほざりにても、ほのかに見たてまつり通ひたまひし所々、人知れぬ心をくだきたまふ人ぞ多かりける。
 
 あの花散里にも、お通いになることは稀であるが、心細く気の毒なご様子を、この君のご庇護のもとに過ごしていらっしゃるので、お嘆きになる様子もいかにもごもっともである。
 かりそめのご縁であっても、わずかにお逢い申しお通いになったここかしこでは、人知れず心をお痛めになる方々が多かったのである。
 
5  入道の宮よりも、「ものの聞こえや、またいかがとりなさむ」と、わが御ためつつましけれど、忍びつつ御とぶらひ常にあり。
 「昔、かやうに相思し、あはれをも見せたまはましかば」と、うち思ひ出でたまふにも、「さも、さまざまに、心をのみ尽くすべかりける人の御契りかな」と、つらく思ひきこえたまふ。
 
 入道の宮からも、「世間の噂は、またどのように取り沙汰されるだろうか」と、ご自身にとっても用心されるが、人目に立たないよう立たないようにしてお見舞いが始終ある。
 「昔、このように互いに思ってくださり、情愛をもお見せくださったのであったならば」と、ふとお思い出しになるにつけても、「そのようにも、あれやこれやと、心の限りを尽くさなければならない宿縁のお方であった」と、辛くお思い申し上げなさる。
 
 
 

第二段 左大臣邸に離京の挨拶

 
6  三月二十日あまりのほどになむ、都を離れたまひける。
 人にいつとしも知らせたまはず、ただいと近う仕うまつり馴れたる限り、七、八人ばかり御供にて、いとかすかに出で立ちたまふ。
 さるべき所々に、御文ばかりうち忍びたまひしにも、あはれと忍ばるばかり尽くいたまへるは、見どころもありぬべかりしかど、その折の、心地の紛れに、はかばかしうも聞き置かずなりにけり。
 
 三月二十日過ぎのころに、都をお離れになった。
 誰にもいつとはお知らせなさらず、わずかにごく親しくお仕え申し馴れている者だけ、七、八人ほどをお供としてたいそうひっそりとご出発になる。
 しかるべき方々には、お手紙だけをそっと差し上げなさったが、しみじみと偲ばれるほど言葉をお尽くしになったのは、きっと素晴らしいものであっただろうが、その時の気の動転で、はっきりと聞いて置かないままになってしまったのであった。
 
7  二、三日かねて、夜に隠れて、大殿に渡りたまへり。
 網代車のうちやつれたるにて、女車のやうにて隠ろへ入りたまふも、いとあはれに、夢とのみ見ゆ。
 御方、いと寂しげにうち荒れたる心地して、若君の御乳母ども、昔さぶらひし人のなかに、まかで散らぬ限り、かく渡りたまへるをめづらしがりきこえて、参う上り集ひて見たてまつるにつけても、ことにもの深からぬ若き人びとさへ、世の常なさ思ひ知られて、涙にくれたり。
 
 ご出発の二、三日前に、夜の闇に隠れて大殿にお渡りになった。
 網代車の粗末な車なので、女車のようにひっそりとお入りになるのも、実にしみじみと夢かとばかり思われる。
 お部屋はとても寂しそうに荒れたような感じがして、若君の御乳母たちや、亡き女君の生前から仕えていた女房の中で、お暇を取らずにいた人は皆、このようにお越しになったのを珍しくお思い申して、参集して拝し上げるにつけても、たいして思慮深くない若い女房でさえ、世の中の無常が思い知られて涙にくれた。
 
8  若君はいとうつくしうて、され走りおはしたり。
 
 若君はとてもかわいらしく、はしゃいで走っていらっしゃった。
 
9  「久しきほどに、忘れぬこそ、あはれなれ」  「長い間逢わないでいたのに、忘れていないのが感心なことだ」
10  とて、膝に据ゑたまへる御けしき、忍びがたげなり。
 
 と言って、膝の上にお乗せになったご様子は涙を堪えきれなさそうである。
 
11  大臣、こなたに渡りたまひて、対面したまへり。
 
 左大臣がこちらにお越しになってお会いになった。
 
12  「つれづれに籠もらせたまへらむほど、何とはべらぬ昔物語も、参りて、聞こえさせむと思うたまへれど、身の病重きにより、朝廷にも仕うまつらず、位をも返したてまつりてはべるに、私ざまには腰のべてなむと、ものの聞こえひがひがしかるべきを、今は世の中憚るべき身にもはべらねど、いちはやき世のいと恐ろしうはべるなり。
 かかる御ことを見たまふるにつけて、命長きは心憂く思うたまへらるる世の末にもはべるかな。
 天の下をさかさまになしても、思うたまへ寄らざりし御ありさまを見たまふれば、よろづいとあぢきなくなむ」
 「所在なくお引き籠もりになっていらっしゃる間、何ということもない昔話でも、参上してお話し申し上げようと存じておりましたが、わが身の病気が重い理由で、朝廷にもお仕え申さず、官職までもお返し申し上げておりますのに、『私事には腰を伸ばして勝手に出歩いて』と、世間の風評も悪く取り沙汰されるにちがいないので、今では世間に遠慮しなければならない身の上ではございませんが、厳しく性急な世の中がとても恐ろしいのでございます。
 このようなご悲運を拝見するにつけても、長生きは厭わしく存じられる末の世でございますね。
 天地を逆様にしても、存じよりませんでしたご境遇を拝見しますと、万事がまことにおもしろくなく存じられます」
13  と聞こえたまひて、いたうしほたれたまふ。
 
 とお申し上げになって、ひどく涙にくれていらっしゃる。
 
14  「とあることも、かかることも、前の世の報いにこそはべるなれば、言ひもてゆけば、ただ、みづからのおこたりになむはべる。
 さして、かく、官爵を取られず、あさはかなることにかかづらひてだに、朝廷のかしこまりなる人の、うつしざまにて世の中にあり経るは、咎重きわざに人の国にもしはべるなるを、遠く放ちつかはすべき定めなどもはべるなるは、さま異なる罪に当たるべきにこそはべるなれ。
 濁りなき心にまかせて、つれなく過ぐしはべらむも、いと憚り多く、これより大きなる恥にのぞまぬさきに、世を逃れなむと思うたまへ立ちぬる」
 「このようなことも、あのようなことも、前世からの因果だということでございますから、せんじつめれば、ただわたくしの宿運のつたなさゆえでございます。
 これと言った理由で、このように官位を剥奪されずに、ちょっとした科に関係しただけでも、朝廷のお咎めを受けた者が、普段と変わらない様子で世の中に生活をしておりますのは、罪の重いことと唐土でも致しているということですが、遠流に処すべきだという決定などもございますというのは、容易ならぬ罪科に当たることになっているのでしょう。
 潔白な心のままで、素知らぬ顔で過ごしていますのも、まことに憚りが多く、これ以上大きな辱めを受ける前に、都を離れようと決意致した次第でございます」
15  など、こまやかに聞こえたまふ。
 
 などと、詳しくお話し申し上げなさる。
 
16  昔の御物語、院の御こと、思しのたまはせし御心ばへなど聞こえ出でたまひて、御直衣の袖もえ引き放ちたまはぬに、君も、え心強くもてなしたまはず。
 若君の何心なく紛れありきて、これかれに馴れきこえたまふを、いみじと思いたり。
 
 昔のお話や院の御事、院が御遺言あそばされた御趣旨などをお申し上げなさって、お直衣の袖もお引き放しになれないので、君も気丈夫に我慢がおできになれない。
 若君が無邪気に走り回って、二人にお甘え申していらっしゃるのを、悲しくお思いになる。
 
17  「過ぎはべりにし人を、世に思うたまへ忘るる世なくのみ、今に悲しびはべるを、この御ことになむ、もしはべる世ならましかば、いかやうに思ひ嘆きはべらまし。
 よくぞ短くて、かかる夢を見ずなりにけると、思うたまへ慰めはべり。
 幼くものしたまふが、かく齢過ぎぬるなかにとまりたまひて、なづさひきこえぬ月日や隔たりたまはむと思ひたまふるをなむ、よろづのことよりも、悲しうはべる。
 いにしへの人も、まことに犯しあるにてしも、かかることに当たらざりけり。
 なほさるべきにて、人の朝廷にもかかるたぐひ多うはべりけり。
 されど、言ひ出づる節ありてこそ、さることもはべりけれ、とざまかうざまに、思ひたまへ寄らむかたなくなむ」
 「亡くなりました人を、まことに忘れる時とてなく、今でも悲しんでおりますのに、この度の出来事で、もし生きていましたら、どんなに嘆き悲しんだことでございましょう。
 よくぞ短命でこのような悪夢を見ないで済んだことよと存じまして、僅かに慰めております。
 あどけなくいらっしゃるのが、このように年寄たちの中に後に残されなさって、お甘え申し上げられない月日が重なって行かれるのであろうと存じますのが、何事にもまして悲しうございます。
 昔の人も、本当に犯した罪があったからといっても、このような罪科には処せられたわけではありませんでした。
 やはり前世からの宿縁で、異国の朝廷にもこのような冤罪に遭った例は数多くございました。
 けれど、何か言い出す根拠があって、そのようなことにもなったのでございますが、どのような点から見ても、思い当たるような節がございませんのに」
18  など、多くの御物語聞こえたまふ。
 
 などと、数々お話をお申し上げになる。
 
19  三位中将も参りあひたまひて、大御酒など参りたまふに、夜更けぬれば、泊まりたまひて、人びと御前にさぶらはせたまひて、物語などせさせたまふ。
 人よりはこよなう忍び思す中納言の君、言へばえに悲しう思へるさまを、人知れずあはれと思す。
 人皆静まりぬるに、とりわきて語らひたまふ。
 これにより泊まりたまへるなるべし。
 
 三位中将も参上なさって、お酒などをお上がりになっているうちに、夜も更けてしまったので、お泊まりになって、女房たちを御前に伺候させなさって、お話などをおさせになる。
 誰よりも特に密かに情けをかけていらっしゃる中納言の君が、言葉に尽くせないほど悲しく思っている様子を、人知れずいじらしくお思いになる。
 女房たちが皆寝静まったころに、格別に睦言をお交わしになる。
 この人のためにお泊まりになったのであろう。
 
20  明けぬれば、夜深う出でたまふに、有明の月いとをかし。
 花の木どもやうやう盛り過ぎて、わづかなる木蔭の、いと白き庭に薄く霧りわたりたる、そこはかとなく霞みあひて、秋の夜のあはれにおほくたちまされり。
 隅の高欄におしかかりて、とばかり、眺めたまふ。
 
 夜が明けてしまいそうなので、まだ夜の深いうちにお出ましになると、有明の月がとても美しい。
 花の樹々がだんだんと盛りを過ぎて、わずかに咲き残っている花の木蔭の、とても白い庭にうっすらと朝霧が立ちこめているが、どことなく霞んで見えて、秋の夜の情趣よりも数段勝っていた。
 隅の高欄に寄り掛かって、しばらくの間、物思いにふけっていらっしゃる。
 
21  中納言の君、見たてまつり送らむとにや、妻戸おし開けてゐたり。  中納言の君が、お見送り申し上げようとしてであろうか、妻戸を押し開けて控えている。
 
22  「また対面あらむことこそ、思へばいと難けれ。
 かかりける世を知らで、心やすくもありぬべかりし月ごろ、さしも急がで、隔てしよ」
 「再びお会いできることは、思えばまことに難しい。
 このようなことになろうとは知らず、気安く逢えた月日もあったのに、そのようには思わず、ご無沙汰してしまったことよ」
23  などのたまへば、ものも聞こえず泣く。  などとおっしゃると、何とも申し上げられず泣く。
 
24  若君の御乳母の宰相の君して、宮の御前より御消息聞こえたまへり。  若君の御乳母の宰相の君をお使いとして、大宮の御前からご挨拶を申し上げなさった。
 
25  「身づから聞こえまほしきを、かきくらす乱り心地ためらひはべるほどに、いと夜深う出でさせたまふなるも、さま変はりたる心地のみしはべるかな。
 心苦しき人のいぎたなきほどは、しばしもやすらはせたまはで」
 「わたくし自身でご挨拶申し上げたいのですが、目の前が眩むほど悲しみに取り乱しておりますうちに、たいそう暗いうちにお帰りあそばすと聞きますのも、これまでとは違った感じばかりが致しますこと。
 不憫な子が眠っているうちは……、少しもゆっくりともなさらずに」
26  と聞こえたまへれば、うち泣きたまひて、  とお申し上げなさったので、ふと涙をお洩らしになって、
 

170
 「鳥辺山 燃えし煙も まがふやと
 海人の塩焼く 浦見にぞ行く」
 「あの鳥辺山で火葬にした妻の煙に似てはいないかと
  海人が塩を焼く煙を見に行きます」
 
27  御返りともなくうち誦じたまひて、  お返事というわけでもなく、口ずさみなさって、
28  「暁の別れは、かうのみや心尽くしなる。
 思ひ知りたまへる人もあらむかし」
 「暁の別れは、こんなにも心を尽くさせるものなのか。
 お分かりの方もいらっしゃるでしょうね」
29  とのたまへば、  とおっしゃると、
30  「いつとなく、別れといふ文字こそうたてはべるなるなかにも、今朝はなほたぐひあるまじう思うたまへらるるほどかな」  「いつとなく、別れという文字は嫌なものだと言います中でも、今朝はやはり比べようがなさそうに存じられますこと」
31  と、鼻声にて、げに浅からず思へり。
 
 と、鼻声になって、その言葉どおりに深く悲しんでいる。
 
32  「聞こえさせまほしきことも、返す返す思うたまへながら、ただに結ぼほれはべるほど、推し量らせたまへ。
 いぎたなき人は、見たまへむにつけても、なかなか、憂き世逃れがたう思うたまへられぬべければ、心強う思うたまへなして、急ぎまかではべり」
 「お話し申し上げたい事も、何度も胸の中で考えておりましたが、ただ胸がつまって申し上げられずにおりましたことをお察しください。
 眠っている子は顔を拝見するにつけても、かえって辛い都を離れがたく思われるにちがいありませんので、気をしっかりと取り直して、急いで退出致します」
33  と聞こえたまふ。  とお申し上げになる。
 
34  出でたまふほどを、人びと覗きて見たてまつる。  お立ち出でになるところを、女房たちが覗いてお見送り申し上げる。
 
35  入り方の月いと明きに、いとどなまめかしうきよらにて、ものを思いたるさま、虎、狼だに泣きぬべし。
 まして、いはけなくおはせしほどより見たてまつりそめてし人びとなれば、たとしへなき御ありさまをいみじと思ふ。
 
 入り方の月がとても明るいので、ますます優雅に清らかで、物思いされているご様子は、虎、狼でさえも涙するにちがいない。
 まして君の幼くいらした時からお世話申し上げてきた女房たちなので、譬えようもないご境遇をひどく悲しいと思う。
 
36  まことや、御返り、  そうそう、大宮からのご返歌は、
 

171
 「亡き人の 別れやいとど 隔たらむ
 煙となりし 雲居ならでは」
 「亡き娘との仲もますます遠くなってしまうでしょう
  娘が煙となった都の空から居なくなってしまうのでは」
 
37  取り添へて、あはれのみ尽きせず、出でたまひぬる名残、ゆゆしきまで泣きあへり。
 
 とり重ねて、悲しさだけが尽きせず、君のお帰りになった後も、不吉なまでに泣き合っていた。
 
 
 

第三段 二条院の人々との離別

 
38  殿におはしたれば、わが御方の人びとも、まどろまざりけるけしきにて、所々に群れゐて、あさましとのみ世を思へるけしきなり。
 侍には、親しう仕まつる限りは、御供に参るべき心まうけして、私の別れ惜しむほどにや、人もなし。
 さらぬ人は、とぶらひ参るも重き咎めあり、わづらはしきことまされば、所狭く集ひし馬、車の方もなく、寂しきに、「世は憂きものなりけり」と、思し知らる。
 
 二条院にお帰りになると、ご自分方の女房たちも眠らなかった様子で、あちこちにかたまっていて、驚くばかりだとご境遇の変化を思っている様子である。
 侍所では、親しくお仕えしている者は皆お供に参るつもりをして、個人的な別れを惜しんでいるころなのであろうか、人影も見えない。
 その他の人々は、お見舞いに参上するにも重い処罰があり、厄介な事が増えるので、所狭しと集まっていた馬や車が跡形もなく寂しい気がするので、「世の中とは嫌なものだ」と、お悟りになる。
 
39  台盤なども、かたへは塵ばみて、畳、所々引き返したり。
 「見るほどだにかかり。
 ましていかに荒れゆかむ」と思す。
 
 台盤所なども半分は塵が積もって、薄縁も所々は裏返してある。
 「見ているうちでさえこんなである。
 ましてどんなに荒れてゆくのだろう」とお思いになる。
 
40  西の対に渡りたまへれば、御格子も参らで、眺め明かしたまひければ、簀子などに、若き童女、所々に臥して、今ぞ起き騒ぐ。
 宿直姿どもをかしうてゐるを見たまふにも、心細う、「年月経ば、かかる人びとも、えしもあり果てでや、行き散らむ」など、さしもあるまじきことさへ、御目のみとまりけり。
 
 西の対にお渡りになると、御格子もお下ろしにならないで、姫君は物思いに沈んで夜を明かしていられたので、簀子などに若い童女たちがあちこちに臥せっていて、急に起き出し騒ぐ。
 宿直姿でかわいらしく座っているのを御覧になるにつけても、心細く、「歳月が重なっていったら、このような子たちも、最後までは辛抱しきれないで、散りじりに辞めていくのではなかろうか」などと、何でもないことまでも、お目が止まるのであった。
 
41  「昨夜は、しかしかして夜更けにしかばなむ。
 例の思はずなるさまにや思しなしつる。
 かくてはべるほどだに御目離れずと思ふを、かく世を離るる際には、心苦しきことのおのづから多かりける、ひたやごもりにてやは。
 常なき世に、人にも情けなきものと心おかれ果てむと、いとほしうてなむ」
 「昨夜は、これこれの事情で夜を明かしてしまいました。
 いつものように心外なふうに邪推でもなさっていたのでは。
 せめてこうして都にいる間だけでもお側を離れないでいようにと思うのですが、このように京を離れる際には、気にかかることが自然と多いものですから、そう邸に引き籠もってばかりいるわけにも行きましょうか。
 無常の世に、人からも薄情な者だとすっかり疎まれてしまうのも、辛いのです」
42  と聞こえたまへば、  とお話し申し上げなさると、
43  「かかる世を見るよりほかに、思はずなることは、何ごとにか」  「このような悲しい目を見るより他に、『もっと心外な事』とは、いったいどのような事でございましょうか」
44  とばかりのたまひて、いみじと思し入れたるさま、人よりことなるを、ことわりぞかし、父親王、いとおろかにもとより思しつきにけるに、まして、世の聞こえをわづらはしがりて、訪れきこえたまはず、御とぶらひにだに渡りたまはぬを、人の見るらむことも恥づかしく、なかなか知られたてまつらでやみなましを、継母の北の方などの、  とだけおっしゃって、悲しいと思い込んでいらっしゃる様子が、他の人とはまた格別であるのはもっともなことで。
 父親王は実に疎遠にはじめからお思いになっていたが、まして今では世間の噂を煩わしく思って、お便りも差し上げなさらず、お見舞いにさえお越しにならないのを、女君は人の手前も恥ずかしく、かえってお知られ頂かないままであればよかったのに……、また継母の北の方などが、
45  「にはかなりし幸ひのあわたたしさ。
 あな、ゆゆしや。
 思ふ人、方々につけて別れたまふ人かな」
 「束の間であった幸せの急な変り様よ。
 まあ、縁起でもないこと。
 大切にする人に、次々とお別れになる人ですわ」
46  とのたまひけるを、さる便りありて漏り聞きたまふにも、いみじう心憂ければ、これよりも絶えて訪れきこえたまはず。
 また頼もしき人もなく、げにぞ、あはれなる御ありさまなる。
 
 とおっしゃっていたのを、ある筋から漏れ聞きなさるにつけても、ひどく情けないので、こちらからも少しもお便りを差し上げなさらない。
 他に頼りとする人もなく、なるほど、お気の毒なご様子である。
 
47  「なほ世に許されがたうて、年月を経ば、巌の中にも迎へたてまつらむ。
 ただ今は、人聞きのいとつきなかるべきなり。
 朝廷にかしこまりきこゆる人は、明らかなる月日の影をだに見ず、安らかに身を振る舞ふことも、いと罪重かなり。
 過ちなけれど、さるべきにこそかかることもあらめと思ふに、まして思ふ人具するは、例なきことなるを、ひたおもむきにものぐるほしき世にて、立ちまさることもありなむ」
 「いつまでたっても赦免されずに歳月が過ぎるようなら、たとえ巌の中のような所でもお迎え申しましょう。
 今すぐにでは人聞きがまことに悪いでしょう。
 朝廷に謹慎申し上げている者は、明るい日月の光をさえ見ないようにして、思いのままに身を振る舞うことも、まことに罪の重いことです。
 わたしには過失はないが、前世からの因縁でこのようなことになったのであろうと思いますが、まして愛するあなたを連れて行くのは、先例のないことですので、ただ一途に道理を外れた世の中なので、これ以上の災難もきっと起きてきましょう」
48  など聞こえ知らせたまふ。
 
 などと、お話し申し上げなさる。
 
49  日たくるまで大殿籠もれり。
 帥宮、三位中将などおはしたり。
 対面したまはむとて、御直衣などたてまつる。
 
 日が高くなるまでお寝みになっていた。
 帥宮や三位中将などがいらっしゃった。
 お会いなさろうとして、お直衣などをお召しになる。
 
50  「位なき人は」  「無位無官の者は」
51  とて、無紋の直衣、なかなか、いとなつかしきを着たまひて、うちやつれたまへる、いとめでたし。
 御鬢かきたまふとて、鏡台に寄りたまへるに、面痩せたまへる影の、我ながらいとあてにきよらなれば、
 とおっしゃって、無紋の直衣の、かえってとても優しい感じなのをお召しになって、地味にしていらっしゃる、それがたいそう素晴らしい。
 鬢の毛を掻きなでなさろうとして、鏡台に近寄りなさると、面痩せなさった顔形が自分ながらにとても気品があって美しいので、
52  「こよなうこそ、衰へにけれ。
 この影のやうにや痩せてはべる。
 あはれなるわざかな」
 「すっかり、衰えてしまったな。
 この影のように痩せていますか。
 ああ、悲しいことだ」
53  とのたまへば、女君、涙一目うけて、見おこせたまへる、いと忍びがたし。
 
 とおっしゃると、女君は涙を目にいっぱい浮かべて、こちらを御覧になるが、とても堪えきれない。
 
 

172
 「身はかくて さすらへぬとも 君があたり
 去らぬ鏡の 影は離れじ」
 「たとえわが身はこのように流浪しようとも
  鏡に映った影はあなたの元を離れずに残っていましょう」
 
54  と、聞こえたまへば、  と、お申し上げになると、
 

173
 「別れても 影だにとまる ものならば
 鏡を見ても 慰めてまし」
 「お別れしてもせめて影だけでもとどまっていてくれるものならば
  鏡を見て慰めることもできましょうに」
 
55  柱隠れにゐ隠れて、涙を紛らはしたまへるさま、「なほ、ここら見るなかにたぐひなかりけり」と、思し知らるる人の御ありさまなり。
 
 柱の蔭に隠れて座って涙を隠していらっしゃる様子は、「やはり、おおぜいの女人たちの中でも類のない人だ」と、思わずにはいらっしゃれないご様子の方である。
 
56  親王は、あはれなる御物語聞こえたまひて、暮るるほどに帰りたまひぬ。
 
 帥の親王は、心のこもったお話を申し上げなさって、日の暮れるころにお帰りになった。
 
 
 

第四段 花散里邸に離京の挨拶

 
57  花散里の心細げに思して、常に聞こえたまふもことわりにて、「かの人も、今ひとたび見ずは、つらしとや思はむ」と思せば、その夜は、また出でたまふものから、いともの憂くて、いたう更かしておはしたれば、女御、  花散里のお邸を心細そうにお思いになって、常にお便りを差し上げなさっているのも無理からぬことで、「あの方も、もう一度お会いしなかったら、辛く思いやしないか」とお思いになると、その夜は、またお出かけにはなるものの、とても億劫なので、たいそう夜が更けてからいらっしゃると、女御の君が、
58  「かく数まへたまひて、立ち寄らせたまへること」  「このように人並みに扱っていただいて、お立ち寄りくださいましたこと」
59  と、よろこびきこえたまふさま、書き続けむもうるさし。
 
 と、ご挨拶を申し上げなさるご様子は、書き綴るのも煩わしいくらいである。
 
60  いといみじう心細き御ありさま、ただ御蔭に隠れて過ぐいたまへる年月、いとど荒れまさらむほど思しやられて、殿の内、いとかすかなり。
 
 とてもひどく心細いご様子なので、まったくこの方のご庇護のもとにお過ごしになってきた歳月や、これからますます荒れていくだろうことがご想像されて、邸内はまことにひっそりとしている。
 
61  月おぼろにさし出でて、池広く、山木深きわたり、心細げに見ゆるにも、住み離れたらむ巌のなか、思しやらる。
 
 月が朧ろに照らし出して、池が広く築山の木深い辺りが心細そうに見えるにつけても、人里離れた巌の中の生活がお思いやられずにはいられない。
 
62  西面は、「かうしも渡りたまはずや」と、うち屈して思しけるに、あはれ添へたる月影の、なまめかしうしめやかなるに、うち振る舞ひたまへるにほひ、似るものなくて、いと忍びやかに入りたまへば、すこしゐざり出でて、やがて月を見ておはす。
 またここに御物語のほどに、明け方近うなりにけり。
 
 西面では、「まさかこうしたお越しもあるまいや」と、塞ぎこんでいらっしゃったが、一入心に染みる月の光が美しくしっとりとしているところに、君の身動きなさると匂う薫物の香が、他に似るものがなくて、とても人目に立たぬように部屋にお入りになると、女君は少し膝行して出て来て、そのまま月を御覧になる。
 またここでお話なさっているうちに、明け方近くになってしまった。
 
63  「短夜のほどや。
 かばかりの対面も、またはえしもやと思ふこそ、ことなしにて過ぐしつる年ごろも悔しう、来し方行く先のためしになるべき身にて、何となく心のどまる世なくこそありけれ」
 「短か夜の頃ですね。
 このようにお会いすることも、再びはとても……と思うと、何事もなく過ごしてきてしまった歳月が残念に思われ、これまでのことやこれから先のことも語り草となってしまいそうな身の上で、何となく気持ちのゆっくりする間もなかったですね」
64  と、過ぎにし方のことどものたまひて、鶏もしばしば鳴けば、世につつみて急ぎ出でたまふ。
 例の、月の入り果つるほど、よそへられて、あはれなり。
 女君の濃き御衣に映りて、げに、漏るる顔なれば、
 と、過ぎ去った事のあれこれをおっしゃって、鶏もしきりに鳴くので、人目を憚って急いでお帰りになる。
 例によって、月がすっかり西山に入るのになぞらえられて悲しい。
 女君の濃いお召物に月の光が映えて、なるほど、『濡るる顔』の風情なので、
 

174
 「月影の 宿れる袖は せばくとも
 とめても見ばや あかぬ光を」
 「月の光が映っているわたしの袖は狭いですが
  そのまま留めて置きたいと思います、見飽きることのない光を」
 
65  いみじと思いたるが、心苦しければ、かつは慰めきこえたまふ。
 
 悲しくお思いになっているのが、おいたわしいので、一方ではお慰め申し上げなさる。
 
 

175
 「行きめぐり つひにすむべき 月影の
 しばし雲らむ 空な眺めそ
 「大空を行きめぐって、ついには澄むはずの月の光ですから
  しばらくの間曇っているからといって悲観なさいますな
 
66  思へば、はかなしや。
 ただ、知らぬ涙のみこそ、心を昏らすものなれ」
 考えてみれば、はかないことよ。
 ただ、『行方を知らない涙ばかり』が、心を暗くさせるものですね」
67  などのたまひて、明けぐれのほどに出でたまひぬ。
 
 などとおっしゃって、まだ薄暗いうちにお帰りになった。
 
 
 

第五段 旅生活の準備と身辺整理

 
68  よろづのことどもしたためさせたまふ。
 親しう仕まつり、世になびかぬ限りの人びと、殿の事とり行なふべき上下、定め置かせたまふ。
 御供に慕ひきこゆる限りは、また選り出でたまへり。
 
 何から何まで整理をおさせになる。
 親しくお仕え申して、時勢に靡かない家臣たちだけに、邸の事務を執り行うべき上下の役目をお決め置きになる。
 お供に随行申し上げる者は皆、別にお選びになった。
 
69  かの山里の御住みかの具は、えさらずとり使ひたまふべきものども、ことさらよそひもなくことそぎて、さるべき書ども『文集』など入りたる箱、さては琴一つぞ持たせたまふ。
 所狭き御調度、はなやかなる御よそひなど、さらに具したまはず、あやしの山賤めきてもてなしたまふ。
 
 あの山里の生活の道具は、どうしてもご必要な品物類を、特に飾りけなく簡素にして、しかるべき漢籍類、『白氏文集』などの入った箱と、その他には琴の琴一張をお持たせになる。
 大げさなご調度類や華美なお装いなどは、まったくお持ちにならず、賤しい山里人のような振る舞いをなさる。
 
70  さぶらふ人びとよりはじめ、よろづのこと、みな西の対に聞こえわたしたまふ。
 領じたまふ御荘、御牧よりはじめて、さるべき所々、券など、みなたてまつり置きたまふ。
 それよりほかの御倉町、納殿などいふことまで、少納言をはかばかしきものに見置きたまへれば、親しき家司ども具して、しろしめすべきさまどものたまひ預く。
 
 お仕えしている女房たちをはじめ、万事をすべて西の対の方にお頼み申し上げなさる。
 ご所領の荘園や牧場をはじめとして、しかるべき領地の証文などを、すべて対の方に差し上げ置きなさる。
 その他の御倉町や納殿などという事まで、少納言を頼りになる者と見込んでいらっしゃるので、その者に腹心の家司たちを付けて、取りしきられるようにお命じ置きなさる。
 
71  わが御方の中務、中将などやうの人びと、つれなき御もてなしながら、見たてまつるほどこそ慰めつれ、「何ごとにつけてか」と思へども、  ご自身方の中務や中将などといった女房たちは、「何気ないお扱いとはいえ、お身近にお仕えしていた間は慰めることもできたが、『何を期待してか』」と思うが、
72  「命ありてこの世にまた帰るやうもあらむを、待ちつけむと思はむ人は、こなたにさぶらへ」  「生きてこの世に再び帰って来るようなこともあろうから、待っていようと思う者は、こちらに伺候しなさい」
73  とのたまひて、上下、皆参う上らせたまふ。
 
 とおっしゃって、上下を問わず女房たちの皆を、こちらの西の対に参上させなさる。
 
74  若君の御乳母たち、花散里なども、をかしきさまのはさるものにて、まめまめしき筋に思し寄らぬことなし。
 
 若君の乳母たちや花散里などにも、風情のある品物はもちろんのこと、実用品までお気のつかない事がない。
 
75  尚侍の御もとに、わりなくして聞こえたまふ。
 
 尚侍の君の御許に、困難をおかしてお便りを差し上げなさる。
 
76  「問はせたまはぬも、ことわりに思ひたまへながら、今はと、世を思ひ果つるほどの憂さもつらさも、たぐひなきことにこそはべりけれ。
 
 「お見舞いくださらないのも、ごもっともに存じられますが、今は最後と、この世を諦めた時の嫌で辛い思いも、何とも言いようがございません。
 
 

176
 逢ふ瀬なき 涙の河に 沈みしや
 流るる澪の 初めなりけむ
  あなたに逢えないことに涙を流したことが
  流浪する身の上となるきっかけだったのでしょうか
 
77  と思ひたまへ出づるのみなむ、罪逃れがたうはべりける」  と思い出される事だけが、罪も逃れ難い事でございます」
78  道のほども危ふければ、こまかには聞こえたまはず。
 
 手紙が届くかどうか不安なので、詳しくはお書きにならない。
 
79  女、いといみじうおぼえたまひて、忍びたまへど、御袖よりあまるも所狭うなむ。
 
 女君も、大層悲しく思われなさって、堪えていらっしゃったが、お袖から涙がこぼれるのもどうしようもない。
 
 

177
 「涙河 浮かぶ水泡も 消えぬべし
 流れて後の 瀬をも待たずて」
 「涙川に浮かんでいる水泡も消えてしまうでしょう
  生きながらえて再びお会いできる日を待たないで」
 
80  泣く泣く乱れ書きたまへる御手、いとをかしげなり。
 今ひとたび対面なくやと思すは、なほ口惜しけれど、思し返して、憂しと思しなすゆかり多うて、おぼろけならず忍びたまへば、いとあながちにも聞こえたまはずなりぬ。
 
 泣く泣く心乱れてお書きになったご筆跡は、まことに深い味わいがある。
 もう一度お逢いできないものかとお思いになるにつけ、やはり残念に思われるが、お考え直しになって、ひどいとお思いになる一族が多くて、一方ならず人目を忍んでいらっしゃるので、あまり無理をしてまでお便り申し上げることもなさらずに終わった。
 
 
 

第六段 藤壺に離京の挨拶

 
81  明日とて、暮には、院の御墓拝みたてまつりたまふとて、北山へ詣でたまふ。
 暁かけて月出づるころなれば、まづ、入道の宮に参うでたまふ。
 近き御簾の前に御座参りて、御みづから聞こえさせたまふ。
 春宮の御事をいみじううしろめたきものに思ひきこえたまふ。
 
 明日ご出立という日の夕暮には、父院のお墓にお参りなさろうとして、北山へ参拝なさる。
 明け方近くに月の出るころなので、最初に、入道の宮のもとにお伺いさる。
 お側近くの御簾の前に君のご座所をお設けになって、宮ご自身でご応対あそばす。
 春宮のお身の上をたいそうご心配申し上げなさる。
 
82  かたみに心深きどちの御物語は、よろづあはれまさりけむかし。
 なつかしうめでたき御けはひの昔に変はらぬに、つらかりし御心ばへも、かすめきこえさせまほしけれど、今さらにうたてと思さるべし、わが御心にも、なかなか今ひときは乱れまさりぬべければ、念じ返して、ただ、
 お互いに感慨深くお感じになっていらっしゃる者同士のお話は、何事もしみじみと胸に迫るものがさぞ多かったことであろう。
 慕わしく素晴らしい宮のご様子が変わらないので、恨めしかったお気持ちも、君はそれとなく申し上げたいが、いまさら嫌なこととお思いになろうし、自分自身でも、かえって一段と心が乱れるであろうから、思い直して、ただ、
83  「かく思ひかけぬ罪に当たりはべるも、思うたまへあはすることの一節になむ、空も恐ろしうはべる。
 惜しげなき身はなきになしても、宮の御世にだに、ことなくおはしまさば」
 「このように思いもかけない罪に問われますにつけても、思い当たるただ一つのことのために、天の咎めも恐ろしゅうございます。
 惜しくもないわが身はどうなろうとも、せめて春宮の御世だけでも、ご安泰でいらっしゃれば」
84  とのみ聞こえたまふぞ、ことわりなるや。
 
 とだけ申し上げなさるのも、ごもっともなことである。
 
85  宮も、みな思し知らるることにしあれば、御心のみ動きて、聞こえやりたまはず。
 大将、よろづのことかき集め思し続けて、泣きたまへるけしき、いと尽きせずなまめきたり。
 
 宮も、すっかりご存知のことであるので、お心がどきどきするばかりで、お返事を申し上げられない。
 大将の君の、あれからこれへとお思い続けられて、お泣きになるご様子は、とても言いようのないほど優艷である。
 
86  「御山に参りはべるを、御ことつてや」  「山陵に詣でますが、何かお言伝は……」
87  と聞こえたまふに、とみにものも聞こえたまはず、わりなくためらひたまふ御けしきなり。
 
 と申し上げなさるが、すぐにはお返事なさらず、ひたすらお気持ちを鎮めようとなさるご様子である。
 
 

178
 「見しはなく あるは悲しき 世の果てを
 背きしかひも なくなくぞ経る」
 「お連れ添い申した院は亡くなられ、生きておいでの方は悲しいお身の上の世の末を
  出家した甲斐もなくわたしは泣きの涙で暮らしています」
 
88  いみじき御心惑ひどもに、思し集むることどもも、えぞ続けさせたまはぬ。
 
 ひどくお悲しみのお二方なので、お思いになっていることがらも、十分にお詠みあそばされない。
 
 

179
 「別れしに 悲しきことは 尽きにしを
 またぞこの世の 憂さはまされる」
 「父院にお別れした折に悲しい思いを尽くしたと思ったはずなのに
  またもこの世のさらに辛いことに遭います」
 
 

第七段 桐壺院の御墓に離京の挨拶

 
89  月待ち出でて出でたまふ。
 御供にただ五、六人ばかり、下人もむつましき限りして、御馬にてぞおはする。
 さらなることなれど、ありし世の御ありきに異なり、皆いと悲しう思ふなり。
 なかに、かの御禊の日、仮の御随身にて仕うまつりし右近の将監の蔵人、得べきかうぶりもほど過ぎつるを、つひに御簡削られ、官も取られて、はしたなければ、御供に参るうちなり。
 
 月を待ってお出かけになる。
 お供にはわずか五、六人ほどで、下人も気心の知れた者だけを連れて、御馬でいらっしゃる。
 今更言うまでもないことだが、以前のご外出と違って、皆とても悲しく思うのである。
 その中でも、あの御禊の日に、臨時の御随身となってご奉仕した右近将監の蔵人は、当然得られるはずの五位の位もその時期が過ぎてしまったが、とうとう殿上の御簡も削られ、官職も剥奪されて面目がないので、お供に参る一人である。
 
90  賀茂の下の御社を、かれと見渡すほど、ふと思ひ出でられて、下りて、御馬の口を取る。
 
 賀茂の下の御社を、それと見渡せる辺りで、ふと昔のことが思い出されて、馬から下りて、君の御馬の轡を取る。
 
 

180
 「ひき連れて 葵かざしし そのかみを
 思へばつらし 賀茂の瑞垣」
 「お供をして葵を頭に挿した御禊の日のことを思うと
  御利益がなかったのかとつらく思われます、賀茂の神様」
 
91  と言ふを、「げに、いかに思ふらむ。
 人よりけにはなやかなりしものを」と思すも、心苦し。
 
 と詠むのを、「本当に、どんなに悲しんでいることだろう。
 誰よりも羽振りがよく振る舞っていたのに」とお思いになると、気の毒である。
 
92  君も、御馬より下りたまひて、御社のかた拝みたまふ。
 神にまかり申したまふ。
 
 君も御馬からお下りになって、御社の方を拝みなさる。
 神様にお暇乞いを申し上げなさる。
 
 

181
 「憂き世をば 今ぞ別るる とどまらむ
 名をば糺の 神にまかせて」
 「辛い世の中を今離れて行きます、後に残る
  噂の是非は、糺の神にお委ねして」
 
93  とのたまふさま、ものめでする若き人にて、身にしみてあはれにめでたしと見たてまつる。
 
 とお詠みになる様子は、感激しやすい若者なので、身にしみて何ともご立派なと拝見する。
 
94  御山に詣うでたまひて、おはしましし御ありさま、ただ目の前のやうに思し出でらる。
 限りなきにても、世に亡くなりぬる人ぞ、言はむかたなく口惜しきわざなりける。
 よろづのことを泣く泣く申したまひても、そのことわりをあらはに承りたまはねば、「さばかり思しのたまはせしさまざまの御遺言は、いづちか消え失せにけむ」と、いふかひなし。
 
 御陵に参拝なさって、院の御在世中のお姿を、まるで眼前の事のようにお思い出しになられる。
 至尊の地位にあった方でも、この世を去ってしまったお方は、何とも言いようもなく無念なことであった。
 何から何まで泣く泣く申し上げなさっても、その是非をはっきりとお承りになることができないので、「あれほどお考え置かれたいろいろなご遺言は、どこへ消え失せてしまったのだろうか」と、何とも言いようがない。
 
95  御墓は、道の草茂くなりて、分け入りたまふほど、いとど露けきに、月も隠れて、森の木立、木深く心すごし。
 帰り出でむ方もなき心地して、拝みたまふに、ありし御面影、さやかに見えたまへる、そぞろ寒きほどなり。
 
 御陵は、参道の草が生い茂って、かき分けてお入りになって行くうちに、ますます露に濡れると、月も雲に隠れて、森の木立は木深くぞっとする感じである。
 帰る道も分からない気がして、参拝なさっているところに、御生前の御姿が、まざまざと現れなさったのは、鳥肌の立つ思いである。
 
 

182
 「亡き影や いかが見るらむ よそへつつ
 眺むる月も 雲隠れぬる」
 「亡き父上はどのように御覧になっていらっしゃることだろうか
  父上のように思って見ていた月の光も雲に隠れてしまった」
 
 

第八段 東宮に離京の挨拶

 
96  明け果つるほどに帰りたまひて、春宮にも御消息聞こえたまふ。
 王命婦を御代はりにてさぶらはせたまへば、「その御局に」とて、
 すっかり夜が明けたころにお帰りになって、春宮にもお便りを差し上げなさる。
 入道の宮は王命婦をお身代わりとして伺候させていらっしゃったので、「そのお部屋に」と言って、
97  「今日なむ、都離れはべる。
 また参りはべらずなりぬるなむ、あまたの憂へにまさりて思うたまへられはべる。
 よろづ推し量りて啓したまへ。
 
 「今日、都を離れます。
 もう一度参上せぬままになってしまったのが、数ある嘆きの中でも最も悲しく存じられます。
 すべてご推察いただき、春宮に申し上げてください。
 
 

183
 いつかまた 春の都の 花を見む
 時失へる 山賤にして」
  いつ再び春の都の花盛りを見ることができましょうか
  時流を失った山賤のわが身となって」
 
98  桜の散りすきたる枝につけたまへり。
 「かくなむ」と御覧ぜさすれば、幼き御心地にもまめだちておはします。
 
 桜の散ってまばらになった枝に結び付けていらっしゃった。
 王命婦が「しかじかです」と御覧に入れると、幼心にも真剣な御様子でいらっしゃる。
 
99  「御返りいかがものしたまふらむ」  「お返事はどのように申し上げましょうか」
100  と啓すれば、  と申し上げると、
101  「しばし見ぬだに恋しきものを、遠くはましていかに、と言へかし」  「少しの間でさえ見ないと恋しく思われるのに、まして遠くに行ってしまったらどんなにか、と言いなさい」
102  とのたまはす。
 「ものはかなの御返りや」と、あはれに見たてまつる。
 あぢきなきことに御心をくだきたまひし昔のこと、折々の御ありさま、思ひ続けらるるにも、もの思ひなくて我も人も過ぐいたまひつべかりける世を、心と思し嘆きけるを悔しう、わが心ひとつにかからむことのやうにぞおぼゆる。
 御返りは、
 と仰せになる。
 「あっけないお返事だこと」と、いじらしく拝する。
 どうにもならない恋にお心のたけを尽くされた昔のことや、季節折々のご様子を、次から次へとお思い出されるにつけても、何の苦労もなしに自分も相手もお過ごしになれたはずの世の中を、ご自分から求めてお苦しみになったのを悔しくて、命婦は自分一人の責任のように思われる。
 お返事は、
103  「さらに聞こえさせやりはべらず。
 御前には啓しはべりぬ。
 心細げに思し召したる御けしきもいみじくなむ」
 「とても言葉に尽くして申し上げられません。
 御前には啓上致しました。
 心細そうにお思いでいらっしゃる御様子もおいたわしゅうございます」
104  と、そこはかとなく、心の乱れけるなるべし。
 
 と、とりとめなく、心が動揺しているからであろう。
 
 

184
 「咲きてとく 散るは憂けれど ゆく春は
 花の都を 立ち帰り見よ
 「咲いたかと思うとすぐに散ってしまう桜の花は悲しいけれども
  再び都に戻って来て春の都を御覧ください
 
105  時しあらば」  季節がめぐり来れば」
106  と聞こえて、名残もあはれなる物語をしつつ、一宮のうち、忍びて泣きあへり。
 
 と申し上げて、その後も悲しいお話をしいしい、東宮御所の中では声を抑えて泣きあっていた。
 
107  一目も見たてまつれる人は、かく思しくづほれぬる御ありさまを、嘆き惜しみきこえぬ人なし。
 まして、常に参り馴れたりしは、知り及びたまふまじき長女、御厠人まで、ありがたき御顧みの下なりつるを、「しばしにても、見たてまつらぬほどや経む」と、思ひ嘆きけり。
 
 一目でも君を拝し上げている者は、このようにご悲嘆のご様子を、嘆き惜しまない人はいない。
 まして、平素お仕えしてきた者は、君がご存知になるはずもない下女や御厠人までが、世にまれなほどの手厚いご庇護であったのを、「少しの間にせよ、拝さぬ月日を過すことになるのか」と、思い嘆くのであった。
 
108  おほかたの世の人も、誰かはよろしく思ひきこえむ。
 七つになりたまひしこのかた、帝の御前に夜昼さぶらひたまひて、奏したまふことのならぬはなかりしかば、この御いたはりにかからぬ人なく、御徳をよろこばぬやはありし。
 やむごとなき上達部、弁官などのなかにも多かり。
 それより下は数知らぬを、思ひ知らぬにはあらねど、さしあたりて、いちはやき世を思ひ憚りて、参り寄るもなし。
 世ゆすりて惜しみきこえ、下に朝廷をそしり、恨みたてまつれど、「身を捨ててとぶらひ参らむにも、何のかひかは」と思ふにや、かかる折は人悪ろく、恨めしき人多く、「世の中はあぢきなきものかな」とのみ、よろづにつけて思す。
 
 世間一般の人々も、誰が並大抵に思い申し上げたりなどしようか。
 七歳におなりになった時から今まで、帝の御前に昼夜となくご伺候なさって、君がご奏上なさることでお聞き届けになられないことはなかったので、このご功労にあずからない者はなく、ご恩恵を喜ばない者がいたであろか。
 高貴な上達部や弁官などの中にも多かった。
 それより下では数も分からないが、ご恩を知らないのではないが、当面は厳しい現実の世を憚って、寄って参る者はいない。
 世を挙げて惜しみ申し、内心では朝廷を批判し、お恨み申し上げたが、「身を捨ててお見舞いに参上しても、何になろうか」と思うのであろうか、このような時には体裁悪く、恨めしく思う人々が多く、「世の中というものはおもしろくないものだな」とばかり、万事につけてお思いになる。
 
 
 

第九段 離京の当日

 
109  その日は、女君に御物語のどかに聞こえ暮らしたまひて、例の、夜深く出でたまふ。
 狩の御衣など、旅の御よそひ、いたくやつしたまひて、
 出発の当日は、女君にお話を一日中のんびりとお過ごし申し上げなさって、旅立ちの慣例として、夜明け前にお立ちになる。
 狩衣のご衣装など、旅のご装束を、たいそう質素なふうになさって、
110  「月出でにけりな。
 なほすこし出でて、見だに送りたまへかし。
 いかに聞こゆべきこと多くつもりにけりとおぼえむとすらむ。
 一日、二日たまさかに隔たる折だに、あやしういぶせき心地するものを」
 「月も出て来ましたね。
 もう少し端に出て、せめてお見送りだけでもなさってください。
 どんなにかお話申し上げたいことがたくさん積もったと思うようになったことでしょう。
 一日、二日のまれに離れている時でさえ、不思議と気が晴れない思いがしますものを」
111  とて、御簾巻き上げて、端にいざなひきこえたまへば、女君、泣き沈みたまへるを、ためらひて、ゐざり出でたまへる、月影に、いみじうをかしげにてゐたまへり。
 「わが身かくてはかなき世を別れなば、いかなるさまにさすらへたまはむ」と、うしろめたく悲しけれど、思し入りたるに、いとどしかるべければ、
 とおっしゃって、御簾を巻き上げて、端近にお誘い申し上げなさると、女君は、泣き沈んでいらっしゃったが、気持ちを抑えて膝行して出ていらっしゃった、そのお姿が、月の光の下にたいそう美しくお座りになっている。
 「わが身がこのようにはかない世の中を離れて行ったら、どのような状態で漂うようになって行かれるのであろうか」と、不安で悲しく思われるが、深いお悲しみの上に、ますます悲しませるようなので、
 

185
 「生ける世の 別れを知らで 契りつつ
 命を人に 限りけるかな
 「生きている間にも生き別れというものがあるとは知らずに
  命のある限りは一緒にと信じていましたことよ
 
112  はかなし」  はかないことだ」
113  など、あさはかに聞こえなしたまへば、  などと、わざとあっさりと申し上げなさったので、
 

186
 「惜しからぬ 命に代へて 目の前の
 別れをしばし とどめてしがな」
 「惜しくもないわたしの命に代えて、今のこの
  別れを少しの間でも引きとどめて置きたいものです」
 
114  「げに、さぞ思さるらむ」と、いと見捨てがたけれど、明け果てなば、はしたなかるべきにより、急ぎ出でたまひぬ。
 
 「なるほど、そのようにもお思いだろう」と、たいそう見捨てて行きにくいが、夜がすっかり明けてしまったら、きまりが悪いので、急いでお立ち出になった。
 
115  道すがら、面影につと添ひて、胸もふたがりながら、御舟に乗りたまひぬ。
 日長きころなれば、追風さへ添ひて、まだ申の時ばかりに、かの浦に着きたまひぬ。
 かりそめの道にても、かかる旅をならひたまはぬ心地に、心細さもをかしさもめづらかなり。
 大江殿と言ひける所は、いたう荒れて、松ばかりぞしるしなる。
 
 道中、女君の姿が面影のようにぴったりと身に添って、胸もいっぱいのまま、お舟にお乗りになった。
 日の長いころなので、それに追い風までが吹き加わって、まだ申の時刻に、あの須磨の浦にお着きになった。
 ほんのちょっとのお出ましであっても、こうした旅路をご経験のない気持ちには、心細さも物珍しさも並大抵ではない。
 大江殿と言った所は、ひどく荒れて、松の木だけが形跡をとどめているだけである。
 
 

187
 「唐国に 名を残しける 人よりも
 行方知られぬ 家居をやせむ」
 「唐国で名を残した人以上に
  行方も知らない侘住まいをするのだろうか」
 
116  渚に寄る波のかつ返るを見たまひて、「うらやましくも」と、うち誦じたまへるさま、さる世の古言なれど、珍しう聞きなされ、悲しとのみ御供の人びと思へり。
 うち顧みたまへるに、来し方の山は霞はるかにて、まことに「三千里の外」の心地するに、櫂の雫も堪へがたし。
 
 渚に打ち寄せる波が、寄せては返すのを御覧になって、「……うらやましくも引き返してゆく浪よ」と口ずさみなさっているご様子は、誰でも知っている古歌ではあるが、こと新しく聞けて、悲しいとばかりお供の人々は思っている。
 振り返って御覧になると、やって来た方角の山は霞が遠くにかかって、まことに、「三千里の外」という心地がすると、『櫂の滴』のように、涙が耐えきれない。
 
 

188
 「故郷を 峰の霞は 隔つれど
 眺むる空は 同じ雲居か」
 「住みなれた都の方を峰の霞は遠く隔てているが
  わたしが悲しい気持ちで眺めている空は都であの人が眺めているのと同じ空なのだ」
 
117  つらからぬものなくなむ。
 
 何につけ辛くなく思われないものはないのであった。
 
 
 

第二章 光る源氏の物語 夏の長雨と鬱屈の物語

 
 

第一段 須磨の住居

 
118  おはすべき所は、行平の中納言の、「藻塩垂れつつ」侘びける家居近きわたりなりけり。
 海づらはやや入りて、あはれにすごげなる山中なり。
 
 お住まいになる予定の場所は、行平の中納言が、「藻塩たれつつ」と詠んだ侘住まい付近なのであった。
 海岸からは少し奥に入り込んで、身にしみるばかり寂しい山の中である。
 
119  垣のさまよりはじめて、めづらかに見たまふ。
 茅屋ども、葦葺ける廊めく屋など、をかしうしつらひなしたり。
 所につけたる御住まひ、やう変はりて、「かからぬ折ならば、をかしうもありなまし」と、昔の御心のすさび思し出づ。
 
 垣根の様子をはじめとして、物珍しく御覧になる。
 茅葺きの建物、葦で葺いた回廊のような建物など、風情のある造作がしてあった。
 場所柄にふさわしいお住まいを、風変わりに思われて、「このような折でないならば、さぞ興趣深くもあったであろうに」と、昔のお心にまかせた遊び事をお思い出しになる。
 
120  近き所々の御荘の司召して、さるべきことどもなど、良清朝臣、親しき家司にて、仰せ行なふもあはれなり。
 時の間に、いと見所ありてしなさせたまふ。
 水深う遣りなし、植木どもなどして、今はと静まりたまふ心地、うつつならず。
 国の守も親しき殿人なれば、忍びて心寄せ仕うまつる。
 かかる旅所ともなう、人騒がしけれども、はかばかしう物をものたまひあはすべき人しなければ、知らぬ国の心地して、いと埋れいたく、「いかで年月を過ぐさまし」と思しやらる。
 
 近い所々のご荘園の管理者を呼び寄せて、しかるべき事どもを、良清朝臣が側近の家司として、お命じになり取り仕切るのも感に耐えないことである。
 暫くの間に、たいそう風情があるようにお手入れさせなさる。
 遣水を深く引き入れ、植木などを植えたりして、もうすっかりと落ち着きなさっているお気持ちは、夢のようである。
 この土地の国守も親しい家来筋の者なので、こっそりと好意をもってお世話申し上げる。
 このような旅の生活にも似ず、人がおおぜい出入りするが、まともにお話相手となりそうな人もいないので、知らない他国の心地がして、ひどく気も滅入って、「どのようにしてこれから先過ごして行こうか」と、お思いやらずにはいられない。
 
 
 

第二段 京の人々へ手紙

 
121  やうやう事静まりゆくに、長雨のころになりて、京のことも思しやらるるに、恋しき人多く、女君の思したりしさま、春宮の御事、若君の何心もなく紛れたまひしなどをはじめ、ここかしこ思ひやりきこえたまふ。
 
 だんだんと事が落ち着いて行くうちに、梅雨時期になって、京のことがご心配になられて、恋しい人々も多く、女君が悲しんでいらっしゃった様子や、春宮のお身の上、また若君が無邪気に動き回っていらっしゃったことなどをはじめとして、あちらこちらの方々の事をお思いやりになる。
 
122  京へ人出だし立てたまふ。
 二条院へたてまつりたまふと、入道の宮のとは、書きもやりたまはず、昏されたまへり。
 宮には、
 京へ使者をお立てになる。
 二条院に差し上げなさるのと、入道の宮へのとは、筆も思うように進まず、涙に目も暮れなさった。
 入道の宮には、
 

189
 「松島の 海人の苫屋も いかならむ
 須磨の浦人 しほたるるころ
 「私の帰りを待っていらっしゃる出家されたあなた様はいかがお過ごしでしょうか
  わたしは須磨の浦で涙に泣き濡れております今日このごろです
 
123  いつとはべらぬなかにも、来し方行く先かきくらし、『汀まさりて』なむ」  悲しさは常のことですが、過去も未来もまっ暗闇といった感じで、『涙で汀もまさって』という思いです」
124  尚侍の御もとに、例の、中納言の君の私事のやうにて、中なるに、  尚侍のお許には、例によって、中納言の君への私事のようにして、その中に、
125  「つれづれと過ぎにし方の思ひたまへ出でらるるにつけても、  「所在なく過ぎ去った日々の事柄が自然と思い出されるにつけても、
 

190
 こりずまの 浦のみるめの ゆかしきを
 塩焼く海人や いかが思はむ」
  性懲りもなくお逢いしたく思っていますが
  あなた様はどう思っておいででしょうか」
 
126  さまざま書き尽くしたまふ言の葉、思ひやるべし。
 
 いろいろとお心を尽くして書かれた言葉というのを想像されるでしょう。
 
127  大殿にも、宰相の乳母にも、仕うまつるべきことなど書きつかはす。
 
 大殿邸にも、宰相の乳母のもとに、ご養育に関する事柄をお書きつかわしになる。
 
128  京には、この御文、所々に見たまひつつ、御心乱れたまふ人びとのみ多かり。
 二条院の君は、そのままに起きも上がりたまはず、尽きせぬさまに思しこがるれば、さぶらふ人びともこしらへわびつつ、心細う思ひあへり。
 
 京では、このお手紙をあちらこちらで御覧になっては、お心を痛められる方々ばかりが多かった。
 二条院の女君は、それからお枕も上がらず、尽きぬ悲しみに沈まれているので、お仕えしている女房たちもお慰め困じて、互いに心細く思っていた。
 
129  もてならしたまひし御調度ども、弾きならしたまひし御琴、脱ぎ捨てたまひつる御衣の匂ひなどにつけても、今はと世になからむ人のやうにのみ思したれば、かつはゆゆしうて、少納言は、僧都に御祈りのことなど聞こゆ。
 二方に御修法などせさせたまふ。
 かつは、「思し嘆く御心静めたまひて、思ひなき世にあらせたてまつりたまへ」と、心苦しきままに祈り申したまふ。
 
 源氏の君が日頃お使いになっていた御調度類などや、お弾き馴らしていらっしゃったお琴、お脱ぎ置きになったお召し物の薫りなどにつけても、今はもうこの世にいない人のようにばかりお思いになっているので、ごもっともと思う一方で縁起でもないので、少納言は僧都にご祈祷をお願い申し上げる。
 お二方のために御修法などをおさせになる。
 ご帰京を祈る一方では、「このようにお悲しみになっているお気持ちをお鎮めくださって、物思いのないお身の上にさせて上げてください」と、おいたわしい気持ちでお祈り申し上げなさる。
 
130  旅の御宿直物など、調じてたてまつりたまふ。
 かとりの御直衣、指貫、さま変はりたる心地するもいみじきに、「去らぬ鏡」とのたまひし面影の、げに身に添ひたまへるもかひなし。
 
 女君は君の旅先でのご寝具などを作ってお届けなさる。
 縑のお直衣や指貫は、変わった感じがするにつけても悲しい上に、「去らない鏡の」とお詠みになった君の面影が、なるほど身体に添っていらっしゃるのだが、それも詮のないことである。
 
131  出で入りたまひし方、寄りゐたまひし真木柱などを見たまふにも、胸のみふたがりて、ものをとかう思ひめぐらし、世にしほじみぬる齢の人だにあり、まして、馴れむつびきこえ、父母にもなりて生ほし立てならはしたまへれば、恋しう思ひきこえたまへる、ことわりなり。
 ひたすら世になくなりなむは、言はむ方なくて、やうやう忘れ草も生ひやすらむ、聞くほどは近けれど、いつまでと限りある御別れにもあらで、思すに尽きせずなむ。
 
 君が始終出入りなさっていたあたりや、寄り掛かりなさった真木の柱などを御覧になるにつけても、胸が塞がるばかりで、よく物事の分別がついて世間の経験を積んだ年輩の人でさえそうであるのに、まして君にお馴れ親しみ申し、また父母にもなりかわってお育て申されてきたので、恋しくお思い申し上げなさるのも、ごもっともなことである。
 まるでこの世から去られてしまうのは、何とも言いようがなくだんだん忘れることもできようが、聞けば近い所ではあるが、いつまでと期限のあるお別れでもないので、思えば思うほど悲しみは尽きないのである。
 
132  入道宮にも、春宮の御事により思し嘆くさま、いとさらなり。
 御宿世のほどを思すには、いかが浅く思されむ。
 年ごろはただものの聞こえなどのつつましさに、「すこし情けあるけしき見せば、それにつけて人のとがめ出づることもこそ」とのみ、ひとへに思し忍びつつ、あはれをも多う御覧じ過ぐし、すくすくしうもてなしたまひしを、「かばかり憂き世の人言なれど、かけてもこの方には言ひ出づることなくて止みぬるばかりの、人の御おもむけも、あながちなりし心の引く方にまかせず、かつはめやすくもて隠しつるぞかし」。
 あはれに恋しうも、いかが思し出でざらむ。
 御返りも、すこしこまやかにて、
 入道の宮におかれても、春宮の御将来のことでお嘆きになるご様子は、いうまでもない。
 前世からの御宿縁をお考えになると、どうして並大抵のお気持ちでいられようか。
 近年はただ世間の評判が憚られるので、「少しでも同情の素振りを見せたら、それにつけても誰か咎めだてをすることがありはしまいか」とばかり、一途に堪え忍び忍びして、君の愛情に対しても多くは知らないふりをして、そっけない態度をなさっていたが、「これほどにつらい世の噂ではあるが、少しもこのことについては噂されることなく終わったほどの、あの方の態度も一途であった恋心の赴くままにまかせず、一方では無難に隠していらっしゃったからだった……」。
 しみじみと恋しいが、どうしてお思い出しになれずにいられようか。
 お返事も、いつもより情愛こまやかに、
133  「このころは、いとど、  「このごろは、ますます、
 

191
 塩垂るる ことをやくにて 松島に
 年ふる海人も 嘆きをぞつむ」
  涙に濡れているのを仕事として
  出家したわたしも嘆きを積み重ねています」
 
134  尚侍君の御返りには、  尚侍の君のお返事には、
 

192
 「浦にたく 海人だにつつむ 恋なれば
 くゆる煙よ 行く方ぞなき
 「須磨の浦の海人でさえ人目を隠す恋の火ですから
  人目多い都にいる思いはくすぶり続けて晴れようがありません
 
135  さらなることどもは、えなむ」  今さら言うまでもございませんことの数々は、申し上げるまでもなく」
136  とばかり、いささか書きて、中納言の君の中にあり。
 思し嘆くさまなど、いみじう言ひたり。
 あはれと思ひきこえたまふ節々もあれば、うち泣かれたまひぬ。
 
 とだけ、わずかに書いて、中納言の君の手紙の中にある。
 お嘆きのご様子などがたくさん書かれてあった。
 いとしいとお思い申されるところがあるので、ふとお泣きになってしまった。
 
137  姫君の御文は、心ことにこまかなりし御返りなれば、あはれなること多くて、  二条院の姫君のお手紙は、格別に心こめたお返事なので、しみじみと胸を打つことが多くて、
 

193
 「浦人の 潮くむ袖に 比べ見よ
 波路へだつる 夜の衣を」
 「あなたのお袖とお比べになってみてください
  遠く波路を隔てた都で独り袖を濡らしている夜の衣と」
 
138  ものの色、したまへるさまなど、いときよらなり。
 何ごともらうらうじうものしたまふを、思ふさまにて、「今は他事に心あわたたしう、行きかかづらふ方もなく、しめやかにてあるべきものを」と思すに、いみじう口惜しう、夜昼面影におぼえて、堪へがたう思ひ出でられたまへば、「なほ忍びてや迎へまし」と思す。
 またうち返し、「なぞや、かく憂き世に、罪をだに失はむ」と思せば、やがて御精進にて、明け暮れ行なひておはす。
 
 お召物の色合いや、仕立て具合などは、実に良く出来上がっていた。
 何事につけてもいかにも上手にお出来になるのが、思い通りであるので、 「今ではよけいな情事に心せわしく、かかずらうこともなく、落ち着いて暮らせるはずであるものを」とお思いになると、ひどく残念に、昼夜なく面影が目の前に浮かんで、堪え難く思わずにはいらっしゃれないので、「やはりこっそりと呼び寄せようかしら」とお思いになる。
 また一方では思い返して、「どうして出来ようか、このようにつらい世であるから、せめて罪障だけでも消滅させよう」とお考えになると、そのままご精進の生活に入って、明け暮れお勤めをなさる。
 
139  大殿の若君の御事などあるにも、いと悲しけれど、「おのづから逢ひ見てむ。
 頼もしき人びとものしたまへば、うしろめたうはあらず」と、思しなさるるは、なかなか、子の道の惑はれぬにやあらむ。
 
 大殿の若君のお返事などがあるにつけ、とても悲しい気持ちがするが、「いずれ再会の機会はあるであろう。
 信頼できる人々がついていらっしゃるのだから、不安なことはない」と、思われなされるのは、子供を思う煩悩の方が、かえってお惑いにならないのであろうか。
 
 
 

第三段 伊勢の御息所へ手紙

 
140  まことや、騒がしかりしほどの紛れに漏らしてけり。
 かの伊勢の宮へも御使ありけり。
 かれよりも、ふりはへ尋ね参れり。
 浅からぬことども書きたまへり。
 言の葉、筆づかひなどは、人よりことになまめかしく、いたり深う見えたり。
 
 ほんとに、そうそう、、混雑しているうちに言い落としてしまった。
 あの伊勢の宮へもお使者があったのであった。
 そこからもお見舞いの使者がわざわざ尋ねて参った。
 並々ならぬ事柄をお書きになっていた。
 その言葉の用い方や、筆跡などは、誰よりも格別に優美で教養の深さが窺えた。
 
141  「なほうつつとは思ひたまへられぬ御住ひをうけたまはるも、明けぬ夜の心惑ひかとなむ。
 さりとも、年月隔てたまはじと、思ひやりきこえさするにも、罪深き身のみこそ、また聞こえさせむこともはるかなるべけれ。
 
 「依然として現実のこととは存じられませぬお住まいのご様子を承りますと、無明長夜の闇に迷っているのかと存じられます。
 そうは言っても、長の年月をお送りになることはありますまいと、ご推察申し上げますにつけても、罪障深いわが身だけは、再びお目にかかることも遠い先のことでしょう。
 
 

194
 うきめかる 伊勢をの海人を 思ひやれ
 藻塩垂るてふ 須磨の浦にて
  辛く淋しい思いを致してます伊勢の人を思いやってくださいまし
  やはり涙に暮れていらっしゃるという須磨の浦から
 
142  よろづに思ひたまへ乱るる世のありさまも、なほいかになり果つべきにか」  何事につけても思い乱れます世の中の有様も、やはりこれから先どのようになって行くのでしょうか」
143  と多かり。
 
 と多く書いてある。
 
 

195
 「伊勢島や 潮干の潟に 漁りても
 いふかひなきは 我が身なりけり」
 「伊勢の海の干潟で貝取りしましても
  何の生き甲斐もないのはこのわたしです」
 
144  ものをあはれと思しけるままに、うち置きうち置き書きたまへる、白き唐の紙、四、五枚ばかりを巻き続けて、墨つきなど見所あり。
 
 しみじみとしたお気持ちで、筆を置いては書き、置いては書きなさっている、白い唐紙を、四、五枚ほど、巻紙に継いで、墨の付け具合なども実に素晴らしい。
 
145  「あはれに思ひきこえし人を、ひとふし憂しと思ひきこえし心あやまりに、かの御息所も思ひ倦じて別れたまひにし」と思せば、今にいとほしうかたじけなきものに思ひきこえたまふ。
 折からの御文、いとあはれなれば、御使さへむつましうて、二、三日据ゑさせたまひて、かしこの物語などせさせて聞こしめす。
 
 「もともと慕わしくお思い申し上げていた人であったが、あの一件を辛くお思い申し上げた心の行き違いから、あの御息所も情けなく思って別れて行かれたのだ」とお思いになると、今ではお気の毒に申し訳ないこととお思い申し上げていらっしゃる。
 そうした折からのお手紙が、たいそう胸にしみたので、お使いの者までが慕わしく思われて、二、三日逗留させなさって、あちらのお話などをさせてお聞きになる。
 
146  若やかにけしきある侍の人なりけり。
 かくあはれなる御住まひなれば、かやうの人もおのづからもの遠からで、ほの見たてまつる御さま、容貌を、いみじうめでたし、と涙落しをりけり。
 御返り書きたまふ、言の葉、思ひやるべし。
 
 若々しく教養ある侍所の人なのであった。
 このような寂しいお住まいなので、このような使者も自然と間近にちらっと拝する君のご様子やご容貌を、たいそう立派である、と感涙するのであった。
 お返事をお書きになる、その文言の素晴らしさが想像できるであろう。
 
147  「かく世を離るべき身と、思ひたまへましかば、同じくは慕ひきこえましものを、などなむ。
 つれづれと、心細きままに、
 「このように都から離れなければならない身の上と分かっておりましたら、いっそのこと、あなたの後をお慕い申して行けばよかったものを、などと思えます。
 所在のない、心淋しいままに、
 

196
 伊勢人の 波の上 漕ぐ小舟にも
 うきめは刈らで 乗らましものを
  伊勢人が波の上を漕ぐ舟に一緒に乗ってお供すればよかったものを
  須磨で浮海布など刈って辛い思いをしているよりは
 

197
 海人がつむ なげきのなかに 塩垂れて
 いつまで須磨の 浦に眺めむ
  海人が積み重ねる投げ木の中に涙に濡れて
  いつまで須磨の浦にさすらっていることでしょう
 
148  聞こえさせむことの、いつともはべらぬこそ、尽きせぬ心地しはべれ」  お目にかかれることが、いつの日とも分かりませんことが、尽きせず悲しく思われてなりません」
149  などぞありける。
 かやうに、いづこにもおぼつかなからず聞こえかはしたまふ。
 
 などとあったのだった。
 このように、どの方ともことこまかにお手紙を書き交わしなさる。
 
150  花散里も、悲しと思しけるままに書き集めたまへる御心々見たまふ、をかしきも目なれぬ心地して、いづれもうち見つつ慰めたまへど、もの思ひのもよほしぐさなめり。
 
 花散里に対しても、君は悲しいとお思いになって、書き集めなさった御姉妹お二方の心を御覧になると、興趣あり珍しい心地もして、どちらも見ながら慰められなさるが、かえって物思いを起こさせる種のようである。
 
 

198
 「荒れまさる 軒のしのぶを 眺めつつ
 しげくも露の かかる袖かな」
 「荒れて行く軒の忍ぶ草を眺めていますと
  ひどく涙の露に濡れる袖ですこと」
 
151  とあるを、「げに、葎よりほかの後見もなきさまにておはすらむ」と思しやりて、「長雨に築地所々崩れてなむ」と聞きたまへば、京の家司のもとに仰せつかはして、近き国々の御荘の者などもよほさせて、仕うまつるべき由のたまはす。
 
 とあるのを、「なるほど、八重葎より他に後見する人もいない状態でいられるのだろう」とお思いやりになって、「長雨に築地が所々崩れて」などともお聞きになったので、京の家司のもとにお命じなさって、近くの国々の荘園の者たちを徴用させて、修理をさせるようお命じになる。
 
 
 

第四段 朧月夜尚侍参内する

 
152  尚侍の君は、人笑へにいみじう思しくづほるるを、大臣いとかなしうしたまふ君にて、せちに、宮にも内裏にも奏したまひければ、「限りある女御、御息所にもおはせず、公ざまの宮仕へ」と思し直り、また、「かの憎かりしゆゑこそ、いかめしきことも出で来しか」。
 許されたまひて、参りたまふべきにつけても、なほ心に染みにし方ぞ、あはれにおぼえたまける。
 
 尚侍の君は、世間体を恥じてひどく沈みこんでいらっしゃるのを、父大臣がたいそうかわいがっていらっしゃる姫君なので、是非にと、大后にも帝にもお許しを奏上なさったので、「決まりのある女御や御息所でもいらっしゃらず、公的な宮仕え人だから」とお考え直しあそばし、また、あの一件が憎らしく思われたゆえに、厳しい処置も出て来たのだったがと考えられた。
 その事が赦されなさって参内なさるにつけても、君にはやはり心に深く染み込んだお方のことがしみじみと恋しく思われなさるのであった。
 
153  七月になりて参りたまふ。
 いみじかりし御思ひの名残なれば、人のそしりもしろしめされず、例の、主上につとさぶらはせたまひて、よろづに怨み、かつはあはれに契らせたまふ。
 
 七月になって参内なさる。
 格別であった御寵愛が今に続いているので、他人の悪口などお気になさらず、いつものようにお側にずっと伺候させあそばして、いろいろと恨み言をおっしゃり、その一方では愛情深く将来をお約束あそばす。
 
154  御さま容貌もいとなまめかしうきよらなれど、思ひ出づることのみ多かる心のうちぞ、かたじけなき。
 御遊びのついでに、
 尚侍の君は、帝のお姿もお顔もとても優しくお美しいのだが、思い出されることばかり多い心中こそ、帝に対しては恐れ多いことである。
 管弦の御遊の折に、
155  「その人のなきこそ、いとさうざうしけれ。
 いかにましてさ思ふ人多からむ。
 何ごとも光なき心地するかな」とのたまはせて、「院の思しのたまはせし御心を違へつるかな。
 罪得らむかし」
 「あの人がいないのが、とても淋しいですね。
 どんなにか自分以上にそのように思っている人が多いことであろう。
 何事につけても、光のない心地がしますね」と仰せになって、「故院がお考えにおかれ、仰せあそばされたお心に背いてしまったなあ。
 きっと罰を得ることだろう」
156  とて、涙ぐませたまふに、え念じたまはず。
 
 とおっしゃって、涙ぐみあそばすので、尚侍の君も涙をお堪えきれになれない。
 
157  「世の中こそ、あるにつけてもあぢきなきものなりけれ、と思ひ知るままに、久しく世にあらむものとなむ、さらに思はぬ。
 さもなりなむに、いかが思さるべき。
 近きほどの別れに思ひ落とされむこそ、ねたけれ。
 生ける世にとは、げに、よからぬ人の言ひ置きけむ」
 「世の中は、生きていてもつまらないものだと思い知られるにつれて、長生きをしようなどとは少しも思わない。
 もしそうなった時には、あなたはどのようにお思いになるでしょう。
 近頃のあの生き別れよりも軽く思われるのが、悔しい。
 『生きている日のために逢いたい』というのは、なるほど、つまらない人が詠み残したものであろう」
158  と、いとなつかしき御さまにて、ものをまことにあはれと思し入りてのたまはするにつけて、ほろほろとこぼれ出づれば、  と、とても優しい御様子で、何事も本当にしみじみとお考え入って仰せになるにつけても、ぽろぽろと涙がこぼれ出ると、
159  「さりや。
 いづれに落つるにか」
 「それごらん。
 誰のために流すのだろうか」
160  とのたまはす。
 
 と仰せになる。
 
161  「今まで御子たちのなきこそ、さうざうしけれ。
 春宮を院ののたまはせしさまに思へど、よからぬことども出で来めれば、心苦しう」
 「今までお子様たちがいないのが、物足りないね。
 春宮を故院の仰せどおりに思っているが、良くない事柄が出てくるようなので、お気の毒で」
162  など、世を御心のほかにまつりごちなしたまふ人びとのあるに、若き御心の、強きところなきほどにて、いとほしと思したることも多かり。
 
 などと、世の政事を帝のお心向きとは違って取り仕切る人々がいても、お若い御思慮ゆえに、強いことの言えないお年頃なので、困ったことだとお思いあそばすことも多いのであった。
 
 
 

第三章 光る源氏の物語 須磨の秋の物語

 
 

第一段 須磨の秋

 
163  須磨には、いとど心尽くしの秋風に、海はすこし遠けれど、行平中納言の、「関吹き越ゆる」と言ひけむ浦波、夜々はげにいと近く聞こえて、またなくあはれなるものは、かかる所の秋なりけり。
 
 須磨では、ますます心づくしの秋風が吹いて、海は少し遠いけれども、行平の中納言が、「関吹き越ゆる」と詠んだという波音が、夜毎夜毎にそのとおりに耳元に聞こえて、またとないほど淋しく感じられるのは、こういう所の秋なのであった。
 
164  御前にいと人少なにて、うち休みわたれるに、一人目を覚まして、枕をそばだてて四方の嵐を聞きたまふに、波ただここもとに立ちくる心地して、涙落つともおぼえぬに、枕浮くばかりになりにけり。
 琴をすこしかき鳴らしたまへるが、我ながらいとすごう聞こゆれば、弾きさしたまひて、
 御前にはまったく人少なで、皆寝静まっている中で、君は独り目を覚まされて、枕を立てて四方の烈しい風の音を聞いていらっしゃると、波がまるでここまで立ち寄せて来る感じがして、涙がこぼれたとも思われないうちに、枕が浮くほどになってしまった。
 琴の琴を少し掻き鳴らしていらっしゃったが、自分ながらひどく寂しく聞こえるので、お弾きさしになって、
 

199
 「恋ひわびて 泣く音にまがふ 浦波は
 思ふ方より 風や吹くらむ」
  「恋いわびて泣くわが泣き声に交じって波音が聞こえてくるが
  それは恋い慕っている都の方から風が吹くからであろうか」
 
165  と歌ひたまへるに、人びとおどろきて、めでたうおぼゆるに、忍ばれで、あいなう起きゐつつ、鼻を忍びやかにかみわたす。
 
 とお詠みになったことに、供の人々が目を覚まして、素晴らしいと感じられたが、堪えきれずに、わけもなく起き出して座り直し座り直しして、それぞれひそかに鼻をかんでいる。
 
166  「げに、いかに思ふらむ。
 我が身ひとつにより、親、兄弟、片時立ち離れがたく、ほどにつけつつ思ふらむ家を別れて、かく惑ひあへる」と思すに、いみじくて、「いとかく思ひ沈むさまを、心細しと思ふらむ」と思せば、昼は何くれとうちのたまひ紛らはし、つれづれなるままに、色々の紙を継ぎつつ、手習ひをしたまひ、めづらしきさまなる唐の綾などに、さまざまの絵どもを描きすさびたまへる屏風の面どもなど、いとめでたく見所あり。
 
 「なるほど、この人たちどのように思っていることだろうか。
 自分一人のために、親や兄弟や、片時でも離れにくく身分相応に大事に思っているだろう家人に別れて、このようにさまよっているとは」とお思いになると、ひどく気の毒で、「自分がほんとうにこのように沈んでいる様子を見ては、供人たちも心細く思うことだろう」とお思いになると、昼間は何かと軽口をおっしゃって気持ちをお紛らわしになり、なすこともないままに、色々な色彩の紙を継いで手習いをなさったり、珍しい唐の綾などにさまざまな絵を描いて気を紛らわしなさったりした、貼り混ぜの屏風の絵などがとても素晴らしく見所がある。
 
167  人びとの語り聞こえし海山のありさまを、遥かに思しやりしを、御目に近くては、げに及ばぬ磯のたたずまひ、二なく描き集めたまへり。
 
 お供の人々がお話申し上げた海や山の様子を、かつては遠くからご想像なさっていらっしゃったが、今目近になさっては、なるほど想像も及ばない磯のたたずまいを、またとないほど素晴らしくたくさんお描きになった。
 
168  「このころの上手にすめる千枝、常則などを召して、作り絵仕うまつらせばや」  「近年の名人と言われる千枝や常則などを召して、彩色させたいものだ」
169  と、心もとながりあへり。
 なつかしうめでたき御さまに、世のもの思ひ忘れて、近う馴れ仕うまつるをうれしきことにて、四、五人ばかりぞ、つとさぶらひける。
 
 と言って、皆残念がっていた。
 君の優しく立派なご様子に、世の中の憂さが忘れられて、お側に親しくお仕えできることを嬉しいことと思って、四、五人ほどが、お側を離れず伺候していたのであった。
 
170  前栽の花、色々咲き乱れ、おもしろき夕暮れに、海見やらるる廊に出でたまひて、たたずみたまふさまの、ゆゆしうきよらなること、所からは、ましてこの世のものと見えたまはず。
 白き綾のなよよかなる、紫苑色などたてまつりて、こまやかなる御直衣、帯しどけなくうち乱れたまへる御さまにて、
 前栽の花が色とりどりに咲き乱れて、風情のある夕暮れに、海が見える廊にお出ましになって、とばかり眺めていらっしゃる様子が、不吉なまでにお美しいことは、場所柄か、ましてこの世のお方とはお見えにならない。
 白い綾で柔らかなのと、紫苑色のなどをお召しになって、濃い縹色のお直衣に、帯をゆったりと締めてくつろいだお姿で、
171  「釈迦牟尼仏の弟子」  「釈迦牟尼仏の弟子の……」
172  と名のりて、ゆるるかに読みたまへる、また世に知らず聞こゆ。
 
 と唱えて、ゆっくりと読経なさっているのが、また聞いたことのないほど美しく聞こえる。
 
173  沖より舟どもの歌ひののしりて漕ぎ行くなども聞こゆ。
 ほのかに、ただ小さき鳥の浮かべると見やらるるも、心細げなるに、雁の連ねて鳴く声、楫の音にまがへるを、うち眺めたまひて、涙こぼるるをかき払ひたまへる御手つき、黒き御数珠に映えたまへる、故郷の女恋しき人びと、心みな慰みにけり。
 
 沖の方をいくつもの舟が大声で歌いながら漕いで行くのが聞こえてくる。
 かすかに、まるで小さい鳥が浮かんでいるように遠く見えるのも、頼りなさそうなところに、雁が列をつくって鳴く声が楫の音に似て聞こえるのを、物思いに耽りながら御覧になって、涙がこぼれるのを袖でお払いなさるお手つきに、黒い数珠に映えていらっしゃるお美しさは、故郷の女性を恋しがっている人々の心をすっかり慰めてしまったのであった。
 
 

200
 「初雁は 恋しき人の 列なれや
 旅の空飛ぶ 声の悲しき」
 「初雁は恋しい人の仲間なのだろうか
  旅の空を飛んで行く声が悲しく聞こえる」
 
174  とのたまへば、良清、  とお詠みになると、良清が、

201
 「かきつらね 昔のことぞ 思ほゆる
 雁はその世の 友ならねども」
 「次々と昔の事が懐かしく思い出されます
  雁は昔からの友達であったわけではないのだが」
 
175  民部大輔、  民部の大輔が、

202
 「心から 常世を捨てて 鳴く雁を
 雲のよそにも 思ひけるかな」
 「自分から常世を捨てて旅の空に鳴いて行く雁を
  ひとごとのように思っていたことよ」
 
176  前右近将督、  前の右近の将監が、

203
 「常世出でて 旅の空なる 雁がねも
 列に遅れぬ ほどぞ慰む
 「常世を出て旅の空にいる雁も
  仲間に外れないでいるあいだは心も慰みましょう
 
177  友まどはしては、いかにはべらまし」  友にはぐれては、どんなに心細いでしょう」
178  と言ふ。
 親の常陸になりて、下りしにも誘はれで、参れるなりけり。
 下には思ひくだくべかめれど、ほこりかにもてなして、つれなきさまにしありく。
 
 と唱和する。
 父親が常陸介になって下ったのにも同行しないで、君にお供して参ったのであった。
 心中では悔しい思いをしているようであるが、うわべは元気よくして、何でもないように振る舞っている。
 
 
 

第二段 配所の月を眺める

 
179  月のいとはなやかにさし出でたるに、「今宵は十五夜なりけり」と思し出でて、殿上の御遊び恋しく、「所々眺めたまふらむかし」と思ひやりたまふにつけても、月の顔のみまもられたまふ。
 
 月がとても明るく差し出たので、「今夜は十五夜であったのだ」とお思い出しになって、殿上の管弦の御遊が恋しく思われ、「あちらこちらの女方も月を眺めて物思いにふけっていらっしゃることであろう」とご想像なさるにつけても、月の顔ばかりがじっと見守られてしまう。
 
180  「二千里外故人心」  「二千里の外故人の心」
181  と誦じたまへる、例の涙もとどめられず。
 入道の宮の、「霧や隔つる」とのたまはせしほど、言はむ方なく恋しく、折々のこと思ひ出でたまふに、よよと、泣かれたまふ。
 
 と朗誦なさると、供人たちはいつものように涙がとめどなく込み上げてくる。
 君は、入道の宮が「九重には霧が隔てているのか」とお詠みになった折のことが、何とも言いようもがなく恋しく、折々のことをお思い出しになると、よよと、泣かずにはいらっしゃれない。
 
182  「夜更けはべりぬ」  「夜も更けてしまいました」
183  と聞こゆれど、なほ入りたまはず。
 
 と申し上げたが、なおも部屋にお入りにならない。
 
 

204
 「見るほどぞ しばし慰む めぐりあはむ
 月の都は 遥かなれども」
 「見ている間は暫くの間だが心慰められる
  また廻り逢おうと思う月の都は、遥か遠くではあるが」
 
184  その夜、主上のいとなつかしう昔物語などしたまひし御さまの、院に似たてまつりたまへりしも、恋しく思ひ出できこえたまひて、  その夜、主上がとても親しく昔話などをなさった時の御様子が、父故院にお似申していらしたのも、恋しく思い出し申し上げなさって、
185  「恩賜の御衣は今此に在り」  「恩賜の御衣は今此に在り」
186  と誦じつつ入りたまひぬ。
 御衣はまことに身を放たず、かたはらに置きたまへり。
 
 と朗誦なさりながら奥にお入りになった。
 御衣は本当に肌身離さず、お側にお置きなさっていた。
 
 

205
 「憂しとのみ ひとへにものは 思ほえで
 左右にも 濡るる袖かな」
 「辛いとばかり一途に思うこともできず
  恋しさと辛さとの両方に濡れるわが袖よ」
 
 

第三段 筑紫五節と和歌贈答

187  そのころ、大弐は上りける。
 いかめしく類広く、娘がちにて所狭かりければ、北の方は舟にて上る。
 浦づたひに逍遥しつつ来るに、他よりもおもしろきわたりなれば、心とまるに、「大将かくておはす」と聞けば、あいなう、好いたる若き娘たちは、舟の内さへ恥づかしう、心懸想せらる。
 まして、五節の君は、綱手引き過ぐるも口惜しきに、琴の声、風につきて遥かに聞こゆるに、所のさま、人の御ほど、物の音の心細さ、取り集め、心ある限りみな泣きにけり。
 
 その頃、大宰の大弍は上京して来たのだった。
 ものものしいほど一族が多く、娘たちもおおぜいで大変だったので、北の方は舟で上京する。
 浦伝いに風景を見ながら上京して来たところ、須磨は他の場所よりも美しい辺りなので、心惹かれていると、「源氏の大将がこの地に退居していらっしゃる」と聞いたので、何の関係もないことなのに、色めいた若い娘たちは、舟の中にいてさえ気になって、改まった気持ちにならずにはいられない。
 まして、五節の君は、舟人が綱手を引いて通り過ぎるのも残念に思っていたので、琴の音が風に乗って遠くから聞こえて来ると、場所の様子や君のお人柄、琴の音の淋しい感じなどが合わさって、風流を解する者たちは皆泣いてしまった。
 
188  帥、御消息聞こえたり。
 
 大弐は、ご挨拶を申し上げた。
 
189  「いと遥かなるほどよりまかり上りては、まづいつしかさぶらひて、都の御物語もとこそ、思ひたまへはべりつれ、思ひの外に、かくておはしましける御宿をまかり過ぎはべる、かたじけなう悲しうもはべるかな。
 あひ知りてはべる人びと、さるべきこれかれ、参で来向ひてあまたはべれば、所狭さを思ひたまへ憚りはべることどもはべりて、えさぶらはぬこと。
 ことさらに参りはべらむ」
 「大変に遠い所から上京して来ましては、まずはまっ先にお訪ね申し上げて、都のお話をも承りたいと存じておりましたが……。
 意外なことに、こうしていらっしゃるお住まいを通り過ぎますことは、もったいなくも、また悲しうもございます。
 知り合いの者たちや、縁ある誰彼が、出迎えに多数来ておりますので、人目を憚ることが多くございまして、お伺いできませんことで……。
 また改めて参上いたします」
190  など聞こえたり。
 子の筑前守ぞ参れる。
 この殿の、蔵人になし顧みたまひし人なれば、いとも悲し、いみじと思へども、また見る人びとのあれば、聞こえを思ひて、しばしもえ立ち止まらず。
 
 などと申し上げた。
 子の筑前守が参上した。
 君が、蔵人にして目をかけてやった人なので、とても悲しく辛いと思うが、また人の目があるので、噂を憚って、暫くの間も立ち留まっていることもできない。
 
191  「都離れて後、昔親しかりし人びと、あひ見ること難うのみなりにたるに、かくわざと立ち寄りものしたること」  「都を離れて後は、昔から親しかった人々に会うことは難しくなっていたが、このようにわざわざ立ち寄ってくれたとは」
192  とのたまふ。
 御返りもさやうになむ。
 
 とおっしゃる。
 お返事も同様に書いてあった。
 
193  守、泣く泣く帰りて、おはする御ありさま語る。
 帥よりはじめ、迎への人びと、まがまがしう泣き満ちたり。
 五節は、とかくして聞こえたり。
 
 守は、泣く泣く戻って行って、君の暮らしていらっしゃるご様子を父に話す。
 大弐をはじめとして、迎えの人々も、不吉なほど一同泣き満ちた。
 五節は、やっとの思いでお便りを差し上げた。
 
 

206
 「琴の音に 弾きとめらるる 綱手縄
 たゆたふ心 君知るらめや
 「琴の音に引き止められた綱手縄のように
  ゆらゆら揺れているわたしの心をお分かりでしょうか
 
194  好き好きしさも、人な咎めそ」  色めいて聞こえるのも、『お咎めくださいますな』で……」
195  と聞こえたり。
 ほほ笑みて見たまふ、いと恥づかしげなり。
 
 と申し上げた。
 微笑んで御覧になるさまは、まったく気後れする感じである。
 
 

207
 「心ありて 引き手の綱の たゆたはば
 うち過ぎましや 須磨の浦波
 「わたしを思う心があって引手綱のように揺れるというならば
  通り過ぎて行きましょうか、この須磨の浦を
 
196  いさりせむとは思はざりしはや」  『さすらおうとは』思ってもみないことであった」
197  とあり。
 駅の長に句詩取らする人もありけるを、まして、落ちとまりぬべくなむおぼえける。
 
 とある。
 駅の長に口詩をお与えになった人もあったが、それ以上に、このまま留まってしまいそうに思うのであった。
 
 
 

第四段 都の人々の生活

 
198  都には、月日過ぐるままに、帝を初めたてまつりて、恋ひきこゆる折ふし多かり。
 春宮は、まして、常に思し出でつつ忍びて泣きたまふ。
 見たてまつる御乳母、まして命婦の君は、いみじうあはれに見たてまつる。
 
 都では、月日が過ぎて行くにつれて、帝をおはじめ申して、源氏の君をお恋い慕い申し上げる折節が多かった。
 春宮は、まして誰よりも、いつでもお思い出しなさってはお忍び泣きなさる。
 それを拝見する御乳母や、それ以上に王命婦の君は、ひどく悲しく拝し上げる。
 
199  入道の宮は、春宮の御ことをゆゆしうのみ思ししに、大将もかくさすらへたまひぬるを、いみじう思し嘆かる。
 
 入道の宮は、春宮のお身の上をそら恐ろしくばかりお思いであったが、大将の君がこのように流浪の身となっておしまいになったのを、ひどく悲しくお嘆きあそばす。
 
200  御兄弟の親王たち、むつましう聞こえたまひし上達部など、初めつ方はとぶらひきこえたまふなどありき。
 あはれなる文を作り交はし、それにつけても、世の中にのみめでられたまへば、后の宮聞こしめして、いみじうのたまひけり。
 
 君のご兄弟の親王たちや、お親しみ申し上げていらっしゃった上達部などは、初めのうちはお見舞いを申し上げなさることもあった。
 しみじみとした漢詩文を作り交わしたが、それにつけても、世間から素晴らしいとほめられてばかりいらっしゃるので、大后宮がお聞きあそばして、きついことをおっしゃったのだった。
 
201  「朝廷の勘事なる人は、心に任せてこの世のあぢはひをだに知ること難うこそあなれ。
 おもしろき家居して、世の中を誹りもどきて、かの鹿を馬と言ひけむ人のひがめるやうに追従する」
 「朝廷の勅勘を受けた者は、勝手気ままに日々の享楽を味わうことさえ難しいというものを。
 風流な住まいを作って、世の中を悪く言ったりして、あの鹿を馬だと言ったという人のように追従しているとは」
202  など、悪しきことども聞こえければ、わづらはしとて、消息聞こえたまふ人なし。
 
 などと、良くないことが聞こえてきたので、厄介なことだと思って、手紙を差し上げなさる方もいない。
 
203  二条院の姫君は、ほど経るままに、思し慰む折なし。
 東の対にさぶらひし人びとも、みな渡り参りし初めは、「などかさしもあらむ」と思ひしかど、見たてまつり馴るるままに、なつかしうをかしき御ありさま、まめやかなる御心ばへも、思ひやり深うあはれなれば、まかで散るもなし。
 なべてならぬ際の人びとには、ほの見えなどしたまふ。
 「そこらのなかにすぐれたる御心ざしもことわりなりけり」と見たてまつる。
 
 二条院の姫君は、時が経つにつれて、お心のやすらぐ折がない。
 東の対にお仕えしていた女房たちも、みな西の対に移って参った当初は、「まさかそんなに優れた方ではあるまい」と思っていたが、お仕えし馴れていくうちに、お優しく美しいご様子や、日常の生活面についてのお心配りも、思慮深く立派なので、お暇を取って出て行く者もいない。
 身分のある女房たちには、ちらっとお姿をお見せなどなさる。
 「たくさんいる夫人方の中でも格別のご寵愛も、もっともなことだわ」と拝見する。
 
 
 

第五段 須磨の生活

 
204  かの御住まひには、久しくなるままに、え念じ過ぐすまじうおぼえたまへど、「我が身だにあさましき宿世とおぼゆる住まひに、いかでかは、うち具しては、つきなからむ」さまを思ひ返したまふ。
 所につけて、よろづのことさま変はり、見たまへ知らぬ下人のうへをも、見たまひ慣らはぬ御心地に、めざましうかたじけなう、みづから思さる。
 煙のいと近く時々立ち来るを、「これや海人の塩焼くならむ」と思しわたるは、おはします後の山に、柴といふものふすぶるなりけり。
 めづらかにて、
 あちら須磨でのお暮らしは、ご滞在が長くなるにしたがって、とても我慢ができなくお思いになったが、「自分の身でさえ驚くばかりの運命だと思われる住まいなのに、どうして、女君をここに迎えて一緒に暮らせようか、いかにもふさわしくない……」と、お考え直しになる。
 場所が場所なだけに、すべて様子が都とは違って、ご存じでない下人の身の上の生活でも、見慣れていらっしゃらなかったことなので、心外にももったいないことよと、ご自身思わずにはいらっしゃれない。
 煙がとても近くに時々立ち上るのを、「これが海人が塩を焼く煙なのだろう」とずっとお思いになっていたのは、実はお住まいになっている後ろの山で、柴というものをいぶしているのであった。
 珍しいので、
 

208
 「山賤の 庵に焚ける しばしばも
 言問ひ来なむ 恋ふる里人」
 「賤しい山人が粗末な家で焼いている柴のように
  しばしば便りを寄せてほしいわが恋しい都の人よ」
 
205  冬になりて雪降り荒れたるころ、空のけしきもことにすごく眺めたまひて、琴を弾きすさびたまひて、良清に歌うたはせ、大輔、横笛吹きて、遊びたまふ。
 心とどめてあはれなる手など弾きたまへるに、他物の声どもはやめて、涙をのごひあへり。
 
 冬になって雪が降り荒れているころ、空模様もことにぞっとするほど寂しいのを御覧になって、琴を心にまかせてお弾きになって、良清に歌をうたわせ、大輔が横笛を吹いて、合奏をなさる。
 心をこめてしみじみとした曲をお弾きになると、他の楽器の音はみなやめて、涙を拭いあっていた。
 
206  昔、胡の国に遣しけむ女を思しやりて、「ましていかなりけむ。
 この世に我が思ひきこゆる人などをさやうに放ちやりたらむこと」など思ふも、あらむことのやうにゆゆしうて、
 昔、漢の帝が胡の国に遣わしたという女のことをお思いやりになって、「自分以上にどんな気持ちであったろう。
 この世で自分の愛する人をそのように遠くにやったりしたら」などと思うと、実際に起こるように不吉に思われて、
207  「霜の後の夢」  「胡角一声霜の後の夢、都を遠く離れて月下に断腸の思い」
208  と誦じたまふ。
 
 と朗誦なさる。
 
209  月いと明うさし入りて、はかなき旅の御座所、奥まで隈なし。
 床の上に夜深き空も見ゆ。
 入り方の月影、すごく見ゆるに、
 月がたいそう明るく差し込んで、仮そめの旅のお住まいでは、奥の方まで素通しである。
 床の上から夜の深い空も見える。
 入り方の月の光が、寒々と見えるので、
210  「ただ是れ西に行くなり」  「月はただ西へ行くのである」
211  と、ひとりごちたまて、  と独り口ずさみなさって、
 

209
 「いづ方の 雲路に我も 迷ひなむ
 月の見るらむ ことも恥づかし」
 「どの方角の雲路にわたしも迷って行くことであろう
  月が見ているだろうことも恥ずかしい」
 
212  とひとりごちたまひて、例のまどろまれぬ暁の空に、千鳥いとあはれに鳴く。
 
 と独詠なさると、いつものようにうとうととなされぬ明け方の空に、千鳥がとても悲しい声で鳴いている。
 
 

210
 「友千鳥 諸声に鳴く 暁は
 ひとり寝覚の 床も頼もし」
 「友千鳥が声を合わせて鳴いている明け方は
  独り寝覚めて泣くわたしも心強い気がする」
 
213  また起きたる人もなければ、返す返すひとりごちて臥したまへり。
 
 他に起きている人もいないので、繰り返し独り言をいって臥せっていらっしゃった。
 
214  夜深く御手水参り、御念誦などしたまふも、めづらしきことのやうに、めでたうのみおぼえたまへば、え見たてまつり捨てず、家にあからさまにもえ出でざりけり。
 
 深夜にお手を洗い、御念誦などをお唱えになるのも、珍しいことのように、ただもう立派にお見えになるので、お見捨て申し上げることができず、家にちょっとでも退出することもできなかった。
 
 
 

第六段 明石入道の娘

 
215  明石の浦は、ただはひ渡るほどなれば、良清の朝臣、かの入道の娘を思ひ出でて、文など遣りけれど、返り事もせず、父入道ぞ、  明石の浦は、ほんの這ってでも行けそうな距離なので、良清の朝臣は、あの入道の娘を思い出して手紙などをやったのだが、返事もせず、父の入道が、
216  「聞こゆべきことなむ。
 あからさまに対面もがな」
 「申し上げたいことがある。
 ちょっとお会いしたい」
217  と言ひけれど、「うけひかざらむものゆゑ、行きかかりて、むなしく帰らむ後手もをこなるべし」と、屈じいたうて行かず。
 
 と言ってきたが、「承知してくれないようなのに、わざわざ出かけて行って、空しく帰って来るような後ろ姿もばからしい」と、気がふさいで行かない。
 
218  世に知らず心高く思へるに、国の内は守のゆかりのみこそはかしこきことにすめれど、ひがめる心はさらにさも思はで年月を経けるに、この君かくておはすと聞きて、母君に語らふやう、  入道は世にまたとないほど気位高く思っているので、播磨の国中では守の一族だけがえらい者と思っているようだが、偏屈な気性にはまったくそのようなことも思わず歳月を送っているうちに、この君がこうして須磨に来ていらっしゃると聞いて、母君に言うことには、
219  「桐壺の更衣の御腹の、源氏の光る君こそ、朝廷の御かしこまりにて、須磨の浦にものしたまふなれ。
 吾子の御宿世にて、おぼえぬことのあるなり。
 いかでかかるついでに、この君にをたてまつらむ」
 「桐壺の更衣がお生みになった、源氏の光る君が、朝廷の勅勘を蒙って、須磨の浦に退去していらっしゃるという。
 わが娘のご運勢にとって、思いがけないことがあるのです。
 何とかこのような機会に、娘を是非差し上げたいものです」
220  と言ふ。
 母、
 と言う。
 母は、
221  「あな、かたはや。
 京の人の語るを聞けば、やむごとなき御妻ども、いと多く持ちたまひて、そのあまり、忍び忍び帝の御妻さへあやまちたまひて、かくも騒がれたまふなる人は、まさにかくあやしき山賤を、心とどめたまひてむや」
 「まあ、とんでもない。
 京の人の話すのを聞きますと、ご立派な奥方様たちをとてもたくさんお持ちになっていらっしゃって、その上に、こっそりと帝のお妃とまで過ちを犯しなさって、このような騷ぎになられた方が、いったいこのような賤しい田舎者に心をとめてくださいましょうか」
222  と言ふ。
 腹立ちて、
 と言う。
 入道は腹を立てて、
223  「え知りたまはじ。
 思ふ心ことなり。
 さる心をしたまへ。
 ついでして、ここにもおはしまさせむ」
 「ご存知あるまい。
 考えが違うのです。
 その心づもりをしなさい。
 機会を作って、ここにお出でいただこう」
224  と、心をやりて言ふもかたくなしく見ゆ。
 まばゆきまでしつらひかしづきけり。
 母君、
 と、思いのままに言うのも頑固に見える。
 眩しいくらい立派に飾りたて娘を大事にお世話していた。
 母君は、
225  「などか、めでたくとも、ものの初めに、罪に当たりて流されておはしたらむ人をしも思ひかけむ。
 さても心をとどめたまふべくはこそあらめ、たはぶれにてもあるまじきことなり」
 「どうして、ご立派な方とはいえ、初めての縁談に、罪に当たって流されていらっしゃったような方を考えるのでしょう。
 それにしても、お心をとめてくださるようならともかくも、冗談にもありそうにないことです」
226  と言ふを、いといたくつぶやく。
 
 と言うので、ひどくぶつぶつと不平を言う。
 
227  「罪に当たることは、唐土にも我が朝廷にも、かく世にすぐれ、何ごとも人にことになりぬる人の、かならずあることなり。
 いかにものしたまふ君ぞ。
 故母御息所は、おのが叔父にものしたまひし按察使大納言の娘なり。
 いとかうざくなる名をとりて、宮仕へに出だしたまへりしに、国王すぐれて時めかしたまふこと、並びなかりけるほどに、人の嫉み重くて亡せたまひにしかど、この君のとまりたまへる、いとめでたしかし。
 女は心高くつかふべきものなり。
 おのれ、かかる田舎人なりとて、思し捨てじ」
 「罪に当たることは、唐土でもわが国でも、このように世の中に傑出して、何事でも人に抜きんでた人には必ずあることなのだ。
 どういうお方でいらっしゃると思うのか。
 亡くなられた母御息所は、わたしの叔父でいらした按察大納言の御娘である。
 まことに素晴らしい方だと評判をとって、宮仕えにお出しなさったところ、国王も格別に御寵愛あそばしたことは、並ぶ者がなかったほどであったが、皆の嫉妬が強くてお亡くなりになってしまったが、この君が生いきていらっしゃるのは、大変に喜ばしいことである。
 女は気位を高く持つべきなのだ。
 わたしがこのような田舎者だからといって、お見捨てになることはあるまい」
228  など言ひゐたり。
 
 などと言っていた。
 
229  この娘、すぐれたる容貌ならねど、なつかしうあてはかに、心ばせあるさまなどぞ、げに、やむごとなき人に劣るまじかりける。
 身のありさまを、口惜しきものに思ひ知りて、
 この娘はすぐれた器量ではないが、優しく上品らしく賢いところなどは、なるほど、高貴な女性に負けないようであった。
 わが身の境遇を、ふがいない者とわきまえて、
230  「高き人は、我を何の数にも思さじ。
 ほどにつけたる世をばさらに見じ。
 命長くて、思ふ人びとに後れなば、尼にもなりなむ、海の底にも入りなむ」
 「身分の高い方は、わたしを物の数のうちにも入れてくださるまい。
 とはいえ身分相応の結婚はまっぴら嫌。
 長生きして両親に先立たれてしまったら、尼にもなろう、海の底にも沈みもしよう」
231  などぞ思ひける。
 
 などと思っているのであった。
 
232  父君、所狭く思ひかしづきて、年に二たび、住吉に詣でさせけり。
 神の御しるしをぞ、人知れず頼み思ひける。
 
 父君は、仰々しく大切に育てて、一年に二度、住吉の神に参詣させるのであった。
 神の御霊験を心ひそかに期待しているのであった。
 
 
 

第四章 光る源氏の物語 信仰生活と神の啓示の物語

 
 

第一段 須磨で新年を迎える

 
233  須磨には、年返りて、日長くつれづれなるに、植ゑし若木の桜ほのかに咲き初めて、空のけしきうららかなるに、よろづのこと思し出でられて、うち泣きたまふ折多かり。
 
 須磨では、年も改まって、日が長く特にすることもない頃に、去年植えた若木の桜がちらほらと咲き出して、空模様もうららかな感じがして、さまざまなことがお思い出されなさって、ふとお泣きになる時が多かった。
 
234  二月二十日あまり、去にし年、京を別れし時、心苦しかりし人びとの御ありさまなど、いと恋しく、「南殿の桜、盛りになりぬらむ。
 一年の花の宴に、院の御けしき、内裏の主上のいときよらになまめいて、わが作れる句を誦じたまひし」も、思ひ出できこえたまふ。
 
 二月二十日過ぎ頃、昨年京を離れた時に、気の毒に思えた人たちのご様子などがたいそう恋しく、「南殿の桜は、盛りになっただろう。
 先年の花の宴の折に、故院の御様子や、主上がたいそう麗しく優美においであそばして、わたしの作った詩句を朗誦なさった……」ということも、お思い出し申される。
 
 

211
 「いつとなく 大宮人の 恋しきに
 桜かざしし 今日も来にけり」
 「いつと限らず大宮人が恋しく思われるのに
  桜をかざして遊んだその日がまたやって来た」
 
235  いとつれづれなるに、大殿の三位中将は、今は宰相になりて、人柄のいとよければ、時世のおぼえ重くてものしたまへど、世の中あはれにあぢきなく、ものの折ごとに恋しくおぼえたまへば、「ことの聞こえありて罪に当たるともいかがはせむ」と思しなして、にはかに参うでたまふ。
 
 何もすることもないころ、大殿のご子息の三位中将は、今では宰相に昇進して、人柄もとてもよいので、世間の信頼も厚くいらっしゃったが、世の中がしみじみとつまらなく、何かあるごとに源氏の君が恋しく思われなさるので、「噂が立って罪に当たるようなことがあろうともかまうものか」とお考えになって、急にお訪ねになる。
 
236  うち見るより、めづらしううれしきにも、ひとつ涙ぞこぼれける。
 
 君のお顔を一目見るなり、珍しく嬉しくて、喜びと悲しみのひとつ涙がこぼれるのであった。
 
237  住まひたまへるさま、言はむかたなく唐めいたり。
 所のさま、絵に描きたらむやうなるに、竹編める垣しわたして、石の階、松の柱、おろそかなるものから、めづらかにをかし。
 
 君のお住まいになっている様子は、いいようもなく唐風である。
 その場所の有様は、まるで絵に描いたような上に、竹を編んで垣根をめぐらして、石の階段や松の柱は、粗末ではあるが、珍しく趣がある。
 
238  山賤めきて、ゆるし色の黄がちなるに、青鈍の狩衣、指貫、うちやつれて、ことさらに田舎びもてなしたまへるしも、いみじう、見るに笑まれてきよらなり。
 
 山賤みたいに、許し色の薄紅の黄色の下着の上に、青鈍色の狩衣や指貫を質素にして、ことさら田舎風にしていらっしゃるのが、実に、見るからににっこりせずにはいられないお美しさである。
 
239  取り使ひたまへる調度も、かりそめにしなして、御座所もあらはに見入れらる。
 碁、双六盤、調度、弾棊の具など、田舎わざにしなして、念誦の具、行なひ勤めたまひけりと見えたり。
 もの参れるなど、ことさら所につけ、興ありてしなしたり。
 
 お使いになっていらっしゃる調度類も、一時の間に合わせ物にして、ご座所も外からまる見えにのぞかれる。
 碁や双六の盤、お道具類、弾棊の具などは、田舎風に作ってあって、念誦の仏具は、君が勤行なさっていたように見えた。
 お食事を差し上げる折などは、格別に場所に合わせて、興趣あるもてなしをした。
 
240  海人ども漁りして、貝つ物持て参れるを、召し出でて御覧ず。
 浦に年経るさまなど問はせたまふに、さまざま安げなき身の愁へを申す。
 そこはかとなくさへづるも、「心の行方は同じこと。
 何か異なる」と、あはれに見たまふ。
 御衣どもなどかづけさせたまふを、生けるかひありと思へり。
 御馬ども近う立てて、見やりなる倉か何ぞなる稲取り出でて飼ふなど、めづらしう見たまふ。
 
 漁師たちが漁をして、貝の類を持って参ったのを、召し出して御覧になる。
 海辺に生活する様子などを尋ねさせなさると、いろいろと容易でない身の辛さを申し上げる。
 とりとめもなくしゃべり続けるのも、「心労は同じことだ。
 何の身分の上下に関係あろうか」と、しみじみと御覧になる。
 御衣類をお与えさせになると、漁師たちは生きていた甲斐があると思っていた。
 幾頭ものお馬を近くに繋いで、向こうに見える倉か何かにある稲を取り出して食べさせているのを、珍しく御覧になる。
 
241  「飛鳥井」すこし歌ひて、月ごろの御物語、泣きみ笑ひみ、  「飛鳥井」を少し歌って、ここ数月来のお話を、泣いたり笑ったりして、宰相中将が、
242  「若君の何とも世を思さでものしたまふ悲しさを、大臣の明け暮れにつけて思し嘆く」  「若君が何ともご存知なくいらっしゃる悲しさを、大臣が明け暮れにつけてお嘆きになっている」
243  など語りたまふに、堪へがたく思したり。
 尽きすべくもあらねば、なかなか片端もえまねばず。
 
 などとお話になると、君はたまらなくお思いになった。
 こうしたことは、お語り尽くせるものでないから、かえって少しも伝えることができない。
 
244  夜もすがらまどろまず、文作り明かしたまふ。
 さ言ひながらも、ものの聞こえをつつみて、急ぎ帰りたまふ。
 いとなかなかなり。
 御土器参りて、
 一晩中一睡もせず、詩文を作って夜をお明かしになる。
 そうは言うものの、世間の噂を気にして、急いでお帰りになる。
 かえって辛い思いがする。
 お杯を差し上げて、
245  「酔ひの悲しび涙そそく春の盃の裏」  「酔ひの悲しびを涙そそぐ春の盃の裏」
246  と、諸声に誦じたまふ。
 御供の人も涙を流す。
 おのがじし、はつかなる別れ惜しむべかめり。
 
 と、一緒に朗誦なさる。
 お供の人も涙を流す。
 お互いに、しばしの別れを惜しんでいるようである。
 
247  朝ぼらけの空に雁連れて渡る。
 主人の君、
 明け方の空に雁が列を作って飛んで行く。
 主の君は、
 

212
 「故郷を いづれの春か 行きて見む
 うらやましきは 帰る雁がね」
 「ふる里をいつの春にか見ることができるだろう
  羨ましいのは今帰って行く雁だ」
 
248  宰相、さらに立ち出でむ心地せで、  宰相中将は、まったく立ち去る気もせず、
 

213
 「あかなくに 雁の常世を 立ち別れ
 花の都に 道や惑はむ」
 「まだ飽きないまま雁は常世を立ち去りますが
  花の都への道にも惑いそうです」
 
249  さるべき都の苞など、由あるさまにてあり。
 主人の君、かくかたじけなき御送りにとて、黒駒たてまつりたまふ。
 
 君に贈るべき都からのお土産などが、風情ある様に準備してある。
 主の君は、このような有り難いお礼にと思って、黒駒を差し上げなさる。
 
250  「ゆゆしう思されぬべけれど、風に当たりては、嘶えぬべければなむ」  「縁起でもなくお思いになるかも知れませんが、風に当たったら、きっと嘶くでしょうから」
251  と申したまふ。
 世にありがたげなる御馬のさまなり。
 
 とお申し上げになる。
 世にめったにないほどの名馬の様である。
 
252  「形見に偲びたまへ」  「わたしの形見として思い出してください」
253  とて、いみじき笛の名ありけるなどばかり、人咎めつべきことは、かたみにえしたまはず。
 
 とおっしゃって、たいそう立派な笛で高名なのを贈るくらいで、人が咎め立てするようなことは、お互いにすることはおできになれない。
 
254  日やうやうさし上がりて、心あわたたしければ、顧みのみしつつ出でたまふを、見送りたまふけしき、いとなかなかなり。
 
 日がだんだん高くさしのぼって、心せわしいので、振り返り振り返りしながらお立ちになるのを、お見送りなさる様子は、まったくなまじお会いせねばよかったと思われるくらいである。
 
255  「いつまた対面は」  「いつ再びお目にかからせていただけましょう」
256  と申したまふに、主人、  と申し上げると、主人の君は、
 

214
 「雲近く 飛び交ふ鶴も 空に見よ
 我は春日の 曇りなき身ぞ
 「雲の近くを飛びかっている鶴よ、雲上人よ、はっきりとご照覧あれ
  わたしは春の日のようにいささかも疚しいところのない身です
 
257  かつは頼まれながら、かくなりぬる人、昔のかしこき人だに、はかばかしう世にまたまじらふこと難くはべりければ、何か、都のさかひをまた見むとなむ思ひはべらぬ」  一方ではそのように当てにしながらも、このように勅勘を蒙った人は、昔の賢人でさえ満足に世に再び出ることは難しかったのだから、どうして都の地を再び見ようなどとは思いませぬ」
258  などのたまふ。
 宰相、
 などとおっしゃると、宰相中将は、
 

215
 「たづかなき 雲居にひとり 音をぞ鳴く
 翼並べし 友を恋ひつつ
 「頼りない雲居にわたしは独りで泣いています
  かつて共に翼を並べた君を恋い慕いながら
 
259  かたじけなく馴れきこえはべりて、いとしもと悔しう思ひたまへらるる折多く」  もったいなく馴れなれしくお振る舞い申して、『かえって特に』と、悔しく存じられます折々の多いことでございます」
260  など、しめやかにもあらで帰りたまひぬる名残、いとど悲しう眺め暮らしたまふ。
 
 などと、しんみりとお話することなくてお帰りになった、その後、君はますます悲しく物思いに沈んでお過ごしになった。
 
 
 

第二段 上巳の祓と嵐

 
261  弥生の朔日に出で来たる巳の日、  三月の初めにめぐって来た巳の日に、
262  「今日なむ、かく思すことある人は、御禊したまふべき」  「今日は、このようにご心労のある方は、御禊をなさるのがようございます」
263  と、なまさかしき人の聞こゆれば、海づらもゆかしうて出でたまふ。
 いとおろそかに、軟障ばかりを引きめぐらして、この国に通ひける陰陽師召して、祓へせさせたまふ。
 舟にことことしき人形乗せて流すを見たまふに、よそへられて、
 と、知ったかぶりの人が申し上げるので、海辺も見たく思ってお出ましになる。
 ひどく簡略に軟障ぐらいを張りめぐらして、この国に行き来していた陰陽師を召して、お祓いをおさせなになる。
 舟に仰々しい人形を乗せて流すのを御覧になるにつけても、わが身になぞらえられて、
 

216
 「知らざりし 大海の原に 流れ来て
 ひとかたにやは ものは悲しき」
 「見も知らなかった大海原に流れきて
  人形に一方ならず悲しく思われることよ」
 
264  とて、ゐたまへる御さま、さる晴れに出でて、言ふよしなく見えたまふ。
 
 と詠んで、坐っていらっしゃるご様子は、このような広く明るい所に出て、何とも言いようのないほど素晴らしくお見えになる。
 
265  海の面うらうらと凪ぎわたりて、行方も知らぬに、来し方行く先思し続けられて、  海の表面もうららかに凪わたって際限も分からないので、過去のことや将来のことが次々と胸に浮かんできて、
 

217
 「八百よろづ 神もあはれと 思ふらむ
 犯せる罪の それとなければ」
 「八百万の神々もわたしを哀れんでくださるでしょう
  これといって犯した罪はないのだから」
 
266  とのたまふに、にはかに風吹き出でて、空もかき暮れぬ。
 御祓へもし果てず、立ち騒ぎたり。
 肱笠雨とか降りきて、いとあわたたしければ、みな帰りたまはむとするに、笠も取りあへず。
 さる心もなきに、よろづ吹き散らし、またなき風なり。
 波いといかめしう立ちて、人びとの足をそらなり。
 海の面は、衾を張りたらむやうに光り満ちて、雷鳴りひらめく。
 落ちかかる心地して、からうしてたどり来て、
 とお詠みになると、急に風が吹き出して、空もまっ暗闇になった。
 お祓いもし終えないで、騒然となった。
 肱笠雨とかいうものが降ってきて、ひどくあわただしいので、皆がお帰りになろうとするが、笠も手に取ることができない。
 こうなろうとは思いもしなかったが、いろいろな物を吹き飛ばし、またとない大風である。
 波がひどく荒々しく立ってきて、人々の足も空に浮いた感じである。
 海の表面は衾を広げたように一面にきらきらと光って、雷が鳴りひらめく。
 今にも落ちてきそうな気がして、やっとのことで、家にたどり着いて、
267  「かかる目は見ずもあるかな」  「このような目には遭ったこともないな」
268  「風などは吹くも、けしきづきてこそあれ。
 あさましうめづらかなり」
 「風などは、吹くが、前触れがあって吹くものだ。
 思いもせぬ珍しいことだ」
269  と惑ふに、なほ止まず鳴りみちて、雨の脚当たる所、徹りぬべく、はらめき落つ。
 「かくて世は尽きぬるにや」と、心細く思ひ惑ふに、君は、のどやかに経うち誦じておはす。
 
 と困惑しているが、依然として止まず鳴りひらめいて、雨脚の当たる所は、地面を突き通してしまいそうに、音を立てて落ちてくる。
 「こうして世界は滅びてしまうのだろうか」と、心細く思いうろたえているが、君は、落ち着いて経を誦していらっしゃる。
 
270  暮れぬれば、雷すこし鳴り止みて、風ぞ、夜も吹く。
 
 日が暮れてしまうと、雷は少し鳴り止んで、風は夜になっても吹いている。
 
271  「多く立てつる願の力なるべし」  「たくさん立てた願の力なのでしょう」
272  「今しばし、かくあらば、波に引かれて入りぬべかりけり」  「もうしばらくこのままだったら、波に呑みこまれて海に入ってしまうところだった」
273  「高潮といふものになむ、とりあへず人そこなはるるとは聞けど、いと、かかることは、まだ知らず」  「高潮というものに、何を取る余裕もなく人の命がそこなわれるとは聞いているが、まことこのようなことはまだ見たこともない」
274  と言ひあへり。
 
 と言い合っていた。
 
275  暁方、みなうち休みたり。
 君もいささか寝入りたまへれば、そのさまとも見えぬ人来て、
 明け方、みな寝んでいた。
 君もわずかに寝入りなさると、誰ともわからない者がやって来て、
276  「など、宮より召しあるには参りたまはぬ」  「どうして、宮からお召しがあるのに参らないのか」
277  とて、たどりありくと見るに、おどろきて、「さは、海の中の龍王の、いといたうものめでするものにて、見入れたるなりけり」と思すに、いとものむつかしう、この住まひ堪へがたく思しなりぬ。
 
 と言って、自分を手探りで捜しているように見ると、目が覚めて、「さては海龍王が、美しいものがひどく好きなもので、魅入ったのであったな」とお思いになると、とても気味が悪く、ここの住まいが耐えられなくお思いになった。
 
 
 

【出典】

 
  出典1 我が恋は行方も知らず果てもなし逢ふを限りと思ふばかりぞ(古今集恋二-六一一 凡河内躬恒)(戻)  
  出典2 かりそめの行き通ひ路とぞ思ひこし今は限りの門出なりけり(古今集哀傷-八六二 在原滋春)(戻)  
  出典3 寿則多辱(荘子-天地)(戻)  
  出典4 いへばえに深く悲しき笛竹の夜声や誰と問ふ人もがな(古今六帖五-三四〇九)(戻)  
  出典5 恋ふる間に年の暮れなば亡き人の別れやいとど遠くなりなむ(後撰集哀傷-一四二五 紀貫之)(戻)  
  出典6 いかならむ巌の中に住まばかは憂き事の聞こえ来ざらむ(古今集雑下-九五二 読人しらず)(戻)  
  出典7 逢ひに逢ひて物思ふころのわが袖に宿る月さへ濡るる顔なる(古今集恋五-七五六 伊勢)(戻)  
  出典8 行く先を知らぬ涙のかなしきはただ目の前に落つるなりけり(後撰集離別-一三三三 源済)(戻)  
  出典9 光なき谷には春もよそなれば咲きてとく散るもの思ひもなし(古今集雑下-一〇一二 清原深養父)(戻)  
  出典10 いとどしく過ぎ行く方の恋しきにうらやましくも返る波かな(後撰集羈旅-一三五二 在原業平)(戻)  
  出典11 十一月中長至夜 三千里外遠行人(白氏文集十三-六九五)(戻)  
  出典12 わが上に露ぞ置くなる天の川門渡る舟の櫂の雫か(古今集雑上-八六三 読人しらず)(戻)  
  出典13 わくらばに問ふ人あらば須磨の浦に藻塩垂れつつわぶとこたへよ(古今集雑下-九六二 在原行平)(戻)  
  出典14 君をのみ涙落ちそひこの川の汀まさりて流るべらなり(古今六帖四-二三四五)(戻)  
  出典15 白波は立ち騒ぐともこりずまの浦のみるめは刈らむとぞ思ふ(古今六帖三-一八七〇)(戻)  
  出典16 我妹子が来ては寄り立つ槙柱そもむつまじやゆかりと思へば(出典未詳-紫明抄所引)(戻)  
  出典17 別れてはいつ逢ひ見むと思ふらむ限りある世の命ともなし(後撰集離別-一三一九 伊勢)(戻)  
  出典18 人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道に惑ひぬるかな(後撰集雑一-一一〇二 藤原兼輔)(戻)  
  出典19 伊勢人は あやしき者をや 何ど言へば 小舟に乗りてや 波の上を漕ぐや 波の上を漕ぐや(風俗歌-伊勢人)(戻)  
  出典20 恋ひ死なむ後は何せむ生ける日のためこそ人の見まくほしけれ(拾遺集恋一-六八五 大伴百世)(戻)  
  出典21 木の間より漏り来る月の影見れば心づくしの秋は来にけり(古今集秋上-一八四 読人しらず)(戻)  
  出典22 旅人は袂涼しくなりにけり関吹き越ゆる須磨の浦風(続古今集羈旅-八六八 在原行平)秋風の関吹き越ゆるたびごとに声うちそふる須磨の浦波(忠見集-8)(戻)  
  出典23 遺愛寺鐘欹枕聴 香鑪峯雪撥簾看(白氏文集十六-九七八)(戻)  
  出典24 独り寝の床に溜まれる涙には石の枕も浮きぬべらなり(古今六帖五-三二四一)(戻)  
  出典25 波立たば沖の玉藻も寄りぬべく思ふ方より風は吹かなむ(玉葉集雑二-二一〇六 凡河内躬恒)(戻)  
  出典26 晴虹橋影出 秋鴈櫓声来(白氏文集五十四-二四九五)(戻)  
  出典27 三五夜中新月色 二千里外故人心(白氏文集十四-七二四)(戻)  
  出典28 去年今夜侍清涼 秋思詩篇独断腸 恩賜御衣今在此 捧持毎日拝余香(菅家後集-四八二)(戻)  
  出典29 いで我を人な咎めそ大船のゆたのたゆたに物思ふころぞ(古今集恋一-五〇八 読人しらず)(戻)  
  出典30 思ひきやひなの別れに衰へて海人のなはたきいさりせむとは(古今集雑上-九六一 小野篁)(戻)  
  出典31 須磨の海人の塩焼く煙風をいたみ思はぬ方にたなびきにけり(古今集恋四-七〇八 読人しらず)(戻)  
  出典32 胡角一声霜後夢 漢宮万里月前腸(和漢朗詠集下-七〇二 大江朝綱)(戻)  
  出典33 唯是西行不左遷(菅家後集-五一一)(戻)  
  出典34 百敷の大宮人はいとまあれや桜かざして今日も暮らしつ(和漢朗詠集上-二五 山辺赤人)(戻)  
  出典35 うれしきも憂きも心は一つにて別れぬものは涙なりけり(後撰集雑二-一一八八 読人しらず)(戻)  
  出典36 五架三間新草堂 石階桂柱竹編牆(白氏文集十六-九七五)(戻)  
  出典37 飛鳥井に 宿りはすべし や おけ 蔭もよし 御甕も寒し 御秣もよし(催馬楽-飛鳥井)(戻)  
  出典38 酔悲*(水+麗)涙春盃裏 吟苦支頤暁燭前(白氏文集十七-一一〇七)(戻)  
  出典39 胡馬依北風 越鳥巣南枝(文選二十九-二四九)(戻)  
  出典40 思ふとていとこそ人に慣れざらめしか慣らひてぞ見ねば恋しき(拾遺集恋四-九〇〇 読人しらず)(戻)  
  出典41 婦が門 夫が門 行き過ぎかねてや 我が行かば 肱笠の 雨もや降らなむ 郭公 雨宿り 笠宿り 舎りてまからむ(催馬楽-婦が門)(戻)  
 
 

【校訂】

 
  備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△  
  校訂1 たまへらむ--給つ(つ/$へ<朱>)らむ(戻)  
  校訂2 入り--け(け/#い)り(戻)  
  校訂3 めづらしがりきこえて--めつらしかりし(し/#き)こえて(戻)  
  校訂4 返し--かつ(つ/$へ<朱>)し(戻)  
  校訂5 憚る--*はかる(戻)  
  校訂6 たまふる--*たまふ(戻)  
  校訂7 など--なに(に/$と<朱>)(戻)  
  校訂8 たとしへ--たとして(て/$へ)(戻)  
  校訂9 こと--(/+こ<朱>)と(戻)  
  校訂10 心おかれ--心をう(う/#)かれ(戻)  
  校訂11 無紋の--無紋(紋/+の<朱>)(戻)  
  校訂12 御ありさま--(/+御)ありさま(戻)  
  校訂13 あやしの--あや(や/+し)の(戻)  
  校訂14 ほどの--ほう(う/#と<朱>)の(戻)  
  校訂15 御心ばへ--御(御/+心<朱>)はへ(戻)  
  校訂16 心地--*心(戻)  
  校訂17 御局に--語局(局/+に)(戻)  
  校訂18 このかた--*このかみ(戻)  
  校訂19 きこえ--きこええ(え/$)(戻)  
  校訂20 御よそひ--御△(△/#)よそひ(戻)  
  校訂21 たまへるを--たまへる(る/+を)(戻)  
  校訂22 大殿にも--大殿(殿/+に)も(戻)  
  校訂23 とのみ--(/+と<朱>)のみ(戻)  
  校訂24 らうらうじう--よ(よ/$ら)う/\しう(戻)  
  校訂25 堪へがたう--たえ(え/$へ)かたう(戻)  
  校訂26 ことども--こと(と/+と)も(戻)  
  校訂27 続けて--つ(つ/+つ<朱>)けて(戻)  
  校訂28 二なく--(/+に)なく(戻)  
  校訂29 まがへる--ま(ま/+か)へる(戻)  
  校訂30 ゆゆしう--ゆか(か/$ゆ<朱>)しう(戻)  
  校訂31 迷ひ--まと(と/$よ<朱>)ひ(戻)  
  校訂32 ひとりごち--ひとりこちたち(たち/#)(戻)  
  校訂33 御念誦--(/+御)念誦(戻)  
  校訂34 守の--か(か/+み)の(戻)  
  校訂35 参れるを--まいれな(な/$る)を(戻)  
  校訂36 ものの--もの(の/+の<朱>)(戻)  
  校訂37 おのがじし--をのか(か/+しゝ)(戻)  
  校訂38 君も--きて(て/$み)も(戻)  
 

 
 ※(以下は当サイトによる)大島本は、定家本の書写。
 書写の信頼度は、大島本<明融(臨模)本<定家自筆本、とされている。