枕草子262段 文ことばなめき人こそ

ことに人に 枕草子
下巻中
262段
文ことば
いみじう

(旧)大系:262段
新大系:243段、新編全集:244段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず混乱を招くので、以後は最も索引性に優れ三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:27段
 


 
 文ことばなめき人こそいとどにくけれ。世をなのめに書き流したることばのにくきこそ。さるまじき人のもとに、あまりかしこまりたるも、げにわろきことぞ。されど、我が得たらむはことわり、人のもとなるさへにくくこそあれ。おほかたさし向かひても、なめきは、などかく言ふらむとかたはらいたし。まいて、よき人などをさ申す者はいみじうねたうさへあり。田舎びたる者などの、さあるは、をこにていとよし。
 

 男主などのなめく言ふ、いとわるし。我が使ふ者などの、「なにとおはする」「宣ふ」など言ふ、いとにくし。ここもとに「侍り」などいふ文字をあらせばやと聞くこそ多かれ。さも言ひつべき者には、「あな似げな、愛敬な、などかう、このことばはなめき」と言へば、聞く人も言はるる人も笑ふ。かうおぼゆればにや、「あまり見そす」など言ふも、人わろきなるべし。
 

 殿上人、宰相などを、ただ名のる名を、いささかつつましげならず言ふは、いとかたはなるを、きようさ言はず、女房の局なる人をさへ、「あの御もと」「君」など言へば、めづらかにうれしと思ひて、ほむることぞいみじき。
 

 殿上人、君達、御前よりほかにては官をのみ言ふ。また、御前にてはおのがどちものを言ふとも、聞こしめすには、などてか「まろが」など言はむ。さ言はむにかしこく、いはざらむにわろかるべきことかは。
 
 

ことに人に 枕草子
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