奥の細道 尿前の関:原文対照

平泉 奥の細道
尿前の関
尾花沢


『おくのほそ道』
素龍清書原本 校訂
『新釈奥の細道』
   南部道遙かに見やりて、岩手の里に泊る。 南部道遙にみやりて岩手の里に泊る
  小黒崎、みづの小島を過ぎて、 小黑崎みつの小島を過て
  鳴子の湯より尿前の関にかかりて、 なるこの湯より尿前の關にかゝりて
  出羽の国に越えんとす。 出羽の國にこへんとす
  この道旅人まれなる所なれば、 此道旅人まれなる所なれば
  関守に怪しめられて、やうやうとして関を越す。 關守にあやしめられて漸とにカして關を越す
  大山を登つて日すでに暮れければ、 大山をのぼつて日すでにくれければ
  封人の家を見かけて宿りを求む。 封人の家をみかけて舍を求む
  三日風雨荒れて、 三日風雨あれて
  よしなき山中に逗留す。 よしなき一本なくトアリ山中に逗留す
     

26
 蚤虱 馬の尿する 枕もと  のみしらみ 馬の尿する 枕もと
     
   あるじのいはく、 主の云く
  これより出羽の国に大山を隔てて、 是より出羽國に大山を隔てゝ
  道定かならざれば、 道さだかならざれば
  道しるべの人を頼みて越ゆべきよしを申す。 道しるべの人を賴みて越べきよしを申す
  さらばといひて人を頼み侍れば、 さらばと云て人を賴侍れば
  究竟の若者、反脇差を横たへ、樫の杖を携へて、 究竟の若者反脇差をよこたへ樫の材を携へて
  われわれが先に立ちて行く。 我らか先に立て行く
  今日こそ必ず危きめにもあふべき日なれと、 けふこそ心危きめにも逢へき日なれと
  辛き思ひをなして後に付いて行く。 辛き思ひをなして後について行く
     
  あるじのいふにたがはず、 主のいふにたがはず
  高山森々として一鳥声聞かず、 高山森々として一鳥聲きかず
  木の下闇茂り合ひて夜行くがごとし。 木の下やみしげりあひて夜行かごとし
  雲端につちふる心地して、 雲端に土ふる心地して
  篠の中踏み分け踏み分け、 篠の中ふみ分〳〵
  水を渡り、岩につまづいて、 水をわたり岩に蹶て
  肌に冷たき汗を流して、最上の庄に出づ。 肌につめたき汗を流して最上の庄に出づ
     
   かの案内せし男のいふやう、 かの案內せしおのこ云やう
  「この道必ず不用のことあり。 此道必不用の事あり
  恙なう送りまゐらせて、仕合はせしたり」と、 恙なう送まいらせて仕合したりと
  喜びて別れぬ。 悅び別れぬ
  後に聞きてさへ、

あとに聞て申す人

一本聞きさへトアリテ申す人ノ三字ナシ

  胸とどろくのみなり。 むねとごろくのみ也
平泉 奥の細道
尿前の関
尾花沢