枕草子45段 にげなきもの

七月ばかりに 枕草子
上巻中
45段
にげなき
細殿に

(旧)大系:45段
新大系:42段、新編全集:43段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず、混乱を招くので、三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:52段
 


 
 にげなきもの 下衆の家に雪の降りたる。また、月のさし入りたるもくちをし。
 月のあかきに、屋形なき車のあひたる。また、さる車にあめ牛かけたる。また、老いたる女の腹たかくてありく。
 わかきをとこ持ちたるだに見ぐるしきに、こと人のもとへいきたるとてはら立つよ。
 老いたるをとこの寝まどひたる。また、さやうに鬚がちなるものの椎摘みたる。
 歯もなき女の梅くひて酸がりたる。
 下衆の紅の袴着たる。この頃はそれのみぞある。
 靱負の佐の夜行すがた。狩衣すがたも、いとあやしげなり。
 人におぢらるるうへのきぬは、おどろおどろし。立ち給ふさまも、見つけてあなづらはし。
 「嫌疑の者やある」ととがむ。
 入りゐて、空だきものにしみたる几帳にうちかける袴など、いみじうたつきなし。
 かたちよき君たちの、弾正の弼にておはする、いと見苦し。宮の中将などの、さもくちをしかりしかな。