古今和歌集 巻十六 哀傷:歌の配置・コメント付

巻十五
恋五
古今和歌集
巻十六
哀傷歌
巻十七
雑上
目次
  829
830
素性
831
勝延
832
岑雄
833
友則
834
貫之
835
忠岑
836
忠岑
837
閑院
838
貫之
839
忠岑
840
躬恒
841
忠岑
842
貫之
843
忠岑
844
不知
845
846
文屋
847
遍昭
848
近院
849
貫之
850

望行

851
貫之
852
貫之
853
有輔
854
友則
855
不知
856
不知
857
閑院
858
不知
859
千里
860
惟幹
861
業×
862
滋春
 
 
※数が少なく全体では下から五番目(夏と同じ)。男だけ。

 
 

巻十六:哀傷

   
   0829
詞書 いもうとの身まかりにける時よみける
作者 小野たかむらの朝臣(小野篁)
原文 なく涙 雨とふらなむ わたり河
 水まさりなは かへりくるかに
かな なくなみた あめとふらなむ わたりかは
 みつまさりなは かへりくるかに
   
  0830
詞書 さきのおほきおほいまうちきみを
しらかはのあたりにおくりける夜よめる
作者 そせい法し(素性法師)
原文 ちの涙 おちてそたきつ 白河は
 君か世まての 名にこそ有りけれ
かな ちのなみた おちてそたきつ しらかはは
 きみかよまての なにこそありけれ
   
  0831
詞書 ほりかはのおほきおほいまうち君
身まかりにける時に、
深草の山にをさめてけるのちによみける
作者 僧都勝延
原文 空蝉は からを見つつも なくさめつ
 深草の山 煙たにたて
かな うつせみは からをみつつも なくさめつ
 ふかくさのやま けふりたにたて
   
  0832
詞書 ほりかはのおほきおほいまうち君
身まかりにける時に、
深草の山にをさめてけるのちによみける
作者 かむつけのみねを(上野岑雄)
原文 ふかくさの のへの桜し 心あらは
 ことしはかりは すみそめにさけ
かな ふかくさの のへのさくらし こころあらは
 ことしはかりは すみそめにさけ
   
  0833
詞書 藤原敏行朝臣の身まかりにける時に
よみてかの家につかはしける
作者 きのとものり(紀友則)
原文 ねても見ゆ ねても見えけり おほかたは
 空蝉の世そ 夢には有りける
かな ねてもみゆ ねてもみえけり おほかたは
 うつせみのよそ ゆめにはありける
   
  0834
詞書 あひしれりける人の
身まかりにけれはよめる
作者 紀つらゆき(紀貫之)
原文 夢とこそ いふへかりけれ 世中に
 うつつある物と 思ひけるかな
かな ゆめとこそ いふへかりけれ よのなかに
 うつつあるものと おもひけるかな
   
  0835
詞書 あひしれりける人の
みまかりにける時によめる
作者 みふのたたみね(壬生忠岑)
原文 ぬるかうちに 見るをのみやは 夢といはむ
 はかなき世をも うつつとは見す
かな ぬるかうちに みるをのみやは ゆめといはむ
 はかなきよをも うつつとはみす
   
  0836
詞書 あねの身まかりにける時によめる
作者 みふのたたみね(壬生忠岑)
原文 せをせけは ふちとなりても よとみけり
 わかれをとむる しからみそなき
かな せをせけは ふちとなりても よとみけり
 わかれをとむる しからみそなき
   
  0837
詞書 藤原忠房かむかしあひしりて侍りける人の
身まかりにける時に、
とふらひにつかはすとてよめる
作者 閑院
原文 さきたたぬ くいのやちたひ かなしきは
 なかるる水の かへりこぬなり
かな さきたたぬ くいのやちたひ かなしきは
 なかるるみつの かへりこぬなり
   
  0838
詞書 きのとものり(紀友則)か
身まかりにける時よめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 あすしらぬ わか身とおもへと くれぬまの
 けふは人こそ かなしかりけれ
かな あすしらぬ わかみとおもへと くれぬまの
 けふはひとこそ かなしかりけれ
   
  0839
詞書 きのとものり(紀友則)か
身まかりにける時よめる
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 時しもあれ 秋やは人の わかるへき
 あるを見るたに こひしきものを
かな ときしもあれ あきやはひとの わかるへき
 あるをみるたに こひしきものを
   
  0840
詞書 ははかおもひにてよめる
作者 凡河内みつね(凡河内躬恒)
原文 神な月 時雨にぬるる もみちはは
 たたわひ人の たもとなりけり
かな かみなつき しくれにぬるる もみちはは
 たたわひひとの たもとなりけり
   
  0841
詞書 ちちかおもひにてよめる
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 ふち衣 はつるるいとは わひ人の
 涙の玉の をとそなりける
かな ふちころも はつるるいとは わひひとの
 なみたのたまの をとそなりける
   
  0842
詞書 おもひに侍りけるとしの秋、
山てらへまかりけるみちにてよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 あさ露の おくての山田 かりそめに
 うき世中を 思ひぬるかな
かな あさつゆの おくてのやまた かりそめに
 うきよのなかを おもひぬるかな
   
  0843
詞書 おもひに侍りける人を
とふらひにまかりてよめる
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 すみそめの 君かたもとは 雲なれや
 たえす涙の 雨とのみふる
かな すみそめの きみかたもとは くもなれや
 たえすなみたの あめとのみふる
   
  0844
詞書 女のおやのおもひにて山てらに侍りけるを、
ある人のとふらひつかはせりけれは、
返事によめる
作者 よみ人しらす
原文 あしひきの 山へに今は すみそめの
 衣の袖は ひる時もなし
かな あしひきの やまへにいまは すみそめの
 ころものそての ひるときもなし
   
  0845
詞書 諒闇の年池のほとりの花を見てよめる
作者 たかむらの朝臣(小野篁)
原文 水のおもに しつく花の色 さやかにも
 君かみかけの おもほゆるかな
かな みつのおもに しつくはなのいろ さやかにも
 きみかみかけの おもほゆるかな
   
  0846
詞書 深草のみかとの御国忌の日よめる
作者 文屋やすひて(文屋康秀)
原文 草ふかき 霞の谷に 影かくし
 てるひのくれし けふにやはあらぬ
かな くさふかき かすみのたにに かけかくし
 てるひのくれし けふにやはあらぬ
   
  0847
詞書 ふかくさのみかとの御時に蔵人頭にて
よるひるなれつかうまつりけるを、
諒闇になりにけれは、
さらに世にもましらすして
ひえの山にのほりてかしらおろしてけり、
その又のとしみなひと御ふくぬきて、
あるはかうふりたまはりなと
よろこひけるをききてよめる
作者 僧正遍昭
原文 みな人は 花の衣に なりぬなり
 こけのたもとよ かわきたにせよ
かな みなひとは はなのころもに なりぬなり
 こけのたもとよ かわきたにせよ
   
  0848
詞書 河原のおほいまうちきみの身まかりての秋、かの家のほとりをまかりけるに、
もみちのいろまたふかくもならさりけるを見てかの家によみていれたりける
作者 近院右のおほいまうちきみ
原文 うちつけに さひしくもあるか もみちはも
 ぬしなきやとは 色なかりけり
かな うちつけに さひしくもあるか もみちはも
 ぬしなきやとは いろなかりけり
   
  0849
詞書 藤原たかつねの朝臣の
身まかりての又のとしの夏、
ほとときすのなきけるをききてよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 郭公 けさなくこゑに おとろけは
 君を別れし 時にそありける
かな ほとときす けさなくこゑに おとろけは
 きみにわかれし ときにそありける
   
  0850
詞書 さくらをうゑてありけるに、
やうやく花さきぬへき時に
かのうゑける人身まかりにけれは、
その花を見てよめる
作者 きのもちゆき(紀望行)
原文 花よりも 人こそあたに なりにけれ
 いつれをさきに こひむとか見し
かな はなよりも ひとこそあたに なりにけれ
 いつれをさきに こひむとかみし
   
  0851
詞書 あるし身まかりにける人の
家の梅花を見てよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 色もかも 昔のこさに にほへとも
 うゑけむ人の 影そこひしき
かな いろもかも むかしのこさに にほへとも
 うゑけむひとの かけそこひしき
   
  0852
詞書 河原の左のおほいまうちきみの身まかりてののちかの家にまかりてありけるに、
しほかまといふ所のさまをつくれりけるを見てよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 君まさて 煙たえにし しほかまの
 浦さひしくも 見え渡るかな
かな きみまさて けふりたえにし しほかまの
 うらさひしくも みえわたるかな
   
  0853
詞書 藤原のとしもとの朝臣の
右近中将にてすみ侍りけるさうしの
身まかりてのち人もすますなりにけるを、
秋の夜ふけてものよりまうてきけるついてに見いれけれは、
もとありしせんさいも
いとしけくあれたりけるを見て、
はやくそこに侍りけれは
むかしを思ひやりてよみける
作者 みはるのありすけ(御春有輔)
原文 きみかうゑし ひとむらすすき 虫のねの
 しけきのへとも なりにけるかな
かな きみかうゑし ひとむらすすき むしのねの
 しけきのへとも なりにけるかな
   
  0854
詞書 これたかのみこの、ちちの侍りけむ時に
よめりけむうたともとこひけれは、
かきておくりけるおくによみてかけりける
作者 とものり(紀友則)
原文 ことならは 事のはさへも きえななむ
 見れは涙の たきまさりけり
かな ことならは ことのはさへも きえななむ
 みれはなみたの たきまさりけり
   
  0855
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 なき人の やとにかよはは 郭公
 かけてねにのみ なくとつけなむ
かな なきひとの やとにかよはは ほとときす
 かけてねにのみ なくとつけなむ
   
  0856
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 誰見よと 花さけるらむ 白雲の
 たつのとはやく なりにしものを
かな たれみよと はなさけるらむ しらくもの
 たつのとはやく なりにしものを
   
  0857
詞書 式部卿のみこ
閑院の五のみこにすみわたりけるを、
いくはくもあらて
女みこの身まかりにける時に、
かのみこすみける帳のかたひらのひもに
ふみをゆひつけたりけるをとりて見れは、
むかしのてにて、このうたをなむかきつけたりける
作者 閑院の五のみこ
原文 かすかすに 我をわすれぬ ものならは
 山の霞を あはれとは見よ
かな かすかすに われをわすれぬ ものならは
 やまのかすみを あはれとはみよ
   
  0858
詞書 をとこの人のくににまかれりけるまに、
女にはかにやまひをして
いとよわくなりにける時
よみおきて身まかりにける
作者 よみ人しらす
原文 こゑをたに きかてわかるる たまよりも
 なきとこにねむ 君そかなしき
かな こゑをたに きかてわかるる たまよりも
 なきとこにねむ きみそかなしき
   
  0859
詞書 やまひにわつらひ侍りける秋、
心地のたのもしけなくおほえけれは
よみて人のもとにつかはしけ
作者 大江千里
原文 もみちはを 風にまかせて 見るよりも
 はかなき物は いのちなりけり
かな もみちはを かせにまかせて みるよりも
 はかなきものは いのちなりけり
   
  0860
詞書 身まかりなむとてよめる
作者 藤原これもと(藤原惟幹。詳細不明)
原文 つゆをなと あたなる物と 思ひけむ
 わか身も草に おかぬはかりを
かな つゆをなと あたなるものと おもひけむ
 わかみもくさに おかぬはかりを
   
  0861
詞書 やまひしてよわくなりにける時よめる
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※問題あり)
原文 つひにゆく みちとはかねて ききしかと
 きのふけふとは おもはさりしを
かな つひにゆく みちとはかねて ききしかと
 きのふけふとは おもはさりしを
コメ 出典:伊勢125段(つひにゆく道)。
「むかし、男、わづらひて、
心地死ぬべくおぼえければ、
『つひにゆく 道とはかねて 聞きしかど
 きのふけふとは 思はざりしを』」
   
  0862
詞書 かひのくににあひしりて
侍りける人とふらはむとてまかりけるを、
みち中にてにはかにやまひをして
いまいまとなりにけれは、
よみて京にもてまかりて母に見せよといひて人につけ侍りけるうた
作者 在原しけはる(在原滋春)
原文 かりそめの ゆきかひちとそ 思ひこし
 今はかきりの かとてなりけり
かな かりそめの ゆきかひちとそ おもひこし
 いまはかきりの かとてなりけり