和泉式部日記 全文

和歌一覧 和泉式部日記
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 和泉式部日記の目次と全文(群書類従)。

 和歌に番号を振り、一覧と通じさせた。文字数は約2万字前後(原稿50枚程度)で10カ月の私的内容を記す。同時期成立の紫式部日記(1年半・3万5千字)と比べると短い。なお、30年前の蜻蛉日記は20年・9万字。源氏物語は90万字(字数で見れば、この日記で描かれる頃には源氏物語の終盤辺りがリリース中)。

 

あらすじ:長保5年(1003年)4月〜寛弘元年(1004年)1月までの数ヶ月間の出来事をつづる。恋人冷泉帝第三皇子弾正宮為尊親王が前年長保4年に薨じ、また為尊親王との恋のため父親にも勘当され、さらに夫橘道貞との関係も冷めたものとなって嘆きつつ追憶の日々を過ごしていた和泉式部のもとに、為尊親王の弟冷泉帝第四皇子帥宮敦道親王の消息の便りが届く。その後帥宮と和歌や手紙などを取り交わし、また数度の訪問を受けるうちにお互いを深く愛する関係となり、最終的に和泉式部は帥宮邸に迎えられる。この間の和歌の取り交わしと、この恋愛に関する和泉式部のありのままの心情描写が本作品の大きな特色である。(Wikipedia「和泉式部日記」から引用)

 

目次
  長保5年(1003年)
4月 14首
5月-6月 32首
7月 6首
8月 11首
9月 13首
10月 49首
11月 22首
12月 0首
  寛弘元年(1004年)
1月 0首

 

旧字→新字:聲→声 覽→覧 戀→恋 覺→覚 佛→仏 歸→帰 槇→槙 戶→戸 乍ら→ながら 增→増 從→従 輕→軽 亂→乱 數→数 獨→独 樣→様 將→将 賴→頼 關→関 鴈→雁 啼→鳴 參→参 萬→万 氣→気 扨→さて 殘→残 瀨→瀬 比→頃 經→経 吳→呉 耻→恥 拂→払 餘→余

 

和歌校異:社︀→こそ(♪11, ♪18, ♪46) 南→なん(♪19, ♪25) 計→ばかり(♪79, ♪137) 覧→らん(♪9, ♪100) 劔→けん(♪103

ただし、この漢字表記は和泉式部の歌風という可能性もあるのではないか。

この点、和歌一覧で簡単に論じる。

 


 

和歌 和泉式部日記
(群書類従)
 

4月

  夢よりもはかなき世中を歎きつゝ。
  明し暮す程に。
  はかなくて〈長保五〉四月十日あまりにもなりぬれは。
  このしたくらかりもていく。
  はしのかたを眺むれは。
  ついひちのうへの草のあをやかなるも。
  ことに人はめとゝめぬを。
  あはれに眺むる程に。
  ちかきすいかいのもとに。
  人のけはひのすれは。
  誰にかと思ふほとに。
  さし出たるをみれは。
  故宮〈爲尊〉にさふらひしことねりわらはなりけり。
  あはれに物を思ふほとにきたれは。
  なとかいと久しう見えさりつる。
  とをさかる昔のなこりにはと思ふをなといはすれは。
  そのこと〳〵さふらはては。
  なれ〳〵しきやうにやとつゝましうさふらふうちに。
  日頃山寺にまかりありき侍るになむ。
  いとたよりなくつれ〳〵に候へしかは。
  御かはりに見まいらせむとて。
  帥の宮〈敦道〉になむ参りて侍しと語れは。
  いとよき事にこそあなれ。
  其宮はいとあてにけちかうおはしますなるは。
  昔のやうにはえしもあらしなといへは。
  しかおはしませと。
  いとけちかうおはしましてまいるやとゝはせ給ふ。
  参りはへりと申侍つれは。
  これまいらせよ。
  いかゝ見給ふとて橘をとりいてたれは。
  昔の人のといはれて見る〈にイ〉まいりなむ。
  いかゝきこえさせんといへは。
  こと葉にきこえさせんもかたはらいたうて。
  なにかは。
  あた〳〵しくも聞えさせ給はさるを。
  はかなきこともと思ひて。
   

1
かほる香によそふるよりは郭公きかはや同し声やまさると
   
  さしいてたり。
  またはしにおはしましけるほとに。
  かのわらは。
  かくれのかたにけしきはみありけは。
  かくれのかたにて御覧しつけて。
  いかにそとゝはせたまふに。
  御文をさし出たれは。
  御覧して。
   

2
同しえになきつゝをりし郭公声はかはらぬものとしらなん
   
  とかゝせ給て。
  わらはに給はすとて。
  かゝる事人にいふな。
  すきかましきことのやうなりとて。
  いらせ給ひぬ。
  持てゆきたれは。
  おかしと見れと。
  つねにはとて御ふみはきこえす。
  たまはせそめて。
  またの日。
   

3
うちいてゝもありにし物を中々に苦しきまても歎くけふ哉
   
  との給はせたり。
  もとの心ふかゝらぬ人の。
  ならはぬつれ〳〵のわりなくおもほゆるに。
  はかなきことなれと。
  めとまることなれは。
  御かへしきこゆ。
   

4
けふのまの心にかへて思ひやれ詠めつゝのみすくす月日を
   
  かくしは〳〵のたまはするに。
  御返もとき〳〵きこゆ。
  又つれ〳〵もすこしなくさむ心ちしてあるほとに。
  又御ふみあり。
  ことはなとこまやかにて。
   

5
語らはは慰む方もありやせんいふかひなくは思はさらなむ
   
  あはれなる御ものかたりも聞えはや。
  しのひてくれにはいかゝとのたまはせたれは。
   

6
慰むときけは語らまほしけれとみの憂事にいふかひそなき
   
  おひたる足にては。
  かひなくやと聞えつくれは。
  思ひかけぬに。
  忍ひていかんとおほして。
  晝よりさる御こゝちして。
  日頃も御文とりつきてたてまつる。
  右近のさうなる人しつめて忍ひてめして。
  ものへいかんとのたまはすれは。
  さなめりとおもひてさふらふ。
  あやしき車にて。
  かくなんといはせ給へれは。
  女いとびなき心ちすれと。
  なしと聞ゆへきにもあらす。
  ひるも御返きこえさせつれは。
  ありなからは。
  さなからかへし奉らんもなさけなし。
  物はかりはきこえさせむとおもひて。
  にしのつまとにわらうた〈圓座〉さし出て入たてまつるに。
  世の人のいへはおほゆるにやあらむ。
  まことになへての御さまにはあらす。
  いとなまめかし。
  これも心つかひせられて。
  ものなと聞ゆるほとに。
  月さし出ぬ。
  いとあかし。
  ふるめかしうおくまりたるみなれは。
  かゝるところなとには居ならはぬを。
  いとはしたなきこゝちもするかな。
  そのおはする所にすへ給へ。
  よもさき〳〵見給ふらん人のやうにはあらしとのたまへは。
  あやし。
  こよひのみこそきこえさすなとおもひ侍れ。
  さき〳〵はいかてかはとはかなきこときこゆるほとに。
  夜もやう〳〵ふけぬ。
  かくてあかしつへきにやとて。
   

7
はかもなき夢をたにみて明しては何をか夏の夜語りにせむ
   
  とのたまへは。
  かくなむ。
   

8
よと共にぬるとは袖を思ふみものとかに夢を見る宵そなき
   
  まいてときこゆ。
  かろ〳〵しきありきなとすへきにもあらす。
  なさけなきやうにおほすとも。
  まことにものおそろしきまてこそおほゆなとのたまひて。
  やをらすへりいり給ひぬ。
  いとわりなきこゝちすれと。
  いふかひなきに。
  事ともをいひちきりて。
  あけぬれはかへり給ぬ,いまのまはいかゝとあやしくこそとて。
   

9
恋といへはよの常のとや思ふらん今朝の心はたくひたになし
   
  御返し。
   

10
よの常の事ともさらにおもほえす初て物をおもふみなれは
   
  ときこえても。
  なをあやしかりける身かな。
  こはいかなる事そとあはれに。
  古宮のさはかりのたまひしものをとかなしう思ひみたるゝほとに。
  れいのわらはきたり。
  御文あらむとおもふほとに。
  さもあらねは。
  心うしとおもふほとも。
  すき〳〵しや。
  かへりまいるに聞ゆ。
   

11
またましもかはかりこそは有まし〈か〉思もかけぬけふの夕暮
   
  宮御らんして。
  けにいとおしうもあるかなとおほせと。
  かゝる御ありきさらにせさせ給はす。
  北の方と。
  れいの人の中のやうにこそおはしまさねと。
  よことにいてんはあやしとおほしぬへし。
  故宮の御はて〈六月十三日〉まてはいたうそしられしとつゝむも。
  いとねんころにおほさぬにそ。
  くらき程にそ御返しありける。
   

12
ひたすらにまつ共いはゝ休らはて行へきものを妹か家路に
   
  をろかにやおほしめすらんとおもふこそくるしけれとあれは。
  たゝなにかこゝにはとて。
   

13
かゝれとも覚束なくも思ほへて是も昔のえにこそあるらめ
   
  とおもひ給ふれは。
  なくさめすはたへんやは。
  つゆをときこえたり。
  おはしまさんとおほしめせと。
  ひころに成ぬ。
  つこもりの日。
  女。
   

14
郭公よに隱れたる忍ひねをいつかはきかんけふしすきなは
   
  ときこえさせたれと。
  人々あまたさふらふほとなれは。
  御らんせさせて
 

5月-6月

  つとめて〈五月一日〉もてまいりたるを見たまひて。
   

15
忍ひねはくるしきものを郭公こたかき声をけふよりはきけ
   
  とて。
  二三日ありてしのひてわたらせ給たり。
  女はものへまいらむとて。
  さうし〈精進〉なとしたるうちに。
  いとまとをなる御心さしのなきなめりかしと。
  なさけなからしとはかりにこそと見れは。
  ことに物なともきこえて。
  仏にことつけ奉りてあかしつ。
  つとめていとめつらかにあかしつるなとの給はせて。
   

16
いさやまたかゝる思を知ぬ哉あひてもあはて明るものとは
   
  あさましとあり。
  さそあさましきさまにおほしつらんといとおしくて。
   

17
よと共に物思ふ人は夜とてもうちとけてめのあふ時もなし
   
  めつらかにも覚え侍らすときこえつ。
  又の日けふやものに出給ふ。
  いつか帰り給へからん。
  いかにましておほつかなからんとあれは。
   

18
おりすきはさてもこそやめ五月雨の今宵菖蒲のねをやかけまし
   
  とこそ思給へ。
  かへりぬへけれと聞えて。
  まうてゝ。
  二三日はかりありてかへりたれは。
  宮よりいとおほつかなく成にけれは。
  まいりてとおもふを。
  いとこゝろうかりしにこそ。
  ものうくはつかしう覚えて。
  いとおろかにこそはおほされぬへけれ。
  日ころは。
   

19
つらけれと忘れやはする程ふれはいと恋しきにけふはまけなん
   
  淺からぬ心のほとをさりともとあれは。
   

20
まくるともみえぬ物から玉葛とふ人すらもたえまかちにて
   
  と聞えたり。
  宮れいの忍ひておはしましたり。
  をんなさしもやはとおもふうちに。
  日ころのをとなひにくるしうて。
  うちまとろみたるほとに。
  かとたゝくをきゝとかむる人もなし。
  きこしめす事もあれは。
  人なとのあるにやとおほしめして。
  やをらかへらせ給ぬ。
  つとめて。
   

21
あけさりし槙の戸口に立なからつらき心のためしとそ見し
   
  うきはこれにやと思にも。
  哀になんとあり。
  よへおはしましたりけるなめりかし。
  心もなくね入にける哉と思ひて。
   

22
いかてかは槙の板戸もさしながらつらき心のありなしをみん
   
  をしはからせ給ふへかめるこそ。
  みせたらはとあり。
  こよひもおはしまさまほしけれと。
  かかる御ありきを。
  人々もせいし聞ゆるを。
  內の大臣〈公季〉東宮〈三條〉なとのきこしめさんことも。
  かろかろしきやうなりなとおほしつゝむほとに。
  いとはるかなり。
  雨うちふりていとつれ〳〵なるころ。
  女はいとゝ雲間なきなかめに。
  世中はいかに成ぬるならんとつきせすのみなかめて。
  すき事する人々はあまたあめれと。
  たゝいまもともかくも思はぬを。
  よの人は樣々いふへかめれと。
  身のあらはこそとのみ思ひてすくす。
  宮より。
  雨のつれ〳〵はいかゝとて。
   

23
おほかたにさみたるゝとや思ふらん君恋渡るけふの詠めを
   
  とあれは。
  おりすくい給はぬをおかしと見る。
  あはれなるおりしもとおもひて。
   

24
忍ふらん物ともしらてをのかたゝみをしる雨と思ひける哉
   
  とかきて。
  かみのひとへをひき返して。
   

25
ふれはよのいとゝ憂身のしらるゝを今日の詠めに水増らなん
   
  待遠にやと書すさひたるを御覧して。
  立返り。
   

26
何せんにみをさへ捨てんと思らん天か下には君のみやふる
   
  たれもうきよをとあり。
   
  五月六日になりぬ。
  雨猶やます。
  ひとひの御返の。
  つねよりも物おもひたりしさまなりしをあはれとおほし出て。
  いたくふりあかしゝつとめて。
  こよひの雨のをとは。
  いとおとろ〳〵しかりつるをなと。
  まめやかにの給はせたるを。
   

27
よもすから何事をかはおもひつる窓うつ雨の音をきゝつゝ
   
  かけも〈にイ〉居なからあやしきまてなむときこえさせたれは。
  なをいふかひなくはあらすかしとおほして。
  御かへし。
   

28
我もさそ思やりつる雨の音をさせるつまなき宿はいかにと
   
  ひるつかた。
  水まさりたりときゝて。
  人々見るに。
  宮も御覧して。
  いまのほといかゝ。
  水みになんいてはへりつる。
   

29
大水のきしつきたるにくらふれと深き心はなをそまされる
   
  さはしり給へりやとある。
  御返し。
   

30
今はよもきしもせしかし大水の深きこゝろは川と見せつゝ
   
  かひなしやと聞えさせたり。
  おはしまさむと思して。
  御火取なとめすほとに。
  侍従のめのとまうのほりて。
  出させおはしますはいつちそ。
  このこといみしう人々申すなるは。
  なにのやむことなき人にもあらす。
  めしつかはせおはしまさんとおほしめさは〈むイ〉かきりは。
  めしてこそ使はせおはしまさめ。
  軽々しき御み〈イナシ〉ありきは猶いとみくるしき事。
  そか中にも。
  人々あまたいみしく通ふ所也。
  びなき事もいてまうてきなん。
  すへて〳〵よからぬことは。
  この右近のそうなにかしか初むるなり。
  故宮もこれこそはゐてありき奉りしか。
  よる夜中とありかせ給ふては。
  よき事やはある。
  かゝる御ありきの御供にありかん人々は。
  大殿〈道長〉に申さむ。
  世中はけふあすともしらすかはりぬへかめり。
  殿のおほしをきてし事ともある物を。
  よのありさま御覧しはつるまては。
  かゝる御ありきなくてこそおはしまさめなと聞え給へは。
  いつちかいかむ。
  つれ〳〵なれは。
  はかなきすさひ事なむとするにこそあれ。
  こと〳〵しう人のいふへきにもあらすとはかりの給はせむには。
  あやしくすけなき物にこそあれ。
  さるはいと口おしからぬ物にこそあめれ。
  よひてやをきたらましと思せと。
  さてもまして聞にくき事そあらんなと思し乱るゝほとに。
  おほつかなく成ぬ。
  辛うしておはして。
  あさましう心より外に覚束なくなるを。
  をろかになおほしそ。
  御あやまとなん思ふ。
  かく参りくるをびなしと思ふ人々数多あるやうにきけは。
  いとおしくなん。
  おほかたもつゝましきうちにいとゝ程へぬると。
  まめやかに御物語し給ひて。
  いさ給へ。
  今宵はかり人もみぬ所あり。
  心のとかに物も聞えんとて。
  車をさしよせ給ひて。
  たゝのせにのせ給へは。
  われにもあらすのりても。
  人もこそきけと思ふ〳〵いけは。
  いたう夜ふけにけれは。
  しる人もなし。
  やをら人もなきらうのあるにさしよせて。
  おりさせ給ひぬ。
  月もいと明けれは。
  おりねと忍ひての給へは。
  さまあ〈あさまイ〉しきやうなれはおりぬ。
  さりや〈イニナシ〉人もみぬ所そかし。
  今よりもかやうに聞えさせむ。
  人なともあるおりにやと思へは。
  つゝましうてなむなと。
  物語あはれにし給ひ。
  明ぬれはくるまよせ給てのせ給て。
  御をくりにもまいるへけれと。
  あかう成ぬへけれは。
  ほかに有けると人のみむもあひなしとて。
  とまらせ給ぬ。
  女かへる道すから。
  あやしのありきや。
  いかに人思ふらんとおもへと。
  明ほのゝ御すかたの。
  なへてにはあらさりつる御さまもおもひいてられて。
   

31
よひことに返しはすれといかて猶曉おきは君になさせし
   
  くるしかりけれとあれは。
   

32
朝露におくる思ひにくらふれはたゝに帰らん宵はまされり
   
  さら〳〵にかゝる事きかし。
  夜さりは方ふたかりなり。
  御迎へに参らむとあれは。
  あなくるし。
  常にはなと思へと。
  れいの車にておはしたり。
  さしよせて。
  はやはやとあれは。
  さも見くるしき事かなとおもふ〳〵。
  ゐさり出てのりぬれは。
  よへのところにて物かたりなとし給うへは。
  院の御方にわたらせ給ふとおほす。
  あけぬれは鳥のねつらきとの給はせて。
  やをらうちのせておはしましぬれは。
  道すから。
  かやうならんおりはかならす〳〵との給はすれは。
  常にはいかてかときこゆ。
  おはしまして帰らせ給ぬ。
  しはしありて御ふみあり。
  けさはうかりつる鳥の音におとろかされてつらかりつれはころしつ。
  み給へとて鳥のはねにかきて。
   

33
ころしても猶あかぬ哉ねぬ鳥の折ふししらぬ今朝の初声
   
  御返し。
   

34
いかゝとは我こそ思へ朝な〳〵なきゝかせつる鳥を殺せは
   
  とおもひたまふるを。
  とりのとかならぬにやとあり。
  二三日ほとありて月いみしうあかき夜。
  はしに出ゐて見るほとに。
  いかにそや。
  月は見たまふやとて。
   

35
我ことくおもひはいつや山のはの月にかけつゝなけく心を
   
  れいのおりよりはおかしきうちにも。
  宮にて月のあかゝりしに。
  ひとやみるらむとしのひたりし。
  おもひいた〈てイ〉らるゝほとに。
  ふと。
   

36
一夜見し月そと思へと詠れは心もゆかすめはそらにして
   
  と聞えても。
  なを独なかめゐたるほとに。
  はかなくてあけぬ。
  又の夜おはしましたりける。
  こなたにはきかす。
  かた〳〵に人のすむ所なりけれは。
  そなたに人の來りたる車を御覧して。
  人の侍にこそ。
  車侍りと聞ゆれは。
  よし帰りなんとておはしましぬ。
  人のいふはまことにこそとおほすもむつかしけれと。
  さすかにたえはてん物とはおほさゝけれは文遣せ〈すイ〉。
  よへ参りたりとはかりは聞給けんや。
  それもえしり給はさりしにやとおもふこそいみしけれ。
   

37
松山に波高しとは見てしかと今日の詠めはたゝならぬかな
   
  とあり。
  雨うちふる程也。
  あやしかりける事かな。
  人のそらことを聞えたりけるにやと思ひて。
   

38
君をこそ末の松とは思ひつれひとしなみには誰かこゆへき
   
  ときこえつ。
  宮は一夜のことをなま心うくおほして。
  久しうの給はせて。
  かく。
   

39
つらしとも又恋しとも樣々に思ふ事こそたえせさりけり
   
  御返はきこゆへき事なきにしもあらねと。
  わさとおほされんもはつかしくて。
  かくそ。
   

40
あふ事はとまれかくまれ歎かしを恨絕えせぬ中となりせは
   
  と聞えさする。
  さてのちもまとをになん。
  月のあかき夜。
  うちふして。
  うら山しくもなとなかめらるれは。
  宮にかうそきこえける。
   

41
月をみてあれたる宿に詠むとは見にこぬ迄も誰につけよと
   
  ひすまし童して。
  右近のそうにさしとらせて。
  きねとてやる。
  宮はお前に人々して物語しておはしますほとなりけり。
  人まかてなとしていらせ給に。
  右近のそうさし出たれは。
  例の車にさうそくせさせよとて。
  おはします。
  女はしになかめて居たるほとに。
  人のいりくれは。
  すたれうちおろしてゐたれは。
  まことにめなれたる御樣にはあらて。
  御なをしなとのいたうなれたるしもそおかしうみゆ。
  物もの給はて。
  たゝ御扇に文をさしいれさせ給て。
  御つかひのとくまかりにけれはとて。
  さしいれさせ給て。
  物聞えんにほと遠くてびなけれは。
  女あふきをさしいたしてとりつ。
  宮ものほりなんとおほしたり。
  せんさいのおかしきなかをありかせ給て。
  人は草葉の露なれやなとの給はす。
  いとなまめかし。
  ちかうよらせ給て。
  によひはまかり出なんとよ。
  誰に忍ひつるも見あらはしになん。
  あすは物忌といふなりつるに。
  なくはあやしとおもひなんとて。
  かへらせ給へは。
   

42
こゝろみに雨もふらなん宿過て浦行月の影やとまると
   
  人のいふほとよりもこめきてあはれにおほさる。
  あかきみやとて。
  しはしのほらせたまひて。
  出給ふとて。
   

43
あちきなく雲井の月にさそはれて影こそいつれ心やはゆく
   
  とておはしましぬる後すたれをあけて。
  有つる御文見れは。
   

44
我ゆへに月を詠むとつけつれはまことかと見に出てきにけり
   
  とそあるを。
  うれしくおはしますかな。
  いかにいとあやしき物に。
  きこしめしたるへかめるに。
  きこしめしなをされにしかなと思ふ。
  宮もいふかひなからす。
  つれ〳〵の慰にはとおほさるゝ程に。
  ある人々の聞ゆるやう。
  この頃は源少将なといますなり。
  晝ものし給なりといへは。
  或人ありて。
  兵部卿もおはすなるはなと口々に聞ゆるに。
  いとあは〳〵しうおほされて久しう御文もなし。
  ことねりわらはきたり。
  ひすましわらは例に語へは。
  物なといひて。
  御文やあるといへは。
  さもあらす。
  一日おはしましたりしかと。
  みかとに車のありしを御覧して。
  御せうそこもなきにこそあめれ。
  人おはしましかよふやうにそきこしめしたりけれなといひていぬ。
  かくなんいふときゝて。
  いと〳〵おしく。
  なにやかやとわさと聞えさせ。
  わさとたのみきこえさする事こそなけれと。
  時々もかうおほしいてんほとはきこえさせかよはしてあらんとこそおもひつれ。
  事しもこそあれ。
  けしからぬことにつけても。
  かうおほされぬるとおもふも。
  いと心うくて。
  なそもかくとなけくほとに。
  御文あり。
  日頃はあやしう乱り心地のなやましさになん。
  いつそやも参りて侍り しかと。
  折ふしあしうてのみかへれは。
  いと人けなきこゝちしてなむとて。
   

45
よしやよし今はうらみし磯に出てこき離れ行海人の小舟を
   
  とあれと。
  あさましき事をきこしめしたなれは。
  はつかしけれは。
  きこえさせんもつれなけれと。
  此たひはかりはとて。
   

46
袖の浦にたゝわかやくとしほたれて船流したる蜑(あま)とこそなれ
   
  と聞えさせつ。
 

7月

  さいふほとに七月にもなりぬ。
  七日に。
  すき事ともする人々のもとより。
  たなはたひこほしなといふことゝもあまたみゆれとめもたゝす。
  かゝるおりなと。
  宮のすくさすの給はせし物を。
  むけにわすれさせ給にけるかなとおもふほとにそ御文ある。
  みれはたゝ。
   

47
思ひきや七夕つめにみをなして天の河原をなかむへしとは
   
  とあれは。
  さはいへと。
  なをえすくし給はさめりとおもふもおかしうて。
   

48
詠むらん空をたにみす棚機(七夕)にいまるはかりの我みと思へは
   
  とあるを御覧しても。
  猶えおほしすつましとおほすへし。
  つこもりかたになりて。
  いとおほつかなく成にけるを。
  なとか時々は人数に思しめされぬなめりかしとの給はせたれは。
  女。
   

49
ね覚ねはきかぬ成らん荻風はふかさらめやは秋のよな〳〵
  と聞えたれは。
  たちかへり。
  あかきみやねさめねはな。
  〈と脫歟〉物思ふときはこそ。
  をろかにもとて。
   

50
荻風はふかはいもねて今よりそ驚すかときくへかりける
   
  かくて二三日有て。
  夕まくれに。
  思もかけぬに。
  にはかに御車をひきいれておりさせ給。
  ひるはまた見えまいらせねは。
  いとはつかしうおもへと。
  せむかたなうなることなとの給はせて帰らせ給ぬ。
  そののち日頃に成ぬるに。
  いとおほつかなきまてをともし給はねは。
  をんな。
   

51
徙然(異:くれぐれ/つれづれ)と秋の日頃のふるまゝに思ひしらせぬあやしかりしも
   
  むへ人はと聞えたりけれは。
  このほとにおほつかなく成にけれと。
  されと。
   

52
人はいさわれはわすれす日をふれと秋の夕暮ありしあふこと
   
  との給はせたり。
  あはれにはかなく。
  頼む人もあらす。
  かやうのはかなしことにて。
  世中を慰めてあるも。
  うちおもへはあさましう。
 

8月

  かゝる程に八月にも成ぬれは。
  つれ〳〵慰めんとて。
  いし山に詣てゝ。
  七日計あらんと思ひてまうてぬ。
  宮久しうも成ぬるかなとおほして。
  御文つかはすに。
  童一日まかりてさふらひしかと。
  石山になむ。
  此頃はおはしますなると申さすれは。
  さはけふは暮ぬ。
  つとめてまかれとて。
  御文かゝせ給たまはりて石山にきたり。
  仏の御前にはあらて。
  故鄕のみ恋しくて。
  かゝるありきもひきかへたるみの有樣と思ふにいともの悲しうてまめやかに仏を念し奉りてある程に。
  かうら〈高欄〉のしもの方に人のけはひのすれは。
  あやしうて見おろしたれは。
  この童なりけり。
  あはれに思ひかけぬ所にきたれは。
  なそととはすれは。
  御文をさし出たるも。
  例よりもふとひきあけられて見れはいと心深く入給ふにけるをなん。
  なとかかくともの給はさらん。
  絆まてこそ思されさらめ。
  をくらし給に心うきとて。
   

53
関越てけふそとふとや人はしる思ひたえせぬこゝろ遣ひを
   
  いつか出給はんとするとあり。
  ちかうてたにおほつかなくものし給ふに。
  かくわさとたつね給つらんよとおかしうおほへて。
   

54
あふみちはわすれぬめりとみし程に関打越てとふ人はたれ
   
  いつかはとの給はせたるは。
  おほろけに思たまへていりしかはとて。
   

55
山なからうみはこくとも都へはなにか打出の濱をみるへき
   
  と聞えたる。
  御覧して。
  くるしうともまたいけとて給はせたり。
  とふ人とかあれは。
  あさましの御ものいひやとて。
   

56
尋ゆく逢坂山のかひもなくおほめくはかりわするへしやは
   
  まことや。
   

57
うきによりひたやこもりと思ふとも近江の海は打出て見よ
   
  うきたひことにとこそいふなれとの給はせたれは。
  たゝかく。
   

58
関山のせきともあられぬなみたこそ近江の海と流いつらめ
   
  とて。
  はしに。
   

59
心みにをのが心もこゝろみむいさ都へときてさそひ見ん
   
  とあり。
  思ひもかけぬに。
  いくものにもかなとおほせといかゝは。
  かゝるほとに出にけり。
  さそひ見よとありしかと。
  いそき出給にけれはなんとて。
   

60
あさましやのりの山ちに入そめて都へいさと誰さそひけん
   
  御返にはたゝ。
   

61
山をいてゝくらき道にそたとりにし今一度のあふことにより
   
  つこもりかたに。
  風いたう吹て野分たちて。
  雨なとふるに。
  つねよりも物こゝろほそうなかむるに。
  れいの御文あり。
  折しりかほにの給はせたるに。
  日ころのつみもゆるし聞えつへし。
   

62
なけきつゝ秋のみ空を詠れは雲うちさはき風そはけしき
   
  かへり事。
   

63
秋風はけしきふくたに恋しきにかき曇る日はいふ方そなき
   
  けにさそあらんかしと思せと。
  れいのほとへぬ。
 

9月

  九月十よ日はかりの有明の月に御目さまして。
  いみしくひさしうも成にけるかな。
  あはれこの月はみるらんかしと思せは。
  例のわらは計を御ともにておはしまして。
  かとをたゝかせ給ふに目をさましてよろつをおもひつゝけふしたるほと也けり。
  すへて此頃は折からにや。
  物心ほそう哀れに常よりもおほえてそなかめける。
  あやし。
  たれならむとおもひて。
  まへなる人を引おこしてことゝはせんとすれともとみにもおきす。
  からうしておきても。
  爰かしこ物にあたりさはく程に。
  たゝきやみぬ。
  帰りぬるにやあらん。
  いきたなしと思しぬらんこそ。
  物思はぬさまなれは。
  同し心にまたねさりけるかな。
  誰ならんと思ふ。
  からうしていてゝ。
  人はなかりけれは。
  そらみゝきゝおはさうして。
  夜のほとたになにとかまとはさるゝ。
  さはかしのとのゝおもとたちやと腹たちてまたねぬ。
  女はやかておきて。
  いみしうきりたる空を詠つゝ。
  あかく成ぬれは。
  此曉おきのほとの心におほゆる事ともを。
  はかなきものにかきつくるほとにそ。
  れいの御文ある。
  たゝ。
   

64
秋の夜の有明の月の入まてにやすらひかねて帰りにし哉
   
  いてやけに。
  いかに口おしきものに思されつらんと思ふよりも。
  なをおりふしすくし給はすかしと。
  誠に哀なる空のけしきを見たまひけると思ふに。
  いとおかしうて。
  この手習のやうにかきたるものをそ。
  御返のやうに曳結ひてたてまつる。
  風の音木のはの残りあるましけに吹乱る。
  常よりも物あはれに覚ゆる。
  こと〳〵しうかきくもる物から。
  たゝけしきはかり雨うちふるは。
  せむかたなく哀におほへて。
   

65
秋のうちに朽はてぬへくことはりの雨に誰か袖をからまし
   
  となけかしう思へと。
  しる人もなし。
  草木のいろさへ見しまゝにもあらす成もてゆく。
  しくれん程の久しさも。
  またきに覚ゆる仁。
  風に心苦しけにうちなひきたるには。
  たゝ今もきえぬへきつゆの我みそあやしう。
  草葉につけてかなしきまゝに。
  奧にもいらて。
  やかてはしにふしたれは。
  つゆ年ふるへくもあらす。
  人のみなうちとけてねたるに。
  その事と思ひわくへくもあらねは。
  つくつくと目をのみさまして。
  なに心なう恨めしうのみ思ひふしたるほとに。
  雁のはつかにうち鳴たる。
  人はかうしも思はすやあらん。
  いみしうたへかたき心ちして。
   

66
まとろまてあはれ幾夜に成ぬらん只雁金を聞わさにして
   
  かくてのみあかさむよりはとて。
  つま戸をしあけたれは。
  おほそらににしにかたふきたる月の影。
  とをくすみ渡りてみゆるに。
  きりわたりたる空のけしき。
  かねのをと鳥の声。
  ひとつにひゝきあひて。
  さらに過にしかたいまゆくすゑのことも。
  かゝるおりはあらしと袖のいろさへあはれにめつらかなり。
   

67
我ならぬ人もさそみん長月の晨明(異:有明)の月にしかしあはれは
   
  たゝ今このことをうちたゝかする人のあらんに。
  いかにおほえん。
  いてやたれかかくてあかす人はあらむ。
   

68
よそにても同し心に在明の月をみるやと誰にとはまし
   
  宮わたりにやきこえさせましとおもふに。
  おはしましたりけるよと思ふまゝにたてまつりたれは。
  うち見給ひて。
  かひなくはおほされねと。
  詠めゐたらんに。
  ふとやらむと思してつかはすに。
  女やかて眺め出してゐたるに。
  もてきたれはあへなき心ちして。
  ひきあけてみれは。
   

69
秋のうちはくちける物を人もさは我袖とのみ思ひける哉
   

70
消ぬへき露の命とおもはすは久しききくにかゝりやはせむ
   

71
まとろまて雲井の雁の音を聞は心つからの業にそありける
   

72
我ならぬ人も有明の空をのみおなし心になかめけるかな
   

73
よそにても君計こそ月はみめと思てゆきしけさそくるしき
   
  いとあけかたかりつるかとをこそとあるも。
  物きこえさせたるかひもあるこゝちすかし。
  かくてつこもりかたにそ御文ある。
  日頃のおほつかなさなといひて。
  あやしき事なれと。
  忍ひて物いひつる人なむとをくいくなるを。
  哀れといひつへからん事ひとついはむとなん思ふ。
  それよりの給事のみなん。
  さはおほ〈ゆ〉るを。
  ひとつとの給へり。
  あなしたりかほと思へと。
  さはえきこえしと申さむも。
  いとさかしけれは。
  のたまはせむ事はいかてかと計にて。
   

74
おしまるゝ淚にかけはとまらなん心もしらす秋はゆくとも
   
  まめやかには。
  かたはらいたきことになむ侍るとてはしに。
  さても。
   

75
君ををきていつち行らん我たにも浮世中にしゐてこそふれ
   
  とあれは。
  いまおもふやうなりと聞えさせむも。
  見しかほなり。
  あまりそをしはかり給へるよのと侍めるは。
   

76
打すてゝ旅行人はさもあらはあれ又なきものに君し思はは
   
  ありぬへくなんとの給はせたり。
 

10月

  かくいふほとに。
  十月にも成ぬ。
  十よ日のほとにおはしましたり。
  おくはくらうておそろしけれは。
  はしちかううちふさせたまひて。
  あはれなる事のかきりをの給はするに。
  かひなくはあらす。
  見れは月のくもりてしくるゝほとなり。
  わさとあはれなるさまをつくり出たるやうなり。
  思みたるゝ程の心ちは。
  いとそゝろさむきや。
  宮御覧して。
  人のびなきにのみいふめる。
  あやしきわさかな。
  こゝにかくてあるよとあはれにおほされて。
  女のねたるやうにて。
  おもひみたれふしたるを。
  やゝおとろかし給ひて。
   

77
時雨にも露にもあらてぬたる夜はあやしくぬるゝ手枕の袖
   
  との給はすれと。
  よろつに物のみわりなく覚ゆるに。
  御いらへ聞ゆへき心ちもせねは。
  物も聞えさせて。
  たゝ月の影に淚のおつるを哀と御覧して。
  なといらへはし給はぬ。
  はかなき事申侍るも。
  心つきなしと思しけるにこそとあれは。
  いかに侍るにか。
  心地のかき乱るやうにし侍る。
  耳にはとまらぬにも侍らすとて。
  よし心みさせ給へ。
  手枕の袖と云事忘るゝ折や侍けると。
  たはふれことにいひなして。
  哀なりつるよのけしきもかくのみいふ程に。
  ことにたのもしき人なともなきなめりかしと心くるしうおほえて。
  今のまいかゝとの給はせたる返事。
   

78
今朝のまは今はひぬらんゆめ計ぬると見えつる手枕の袖
   
  と聞えたり。
  わすれしといひつるに。
  事をもいひたれは。
  おかしうおほして。
   

79
夢ばかりなみたにぬると見つらめとほしそかねつる手枕のそて
   
  よへの空のけしきのあはれにみえしは。
  所からにや。
  それより後心苦しうおほされて。
  しはしはおはしまして。
  有さまなと御覧しもていくに。
  よになれたる人にもあらす。
  只いと物はかなけにみゆるも。
  いと心苦しうおほされて。
  あはれに語らはせ給ふに。
  いとかくつれ〳〵になかめさせ給ふらんを思をこたる事なけれと。
  只おはせかし。
  世中の人もいとひなけにいふ也。
  時々参りくれはにや。
  見ぬる事もなけれと。
  それも人のいときゝにくゝいふに。
  又たひたひ帰る程の心ちのわりなかりしも。
  人けなう覚えなとせしかは。
  いかにせましなと思ひなるおり〳〵もあれと。
  ふるめかしき心なれはにや。
  聞えたらん事のいと哀に覚えてなむ。
  さりとてかくのみえ参りくましきを。
  誠にきく事有て。
  せいする事なとあらは。
  そらゆく月にもあらん。
  もしの給やうなるつれ〳〵ならは。
  かしこにもおはしなんや。
  人はあれとひなかるへきにもあらす。
  もとよりかゝる筋につきたよりなき身なれはにや。
  人けなき所につゐゐなともせす。
  行ひなとする事たに。
  只独りあれは。
  同し心に物語りなとも聞えてあらは。
  慰む事もや有と思ふ也との給へ思ふにも。
  けに今更にさやうにひなき有さまは。
  いかゝはせむと思ひて。
  一の宮の事も聞えきかてあるを。
  さりとて山のあなたにしるへする人もなき程に。
  かくてすくすは明ぬよの心ちのみすれは。
  はかなきたはふれもいふ人あまた有しかは。
  あやしきさまにのみそいふかめる。
  さりとてことさまのたのもしきかたもなし。
  なにかはさても心見ん。
  よし北方〈濟時卿女(藤原済時娘)〉はおはすれと。
  たゝこと御かたにて。
  御めのとこそは万の事すなれ。
  またけさうに色めかはこそあらめ。
  さるへきかくれなとにあらんには。
  なてう事かはあらんなと思て。
  此ぬれきぬは。
  さりともきやみなんをと思て。
  なに事も只我より外のとのみそ思給へつゝ。
  すくし侍る程のまきらはしには。
  かやうなるおり。
  たまさかにも。
  まちつけ聞えさするより外のこともなけれは。
  たゝいかにも侍れ。
  の給はせんまゝにと思給へれは。
  よそにても見苦しきものに聞えさすらむ。
  ましてまことなりと見侍らむそ。
  かたはらいたう侍らんと聞ゆれとそれは。
  こゝにこそ。
  とてもかくてもいはれめ。
  見くるしうはたれか みん。
  いとようかくれたる所つくりいてゝ。
  いまきこえんなとたのもしうの給はせて。
  夜ふかう出給ぬ。
  かうしもあけなからあり。
  よのつねはたゝひとりふしにていかゝせまし。
  さても人わらはれなる事やあらんと。
  さき〳〵におもひみたれて。
  ふしたる程に。
  御ふみあり。
   

80
露むすふ道のまに〳〵朝ほらけぬれてそきつる手枕のそて
   
  このそての事をはかなき事なれと。
  おほしわすれてのたまはせたる。
  おかしうおほゆ。
   

81
道芝の露とおきぬる人よりも我手枕のそてはかはかす
   
  其夜の月も。
  いみしうあかうすみて見ゆるを。
  爰よりもかしこにてもなかめ明して。
  またつとめて御ふみたまはせむとて。
  れいのわらは参りたりやととはせ給ふほとに。
  女もしものいと白きにおとろかされてにや。
   

82
手枕の袖にも霜は置けるをけさうちみれは白妙にして
   
  と聞えさせたり。
  ねたうせんせられぬるかなとおほして。
   

83
つまこふとおきあかしつる霜なれは
   
  とそうちの給はせたる。
  たゝ今そ人まいりたれは。
  うたてあへきものかな。
  とくと思ひつるにとて。
  御けしきあしうて給はせたれは。
  もていきて。
  またこれよりきこえさせ給はさりける時よりめし侍けるを。
  今まて参らすとてさいなむなりとて。
  御文をとり出たり。
  よへの月はいみしうあかゝりしものかなとて。
   

84
ねぬるよの月はみるやとけさはしも起ゐてまてと問人もなし
   
  けにかれよりの給はせけるとみゆるも。
  同し心におかしうて。
   

85
まとろまて一夜詠し月みれとおきなからしも明し顏なる
   
  ときこえさせ。
  このわらはのいかにさいなむらむとおくれは。
  おかしうて。
  はしに。
   

86
霜の上に朝日さすめり今は早打とけにけるけしき見せなん
   
  いたうわひはへめりとあり。
  見給ひて。
  けさしたりかほにおほしたりつるもいとにくし。
  此わらはころしてはやとまてなんとて。
   

87
朝日さし今はきゆへき霜なれと打とけかたき空のけしきそ
   
  とあれは。
  ころさせ給へるなるこそとて。
   

88
君はこす偶々みゆる童をはいけとも今はいはしとおもふか
   
  と聞えさせ給へれは。
  うちわらはせ給ひて。
   

89
ことはりや今はころさしこの童忍ひのつまのいふことにより
   
  まことか。
  手まくらの袖はわすれ給にけるとあれは。
   

90
人しれぬ心にかけてしのふをはわするとや思ふ手枕のそて
   
  と聞えたれは。
   

91
物もいはてやみなましかは懸てたに思ひ出ましや手枕の袖
   
  猶かくはおほしつとそある。
  かくて二三日をともせさせたまはす。
  たのもしけにの給はせしことゝもゝ。
  いかになりぬるにかと思ひつゝくるに。
  いもねられす。
  めをさましてふしたるに。
  やう〳〵あけぬらんかしとおもふに。
  門をうちたゝく。
  あなおほえなと思へと。
  とはすれは。
  宮の御文なりけり。
  おもひかけぬ程なるを。
  こゝろやゆきてとあはれにおほえて。
  妻戸をおしあけて見れは。
   

92
見るや君さようちふけて山端にくまなくすめる秋夜の月
   
  かけはしうちなかめられて。
  常よりもあはれにおほゆ。
  かとをあけねはおほつかなう。
  つかひまちとをに覚ゆらんとて。
   

93
更ぬらんと思ふ物からねられねと中々なれは月はしも見す
   
  とあるを。
  をしたかへたるくちつきをかくにしもあらすかしとおほす。
  いかてか近うて。
  かかるはかなしこともいはせてきかむと思したつ。
  二日はかりありて。
  女車のやうにて。
  やをらおはしましぬ。
  晝なとはまた御覧せられねは。
  恥かしけれと。
  樣あしうはひかくるへきにもあらす。
  又の給はするやうもあらす。
  はち聞えさせてやあらんするとて。
  ゐさり出たり。
  日頃のおほつかなさなとかたらはせ給て。
  しはしうちふさせ給て。
  このきこえさせしやうにはやおほしたて。
  かゝるありきのつねにうゐ〳〵しくおほゆるを。
  さりとてまいりこぬはいとおほつかなけれは。
  はかなき世中にくるしうとの給はすれは。
  ともかくもの給はせむにと思ひ給ふるに。
  見てもなけくといふことにこそ思給へ。
  わつらひぬれと聞ゆれは。
  よし心み給へ。
  しほやき衣にそあらんとの給ひて。
  出させ給ふ。
  まへちかきすいかいのもとに。
  おかしけなるまゆみのあるか。
  すこしもみちたるを御覧して。
  かうら〈高欄〉にをしかゝらせ給ひて。
   

94
ことのはふかくなりにけるかな
   
  との給はすれは。
   

95
しら露のはかなくをくと見し程に
   
  と聞えさするほと。
  なをなさけなからすとおかしうおほさる。
  宮の御さまなといとめてたし。
  御なをしにて。
  えならすめてたき御ぞ。
  いたしうちきもし給へる。
  いとあらまほしけにみゆる。
  目さへあた〳〵しきにやとまて覚ゆ。
  又の日きのふの御気しきのいとあさましとおほいたりしこそ。
  いと心うき物のあはれなりしかとのたまはせたれは。
   

96
葛城の神もさこそは思ひけめくめちにわたすはしたなき迄
   
  わりなくこそはおもひたまへしかときこえさせたれは。
  たちかへり。
   

97
行のしるしもあらは葛城のはしたなしとてさてややみなん
   
  なといひて。
  ありしよりはとき〳〵おはしましなとすれは。
  こよなくつれ〳〵もなくさむこゝちす。
  かくてある程に。
  よからぬ人々の文なとをこする。
  又身つからもたちさまよふにつけても。
  よしなきことのいてくるに。
  とく参りやしなましと思へと。
  猶つゝましくて。
  すか〳〵しうも思ひたゝす。
  霜のいと白きつとめて。
   

98
我うへは千鳥もつけしおほ鳥の羽にも霜はさやはをきける
   
  ときこえさせたれは。
   

99
月も見てねにきといひし人の上にをきしもせしを大鳥のこと
   
  とのたまはせて。
  やかてくれにおはしましたり。
  この頃の山の紅葉いかにおかしからん。
  いさゝせ給へ。
  見むとのたまはすれは。
  いとよく侍なりときこえて。
  その日になりて。
  けふは物忌にとちこめられてあれはなむ。
  いとくちおしう。
  これすくしてはかならすとの給はせたるに。
  その夜しくれ常よりも木々のこのは残ありけもなくきこゆるに。
  めをさまして。
  風のまへなるとひとりこちて。
  みなちりぬらんかし。
  昨日みてとくちおしうおもひあかしたるつとめて。
  かれより。
   

100
神無月よにふりにたる時雨とやけふの詠めをあかす見るらん
   
  さてはくちおしうこそとのたまはせたれは。
   

101
しくれかもなにゝぬれたる袂そと定めかねてそ我も詠むる
   
  とて。
  まことや。
   

102
紅葉はゝ夜はの時雨にあらしかし昨日山へをみたらましかは
   
  と有けるを御覧して。
   

103
そよやそよなとて山へをみさりけんけさは悔れと何のかひなし
   
  とて。
  はしに。
   

104
あらしとは思ふ物から紅葉はのちりや残れるいさ尋ね見ん
   
  とのたまはせたれは。
   

105
移はぬ常盤の山も紅葉せはいさかしゆきてのと〳〵とみむ
   
  をこならんかたにそ侍らむとて。
  ひとひおはしましたりしに。
  さはることありて。
  聞えさせぬそと申しをおほしいてゝ。
   

106
高瀬舟はや漕出よさはることさし帰りにしあしまわけたり
   
  と聞えさせたるを。
  おほしわすれたるにや。
   

107
山へには車にのりて行へきをたかせの舟はいかゝよるへき
   
  とあれは。
   

108
紅葉はのみにくる迄もちらさらは高瀬の舟のいかゝ焦れん
   
  とて。
  その日も暮ぬ。
  おはしましたるに。
  こなたのふたかりたれは。
  れいのいとしのひてゐておはします。
  此ころは四十五日の御方たかへさせ給とて。
  御いとこの三位中将〈兼隆〉の家におはします。
  れいならぬ所にさへあれは。
  みくるしと聞ゆれと。
  しゐておはしまして。
  御車なから人もみぬくるまやとりに曳たてゝ入せ給ぬれは。
  おそろしう思ふに。
  人しつめてそおはしまして。
  御くるまにたてまつりて。
  よろつの事をのたまはせける。
  心えぬとのゐ人のおのこともそめくりありく。
  れいの右近のせうこのわらはなとそちかくさふらふ。
  あはれに物のおほさるゝまゝに。
  をろかなるさまは。
  過にし方さへくやしうおほしめさるゝもあなかちなり。
  あけぬれは。
  やかてゐておはしまして。
  人のおきぬさきにと急きかへらせ給。
  つとめて。
   

109
ねぬるよのね覚の夢にならひてそ伏見の里をけさは起つる
   
  御返し。
   

110
其夜より我身の上は知れねはすゝろにあらぬ旅寢をそする
   
  なと聞ゆる。
  なにかはかくねんころにかたしけなき御心さしを見しらす。
  心こはきさまにもてなすへき事はさしもあらてなと思へは参りなんと思たつ。
  まめやかなる事とて。
  いふ人あれと耳にもたゝす。
  心うき身なれは。
  すくせにまかせてあらんと思にも。
  その宮仕よ。
  今更にほいにもあらす。
  いはほの中こそすまゝほしけれ。
  又うき事もあらはいかゝせむ。
  いと心なきさまにこそ思ひいはめ。
  なをかくてやすきなまし。
  ちかくてたに親はらからの御ありさまもみ聞えん。
  又ほたしのやう成人々の上もみ定めむと思ひたちにたれは。
  あいなし。
  参らん程まてたに。
  ひなひにいらへ聞しめされし。
  ちかくてはさりとも御覧してんと思ひて。
  すき事せし人々の文もなしとのみいはせて。
  更に返事もせすのみあるほとに。
  御文あり。
  見れは。
  さりともと頼みけるかをこなり。
  なと多くの事の給はせて。
  よしたゝいはみかたとはかりあるに。
  むねうちつふれてあさましう覚ゆ。
  めつらかなるそら事とも。
  なといと多く出てくれと。
  さはれなからん事はいかゝせむなと覚えて。
  過しきぬるを。
  これはまめやかにの給はせたれは。
  思ひたちける事ほの聞ける人もあへかめるに。
  をこなるめをも見るへかめるかなと思ふに。
  かなしくて。
  御返聞ゆへきこととも覚えす。
  又いか成事をきこしめしたるにかと思ふに。
  はつかしうて御返事も聞えねは。
  有つる事をはつかしと思ふなめりとおほして。
  なとか御返も侍らぬ。
  されはよとこそおもほゆれ。
  いとゝしくもかはる御心かな。
  人のいふ事ありしかは。
  よもと思ひなから。
  思はましかはとはかり聞えしそとあるに。
  むねすこしあきて。
  御気色もゆかしくて。
  何事にかときかまほしくて。
  まことにかくもおほされはとて。
   

111
今の間に君きまさなん恋し迚なもあるものを我ゆかんやは
   
  と聞えたれは。
   

112
君いまは名のたつことをおもひける人からかゝる心とそみる
   
  これにさへはらさへたちぬれとそある。
  かくわふるけしきを御覧して。
  たはふれせさせ給ふとはみれと。
  なをくるしうて。
  なをいとあやしうこそ侍れ。
  いかにもありて。
  御覧せさせまほしうこそと聞えさせたれは。
   

113
うたかはゝ又うちみしと思えとも心に心かなはさりけり
   
  御返し。
   

114
うらむらん心はたゆるかきりなくたのむ君をそ我も疑ふ
   
  なと聞えてあるほとに。
  暮ぬれはおはしましたり。
  なを人のいふ事あれは。
  よもとは思ひなから。
  聞えしに。
  かゝる事いはれしとおもひ給はゝ。
  いさときこゆるに。
  いさ給へかしなとのたまはせて。
  明ぬれは出させ給ぬ。
  かくのみたえすの給はすれと。
  おはします事はかたし。
  雨風なといたうふりふく日しも。
  をとつれさせ給はねは。
  人すくなゝる所の風の音おほしやらぬなめりかしと思ひて。
  くれつかたきこゆ。
   

115
霜かれはわひしかりけり秋風のふくには荻の音つれもしき
   
  と聞えたれは。
  かれよりのたまはせたりける御文をみれは。
  いとおそろしけなる風をいかゝとなんあはれに。
   

116
かれはてゝ我よりほかにとふ人も嵐の風をいかゝきくらん
   
  とおもひやりきこへるこそいみしけれとそある。
  のたまはせけるを見るもおかしうて。
  所たかへたる御物いみにて。
  しのひたる所におはしますとて。
  れいの御車あれは。
  いまはたゝともかくものたまはんにしたかひてとおもへは参りぬ。
  心のとかに御ものかたりおきふしきこえて。
  つれ〳〵もまきるれはそ。
  ましてまいりなまほしきに。
  御物忌すきぬれは。
  れいの所に帰りて。
  けふはつねよりもなこり恋しうおもひ出られ。
  わりなう覚ゆれは。
  きこゆ。
   

117
つれ〳〵とけふかそふれは年月に昨日そ物は思はさりける
   
  御覧して。
  あはれとおほして。
  こゝにも。
   

118
思ふ事なくて過しゝおとゝひを昨日とけふになすよしも哉
   
  とおもへと。
  かひなくなん。
  なをおほしたてとあれと。
  いとつゝましくて。
  する〳〵ともおもひたゝぬほとは。
  たゝうちなかめてのみあかしくらす。
  いろ〳〵見えし木のはものこりなく。
  空もあかうはれたるに。
  やう〳〵いりはつる日の影こゝろほそうみゆれは。
  れいのきこえ侍り。
   

119
なくさむる君もありとはおもへとも猶夕くれは物そ悲しき
   
  とあれは。
   

120
夕暮は誰もさのみそおもほゆるまちわふ君そ人にまされる
   
  とおもふこそあはれなれ。
  たゝ今まいりこはやとあり。
  又の日のまたつとめて。
  霜のいとしろきに。
  さていまのまはいかゝとあれは。
   

121
おきなから明せる霜の朝こそまされる物はよになかりけれ
   
  なときこえかはす。
  例のあはれなることなとかゝせ給ひて。
   

122
われひとりおもふは思かひもなしおなし心に君もあらなん
   
  御返。
   

123
君は君我は我ともへたてれはこゝろこゝろにあらん物かは
   
  かくて女。
  かせにや。
  おとろ〳〵しうはあらねと。
  なやましうすれは。
  いかに〳〵ととはせ給ふ。
  よろしう成であるほとに。
  いかにそとゝはせ給たれは。
  すこしよろしうなりにて侍は。
  しはしいきて侍らはやと思給へつるにそ。
  つみふかう。
  さるは。
   

124
たえし頃たえねと思ひし玉の緖を君により又おしまるゝ哉
   
  とあれは。
  いと〳〵うれしき事かなとて。
   

125
玉の緖はたえんものかは契りてしなかき心に結ひこめてき
   
  かくいふほとに。
  としも残りなけれは。
 

11月

  春たつかたとおもふ十一月ついたち頃。
  雪のうちふるつとめて。
   

126
神代よりふりはてにける雪なれとけふはことにも珍しき哉
   
  御返し。
   

127
初雪といつれの冬もみしまゝに珍しけなきみのみふりつゝ
   
  なとゝ。
  かゝるよしなしことにあかしくらす。
  御文あり。
  おほつかなく成にけれは。
  まいりてとおもひつるを。
  人々ふみつくるめれはとなんの給はせたれは。
   

128
暇なみきまさすは我ゆかんふみつくるらん道をしらはや
   
  おかしうおほして。
   

129
我宿に尋ねてきませふみつくる道も敎へんあひもみるへく
   
  又常よりも霜のいとしろきに。
  いかゝ見るとの給はせたれは。
   

130
さゆるよの数かく鴫は我なれやいく朝霜を置てみつらん
   
  その頃雨なとのはけしけれは。
   

131
雪もふり雨も降ぬるこの頃を朝しもとのみおきゐてはみる
   
  その夜おはしまいて。
  れいの物はかなき御物かたりせさせ給て。
  もしかしこにゐてたてまつりて後。
  まろかほかにもゆき。
  法師にもなりなとして見えたてまつらすは。
  本意なきやうにやおほされすると心ほそうの給はするに又いかにおほし成ぬるにかあらん。
  またさやうなる事のいてきぬへきにやあらむと思ふに。
  いと哀にてうちなかれぬ。
  みそれたちたる雨ののや〈と歟〉かにふるほとになり。
  いさゝかまとろまて哀なる事ともを。
  此よのみならすの給はせける。
  思ひかけぬすちのましらひなりとあはれになに事もきこしめしうとまぬ御心さまなれは。
  心のほとも御覧せられんとておもひたつ。
  たゝかくてはほいのさまにも成ぬはかりそかしとおもふ。
  いとかなしうて。
  物もきこえてつくつくとなけくけしきを御覧して。
   

132
なをさりのあらましことに夜もすから
   
  との給はせたれは。
   

133
おつるなみたは雨とこそふれ
   
  御気しきのれいよりもうかひたる事ともをの給はせて。
  明ぬれはおはしましぬ。
  なにのたのもしけなき事なれと。
  つれ〳〵もなくさめにおもひたちつることを。
  さらはいかにせましなとおもひみたれて聞ゆ。
   

134
現にて思へはいはんかたもなし今宵のことを夢になさはや
   
  と思たまふれと。
  いかてかはとて。
  はしに。
   

135
しかはかり契りし物を定なきさはよの常におもひなせとや
   
  くちおしくもやとあれは。
  御覧して。
  これよりこそまつとおもひつれと。
   

136
現とは思はさらなんねぬるよの夢に見えつるうき事ともを
   
  思ひなさなん。
  あな心みしかや。
   

137
ほとしらぬ命計そさためなき契しことは住の江のまつ
   
  あかきみや。
  さらにあらまし事にきこえし。
  人やりならぬ物わひしとそある。
  女はそのゝちもあはれにおほえて。
  なけきのみせらる。
  とくとていそきたちたゝましかはとおもふひるつかた。
  ある御文をみれは。
   

138
〈古今〉あな恋しいまも見てしか山賤の垣ほにおふるやまと撫子
   
  とそある。
  あな物くるしとうちいはれて御返。
   

139
〈伊勢物語〉恋しくはきてもみよかし千早振神のいさむる道ならなくに
   
  と申たれは。
  うちほゝゑませ給て御らんす。
  この頃は御経ならはせ給けれは。
   

140
あふみちは神の諫にあらねとも法の蓬にをれはたゝぬそ
   
  御返し。
   

141
われさらは進みてゆかん君はたゝ法の筵をひろむはかりそ
   
  なと聞に〈え歟〉させつゝすくす。
  雪いたうふる日。
  ものゝ枝にふりかゝりたるにつけて。
   

142
雪ふれは木々の木のはも春ならてをしなへ梅の花そ咲ける
   
  なとの給はせたるに。
  おとろきなから。
   

143
梅は早咲にけりとておれはちる花とそ雪のふるは見えける
   
  又の日。
  またつとめて。
   

144
冬のよはこひしきことにめもあはて衣かたしき明そしにける
   
  御返事いてや。
   

145
冬のよはめさへ氷にとちられて明しかたきを明しけるかな
   
  なといふほとにれいのつれ〳〵なくさめてくらすそはかなきや。
  いかにおほしめさるゝにかあらん。
  心細き事ともをの給はせて。
  なを世中にありはつましきにやとの給はせたれは。
   

146
くれ竹のよゝのふる事おもほゆる昔かたりは我のみそせん
   
  と聞えたれは。
   

147
呉竹のうきふししけき世中にあらしとそ思ふ暫しはかりも
   
  なとの給はせて。
  人しれすすへさせ給ふへき所なとも。
  をきてならはぬ人なれは。
  はしたなく思ふなめり。
  こゝにもたゝきゝにくゝそいはむ。
 

12月

  たゝ我いきてゐてこむと思して。
  十二月十八日の月のよきほとに成にたるほとに。
  おはしましたり。
  例のいてさせたまへとの給はすれは。
  今宵はかりにこそあめとて。
  ひとりのれは。
  人ゐておはせかし。
  さりぬへくは。
  あすあさてものとやかに物語りきこえんとあれは。
  れいはかくもの給はせぬを。
  もしやかくとおほすへきにやとて。
  さりぬへき人一人ゐていく。
  例の所にはあらて。
  いとよくして。
  忍ひて。
  人とも具してゐよとせられたり。
  されはよと思ひて。
  なに事かはわさとしたてん。
  いかてかはまいらまし。
  いつ参りしそと中々人も思へかしと思ひて。
  明ぬれは。
  櫛の筥(はこ)なととりにやる。
  宮参らせ給ふとて。
  しはしこなたのかうしなとあけす。
  おそろしき事にはあらねとむつかし。
  今かの北の方に渡しまいらせむ。
  こ こにはちかけれは。
  ゆるしけなしなとの給はすれは。
  おろしこめてみそかにきけは。
  ひるは人々〈冷泉〉院の殿上人なと参りあつまりて。
  いがにそかくては有ぬへしや。
  ちかおとりいかにせむと思ふこそ苦しけれとの給はすれは。
  それをなん思給へるときこゆる。
  笑はせ給て。
  まめやかにはよなと。
  あなたにあらん折は用意し給へ。
  けしからぬ者ともはのそきもそする。
  今しはしに成なは。
  晝なとはあのせしのあるかたにおはしておはせ。
  丸かひるある方は。
  人もよらすそなとの給はせて。
  二三日ありて。
  北の方のたいに渡らせ給へりけれは。
  人々驚きて。
  うへに申まいらすれは。
  かゝる事なくてたにあやしかりつるを。
  なにの高き人にもあらす。
  かくなとの給はせて。
  わさとおほせはこそ。
  忍ひてゐておはしたらめとおほすに。
  いと心つきなうておはすれは。
  例よりも物むつかしけに思ひておはすれは。
  いとおしうおほして。
  しはしは內にいらせ給ひて。
  人のいふ事もきゝにくし。
  人の御けしきもいとおしうて。
  こなたにおはします。
  しか〳〵の事あなるは。
  なとかの給はせぬ。
  せいし聞ゆへきにもあらす。
  いとかう身の人けなく。
  人笑はれに恥かしかるへき事となく〳〵聞え給ふれは。
  人使はむからに御覚えのなかるへき事かは。
  御気色に従ひて中将なともにくけに思ひたるかむつかしきに。
  かしらなともけつらせんとてよひたるなり。
  こなたなとにもめし使はせ給へかしとあれは。
  いと心つきなくあれと物もの給はせす。
  かくて日頃ふれは。
  やう〳〵さふらひつきて。
  晝も上に侍らひ御くしなと参り万につかはせ給ふ。
  更に御まへもさけさせ給はぬ程に。
  うへなとも御方に渡らせ給ふ事も。
  たまさかに成もていく。
  おほし歎く事限りなし。
  としかへりて。
 

1月

  〈寬弘元〉正月一日に。
  院のはいらいに。
  おのこはら数をつくしてまいり給へるに。
  宮もおはしますを見れは。
  いと若〈廿四〉ううつくしけにて。
  多くの 人に勝れ給へり。
  これにつけても。
  我身はつかしう覚ゆるに。
  うへの御まへにも。
  女房たち出ゐてものみるに。
  まつそれをは見て。
  此人をみむみむと穴をあけてみさはくそいとさまあしきや。
  暮ぬれは事はてゝ。
  宮も入せ給ぬ。
  御送りにかんたちへかすをつくして御遊ひなとあり。
  いとおかしきにも。
  つれ〳〵なりしふるさとまつ思ひ出らる。
  かくて侍ふほとに。
  けすなとの中にもむつかしき事をいふへかめるをきこしめして。
  かく人のおほしの給ふへきにも侍らす。
  うたてもあるかなと心つきなけれは。
  內にいらせ給ふ事いとゝまとをなり。
  かゝるもいとかたはらいたう覚ゆれと。
  いかゝはせん。
  たゝともかくもしらて。
  もてなさせおはしまさんまゝに従ひてとてさふらふ。
  御北の方の御姉は。
  東宮〈三條〉の女御〈娍子〉にてさふらひ給か。
  更に物し給ふほとにて。
  御文あり。
  いかにそ此頃人のいふことあり。
  まことか我さへなん人けなう覚ゆる。
  夜のまにも渡り給へかしとあるに。
  かゝらぬ事をたに人はいふをましてとおほすに。
  いと心うくて。
  御返うけ給はりぬ。
  いつも思ふさまならぬ世中の。
  此頃は見苦しきことさへ侍りてなん。
  あからさまに参り侍て。
  宮たちをも見参らせて。
  心も慰め侍らんとなん思ひ給ふるを。
  迎へに給はせよ。
  これよりはよも耳にもきゝいれ侍らしと思給へてなんと聞え給て。
  さるへき物なととりしたゝめ給て。
  むつかしき所なととり払はせ給ふ。
  しはしかしこにあらん。
  かくてあれは。
  あちきなく此方にもえさし出給はぬも。
  苦しう覚え給ふらんにとの給に。
  人々いてあさましき世中の人のあさみ聞えさする事よ。
  参りけるも。
  おはしましてこそは迎へさせおはしましけれ。
  すへていと目もあやにこそ侍るなる。
  かのつほねに侍るなるへし。
  ひるも三度四度おはします也。
  いとよし。
  しはしこらしきこえ給へ。
  余り物聞えさせおはしまさすなとにくみあへるに。
  御心にもいとむつかしう思召す。
  さはれ。
  苦しうもなし。
  ちかうたにもみきこえしとて。
  御迎へにと聞え給へれは。
  御せうとの君たち。
  女御殿の御迎へにまいらせたれは。
  さおほしたり。
  御めのとのさうしなるものとも。
  むつかしき物ともなと払はするはときゝて。
  せんしかう〳〵して渡らせおはしますなり。
  春宮のきかせおはしまさん事も侍り。
  おはしまいて。
  申慰めまいらせおはしませとさはくを見るも。
  いといとおしうくるしけれとも。
  ともかくもいふへき事にしあらねは。
  たゝきゝゐたり。
  かくきゝにくき所しはしまかてはやと思へと。
  それもうたてあるへけれは。
  たゝさふらふも。
  猶物思ひたゆましき身かなと思ふ。
  宮おはしませは。
  さりけなくておはす。
  まことにや。
  女御殿に渡り給ふときくは。
  なと車の事もの給はせぬとの給へは。
  なにかあれよりとあれはとて。
  もの〳〵給はす。
  宮のうへ御文かき。
  女御殿の御言葉さしも。
  あら〳〵かきなしなめり。
   
  右和泉式部日記扶桑拾葉集挍合了