徒然草118段 鯉の羹食ひたる日には:原文

友とするに 徒然草
第三部
118段
鯉の羹
鎌倉の海

 
 鯉の(こう)食ひたる日には、鬢そそけずとなん。
膠(にかわ)に作るものなれば、粘りたるものにこそ。
 

 鯉ばかりこそ、御前にても切らるるものなれば、やんごとなき魚なり。
鳥には雉、さうなきものなり。
雉、松茸などは、御湯殿の上にかかりたるも苦しからず。
そのほかは、心うき事なり。

 

 中宮の御方の御湯殿の上の黒み棚に雁の見えつるを、北山入道殿の御覧じて、帰らせ給ひて、やがて御文にて、「かやうのもの、さながら、そのすがたにて御棚にゐて候ひし事、見慣はず、さまあしきことなり。はかばかしき人の候はぬ故にこそ」など申されたりけり。