源氏物語 27帖 篝火:あらすじ・目次・原文対訳

常夏 源氏物語
第一部
第27帖
篝火
野分

 
 本ページは、高千穂大名誉教授・渋谷栄一氏の『源氏物語の世界』(目次構成・登場人物・原文・訳文)を参照引用している(全文使用許可あり)。
 ここでは、その原文と現代語訳のページの内容を統合し、レイアウトを整えた。速やかな理解に資すると思うが、詳しい趣旨は上記リンク参照。
 
 

 篝火(かがりび)のあらすじ

 光源氏36歳の話。

 近頃、内大臣〔かつての頭中将〕の姫君である近江の君の悪評が世間の噂になっていた。それを耳にした玉鬘〔かつての頭中将の落種〕は、光源氏に引き取られた自身の幸福をしみじみと感じ、光源氏に心を開いてゆく。

 七月初旬、玉鬘のもとを訪れた光源氏は、琴を枕にして彼女と寄り添う。そして己の恋情を庭前に焚かせた篝火にたとえ、歌を詠む。玉鬘は返歌するものの、困惑するばかりであった。

 ちょうどそのとき東の対では柏木〔かつての頭中将の子〕たちが夕霧〔源氏の子〕と合奏していた。光源氏は彼らを招き、演奏させる。玉鬘に密かな恋心をいだく柏木はその手を緊張させるのだった。

(以上Wikipedia篝火より。色づけと〔〕は本ページ)
目次
和歌抜粋内訳#篝火(2首:別ページ)
主要登場人物
 
第27帖 篝火(かがりび)
 光る源氏の太政大臣時代
 三十六歳の初秋の物語
 
第一章 玉鬘の物語
 養父と養女の禁忌の恋物語
 第一段 近江君の世間の噂
 第二段 初秋の夜、源氏、玉鬘と語らう
 第三段 柏木、玉鬘の前で和琴を演奏
 出典
 校訂
 

主要登場人物

 

光る源氏(ひかるげんじ)
三十六歳
呼称:源氏の大臣
夕霧(ゆうぎり)
光る源氏の長男
呼称:中将・源中将
玉鬘(たまかづら)
内大臣の娘
呼称:対の姫君・姫君・女君・女
内大臣(ないだいじん)
呼称:父大臣・内の大殿
柏木(かしわぎ)
呼称:頭中将・中将

 
 以上の内容は、全て以下の原文のリンクを参照。文面はそのままで表記を若干整えた。
 
 
 

原文対訳

和歌 定家本
(大島本
現代語訳
(渋谷栄一)
  篝火(かがりび)
 
 

第一章 玉鬘の物語 養父と養女の禁忌の恋物語

 
 

第一段 近江君の世間の噂

 
   このごろ、世の人の言種に、「内の大殿の今姫君」と、ことに触れつつ言ひ散らすを、源氏の大臣聞こしめして、  近頃、世間の人の噂に、「内の大殿の今姫君は」と、何かにつけては言い触らすのを、源氏の大臣がお聞きあそばして、
   「ともあれ、かくもあれ、人見るまじくて籠もりゐたらむ女子を、なほざりのかことにても、さばかりにものめかし出でて、かく、人に見せ、言ひ伝へらるるこそ、心得ぬことなれ。
 いと際々しうものしたまふあまりに、深き心をも尋ねずもて出でて、心にもかなはねば、かくはしたなきなるべし。
 よろづのこと、もてなしからにこそ、なだらかなるものなめれ」
 「何はともあれ、人目につくはずもなく家に籠もっていたような女の子を、少々の口実はあったにせよ、あれほど仰々しく引き取った上で、このように、女房として人前に出して、噂されたりするのは納得できないことだ。
 たいそう物事にけじめをつけすぎなさるあまりに、深い事情も調べずに、お気に入らないとなると、このような体裁の悪い扱いになるのだろう。
 何事も、やり方一つで、穏やかにすむものなのだ」
   と、いとほしがりたまふ。
 
 とお気の毒がりなさる。
 
   かかるにつけても、「げによくこそと、親と聞こえながらも、年ごろの御心を知りきこえず、馴れたてまつらましに、恥ぢがましきことやあらまし」と、対の姫君思し知るを、右近もいとよく聞こえ知らせけり。
 
 このような噂につけても、「ほんとうによくこちらに引き取られてものだ、親と申し上げながらも、長年のお気持ちを存じ上げずに、お側に参っていたら、恥ずかしい思いをしただろうに」と、対の姫君はお分りになるが、右近もとてもよくお申し聞かせていた。
 
   憎き御心こそ添ひたれど、さりとて、御心のままに押したちてなどもてなしたまはず、いとど深き御心のみまさりたまへば、やうやうなつかしううちとけきこえたまふ。
 
 困ったお気持ちがおありであったが、そうかといって、お気持ちの赴くままに無理押しなさらず、ますます深い愛情ばかりがお増しになる一方なので、だんだんとやさしく打ち解け申し上げなさる。
 
 
 

第二段 初秋の夜、源氏、玉鬘と語らう

 
   秋になりぬ。
 初風涼しく吹き出でて、背子が衣もうらさびしき心地したまふに、忍びかねつつ、いとしばしば渡りたまひて、おはしまし暮らし、御琴なども習はしきこえたまふ。
 
 秋になった。
 初風が涼しく吹き出して、ものさびしい気持ちがなさるので、堪えかねては、たいそうしきりにお渡りになって、一日中おいでになって、お琴などをお教え申し上げなさる。
 
   五、六日の夕月夜は疾く入りて、すこし雲隠るるけしき、荻の音もやうやうあはれなるほどになりにけり。
 御琴を枕にて、もろともに添ひ臥したまへり。
 かかる類ひあらむやと、うち嘆きがちにて夜更かしたまふも、人の咎めたてまつらむことを思せば、渡りたまひなむとて、御前の篝火のすこし消えがたなるを、御供なる右近の大夫を召して、灯しつけさせたまふ。
 
 五、六日の夕月夜はすぐに沈んで、少し雲に隠れた様子、荻の葉音もだんだんしみじみと感じられるころになった。
 お琴を枕にして、一緒に横になっていらっしゃる。
 このような例があろうかと、溜息をもらしながら夜更かしなさるのも、女房が変だと思い申すだろうことをお思いになって、お渡りになろうとして、御前の篝火が少し消えかかっているのを、お供の右近の大夫を召して、点灯させなさる。
 
   いと涼しげなる遣水のほとりに、けしきことに広ごり臥したる檀の木の下に、打松おどろおどろしからぬほどに置きて、さし退きて灯したれば、御前の方は、いと涼しくをかしきほどなる光に、女の御さま見るにかひあり。
 御髪の手あたりなど、いと冷やかにあてはかなる心地して、うちとけぬさまにものをつつましと思したるけしき、いとらうたげなり。
 帰り憂く思しやすらふ。
 
 たいそう涼しそうな遣水のほとりに、格別風情ありげに枝を広げている檀の木の下に、松の割木を目立たない程度に積んで、少し下がって篝火を焚いているので、御前の方は、たいそう涼しくちょうどよい程度の明るさで、女のお姿は見れば見るほど美しい。
 お髪の手あたり具合など、とてもひんやりと気品のある感じがして、身を固くして恥ずかしがっていらっしゃる様子、たいそうかわいらしい。
 帰りづらくぐずぐずしていらっしゃる。
 
   「絶えず人さぶらひて、灯しつけよ。
 夏の月なきほどは、庭の光なき、いとものむつかしく、おぼつかなしや」
 「しじゅう誰かいて、篝火を焚いていよ。
 夏の月のないころは、庭に光がないと、何か気味が悪く、心もとないから」
   とのたまふ。  とおっしゃる。
 

384
 「篝火に たちそふ恋の 煙こそ
 世には絶えせぬ 炎なりけれ
 「篝火とともに立ち上る恋の煙は
  永遠に消えることのないわたしの思いなのです
 
   いつまでとかや。
 ふすぶるならでも、苦しき下燃えなりけり」
 いつまで待てとおっしゃるのですか。
 くすぶる火ではないが、苦しい思いでいるのです」
   と聞こえたまふ。
 女君、「あやしのありさまや」と思すに、
 と申し上げなさる。
 女君は、「奇妙な仲だわ」とお思いになると、
 

385
 「行方なき 空に消ちてよ 篝火の
 たよりにたぐふ 煙とならば
 「果てしない空に消して下さいませ
  篝火とともに立ち上る煙とおっしゃるならば
 
   人のあやしと思ひはべらむこと」とわびたまへば、  人が変だと思うことでございますわ」 とお困りになるので、
   「くはや」とて、出でたまふに、 「さあて」と言って、お出になると、
  東の対の方に、おもしろき笛の音、箏に吹きあはせたり。
 
東の対の方に美しい笛の音が、箏と合奏していた。
 
   「中将の、例のあたり離れぬどち遊ぶにぞあなる。
 頭中将にこそあなれ。
 いとわざとも吹きなる音かな」
 「中将が、いつものように一緒にいる仲間たちと合奏しているようだ。
 頭中将であろう。
 たいそう見事に吹く笛の音色だなあ」
   とて、立ちとまりたまふ。
 
 と言って、お立ち止まりなさる。
 
 
 

第三段 柏木、玉鬘の前で和琴を演奏

 
   御消息、「こなたになむ、いと影涼しき篝火に、とどめられてものする」  お便りに、「こちらに、たいそう涼しい火影の篝火に、引き止められています」
   とのたまへれば、うち連れて三人参りたまへり。
 
 とおっしゃったので、連れだって三人参上なさった。
 
   「風の音秋になりけりと、聞こえつる笛の音に、忍ばれでなむ」  「風の音は秋になったと、聞こえる笛の音色に、我慢ができなくてね」
   とて、御琴ひき出でて、なつかしきほどに弾きたまふ。
 源中将は、「盤渉調」にいとおもしろく吹きたり。
 頭中将、心づかひして出だし立てがたうす。
 「遅し」とあれば、弁少将、拍子打ち出でて、忍びやかに歌ふ声、鈴虫にまがひたり。
 二返りばかり歌はせたまひて、御琴は中将に譲らせたまひつ。
 げに、かの父大臣の御爪音に、をさをさ劣らず、はなやかにおもしろし。
 
 と言って、お琴を取り出して、やさしい感じにお弾きになる。
 源中将は、「盤渉調」にたいそう美しく吹いた。
 頭中将は、気をつかって歌いにくそうにしている。
 「遅い」というので、弁少将が、拍子を打って、静かに歌う声は、鈴虫かと思うほどである。
 二度ほど歌わせなさって、お琴は中将にお譲りあそばした。
 まことに、あの父大臣のお弾きになる音色に、少しも劣らず、派手で素晴らしい。
 
   「御簾のうちに、物の音聞き分く人ものしたまふらむかし。
 今宵は、盃など心してを。
 盛り過ぎたる人は、酔ひ泣きのついでに、忍ばぬこともこそ」
 「御簾の中に、音楽の分かる人がいらっしゃるようだ。
 今晩は、杯なども気をつかわれよ。
 盛りを過ぎた者は、酔泣きする折に、言わなくともよいことまで言ってしまうかもしれない」
   とのたまへば、姫君もげにあはれと聞きたまふ。
 
 とおっしゃると、姫君もまことにしみじみとお聞きになる。
 
   絶えせぬ仲の御契り、おろかなるまじきものなればにや、この君たちを人知れず目にも耳にもとどめたまへど、かけてさだに思ひ寄らず、この中将は、心の限り尽くして、思ふ筋にぞ、かかるついでにも、え忍び果つまじき心地すれど、さまよくもてなして、をさをさ心とけても掻きわたさず。
 
 切っても切れないご姉弟の関係は、並々ならぬものだからであろうか、この君たちを人に分からないように目にも耳にも止めていらっしゃるが、よもやそんなことは思いも寄らず、この中将は、心のありったけを尽くして、思慕のことで、このような機会にも、抑えきれない気がするが、見苦しくないように振る舞って、少しも気を許して琴を弾き続けることができない。
 
 
 

【出典】

 
  出典1 わが背子が衣の裾を吹き返しうらめづらしき秋の初風(古今集秋上-一七一 読人しらず)初風の涼しくもあるかわが背子の衣の裏のうらのさびしき(源氏釈所引、出典未詳)(戻)  
  出典2 秋風の荻の葉を吹く音聞けばいよいよ我も物をこそ思へ(古今六帖六-三七二二)(戻)  
  出典3 夏なれば宿にふすぶる蚊遣火のいつまでわが身下燃えにをせむ(古今集恋一-五〇〇 読人しらず)(戻)  
  出典4 秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる(古今集秋上-一六九 藤原敏行)(戻)  
 
 

【校訂】

 
  備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△  
  校訂1 劣らず--おと(と/&と=と)らす(戻)  
 

 
 ※(以下は当サイトによる)大島本は、定家本の書写。
 書写の信頼度は、大島本<明融(臨模)本<定家自筆本、とされている。