古事記 八俣大蛇~原文対訳

第二次神逐 古事記
上巻 第二部
スサノオの物語
八俣大蛇
草薙の太刀
原文 書き下し
(武田祐吉)
現代語訳
(武田祐吉)
故所避追而。  かれ避追やらはえて、  かくてスサノヲの命は
逐い拂われて
降出雲國之
肥〈上〉河上
在鳥髮地。
出雲の國の肥の河上、
名は鳥髮とりかみといふ地ところに
降あもりましき。
出雲の國の肥ひの河上、
トリカミという所に
お下りになりました。
此時
箸從其河流下。
この時に、
箸その河ゆ流れ下りき。
この時に
箸はしがその河から流れて來ました。
於是須佐之男命。 ここに須佐の男の命、  
以爲人有其河上而。 その河上に人ありとおもほして、 それで河上に人が住んでいるとお思いになつて
尋覓上往者。 求まぎ上り往でまししかば、 尋ねて上のぼつておいでになりますと、
老夫與老女二人在而。 老夫おきなと老女おみなと二人ありて、 老翁と老女と二人があつて
童女置中而泣。 童女をとめを中に置きて泣く。 少女を中において泣いております。
     
爾問賜之。
汝等者誰。
ここに「汝たちは誰そ」と
問ひたまひき。
そこで「あなたは誰だれですか」と
お尋ねになつたので、
故其老夫。答言。 かれその老夫、答へて言まをさく その老翁が、
僕者國神。
大山〈上〉津見神之子焉。
「僕あは國つ神
大山津見おほやまつみの神の子なり。
「わたくしはこの國の神の
オホヤマツミの神の子で
僕名謂足〈上〉名椎。 僕が名は足名椎あしなづちといひ アシナヅチといい、
妻名謂手〈上〉名椎。 妻めが名は手名椎てなづちといひ、 妻の名はテナヅチ、
女名謂
櫛名田比賣。
女むすめが名は
櫛名田比賣
くしなだひめといふ」とまをしき。
娘の名は
クシナダ姫といいます」と申しました。
     
亦問
汝哭由者何。
また「汝の哭く故は何ぞ」
と問ひたまひしかば、
また「あなたの泣くわけはどういう次第ですか」と
お尋ねになつたので
答白言。 答へ白さく  
我之女者
自本在八稚女。
「我が女は
もとより八稚女をとめありき。
「わたくしの女むすめは
もとは八人ありました。
是高志之
八俣遠呂智。
〈此三字以音〉
ここに高志こしの
八俣やまたの大蛇をろち、
それをコシの
八俣やまたの大蛇が
每年來喫。 年ごとに來て喫くふ。 毎年來て食たべてしまいます。
今其可來時故泣。 今その來べき時なれば泣く」
とまをしき。
今またそれの來る時期ですから泣いています」
と申しました。
爾問其形如何。 ここに「その形はいかに」
と問ひたまひしかば、
「その八俣の大蛇というのは
どういう形をしているのですか」
とお尋ねになつたところ、
答白。    
彼目如
赤加賀智而。
「そが目は
赤かがちの如くにして
「その目めは
丹波酸漿たんばほおずきのように
眞赤まつかで、
身一有
八頭
八尾。
身一つに
八つの頭かしら
八つの尾あり。
身體一つに
頭が八つ、
尾が八つあります。
亦其身生
蘿及
檜榲。
またその身に
蘿こけまた
檜榲ひすぎ生ひ、
またその身體からだには
蘿こけだの檜ひのき・
杉の類が生え、
其長度
谿八谷
峽八尾而。
その長たけ
谷たに八谷
峽を八尾をを度りて、
その長さは
谷たに八やつ
峰みね八やつをわたつて、
見其腹者。 その腹を見れば、 その腹を見れば
悉常血爛也。 悉に常に血ち垂り
爛ただれたり」
とまをしき。
いつも血ちが垂れて
爛ただれております」
と申しました。
〈此謂赤加賀知者。
今酸醤者也〉
(ここに赤かがちと云へるは、
今の酸醤なり[「酸醤なり」はママ])
 
     
爾速須佐之男命。 ここに速須佐の男の命、 そこでスサノヲの命が
詔其老夫。 その老夫に詔りたまはく、 その老翁に
是汝之女者。 「これ汝いましが女ならば、 「これがあなたの女むすめさんならば
奉於吾哉。 吾に奉らむや」
と詔りたまひしかば、
わたしにくれませんか」
と仰せになつたところ、
答白恐亦
不覺御名。
「恐けれど御名を知らず」
と答へまをしき。
「恐れ多いことですけれども、
あなたはどなた樣ですか」
と申しましたから、
爾答詔。 ここに答へて詔りたまはく、  
吾者
天照大御神之
伊呂勢者也。
〈自伊下三字以音〉
「吾は
天照らす大御神の
弟いろせなり。
「わたしは
天照らす大神の
弟です。
故。今自天降坐也。 かれ今天より降りましつ」
とのりたまひき。
今天から下つて來た所です」
とお答えになりました。
爾。
足名椎。
手名椎神。
ここに
足名椎あしなづち
手名椎てなづちの神、
それで
アシナヅチ・
テナヅチの神が
白然坐者恐。 「然まさば恐かしこし、 「そうでしたら恐れ多いことです。
立奉。 奉らむ」
とまをしき。
女むすめをさし上げましよう」
と申しました。
第二次神逐 古事記
上巻 第二部
スサノオの物語
八俣大蛇
草薙の太刀

参照:平家物語11巻・剣

 
 昔、尊、出雲国ひの川上にくだり給ひし時、国津神の足なづち手なづちとて、夫神、婦神おはします。
 その子に端正のむすめあり、いなだ姫と号す。
 親子三人泣きゐたり。

 

 尊、「いかに」と問ひ給へば、答へ申していはく、
 「我にむすめ八人ありき。みな大蛇のためにのまれぬ。いま一人残る所の少女、またのまれんとす。
  件の大蛇は尾かしらともに八あり。おのおの八の谷に這ひはびこれり。霊樹異木せなかに生ひたり。いく千年を経たりといふ事を知らず。まなこは日月のごとし。
  年年に人をのむ。親のまるる者は、子悲しみ、子のまるる者は親悲しみ、村南村北に哭する声絶えず」
 とぞ申しける。

 

 尊あはれに思し召し、この少女をゆつつま櫛にとりなし…(続く)