枕草子90段 宮の五節いださせ給ふに

なまめかしき 枕草子
上巻下
90段
宮の五節
細太刀

(旧)大系:90段
新大系:86段、新編全集:86段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず、混乱を招くので、三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:94段
 


 
 宮の五節いださせ給ふに、かしづき十二人、こと所には女御、御息所の御方の人いだすをば、わるきことにすると聞くを、いかにおぼすにか、宮の御方を、十人はいださせ給ふ。いまふたりは、女院、淑景舎の人、やがてはらからどちなり。
 

 辰の日の夜、青摺の唐衣、汗衫をみな着せさせ給へり。
 女房にだに、かねてさも知らせず、殿人には、ましていみじう隠して、みな装束したちて、くらうなりにたるほどに、持て来て着す。赤紐をかしうむすび下げて、いみじうやうしたるしろき衣、かた木のかたは絵にかきたり。織物の唐衣どもの上に着たるは、まことにめづらしきなかに、童は、まいていますこしたなまめきたり。下仕まで着て出でゐたるに、殿上人、上達部おどろき興じて、小忌の女房とつけて、小忌の君たちは外にゐて物などいふ。
 「五節の局を、日も暮れぬほどに、みなこぼちすかして、ただあやしうてあらする、いとことやうなることなり。その夜までは、なほうるはしながらこそあらめ」と宣はせて、さもまどはさず。
 几帳どものほころび結ひつつ、こぼれ出でたり。
 

 小兵衛といふが、赤紐のとけたるを、「これ結ばばや」といへば、実方の中将よりてつくろふに、ただならず。
 

♪10
  あしひきの 山井の水は こほれるを
  いかなるひもの とくるなるらむ
 

といひかく。
 年若き人の、さる顕証のほどはいひにくきにや、返しもせず。
 そのかたはらなる人どもも、ただうちすごしつつ、ともかくもいはぬを、宮司などは耳とどめて聞きけるに、ひさしうなりげなるかたはらいたさに、こと方より入りて、女房のもとによりて、「などかうはおはするぞ」などぞささめくなる。
 四人ばかりをへだててゐたれば、よう思ひ得たらむにてもいひにくし、まいて、歌よむと知りたる人のは、おぼろげならざらむは、いかでかと、つつましきこそはわろけれ。
 よむ人はさやはある。
 いとめでたからねど、ふとこそうちいへ。
 爪はじきをしありくがいとほしければ、
 

♪11
  うはごほり あはにむすべる ひもなれば
  かざす日かげに ゆるぶばかりを
 

と弁のおもとといふに伝へさすれば、消え入りつつ、えもいひやらねば、「なにとか、なにとか」と、耳かたぶけて問ふに、すこし言どもりする人の、いみじうつくろひ、めでたしと聞かせむと思ひければ、え聞きつけずなりぬるこそ、なかなか恥隠るる心地してよかりしか。
 

 のぼり送るなどに、なやましといひていかぬ人をも、宣はせしかば、あるかぎりつれだちて、ことにも似ず、あまりことうるさげなめれ。
 

 舞姫は、相尹の馬の頭の女、染殿の式部卿の宮の上の御おとうとの四の君の御腹、十二にていとをかしげなりき。
 

 はての夜も、おひかづきいくもさわがず。やがて仁寿殿より通りて、清涼殿の御前の東の簀子より、舞姫をさきにて、上の御局に参りしほども、をかしかりき。