紫式部集68 影見ても:原文対訳・逐語分析

67澄める池の 紫式部集
第七部
栄花と追憶

68影見ても
異本61
69一人居て
原文
(実践女子大本)
現代語訳
(渋谷栄一)
注釈
【渋谷栄一】
やうやう  だんだんと  
明け行くほどに、 夜が明けて行くころに、  
渡殿に来て、 渡殿に来て、 【渡殿に来て】-主語は作者。
局の下より出づる水を、 局の下から湧き出ている遣水を、  
高欄を押さへて、 高欄を押さえて、 【押さへて】-実践本「をさふ」は定家の仮名遣い。
しばし見ゐたれば、 暫く見ていると、  
空のけしき、 空の様子は、  
春秋の霞にも霧にも 春秋の霞や霧にも  
劣らぬころほひなり。 劣らない時節である。  
     
小少将の 小少将の君の 【小少将】-源時通の娘。
隅の格子をうち叩きたれば、 局の隅の格子をちょっと叩くと、  
放ちて押し下ろしたまへり。 半蔀を上げ放って下格子を外しなさった。 【放ちて押し下ろしたまへり】-半蔀を上げ放ち、下の格子を取り外した。「をす」は定家の仮名遣い。
もろともに下り居て眺めゐたり。 一緒に庭に下りて眺めていた。 【下り居て】-庭に下りた。
     
影見ても 遣水に映る姿を見ても 【影見ても】-遣水に映るわが姿。
憂きわが涙 嫌なわたしの涙が  
落ち添ひて 落ち加わって  
かごとがましき 恨みがましい  
滝の音かな 滝の音ですこと 【滝の音】-遣水の滝。「をと」は定家の仮名遣い。
     

参考異本=後世の二次資料

 「東北院のわたどののやり水にかげをみてよみ侍りける  紫式部
かげ見てもうきわが涙おちそひてかごとがましきたきのおとかな」(書陵部本「続後撰集」雑上 一〇一二)