徒然草168段 年老いたる人:原文

一道 徒然草
第五部
168段
年老いたる人
何事の式

 
 年老いたる人の、一事すぐれたる才のありて、「この人の後はたれにか問はむ」などいはるるは、老いの方人にて、生けるもいたづらならず。
さはあれど、それもすたれたるところのなきは、一生このことにて暮れにけりとつたなく見ゆ。
「今は忘れにけり」といひてありなん。
おほかたは、知りたりともすずろにいひ散らすは、さばかりの才にはあらぬにやと聞こえ、おのづから誤りもありぬべし。
「さだかにもわきまへ知らず」などいひたるは、なほまことに道のあるじともおぼえぬべし。
まして知らぬことしたり顔に、おとなしく、もどきぬべくもあらぬ人のいひ聞かするを、さもあらずと思ひながら聞きゐたる、いとわびし。