宇治拾遺物語:小式部内侍、定頼卿の経にめでたる事

藤大納言忠家 宇治拾遺物語
巻第三
3-3 (35)
小式部内侍
山伏けいたう坊

 
 今は昔、小式部内侍に定頼中納言もの言ひわたりけり。それに又時の関白かよひ給ひけり。
 局に入りて、臥し給ひたりけるを、知らざりけるにや、中納言寄り来てたたきけるを、局の人「かく」とや言ひたりけん、沓をはきて行きけるが、少し歩みのきて、経をはたとうちあげて読みたりけり。
 二声ばかりまでは、小式部内侍、きと耳をたつるやうにしければ、この入りて臥し給へる人、あやしとおぼしけるほどに、すこし声遠うなるやうにて、四声五声ばかり、ゆきもやらでよみたりける時、「う」と言ひて、後ろざまにこそ、ふしかへりたりけれ。
 

 この入臥し給へる人の、「さばかりたへがたう、はづかしかりし事こそなかりしか」と、後に宣ひけるとかや。
 

藤大納言忠家 宇治拾遺物語
巻第三
3-3 (35)
小式部内侍
山伏けいたう坊