古事記~建御名方神 原文対訳

天の逆手 古事記
上巻 第四部
国譲りの物語
建御名方神
(タケミナカタ)
国譲り
原文 書き下し
(武田祐吉)
現代語訳
(武田祐吉)
故爾問
其大國主神。
 かれここに
その大國主の神に
問ひたまはく、
 そこで
大國主の命に
お尋ねになつたのは、
今汝子。 「今汝が子 「今あなたの子の
事代主神。 事代主の神 コトシロヌシの神は
如此白訖。 かく白しぬ。 かように申しました。
亦有可白子乎。 また白すべき子ありや」
ととひたまひき。
また申すべき子がありますか」
と問われました。
     
於是亦白之。 ここにまた白さく、 そこで大國主の命は
亦我子有
建御名方神。
「また我が子
建御名方たけみなかたの神あり。
「またわたくしの子に
タケミナカタの神があります。
除此者無也。 これを除おきては無し」と、 これ以外にはございません」
如此白之間。 かく白したまふほどに、 と申される時に、
     
其建御名方神。 その建御名方の神、 タケミナカタの神が
千引石
擎手末而來。
千引の石を
手末たなすゑにささげて來て、
大きな石を
手の上にさし上げて來て、
言誰來我國而。 「誰たそ我が國に來て、 「誰だ、わしの國に來て
忍忍如此物言。 忍しのび忍びかく物言ふ。 内緒話をしているのは。
然欲爲力競。 然らば力競べせむ。 さあ、力くらべをしよう。
故我先欲
取其御手。
かれ我あれまづ
その御手を取らむ」といひき。
わしが先に
その手を掴つかむぞ」と言いました。
     
故令取
其御手者。
かれその御手を取らしむれば、 そこでその手を取らせますと、
即取成立氷。 すなはち立氷たちびに取り成し、 立つている氷のようであり、
亦取成劔刄。 また劒刃つるぎはに取り成しつ。 劒の刃のようでありました。
故爾
懼而退居。
かれここに
懼おそりて退そき居り。
そこで
恐れて退いております。
     
爾欲取
其建御名方神之手。
ここに
その建御名方の神の手を取らむと
今度は
タケミナカタの神の手を取ろう
乞歸而取者。 乞ひ歸わたして取れば、 と言つてこれを取ると、
如取若葦。 若葦を取るがごと、 若いアシを掴むように
搤㧗而
投離者。
つかみ批ひしぎて、
投げ離ちたまひしかば、
掴みひしいで、
投げうたれたので
即逃去。 すなはち逃げ去いにき。 逃げて行きました。
     
故追往而。 かれ追ひ往きて、 それを追つて
迫到
科野國之
州羽海。
科野しなのの國の
洲羽すはの海に
迫せめ到りて、
信濃の國の
諏訪すわの湖みずうみに
追い攻めて、
將殺時。 殺さむとしたまふ時に、 殺そうとなさつた時に、
建御名方神白。 建御名方の神白さく、 タケミナカタの神の申されますには、
恐。 「恐かしこし、 「恐れ多いことです。
莫殺我。 我あをな殺したまひそ。 わたくしをお殺しなさいますな。
除此地者。 この地ところを除おきては、 この地以外には
不行他處。 他あだし處ところに行かじ。 他の土地には參りますまい。
亦不違我父
大國主神之命。
また我が父
大國主の神の命に違はじ。
またわたくしの父
大國主の命の言葉に背きますまい。
不違
八重事代主神之言。
八重事代主の神の言みことに
違はじ。
 
此葦原中國者。 この葦原の中つ國は、 この葦原の中心の國は

天神御子之命
獻。
天つ神の御子の命の
まにまに獻らむ」
とまをしき。
天の神の御子みこの
仰せにまかせて獻上致しましよう」
と申しました。
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国譲りの物語
建御名方神
(タケミナカタ)
国譲り