宇治拾遺物語:ある僧人の許にて氷魚盗み食ひたる事

御室戸僧正 宇治拾遺物語
巻第五
5-10 (79)
氷魚盗み食ひ
仲胤僧都

 
 これも今は昔、ある僧、人のもとへ行きけり。酒など勧めけるに、氷魚はじめて出で来たりければ、あるじ珍しく思ひて、もてなしけり。あるじ用の事ありて、内へ入りて、また出でたりけるに、この氷魚の、ことの外に少なくなりたりければ、あるじ、いかにと思へども、いふべきやうもなかりければ、物語しゐたりけるほどに、
 この僧の鼻より、氷魚の一つ、ふと出でたりければ、あるじあやしう覚えて、「その鼻より氷魚の出でたるは、いかなる事にか」と言ひければ、取りもあへず、「この頃の氷魚は、目鼻より降り候ふなるぞ」と言ひたりければ、人皆、「は」と笑ひけり。