奥の細道 草加:原文対照・詳解

素龍清書本と芭蕉自筆本の対照


『おくのほそ道
素龍清書本
『おくの細道
芭蕉自筆本
  ことし元祿二とせにや  
  奧羽長途の行脚
只かりそめに思ひたちて
此たひ奥羽長途の行脚
たゝかりそめにおもひ立て
  呉天に白髮の恨を重ぬといへ共 呉天に白髪の恨を重ぬといへとも
  耳にふれていまだめに見ぬさかひ 耳にふれていまた目に見ぬ境
  若生て歸らばと定なき頼の末をかけ 若生て帰らはと定めなき頼の末を楽て
  其日漸早加と云宿にたどり着にけり 其日漸々早加と云宿にたとり
  痩骨の肩にかゝれる物先くるしむ 瘦骨の肩にかゝれる物先くるしむ
     
  只身すがらにと出立侍を 唯身すからにと・(出立)侍るを
  紙子一衣は夜の防ぎ 帋子一衣は夜ル臥為と云
  ゆかた・雨具・墨筆のたぐひ ゆかた雨具墨筆のたくひ
  あるはさりがたきなどしたるは あるはさりかたき花むけなとしたるは
  さすがに打捨がたく さすかに打捨かたく
  路次の煩となれるこそわりなけれ 日々路頭の煩となるこそわりなけれ
     

 
 →【原文のみ:草加

  素龍清書本
現代化校訂
素龍清書本
杉浦正一郎校註
岩波文庫旧版
杉浦注
【+当サイト注】
   ことし元禄二年にや、 ことし元祿ふたとせにや、 一 西暦一六八九年。當時、芭蕉四六歳、【随行した】曾良四一歳。 
  奧羽長途の行脚
ただかりそめに思ひたちて、
奧羽長途ちやうど行脚あんぎや
只かりそめに思ひたちて、
 
  呉天に白髪の恨みを重ぬ
といへども、
呉天ごてん白髮はくはつうらみを重ぬ
といへども
二 閩(ビン)僧可士の送僧詩 「笠重呉天雪、鞋香楚地花」(詩人玉屑、禪林句集)によるか。【全集はこれを受けた謡曲「竹雪(たけのゆき)」を引く】
  耳にふれて
いまだ目に見ぬ境、
耳にふれて
いまだめに見ぬさかひ、
 
  もし生きて帰らばと、
定めなき頼みの末をかけ、
もしいきて歸らばと
さだめなきたのみの末をかけ、
 
  その日やうやう
早加(草加)といふ宿に
たどり着きにけり。
そのやうやく

早加といふ宿しゆく
たどりつきにけり。
三 【曽良の隨行】日記によればこの日は粕壁に泊っている。
【底本「早加」。特に説明なく校訂されたりするが、「早くも」の含みと、直前の句「目は泪」から早と草の相違(草冠の有無)に意味を見る。つまり草ムラでない近場。草は芭蕉風と同義(芭蕉庵=草庵)とも言える重要語。独自】
  痩骨の肩にかかれる物、
まづ苦しむ。
痩骨そうこつの肩にかゝれる物
まづくるしむ。
 
       
  ただ身すがらにと
出で立ち侍るを、
只身すがらにと
出立侍いでたちはべるを、
四 旅裝をととのえるの意。デタチともいう。
【これが通説だが、芭蕉は歌人で本作は俳文なので、文字通り出立・しゅったつ・出発の意も掛けて見る】
  紙子一衣は夜の防ぎ、 紙子かみこ一衣いちえは夜の防ぎ、 五 「イチエ(ヒトツノコロモ)」(ロドリゲス大文典)
  浴衣、雨具、墨、筆のたぐひ、 ゆかた・雨具・墨筆のたぐひ、  
  あるは
さりがたき餞などしたるは、
あるは
さりがたきはなむけなどしたるは、
 
  さすがにうち捨てがたくて、 さすがに打捨うちすてがたくて  
  路次の煩ひとなれるこそ
わりなけれ。
路次ろしわづらひとなれるこそ
わりなけれ。
六 古辭書類にロシとあるによる。

当サイトで作った動画