宇治拾遺物語:歌詠みて罪を免るる事

つねまさが郎等 宇治拾遺物語
巻第九
9-6 (111)
歌詠みて罪を免るる事
大安寺別当女

 
 今は昔、大隅守なる人、国の政をしたためおこなひ給ふあひだ、郡司のしどけなかりければ、「召しにやりて、いましめん」と言ひて、先々の様にしどけなきことありけるには、罪にまかせて、重く軽くいましむることありければ、一度にあらず、たびたび、しどけなきことあれば、重くいましめんとて、召すなりけり。
 「ここに召して、率て参り足たり」と、人の申しければ、さきざきするやうに、し伏せて、尻頭にのぼりゐたる人、しもとをまうけて、打つべき人まうけて、さきに、人二人引きはりて、出で来たるを見れば、頭は黒髪もまじらず、いと白く、年老いたり。
 

 見るに、打ぜんこといとほしく覚えければ、何事につけてか、これを許さんと思ふに、事つくべきことなし。過ちどもを、片端より問ふに、ただ老いを高家にていらへをる。
 いかにして、これを許さんと思ひて、「おのれはいみじき盗人かな。歌詠みてんや」と言へば、「はかばかしからず候へども、よみ候ひなん」と申しければ、「さらばつかまつれ」といはれて、ほどもなく、わなな声にて、うち出だす。
 

♪13
 年を経て 頭の雪は つもれども
 しもと見るにぞ 身は冷えにける

 
 と言ひければ、いみじうあはれがりて、感じて許しけり。
 人はいかにもなさけはあるべし。