宇治拾遺物語:範久阿闍梨、西方を後にせざる事

以長物忌 宇治拾遺物語
巻第五
5-4 (73)
範久阿闍梨
陪従家綱行綱兄弟

 
 これも今は昔、範久阿闍梨といふ僧ありけり。山の楞厳院に住みけり。ひとへに極楽を願ふ。行住座臥、西方を後にせず。唾をはき、大小便西に向かはず。入日を背中に負はず。西坂より山へ登る時は、身をそばだてて歩む。常にいはく、「植ゑ木の倒るる事、必ず傾く方にあり。心を西方にかけんに、なんぞ志を遂げざらん。臨終正念疑はず」となん言ひける。往生伝に入りたりとか。