古今和歌集 巻十八 雑下:歌の配置・コメント付

巻十七
雑上
古今和歌集
巻十八
雑歌下
巻十九
雑体
目次
    933
不知
934
不知
935
不知
936
937
貞樹
938
小町
939
小町
940
不知
941
不知
942
不知
943
不知
944
不知
945
惟喬
946
今道
947
素性
948
不知
949
不知
950
不知
951
不知
952
不知
953
不知
954
不知
955
吉名
956
躬恒
957
躬恒
958
不知
959
不知
960
不知
961
962
行平
963
春風
964
貞文
965
貞文
966
潔興
967
深養
968
伊勢
969
業×
970
業×
971
業×
972
不知
973
不知
974
不知
975
不知
976
躬恒
977
躬恒
978
躬恒
979
大頼
980
貫之
981
不知
982
不知
983
喜撰
984
不知
985
遍昭
986
二条
987
不知
988
不知
989
不知
990
伊勢
991
友則
992
陸奥
993
忠房
994
不知
995
不知
996
不知
997
有季
998
千里
999
勝臣
1000
伊勢
 

※不知が45%(31/68)。伊勢物語とリンクが多い。986の二条は源至の娘とされるがどうか。そうとしても、伊勢との関係で二条の后を暗示する配置として用いたのではないだろうか(なお、源至は伊勢物語で一度だけ、しでかす役で39段に出てくる)。
 二条の后は巻一に一回出てきているだけだから、それを連想させるのは承知のはず。至の娘単体を突如出すならそこまで意味はない。そして最後の方の伊勢、990と1000の配置は、明確に伊勢とのリンクを強調している。これは他の巻でも見られること。
 994の不知は筒井筒の子。この田舎の子の話が、突出して古今最長の詞書で、宮中の歌集に収録されることは、既に影響力をもった伊勢を参照したと見なければ通らない。そう見ないから諸々の説明が通らない。
 994:筒井筒は、この歌集に収録された伊勢物語と符合する最後の歌、いわばトリ。詞書の最後には「となむいひつたへたる」とある。しかし詞書も歌も言い伝えのレベルを超えている。つまり伊勢が出典ということを内容で示しつつ意図的にぼかしている。
 恐らくそれができなかった。つまり伊勢を出典にすることが憚られた情況だった。
 それは現状でも同じ。伊勢を出典とは見ない。
 しかしそもそも伊勢・竹取以前に、男女の愛をメインにしたストーリー物はないし、歌集の古今はそれが本分でもない。実際の影響力を全く無視し、古今あるいは「どこかにあるはず」の業平歌集が大元と見るのは無理。
 伊勢で業平はもとより歌を知らないと評されている(伊勢101段)。そのような男の歌を称える意味がない。出てくる度に非難している(在五・けぢめ見せぬ心、63段)。つまり伊勢は乗っ取られている。しかしそういう記述が無視され180度歪曲され続けるのは、古今の認定があるから。
 つまり古今の撰者達は一般の認識同様、伊勢の内容はほぼ知らない。一般の認識通りに認定した。知っているのは貫之のみ。だから、詞書最長を業平とされる歌ではなく、それと相容れない筒井筒の昔男の妻の歌を先にした。どちらも無名。男は匿名。
 それが誰かなのかは、巻一の先頭行、貫之が従う配置に示されている。二人いて先頭の在原元方と8の文屋。しかし元方が場違いなのは明らか。これは業平にしていないという意味。そして8の詞書の長さは、古今前半部では、貫之と並び二人で2トップ

 

巻十八:雑下

   
   0933
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 世中は なにかつねなる あすかかは
 きのふのふちそ けふはせになる
かな よのなかは なにかつねなる あすかかは
 きのふのふちそ けふはせになる
   
  0934
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 いく世しも あらしわか身を なそもかく
 あまのかるもに 思ひみたるる
かな いくよしも あらしわかみを なそもかく
 あまのかるもに おもひみたるる
   
  0935
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 雁のくる 峰の朝霧 はれすのみ
 思ひつきせぬ 世中のうさ
かな かりのくる みねのあさきり はれすのみ
 おもひつきせぬ よのなかのうさ
   
  0936
詞書 題しらす
作者 小野たかむらの朝臣(小野篁)
原文 しかりとて そむかれなくに 事しあれは
 まつなけかれぬ あなう世中
かな しかりとて そむかれなくに ことしあれは
 まつなけかれぬ あなうよのなか
   
  0937
詞書 かひのかみに侍りける時、
京へまかりのほりける人につかはしける
作者 をののさたき(小野貞樹)
原文 宮こ人 いかかととはは 山たかみ
 はれぬくもゐに わふとこたへよ
かな みやこひと いかかととはは やまたかみ
 はれぬくもゐに わふとこたへよ
   
  0938
詞書 文屋のやすひて、みかはのそうになりて、
あかた見にはえいてたたしや
といひやれりける返事によめる
作者 小野小町
原文 わひぬれは 身をうき草の ねをたえて
 さそふ水あらは いなむとそ思ふ
かな わひぬれは みをうきくさの ねをたえて
 さそふみつあらは いなむとそおもふ
   
  0939
詞書 題しらす
作者 小野小町
原文 あはれてふ 事こそうたて 世中を
 思ひはなれぬ ほたしなりけれ
かな あはれてふ ことこそうたて よのなかを
 おもひはなれぬ ほたしなりけれ
   
  0940
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あはれてふ 事のはことに おくつゆは
 昔をこふる 涙なりけり
かな あはれてふ ことのはことに おくつゆは
 むかしをこふる なみたなりけり
   
  0941
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 世中の うきもつらきも つけなくに
 まつしる物は なみたなりけり
かな よのなかの うきもつらきも つけなくに
 まつしるものは なみたなりけり
   
  0942
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 世中は 夢かうつつか うつつとも
 夢ともしらす 有りてなけれは
かな よのなかは ゆめかうつつか うつつとも
 ゆめともしらす ありてなけれは
   
  0943
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 よのなかに いつらわか身の ありてなし
 あはれとやいはむ あなうとやいはむ
かな よのなかに いつらわかみの ありてなし
 あはれとやいはむ あなうとやいはむ
   
  0944
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 山里は 物の惨慄き 事こそあれ
 世のうきよりは すみよかりけり
かな やまさとは もののさひしき ことこそあれ
 よのうきよりは すみよかりけり
   
  0945
詞書 題しらす
作者 これたかのみこ(惟喬親王)
原文 白雲の たえすたなひく 岑にたに
 すめはすみぬる 世にこそ有りけれ
かな しらくもの たえすたなひく みねにたに
 すめはすみぬる よにこそありけれ
   
  0946
詞書 題しらす
作者 ふるのいまみち(布留今道)
原文 しりにけむ ききてもいとへ 世中は
 浪のさわきに 風そしくめる
かな しりにけむ ききてもいとへ よのなかは
 なみのさわきに かせそしくめる
   
  0947
詞書 題しらす
作者 そせい(素性法師)
原文 いつこにか 世をはいとはむ 心こそ
 のにも山にも まとふへらなれ
かな いつこにか よをはいとはむ こころこそ
 のにもやまにも まとふへらなれ
   
  0948
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 世中は 昔よりやは うかりけむ
 わか身ひとつの ためになれるか
かな よのなかは むかしよりやは うかりけむ
 わかみひとつの ためになれるか
   
  0949
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 世中を いとふ山への 草木とや
 あなうの花の 色にいてにけむ
かな よのなかを いとふやまへの くさきとや
 あなうのはなの いろにいてにけむ
   
  0950
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 みよしのの 山のあなたに やともかな
 世のうき時の かくれかにせむ
かな みよしのの やまのあなたに やともかな
 よのうきときの かくれかにせむ
   
  0951
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 世にふれは うさこそまされ みよしのの
 いはのかけみち ふみならしてむ
かな よにふれは うさこそまされ みよしのの
 いはのかけみち ふみならしてむ
   
  0952
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 いかならむ 巌の中に すまはかは
 世のうき事の きこえこさらむ
かな いかならむ いはほのうちに すまはかは
 よのうきことの きこえこさらむ
   
  0953
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 葦引の 山のまにまに かくれなむ
 うき世中は あるかひもなし
かな あしひきの やまのまにまに かくれなむ
 うきよのなかは あるかひもなし
   
  0954
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 世中の うけくにあきぬ 奥山の
 このはにふれる 雪やけなまし
かな よのなかの うけくにあきぬ おくやまの
 このはにふれる ゆきやけなまし
   
  0955
詞書 おなしもしなきうた
作者 もののへのよしな(物部吉名、詳細不明)
原文 よのうきめ 見えぬ山ちへ いらむには
 おもふ人こそ ほたしなりけれ
かな よのうきめ みえぬやまちへ いらむには
 おもふひとこそ ほたしなりけれ
   
  0956
詞書 山のほうしのもとへつかはしける
作者 凡河内みつね(凡河内躬恒)
原文 世をすてて 山にいる人 山にても
 猶うき時は いつちゆくらむ
かな よをすてて やまにいるひと やまにても
 なほうきときは いつちゆくらむ
   
  0957
詞書 物思ひける時いときなきこを見てよめる
作者 凡河内みつね(凡河内躬恒)
原文 今更に なにおひいつらむ 竹のこの
 うきふししけき 世とはしらすや
かな いまさらに なにおひいつらむ たけのこの
 うきふししけき よとはしらすや
   
  0958
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 世にふれは 事のはしけき くれ竹の
 うきふしことに 鶯そなく
かな よにふれは ことのはしけき くれたけの
 うきふしことに うくひすそなく
   
  0959
詞書 題しらす/ある人のいはく、
高津のみこの歌なり
作者 よみ人しらす(一説、高津のみこ)
原文 木にもあらす 草にもあらぬ 竹のよの
 はしにわか身は なりぬへらなり
かな きにもあらす くさにもあらぬ たけのよの
 はしにわかみは なりぬへらなり
   
  0960
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 わか身から うき世中と なつけつつ
 人のためさへ かなしかるらむ
かな わかみから うきよのなかと なけきつつ
 ひとのためさへ かなしかるらむ
   
  0961
詞書 おきのくにになかされて侍りける時によめる
作者 たかむらの朝臣(小野篁)
原文 思ひきや ひなのわかれに おとろへて
 あまのなはたき いさりせむとは
かな おもひきや ひなのわかれに おとろへて
 あまのなはたき いさりせむとは
   
  0962
詞書 田むらの御時に、事にあたりて
つのくにのすまといふ所にこもり侍りけるに、宮のうちに侍りける人につかはしける
作者 在原行平朝臣
原文 わくらはに とふ人あらは すまの浦に
 もしほたれつつ わふとこたへよ
かな わくらはに とふひとあらは すまのうらに
 もしほたれつつ わふとこたへよ
   
  0963
詞書 左近将監とけて侍りける時に、
女のとふらひにおこせたりける返事によみてつかはしける
作者 をののはるかせ(小野春風)
原文 あまひこの おとつれしとそ 今は思ふ
 我か人かと 身をたとるよに
かな あまひこの おとつれしとそ いまはおもふ
 われかひとかと みをたとるよに
   
  0964
詞書 つかさとけて侍りける時よめる
作者 平さたふん(平貞文)
原文 うき世には かとさせりとも 見えなくに
 なとかわか身の いてかてにする
かな うきよには かとさせりとも みえなくに
 なとかわかみの いてかてにする
   
  0965
詞書 つかさとけて侍りける時よめる
作者 平さたふん(平貞文)
原文 有りはてぬ いのちまつまの ほとはかり
 うきことしけく おもはすもかな
かな ありはてぬ いのちまつまの ほとはかり
 うきことしけく おもはすもかな
   
  0966
詞書 みこの宮のたちはきに侍りけるを、
宮つかへつかうまつらすとて
とけて侍りける時によめる
作者 みやちのきよき(宮道潔興、みやじのきよき)
原文 つくはねの この本ことに 立ちそよる
 春のみ山の かけをこひつつ
かな つくはねの このもとことに たちそよる
 はるのみやまの かけをこひつつ
   
  0967
詞書 時なりける人の
にはかに時なくなりてなけくを見て、
みつからのなけきもなくよろこひもなきことを思ひてよめる
作者 清原深養父
原文 ひかりなき 谷には春も よそなれは
 さきてとくちる 物思ひもなし
かな ひかりなき たににははるも よそなれは
 さきてとくちる ものおもひもなし
   
  0968
詞書 かつらに侍りける時に、
七条の中宮のとはせ給へりける御返事に
たてまつれりける
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 久方の 中におひたる さとなれは
 ひかりをのみそ たのむへらなる
かな ひさかたの うちにおひたる さとなれは
 ひかりをのみそ たのむへらなる
   
  0969
詞書 紀のとしさたか
阿波のすけにまかりける時に、
むまのはなむけせむとて
けふといひおくれりける時に、
ここかしこにまかりありきて
夜ふくるまて見えさりけれはつかはしける
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※問題あり)
原文 今そしる くるしき物と 人またむ
 さとをはかれす とふへかりけり
かな いまそしる くるしきものと ひとまたむ
 さとをはかれす とふへかりけり
コメ 出典:伊勢48段(人待たむ里)。
「むかし、男ありけり。馬のはなむけせむとて、人を待ちけるに、来ざりければ、
『今ぞ知る 苦しきものと人待たむ 里をば離れず
 訪ふべかりけり』」
   
  0970
詞書 惟喬のみこのもとにまかりかよひけるを、
かしらおろしてをのといふ所に侍りけるに、
正月にとふらはむとてまかりたりけるに、
ひえの山のふもとなりけれは
雪いとふかかりけり、
しひてかのむろにまかりいたりて
をかみけるに、つれつれとして
いと物かなしくて、
かへりまうてきてよみておくりける
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※問題あり)
原文 わすれては 夢かとそ思ふ おもひきや
 雪ふみわけて 君を見むとは
かな わすれては ゆめかとそおもふ おもひきや
 ゆきふみわけて きみをみむとは
コメ 出典:伊勢83段(小野(の雪))。
「正月にをがみたてまつらむとて、
小野にまうでたるに
比叡の山のふもとなれば、雪いとたかし。
しひて御室にまうでてをがみたてまつるに、
つれづれといとものがなしくて
おはしましければ、やゝ久しくさぶらひて、
いにしへのことなど思ひ出で聞えけり。
さてもさぶらひてしがなと思へど、
公事どもありければ、えさぶらはで、
夕暮にかへるとて、
『忘れては 夢かぞとおもふ 思ひきや
 雪ふみわけて 君を見むとは』
とてなむ泣く泣く来にける。」
   
  0971
詞書 深草のさとにすみ侍りて、
京へまうてくとてそこなりける人に
よみておくりける
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※問題あり)
原文 年をへて すみこしさとを いてていなは
 いとと深草 のとやなりなむ
かな としをへて すみこしさとを いてていなは
 いととふかくさ のとやなりなむ
コメ 出典:伊勢123段(深草)。
「むかし、男ありけり。深草に住みける女を、やうやうあきがたにや思ひけむ、
かゝる歌をよみけり。
『年を経て すみこし里を 出でていなば
 いとゞ深草 野とやなりなむ』」
   
  0972
詞書 返し
作者 よみ人しらす(※)
原文 野とならは うつらとなきて 年はへむ
 かりにたにやは 君かこさらむ
かな のとならは うつらとなきて としはへむ
 かりにたにやは きみかこさらむ
コメ 出典:伊勢123段(深草)。
「女、かへし、
『野とならば 鶉となりて 鳴きをらむ
 狩だにやは 君はこざらむ』
とよめるけるにめでゝ、
ゆかむと思ふ心なくなりにけり。」
   
  0973
詞書 題しらす
/この歌は、ある人、
むかしをとこありけるをうなの、
をとことはすなりにけれは、
なにはなるみつのてらにまかりて
あまになりて、
よみてをとこにつかはせりける
となむいへる
作者 よみ人しらす
原文 我を君 なにはの浦に 有りしかは
 うきめをみつの あまとなりにき
かな われをきみ なにはのうらに ありしかは
 うきめをみつの あまとなりにき
   
  0974
詞書 返し
作者 よみ人しらす
原文 なにはかた うらむへきまも おもほえす
 いつこをみつの あまとかはなる
かな なにはかた うらむへきまも おもほえす
 いつこをみつの あまとかはなる
   
  0975
詞書 返し
作者 よみ人しらす
原文 今更に とふへき人も おもほえす
 やへむくらして かとさせりてへ
かな いまさらに とふへきひとも おもほえす
 やへむくらして かとさせりてへ
   
  0976
詞書 ともたちのひさしうまうてこさりけるもとに
よみてつかはしける
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 水のおもに おふるさ月の うき草の
 うき事あれや ねをたえてこぬ
かな みつのおもに おふるさつきの うきくさの
 うきことあれや ねをたえてこぬ
   
  0977
詞書 人をとはてひさしうありけるをりに、
あひうらみけれはよめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 身をすてて ゆきやしにけむ 思ふより
 外なる物は 心なりけり
かな みをすてて ゆきやしにけむ おもふより
 ほかなるものは こころなりけり
   
  0978
詞書 むねをかのおほよりかこしより
まうてきたりける時に、
雪のふりけるを見て
おのかおもひはこのゆきのことく
なむつもれるといひけるをりによめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 君か思ひ 雪とつもらは たのまれす
 春よりのちは あらしとおもへは
かな きみかおもひ ゆきとつもらは たのまれす
 はるよりのちは あらしとおもへは
   
  0979
詞書 返し
作者 宗岳大頼
原文 君をのみ 思ひこしちの しら山は
 いつかは雪の きゆる時ある
かな きみをのみ おもひこしちの しらやまは
 いつかはゆきの きゆるときある
   
  0980
詞書 こしなりける人につかはしける
作者 きのつらゆき(紀貫之)
原文 思ひやる こしの白山 しらねとも
 ひと夜も夢に こえぬよそなき
かな おもひやる こしのしらやま しらねとも
 ひとよもゆめに こえぬよそなき
   
  0981
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 いさここに わか世はへなむ 菅原や
 伏見の里の あれまくもをし
かな いさここに わかよはへなむ すかはらや
 ふしみのさとの あれまくもをし
   
  0982
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 わかいほは みわの山もと こひしくは
 とふらひきませ すきたてるかと
かな わかいほは みわのやまもと こひしくは
 とふらひきませ すきたてるかと
   
  0983
詞書 題しらす
作者 きせんほうし
原文 わかいほは 宮このたつみ しかそすむ
 世をうち山と 人はいふなり
かな わかいほは みやこのたつみ しかそすむ
 よをうちやまと ひとはいふなり
コメ 百人一首8
わがいほは みやこのたつみ しかぞすむ
 よをうぢやまと ひとはいふなり
/わが庵は 都のたつみ しかぞ住む
 世をうぢ山と 人はいふなり
   
  0984
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あれにけり あはれいくよの やとなれや
 すみけむ人の おとつれもせぬ
かな あれにけり あはれいくよの やとなれや
 すみけむひとの おとつれもせぬ
   
  0985
詞書 ならへまかりける時に、あれたる家に
女の琴ひきけるをききてよみていれたりける
作者 よしみねのむねさた(良岑宗貞、遍昭)
原文 わひひとの すむへきやとと 見るなへに
 歎きくははる ことのねそする
かな わひひとの すむへきやとと みるなへに
 なけきくははる ことのねそする
   
  0986
詞書 はつせにまうつる道に
ならの京にやとれりける時よめる
作者 二条(源至の娘とされるが詳細不明)
原文 人ふるす さとをいとひて こしかとも
 ならの宮こも うきななりけり
かな ひとふるす さとをいとひて こしかとも
 ならのみやこも うきななりけり
   
  0987
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 世中は いつれかさして わかならむ
 行きとまるをそ やととさたむる
かな よのなかは いつれかさして わかならむ
 ゆきとまるをそ やととさたむる
   
  0988
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 相坂の 嵐のかせは さむけれと
 ゆくへしらねは わひつつそぬる
かな あふさかの あらしのかせは さむけれと
 ゆくへしらねは わひつつそぬる
   
  0989
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 風のうへに ありかさためぬ ちりの身は
 ゆくへもしらす なりぬへらなり
かな かせのうへに ありかさためぬ ちりのみは
 ゆくへもしらす なりぬへらなり
   
  0990
詞書 家をうりてよめる
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 あすかかは ふちにもあらぬ わかやとも
 せにかはりゆく 物にそ有りける
かな あすかかは ふちにもあらぬ わかやとも
 せにかはりゆく ものにそありける
   
  0991
詞書 つくしに侍りける時に
まかりかよひつつこうちける人のもとに、
京にかへりまうてきてつかはしける
作者 きのとものり(紀友則)
原文 ふるさとは 見しこともあらす をののえの
 くちし所そ こひしかりける
かな ふるさとは みしこともあらす をののえの
 くちしところそ こひしかりける
   
  0992
詞書 女ともたちと物かたりして、
わかれてのちにつかはしける
作者 みちのく
原文 あかさりし 袖のなかにや いりにけむ
 わかたましひの なき心ちする
かな あかさりし そてのなかにや いりにけむ
 わかたましひの なきここちする
   
  0993
詞書 寛平御時に
もろこしのはう官にめされて侍りける時に、
東宮のさふらひにて
をのこともさけたうへける
ついてによみ侍りける
作者 ふちはらのたたふさ(藤原忠房)
原文 なよ竹の よなかきうへに はつしもの
 おきゐて物を 思ふころかな
かな なよたけの よなかきうへに はつしもの
 おきゐてものを おもふころかな
   
  0994
詞書 題しらす
/ある人、この歌は、むかしやまとのくになりける人のむすめにある人すみわたりけり、
この女おやもなくなりて家もわるくなりゆくあひたに、
このをとこ、かふちのくにに人をあひしりてかよひつつ、かれやうにのみなりゆきけり、
さりけれともつらけなるけしきも見えて、
かふちへいくことに、をとこの心のことくにしつついたしやりけれは、
あやしと思ひて、もしなきまにこと心もやあるとうたかひて、
月のおもしろかりける夜、かふちへいくまねにてせんさいのなかにかくれて見けれは、
夜ふくるまてことをかきならしつつ、うちなけきてこの歌をよみてねにけれは、
これをききて、それより又ほかへもまからすなりにけりとなむいひつたへたる
作者 よみ人しらす(※)
原文 風ふけは おきつ白浪 たつた山
 よはにや君か ひとりこゆらむ
かな かせふけは おきつしらなみ たつたやま
 よはにやきみか ひとりこゆらむ
コメ
出典:伊勢23段(筒井筒)。
「この女いとようけさじて、うちながめて、
『風吹けば 沖つ白浪 龍田山
 夜半にや君が ひとり越ゆらむ』」
 
この歌は詞書が古今最長。しかも明らかに突出している。
そしてこの配分は、やはり突出して100回きっかり登場し配置を操作した貫之により意図されている。
したがって、極めて特別な歌。源氏物語でいう龍田姫とは、この歌の女子のこと。織姫(衣通姫=小町)とセットにされているので確実。
というのも、この伊勢23段の龍田姫・筒井筒=梓弓の女が果てて、直後に小町の歌が同25段で出現するからである。
 
ここの詞書とは、大和、女親がなくなり、河内に男が行くこと、前栽の中に隠れること、などの特有事情で符合。
月のおもしろかりける夜など、伊勢にはない付加があるが、古今が伊勢の要約と解する他ない。
文章を参照せず符合しうる内容ではなく、古今の詞書でこの歌の次に多いのが東下りの歌(いずれも伊勢の象徴的な話とされる)、その内容は伊勢の主人公・昔男の馴れ初め話。
こうした一連の事情から伊勢が出典以外ない。そして、伊勢の実力を超えて扱われる和歌の本は、事実上存在しない。
その一例が、「伊勢の海の 深き心を たどらずて」とする源氏物語の描写。これは直前に「伊勢物語」と明示して詠まれた歌。
   
  0995
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 たかみそき ゆふつけ鳥か 唐衣
 たつたの山に をりはへてなく
かな たかみそき ゆふつけとりか からころも
 たつたのやまに をりはへてなく
   
  0996
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 わすられむ 時しのへとそ 浜千鳥
 ゆくへもしらぬ あとをととむる
かな わすられむ ときしのへとそ はまちとり
 ゆくへもしらぬ あとをととむる
   
  0997
詞書 貞観御時、
万葉集はいつはかりつくれるそと
とはせ給ひけれはよみてたてまつりける
作者 文屋ありすゑ(文屋有季?詳細不明。『古今和歌集目録』では有材)
原文 神な月 時雨ふりおける ならのはの
 なにおふ宮の ふることそこれ
かな かみなつき しくれふりおける ならのはの
 なにおふみやの ふることそこれ
   
  0998
詞書 寛平御時
歌たてまつりけるついてにたてまつりける
作者 大江千里
原文 あしたつの ひとりおくれて なくこゑは
 雲のうへまて きこえつかなむ
かな あしたつの ひとりおくれて なくこゑは
 くものうへまて きこえつかなむ
   
  0999
詞書 寛平御時
歌たてまつりけるついてにたてまつりける
作者 ふちはらのかちおむ(藤原勝臣)
原文 ひとしれす 思ふ心は 春霞
 たちいててきみか めにも見えなむ
かな ひとしれす おもふこころは はるかすみ
 たちいててきみか めにもみえなむ
   
  1000
詞書 歌めしける時にたてまつるとてよみて、
おくにかきつけてたてまつりける
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 山河の おとにのみきく ももしきを
 身をはやなから 見るよしもかな
かな やまかはの おとにのみきく ももしきを
 みをはやなから みるよしもかな