古事記 黒日子王・白日子王の悲劇~原文対訳

安康天皇陵 古事記
下巻⑤
20代 安康天皇
皇弟大長谷=雄略の殺戮物語
黒日子王・白日子王(兄弟)
都夫良意美
原文 書き下し
(武田祐吉)
現代語訳
(武田祐吉)

黒日子殺

     
爾大長谷王子。  ここに大長谷の王、  ここにオホハツセの王は、
當時
童男。
その時
かみ童男おぐなにましけるが、
その時
少年でおいでになりましたが、
即聞此事以。 すなはちこの事を聞かして、 この事をお聞きになつて、
慷愾忿怒。 慨うれたみ怒りまして、 腹を立ててお怒りになつて、
乃到
其兄。
黑日子王之許。
曰。
その兄いろせ
黒日子の
もとに到りて、
その兄の
クロヒコの王の
もとに行つて、
人取天皇。 「人ありて天皇を取りまつれり。 「人が天皇を殺しました。
爲那何。 いかにかもせむ」
とまをしたまひき。
どうしましよう」
と言いました。
     
然其黑日子王。 然れどもその黒日子の王、 しかしそのクロヒコの王は
不驚而。 驚かずて、 驚かないで、
有怠緩之心。 怠緩おほろかにおもほせり。 なおざりに思つていました。
     
於是大長谷王。 ここに大長谷の王、 そこでオホハツセの王が、
詈其兄。 その兄を詈のりて、 その兄を罵つて
言一爲天皇。 「一つには天皇にまし、 「一方では天皇でおいでになり、
一爲兄弟。 一つには兄弟はらからにますを、 一方では兄弟でおいでになるのに、
何無恃心。 何ぞは恃もしき心もなく、 どうしてたのもしい心もなく
聞殺
其兄。
その兄を
殺とりまつれることを聞きつつ、
その兄の
殺されたことを聞きながら
不驚而怠乎。 驚きもせずて、
怠おほろかに坐せる」といひて、
驚きもしないで
ぼんやりしていらつしやる」と言つて、
即握其衿控出。 その衣矜くびを取りて控ひき出でて、 着物の襟をつかんで引き出して
拔刀打殺。 刀たちを拔きてうち殺したまひき。 刀を拔いて殺してしまいました。
     

白日子殺

     
亦到
其兄。
白日子王而。
またその兄
白日子しろひこの王に
到りまして、
またその兄の
シロヒコの王のところに
行つて、
告状
如前。
状ありさまを告げまをしたまひしに、 樣子をお話なさいましたが、
緩亦如 前のごと
緩おほろかに
思ほししかば、
前のように
なおざりに
お思いになつておりましたから、
黑日子王。 黒日子の王のごと、 クロヒコの王のように、
即握
其衿以。
すなはちその衣衿を取りて、 その着物の襟をつかんで、
引率來。

小治田。
引き率ゐて、
小治田をはりだに
來到きたりて、
引きつれて
小治田おはりだに
來て
掘穴而
隨立埋者。
穴を掘りて、
立ちながらに埋みしかば、
穴を掘つて
立つたままに埋めましたから、
至埋腰時。 腰を埋む時に到りて、 腰を埋める時になつて、
兩目走拔
而死。
二つの目、走り拔けて
死うせたまひき。
兩眼が飛び出して
死んでしまいました。
安康天皇陵 古事記
下巻⑤
20代 安康天皇
皇弟大長谷=雄略の殺戮物語
黒日子王・白日子王(兄弟)
都夫良意美