奥の細道 原文全文


 松尾芭蕉『おくのほそ道』(通称,奥の細道)、44段構成(参考)66首。
 素龍清書本と芭蕉自筆(草稿)本の対照。学問研究にも資する画期的内容になったと思う。

 

 以下、原文表記の前提となる説明をするが、
 不要な方はこちらから目次に飛んでほしい。

 

 諸本の意義(特に芭蕉自筆本及び曾良本との関係)について、詳しくは総論のページを参照。当ページは文献学をしたい訳ではないので立ち入らないが、概要を言えば、曽良本は自筆本と素龍清書本の中間本である(通説は曽良が書いたとし有力説は門人の利牛が書いたとするが、つまり類型的に出自が曖昧な本)。
 素龍清書本とは、芭蕉が門人で能書家とされる素龍が署名して清書した本に、自筆で題簽を付して所持し、その処遇を高弟・向井去来に遺言していたもので、素龍清書芭蕉所持本とも言われるものである。

 

 題名は、芭蕉自筆本の題と本文は『おくの細道』で一貫し、曽良本と素龍清書本の本文も「おくの細道」、素龍が独自に末尾に日付・署名と共に付した跋文が「おくの細みち」であることから、素龍清書本に付した最終的な芭蕉自筆題簽『おくのほそ道』は、素龍の跋「細みち」を受け、素龍との合作性を象徴したものと解す(独自説だがこれも画期的と思う。2025年4月に立論)。
 曽良本にも『おくのほそ道』の題簽が付されるが、それは曽良本本文に付される多数の補訂が通説にそうみなされるのと同様、素龍清書本からの還流と解す。それ以外に曽良本の題が自筆本の題から変わる合理的かつ客観的理由がない。
 芭蕉自筆本のみ、貼り紙の題簽ではなく本に直接表記されている。よって曽良本・素龍清書本共に後から付され執筆者と別の意図によることを表す外形的根拠があり、その貼り紙の内容の根拠となる最も強力な証拠が署名ある素龍の跋であり、さらに芭蕉はそれに基づいたといえる極めて強力な情況証拠が、芭蕉が晩年その素龍の本を所持し処遇を遺言したという、第三者たる高弟・去来による具体的な伝来(日付・署名あり)なのである。証拠は一点のみに基づくでなく強力な証拠を意図的に見ないでもなく、常に多角的に、無理なく総体的に認定しなくてはならない。

 

 底本は、自筆本が『芭蕉自筆 奥の細道』(岩波書店/1997。その写真部分)、
 素龍清書本は青空文庫『おくのほそ道』(岩波文庫旧版・杉浦正一郎校註/1957。いわゆる西村本を底本にした校訂本)による。

 

 著者自筆本が存在するなら当然それを最も重んじるべきところ、本作では表記上修正跡が多数ある明らかな草稿本であり、最終本として素龍清書本を芭蕉自身が所持・遺言していたとされる特殊性がある。
 底本にした原本写真付属の翻刻(従来の学説見解を投影した文字起こし)を尊重したが、それは必ずしも見た目に忠実ではない。その一端は原本の送り字「ハ・ニ・乃」等を一括で平仮名に置き換えたもので、それは素龍清書の活字化が行き渡っている今となってはお節介的で、芭蕉本来の書き方といえないと思うので、確認及ぶ限りで原本の視認に忠実であるように修正している(が完全ではいないし、そこまでの余力もない)。
 また、自筆本で丸括弧()で括ったカタカナのルビ表記は、全て芭蕉が原文脇に小さく記した文字であって、当サイトによるものではない。
 ただし、文字表記の解釈に疑義あるところは独自に【】を付した。原本の文字の解釈は微妙なものから、明らかに視認にそわないものもある。

 

 自筆本と素龍清書本の実質的な表記が食い違う所は、私の入力間違いによるのではないことと視認性を上げる趣旨で色づけをしてある。
 基本的に優先される素龍表記を、芭蕉表記を、素龍に誤記の疑いある所の色を反転させたが、見返すと意図的かもしれないとも思う。

 

 素龍清書本においては、近時(96年)世に出た自筆本と異なり、原本の写真本が私の如き貧者には巷の図書館で容易に閲覧できる環境になく(自筆本・曽良本までは借りれたが、都立でも国会でも帯出はできない)、青空文庫に故 杉浦教授の校訂文が公開されていることを奇貨としほぼ全面的にそれによった。その原本を直接見て分析できないのがやや残念だが、それがこの国の文化程度なのだろうし、ゆえに天はそこまで求めないのだろう。
 なお、所々内実や解釈にかかわらないと思われる「乘」「關」「將」等の旧字を最小限、検索の便宜から新字に改めた。ただし、自筆本においては旧字表記であっても判読可能な限り視覚的に忠実に表記している。
 原文にはない句読点と括弧・中点も基本的に除去、自筆本との対照の便宜上、ルビも除去した。

 

 文字の読み方は学説によるもので、芭蕉のルビ以外著者による指定ではない。各段検討のページか、上記リンク青空文庫参照。

 

 目次の章題の区別は、原文にはないもので、学者が各々付している便宜上のものである(本文に文言がない一般通称による章題もある)。
 ただし素龍清書本末尾の(ばつ。後書きの意)のみは、原文に直接「跋」と明示されるもので、同本の写本の奥書(芭蕉が遺言で同本を託した芭蕉の高弟・去来による。通称、去来本)で説明されるように一般に「素龍の跋」と呼ばれる。
 


 

前半目次 
  章題(通称)
/句数
冒頭/重要語
1 門出 月日は百代の過客にして
2 草加 ことし元禄二年にや
3 室の八島 室の八島に詣す〈木の花咲耶姫・曾良〉
4 日光 三十日、日光山の麓に〈曾良の紹介〉
5 那須 那須の黒羽といふ所に〈小姫かさね〉
6 黒羽 黒羽の館代〈玉藻の前・与一の八幡宮〉
7 雲巌寺3 当国雲岸寺の奥に
8 殺生石・
遊行柳
これより殺生石に〈清水流るるの柳〉
9 白河の関 心もとなき日数重ぬるままに〈清輔〉
10 須賀川 とかくして越え行くままに〈行基〉
11 信夫の里 等窮が宅を出で〈忍ぶのさと・しのぶもぢ摺
12 飯塚の里 月の輪の渡しを越えて〈義経・弁慶
13 笠島 鐙摺、白石の城を過ぎ〈実方の塚〉
14 武隈の松 岩沼に宿る〈能因法師〉
15 仙台・
宮城野
名取川を〈画工加衛門・おくの細道
16 壺の碑 壺の碑、市川村多賀城に〈聖武皇帝〉
17 末の松山 それより野田〈つなでかなしも・平家
18 塩竃 早朝、塩竃の明神に詣づ
19 松島 そもそも〈ちはやぶる神・造化の天工〉
20 瑞巌寺 十一日、瑞巌寺に詣づ〈真壁の平四郎〉
21 石巻 十二日、平泉と志し、姉歯の松
22 平泉 三代の栄耀一睡〈国破れて山河あり
夏草や兵どもが夢の跡
五月雨の降り残してや光堂
後半目次 
  章題(通称)
/句数
冒頭/重要語
23 尿前の関 南部道遙かに見やりて〈鳴子の湯〉
24 尾花沢 尾花沢にて清風といふ者〈清風〉
25 立石寺 山形領に立石寺といふ山寺あり
閑かさや岩にしみ入る蝉の声
26 最上川 最上川乗らんと
五月雨をあつめて早し最上川
27 出羽三山 六月三日、羽黒山に登る〈風土記・行尊〉
28 酒田 羽黒を立ちて、鶴が岡の城下
29 象潟 江山水陸の風光〈西行・神功后
30 越後路 酒田のなごり日を重ねて〈天の河〉
31 市振 今日は親知らず〈遊女・伊勢参宮〉
32 越中路 黒部四十八が瀬とかや
33 金沢 卯の花山、くりからが谷を〈何処・一笑〉
34 多太神社 この所多太の神社に詣づ〈実盛・義仲
35 山中 山中の温泉〈花山の法皇・那谷・久米之助〉
36 別離 曾良は腹を病みて伊勢の国長島といふ所に
37 全昌寺 大聖寺の城外、全昌寺といふ寺に泊る
38 汐越の松 越前の境、吉崎の入江を〈西行
39 天龍寺・
永平寺
丸岡天龍寺の長老〈北枝・道元〉
40 福井 福井は三里ばかりなれば〈夕顔・帚木
41 敦賀 やうやう白根が岳隠れて〈仲哀天皇
42 種の浜 十六日、空晴れたれば〈ますほの小貝〉
43 大垣 露通もこの港まで出で迎ひて〈伊勢の遷宮〉
44 からびたるも、艶なるも〈おくの細みち

 




『おくのほそ道
素龍清書本
『おくの細道
芭蕉自筆本
 

1 門出

  →【詳細検討:門出
     
  月日は百代の過客にして 月日は百代の過客にして
  行かふ年も又旅人也 行かふ年も又旅人也
     
  舟の上に生涯をうかべ 舟の上に生涯をうかへ
  馬の口とらえて老をむかふる 馬の口とらへて老をむかふるもの
  日〻旅にして旅を栖とす 日々旅にして旅を栖とす
  古人も多く旅に死せるあり 古人も多く旅に死せるあり
     
  予もいづれの年よりか いつれの年よりか
  片雲の風にさそはれて 片雲の風にさそはれて
  漂泊の思ひやまず海濱にさすらへ 漂泊のおもひやます海浜にさすらへて
  去年の秋 去年の秋
  江上破屋に蜘の古巣をはらひて 江上破屋に蜘の古巣をはらひて
  やゝ年も暮 やヽ年も暮
  立る霞の空に白川の関こえんと 改れは霞の空に白川の関こえむと
  そゞろ神の物につきて心をくるはせ そゝろかミの物に付てこゝろをくるはせ
  神のまねきにあひて取もの手につかず 神のまねきにあひて取もの手につかす
  もゝ引の破をつゞり笠の緒付かえて もゝ引の破をつゝり笠の緒付かへて
  三里に灸すゆるより松嶋の月先心にかゝりて 三里に灸すゆるより松嶋の月先心もとなし
  住る方は人に讓り杉風が別墅に移るに 住る方は人に譲りて杉風か別墅に移るに

1
  草の戸も住替る代ぞひなの家   草の戸も住替る代そ雛の家
     
  面八句を庵の柱に懸置 面八句を書て庵の柱に懸置
     
  彌生も末の七日 弥生も末の七日元禄二とせにや
  明ぼのゝ空朧〻として 明ほのゝ空朧々として
  月は在明にて光おさまれる物から 月ハ有あけにて光おさまれる物から
  不二の峯にみえて 冨士の峯かすに見えて
  上野谷中の花の梢
又いつかはと心ぼそし
上野谷中の花の梢
又いつかハと心ほそし
  むつましきかぎりは宵よりつどひて むつましきかきりは宵よりつとひて
  舟に乗て送る 舟に乗て送る
     
  じゆと云所にて船をあがれば ちゆと云処にて舟をあかれは
  前途三千里のおもひ胸にふさがりて 前途三千里のおもひ胸にふさかりて
  幻のちまたに離別の泪をそゝく 幻のちまたに離別の涙をそゝく

2
  行春や鳥啼魚の目は泪   行春や鳥啼魚の目ハ泪
     
  是を矢立の初として行道なをすゝまず これを矢立の初として行道猶すゝます
  人〻途中に立ならびて 人々ゐて途中に立ならひて
  後かげのみゆる迄はと見送なるべし 後ヶけの見ゆるまてハと見送るなるへし
     
 

2 草加

  →【詳細検討:草加
     
  ことし元祿二とせにや  
  奧羽長途の行脚
只かりそめに思ひたちて
此たひ奥羽長途の行脚
たゝかりそめにおもひ立て
  呉天に白髮の恨を重ぬといへ共 呉天に白髪の恨を重ぬといへとも
  耳にふれていまだめに見ぬさかひ 耳にふれていまた目に見ぬ境
  若生て歸らばと定なき頼の末をかけ 若生て帰らはと定めなき頼の末を楽て
  其日漸早加と云宿にたどり着にけり 其日漸々早加と云宿にたとり
  痩骨の肩にかゝれる物先くるしむ 瘦骨の肩にかゝれる物先くるしむ
     
  只身すがらにと出立侍を 唯身すからにと・(出立)侍るを
  紙子一衣は夜の防ぎ 帋子一衣は夜ル臥為と云
  ゆかた・雨具・墨筆のたぐひ ゆかた雨具墨筆のたくひ
  あるはさりがたきなどしたるは あるはさりかたき花むけなとしたるは
  さすがに打捨がたく さすかに打捨かたく
  路次の煩となれるこそわりなけれ 日々路頭の煩となるこそわりなけれ
     
 

3 室の八島(むろのやしま)

  →【詳細検討:室の八島
     
  室の八嶋に詣す 室の八嶋に詣ス
     
  同行曾良が曰 曽良か曰
  此神は木の花さくや姫の神と申て 此神は木の花さくや姫の神と申て
  冨士一躰也 冨士一躰也
  無戸室に入て燒給ふ 無戸(ウツ)室に入て焼たまふ
  ちかひのみ中に
火〻出見のみこと生れ給ひしより
ちかひのみ中に
火火出見のみことうまれ給ひしより
  室の八嶋と申 室の八嶋と申
  又煙を讀習し侍もこの謂也 又煙を読習し侍るもこの謂也
     
  将このしろといふ魚を禁ず 将このしろと云魚を禁す
  縁記の旨世に傳ふ事も侍し 縁記の旨世に伝ふことも侍し
     
 

4 日光

  →【詳細検討:日光
     
  卅日日光山の麓に泊る 丗日日光山の麓に泊る
  あるじの云けるやう あるしの云けるやう
  我名を佛五左衞門と云 我名を仏五左衛門と云
  萬正直を旨とする故に 万正直を旨とする故に
  人かくは申侍まゝ 人かくは申侍るまゝ
  一夜の草の枕も打解て休み給へと云 一夜の草の枕も打とけて休み給へと云
     
  いかなる佛の濁世塵土に示現して いかなる仏の濁世塵土に示現して
  かゝる桑門の乞食順禮ごときの人を かゝる桑門の乞食順礼こときの人を
  たすけ給ふにやと たすけ給ふにやと
  あるじのなす事に心をとゞめてみるに あるしのなす事に心をとゝめて見るに
  唯無智無分別にして正直偏固の者也 唯無智無分別にして正直偏固のもの也
  剛毅木訥の仁に近きたぐひ 剛毅木納の仁にちかきたくひ
  氣稟の清質尤尊ぶべし 智愚の清質尤尊ふへし
     
  卯月朔日御山に詣拜す 卯月朔日御山に詣拝す
  往昔此御山を二荒山と書しを 往昔此御山を二荒山と書しを
  空海大師開基の時日光と改給ふ 空海大師開記の時日光と改たまふ
  千歳未來をさとり給ふにや 千歳未来をさとり給ふにや
  今此御光一天にかゝやきて 今此御光一天にかゝやきて
  恩澤八荒にあふれ 恩沢八荒にあふれ
  四民安堵の栖穩なり 四民安堵の栖穏也
  猶憚多くて筆をさし置ぬ 猶憚多くて筆を指置ぬ

3
  あらたうと青葉若葉の日の光   あなたふと青葉若葉の日の光
     
  黒髮山は霞かゝりて雪いまだ白し 黒髪山は霞かゝりて雪いまた白し

4
  剃捨て黒髮山に衣更   曾良   剃捨て黒髪山に衣更  曽良
     
  曾良は河合氏にして惣五郎と云へり 同行曽良は河合氏にして惣五郎と云
  芭蕉の下葉に軒をならべて 芭蕉の下葉に軒をならへて
  予が薪水の勞をたすく 予か薪水の労をたすく
  このたび松しま象の眺 此たび松嶋象の眺
  共にせん事を悦び 共にせむ事をよろこひ
  且は羈旅の難をいたはらんと 且は羈旅の難をいたは
  旅立曉髮を剃て墨染にさまをかえ 旅立暁髪を剃て墨染にさまをかへ
  惣五を改て宗悟とす 惣五を改て宗悟とす
  仍て髮山の句有 仍て髪山の句有
  衣更の二字力ありてきこゆ 衣更の二字力有てきこゆ
     
  廿餘丁山を登つて瀧有 二十余丁山を登(ノホ)ッて滝有
  岩洞の頂より飛流して百尺 岩洞の頂より飛流して百尺
  千岩の碧潭に落たり 千岩の碧潭に落リ
  岩窟に身をひそめ入て 岩窟に身をひそめ入て
  瀧の裏よりみれば 滝の裏より見れは
  うらみの瀧と申傳え侍る也 うらみの滝と申伝え侍る也

5
  暫時は瀧に籠るや夏の初   暫時は滝にこもるや夏の初
     
 

5 那須

  →【詳細検討・注釈:那須
     
  那須の黒ばねと云所に 那すの黒はねと云処に
  知人あれば 知人あれは
  是より野越にかゝりて これより野越にかゝりて
  直道をゆかんとす 直道をゆかむとす
  遙に一村を見かけて行に 遥に一村を見かけて行に
  雨降日暮る 雨降り日暮るゝ
  農夫の家に一夜をかりて 農夫の家に一夜をかりて
  明れば又野中を行 明れは又野中を行
     
  そこに野飼の馬あり そこに野飼の馬あり
  草刈おのこになげきよれば 草刈おのこになけきよれは
  野夫といへどもさすがに情しらぬには非ず 野夫といへ共さすかに情しらぬにはあらす
  いかゞすべきや いかゝすへきや
  されども此野は縱横にわかれて され共此野は東西縦横にわかれて
  うゐ/\敷旅人の道ふみたがえん うゐ〳〵敷旅人の道ふみたかへむ
  あやしう侍れば あやしう侍れは
  此馬のとゞまる所にて馬を返し給へ この馬のとゝまる処にて馬を返し給へ
  かし侍ぬ
     
  ちいさき者ふたり馬の跡したひてはしる ちいさきものふたり馬の跡したひてはしる
  獨は小にて名をかさねと云 ひとりは小にて名をかさねと云
  聞なれぬ名のやさしかりければ 聞なれぬ名のやさしかりけれは

6
  かさねとは八重撫子の名成べし  曾良   かさねとは八重撫子の名成へし  曽良
     
  頓て人里に至れば 頓て人里に至れは
  あたひを鞍つぼに結付て馬を返しぬ あたひを鞍つほに結付て馬を返しぬ
     
 

6 黒羽(くろばね)

  →【詳細検討:黒羽
     
  黒羽の舘代 黒羽の舘代
  浄坊寺何がしの方に音信る 浄坊寺何某の方ニ音信ル
  思ひかけぬあるじの悦び おもひかけぬあるしのよろこひ
  日夜語つゞけて 日夜語つゝけて
  其弟桃翠など云が 其弟桃翠なと云か
  朝夕勤とぶらひ 朝夕勤とふらひ
  自の家にも伴ひて 自の家にも伴ひて
  親属の方にもまねかれ 親属の方にもまねかれ
  日をふるまゝに 日をふるまゝに
  ひとひ郊外に逍遙して ひとひ郊外に逍遥して
  犬追物の跡を一見し 犬追ものゝ跡を一見し
  那須の篠原をわけて 那すの篠原をわけて
  玉藻の前の古墳をとふ 玉藻の前の古墳をとふ
     
  それより八幡宮に詣 それより八幡宮に詣
  與市扇の的を射し時 与市宗高扇の的を射し時
  別しては我國氏神正八まんとちかひしも 別ては我国氏神正八まんとちかひしも
  此神社にて侍と聞ば 此神社にて侍るときけは
  感應殊しきりに覺えらる 感応殊しきり覚らる
  暮れば桃翠宅に歸る 暮れは桃翠宅に帰る
  修驗光明寺と云有 修験光明寺と云有
  そこにまねかれて行者堂を拜す そこにまねかれて行者堂を拝ス

7
  夏山に足駄を拜む首途哉   夏山に足駄をおかむ首途哉
     
 

7 雲巌寺(うんがんじ)

  →【詳細検討:雲巌寺】※原文「雲岸」は彼岸に掛けた当て字と解す
     
  當國雲岸寺のおくに 當国雲岸寺のおくに
  佛頂和尚山居跡あり 佛頂和尚の山居の跡有

8
  竪横の五尺にたらぬ草の庵   竪横の五尺にたらぬ草の庵

9
  むすぶもくやし雨なかりせば   むすふもくやし雨なかりせは
     
  と松の炭して岩に書付侍りと と松の炭して岩に書付侍りと
  いつぞや聞え給ふ いつそやきこへ給ふ
     
  其跡みんと雲岸寺に杖を曳ば 其跡みむと雲岸寺に杖を曳は
  人〻すゝんで共にいざなひ 人〳〵すゝむて共にいさなひ
  若き人おほく道のほど打さはぎて 若き人おほく道の程打さわきて
  おぼえず彼麓に到る おほえす彼麓に至る
  山はおくあるけしきにて 山はおくあるけしきにて
  谷道遙に松杉黒く苔したゞりて 谷道はるかに松杉くろく苔したゝりて
  卯月の天今猶寒し 卯月の天今猶寒し
  十景盡る所 十景尽る所
  橋をわたつて山門に入 橋をわたつて山門に入
     
  さてかの跡はいづくのほどにやと さて彼跡はいつくの程にやと
  後の山によぢのぼれば 後の山にかけのほれは
  石上の小庵岩窟にむすびかけたり 石上の小庵岩窟にむすひかけたり
  妙禪師の死関 妙禅師の死関
  法雲法師の石室をみるがごとし 法雲法師の石室を見るかこし

10
  木啄も庵はやぶらず夏木立   木啄も庵はくらはす夏木立
     
  ととりあへぬ一句を柱に殘侍し ととりあへぬ一句柱に残侍し
     
 

8 殺生石・遊行柳(せっしょうせき・ゆぎょうやなぎ)

  →【詳細検討:殺生石
     
  是より殺生石に行 これより殺生石に行
  舘代より馬にて送らる 舘代より馬にて送らる
  此口付のおのこ 此口付のおのこ
  短册得させよと乞 短尺得させよと乞
  やさしき事を望侍るものかなと やさしき事を望侍るものかなと

11
  野を横に馬牽むけよほとゝぎす   野をよこに馬挽むけよ郭公
     
  殺生石は温泉の出る山陰にあり 殺生石は温泉の出る山陰にあり
  石の毒氣いまだほろびず 石の毒気いまたほろひす
  蜂蝶のたぐひ 蜂蝶のたくひ
  眞砂の色の見えぬほどかさなり死す 真砂の色の見えぬほとかさなり死す
  又清水ながるゝの柳は 又清水流るゝの柳は
  蘆野の里にありて田の畔に殘る 芦野の里にありて田の畔に残る
     
  此所の郡守戸部某の 此所の郡守故戸部某の
  此柳みせばやなと 此柳見せはやなと
  折/\にの給ひ聞え給ふを 折〳〵にの給ひきこえ給ふを
  いづくのほどにやと思ひしを いつくのほとにやとおもひしを
  今日此柳のかげにこそ立より侍つれ けふこの柳のかけにこそ立寄侍つれ

12
  田一枚植て立去る柳かな   田一枚植て立去ル柳かな
     
 

9 白河の関

  →【詳細検討:白河の関
     
  心許なき日かず重るまゝに 心もとなき日数重るまゝに
  白川の関にかゝりて旅心定りぬ 白河の関にかゝりて旅心定りぬ
  いかで都へと便求しも斷也 いかてみやこへと便もとめしも断リなり
     
  中にも此関は三関の一にして 中にも此関は三関の一にして
  馬喿【/騒】の人心をとゞむ 譟【この字当サイト見】の人こゝろをとゝむ
  秋風を耳に殘し紅葉を俤にして 秋風を耳に残しもみちを俤にして
  青葉の梢猶あはれ也 青葉の梢猶あはれ也
  卯の花の白妙に 卯の花の白妙に
  茨の花の咲そひて 茨の花の咲そひて
  雪にもこゆる心地ぞする 雪にもこゆるこゝちそする
  古人冠を正し 古人冠をたゝし
  衣裝を改し事など 衣裝を改し事なと
  清輔の筆にもとゞめ置れしとぞ 清輔の筆にもとゝめ置れしとそ
                           曽良

13
  卯の花をかざしに関の晴着かな  曾良   卯の花をかさしに関の晴着(キ)哉
     
 

10 須賀川(すかがわ)

  →【詳細検討:須賀川
     
  とかくして越行まゝに 兎角して越行まゝに
  あぶくま川を渡る あふくま川をわたる
  左に會津根高く に会津根高く
  右に岩城相馬三春の庄 右ニ岩城相馬箕張の庄
  常陸下野の地をさかひて 常陸下野の地をさかひて
  山つらなる 山つらなる
  かげ沼と云所を行に かけ沼と云所を行に
  今日は空曇て物影うつらず けふは空曇りて物ゝ影うつらす
     
  すか川の驛に等窮といふものを尋て 須か川の駅に等躬(キウ)といふものをたつねて
  四五日とゞめらる 四五日とゝめらる
  先白河の関いかにこえつるやと問 先白河の関いかにこえつるにやと問
  長途のくるしみ身心つかれ 長途のくるしみ身-心つかれ
  且は風景に魂うばゝれ 且は風景に魂うはゝれ
  懷旧に腸を斷て 懐旧に腸を断て
  はか/″\しう思ひめぐらさず はかゞしうおもひめくらさす

14
  風流の初やおくの田植うた   風流の初やおくの田植うた
     
  無下にこえんもさすがにと語れば 無下にこえむもさすかにと語れは
  脇・第三とつゞけて卷となしぬ 脇第三とつゝけて巻となしぬ
     
  此宿の傍に この宿の傍に
  大きなる栗の木陰をたのみて世をいとふ僧有 大き成栗の木陰をたのみて世をいとふ僧有
  橡ひろふ太山もかくやと間に覺られて 橡ひろふ太山もかくやと閒に覚られて
  ものに書付侍る ものに書付侍ル
  其詞 其詞
  栗といふ文字は 栗といふ文字は
  西の木と書て西方淨土に便ありと の木と書て西方浄土に便ありと
  行基菩薩の一生杖にも柱にも 行基菩薩の一生杖にも柱にも
  此木を用給ふとかや 此木を用給ふとかや

15
  世の人の見付ぬ花や軒の栗   世の人の見付ぬ花や軒の栗
     
 

11 信夫の里(しのぶのさと)

  →【各段検討:信夫の里
     
  等窮が宅を出て五里 等躬か宅を出て五里
  檜皮の宿を離れて 檜皮の宿を離れて
  あさか山有 あさか山有
     
  路より近し此あたり沼多し 道よりちかし此あたり沼多し
  かつみ刈比もやゝ近うなれば かつみ刈比もやゝちかふなれは
  いづれの草を花かつみとは云ぞと いつれの草を花かつみとは云そと
  人〻に尋侍れども更知人なし 人々に尋侍れとも更知人なし
  沼を尋人にとひ 沼を尋人にとひ
  かつみ/\と尋ありきて かつみ〳〵と尋ありきて
  日は山の端にかゝりぬ 日は山の端にかゝりぬ
  二本松より右にきれて 二本松より右にきれて
  黒塚の岩屋一見し福嶋に宿 黒塚の岩屋一見し福嶋に
     
  あくれば あくれは
  しのぶもぢ摺の石を尋て しのふもち摺の石を尋て
  忍ぶのさとに行 忍ふの里に行
     
  遙山陰の小里に はるか山陰の小里に
  石半土に埋てあり 石の半土に埋てあり
  里の童卩の來りて教ける 里の童への来りてをしへける
  昔は此山の上に侍しを むかしハこの山の上に侍しを
  往來の人の麥草をあらして 往来の人の麦艸をあらして
  此石を試侍をにくみて この石を試侍るをにくみて
  此谷につき落せば この谷につき落せは
  石の面下ざまにふしたりと云 石のおもて下さまにふしたりと云
  さもあるべき事 さもあるへき事

16
  早苗とる手もとや昔しのぶ摺   早苗とる手もとやむかししのふ摺
     
 

12 飯塚の里

  →【各段検討:飯塚の里
     
  月の輪のわたしを越て 月の輪の渡しを越て
  瀬の上と云宿に出づ 瀬の上と云宿に出ッ
  佐藤庄司が旧跡は 佐藤庄司か旧跡は
  左の山際一里半に有 ひたりの山際一里半に有
  飯塚の里鯖野と聞て尋/\行に 飯塚の里鯖野と聞て尋〳〵行に
  丸山と云に尋あたる 丸山と云に尋あたる
  是庄司が旧舘也 是庄司か旧舘也
     
  麓に大手の跡など 麓に大手の跡なと
  人の教ゆるにまかせて泪を落し 人のをしゆるにまかせて泪を落シ
  又かたはらの古寺に一家の石碑を殘す 又かたはらの古寺に一家の石碑を残ス
  中にも二人の嫁がしるし先哀也 中にも二人の嫁かしるし先あはれなり
  女なれども をんなゝれ共
  かひ/″\しき名の世に聞えつるかなと かひ〳〵敷名の世に聞へつるもの哉と
  袂をぬらしぬ 袂をぬらしぬ
     
  墜涙の石碑も遠きにあらず 墜涙の石碑も遠きにあらす
  寺に入て茶を乞へば 寺に入てちやを乞へは
  爰に義經の太刀 爰に義経の太刀
  辨慶が笈をとゞめて什物とす 弁慶か笈をとゝめて什物とす

17
  笈も太刀も五月にかざれ紙幟   弁慶か笈をもかされ帋幟
     
  五月朔日の事也 五月朔日の事也
  其夜飯塚にとまる 其夜飯塚にとまる
  温泉あれば湯に入て宿をかるに 出湯あれは湯に入て宿をかるに
  土坐に莚を敷てあやしき貧家也 土坐に筵を敷てあやしき貧家也
  灯もなければ ともし火もなけれは
  ゐろりの火かげに寝所をまうけて臥す ゆるりの火かけに寐所をまうけてふす
     
  夜に入て雷鳴 夜に入て雷鳴
  雨しきりに降て 雨しきりに降て
  臥る上よりもり ふしたる上に雨もりて
  蚤蚊にせゝられて眠らず 蚤蚊にせゝられて眠らす
  持病さへおこりて 持病さへおこりて
  消入になん 消入になん
  短夜の空もやう/\明れば 短夜の空もやう〳〵明れは
  又旅立ぬ 又旅立ぬ
     
  猶夜の余波心すゝまず 猶よるの名残心すゝます
  馬かりて桑折の驛に出 馬かりて桑折の駅に出
  遙なる行末をかゝえて はるかなる行末をかゝえて
  斯る病覺束なしといへど かゝる病覚束なしといへと
  羇旅邊土の行脚 羈旅辺土の行脚
  捨身無常の觀念 捨身無常の観念
  道路にしなん 道路にしなん
  是天の命なりと氣力聊とり直し これ天の命なりと気力聊とり直し
  縱横に踏で伊達の大木戸をこす 縦横に踏て伊達の大木戸をこす
     
 

13 笠島(かさしま)

  →【各段検討:笠島
     
  鐙摺白石の城を過 あふみ摺白石の城を過て
  笠嶋の郡に入れば 笠しまの郡に入れは
  藤中将實方の塚はいづくのほどならんと 藤中将実方の塚はいつくの程ならんと
  人にとへば 人にとへは
  是より遙右に見ゆる山際の里を これより遥右に見ゆる山際の里を
  みのわ笠嶋と云 みのわ笠嶋と云
  神の社かた見の薄今にありと教ゆ 神の社かたみの薄今に侍るとをしゆ
     
  此比の五月雨に道いとあしく 此比の五月雨に道いとあしく
  身つかれ侍れば 身つかれ侍れは
  よそながら眺やりて過るに よそなからなかめやりて過るに
  蓑輪笠嶋も五月雨の折にふれたりと みのは笠しまも五月雨の折にふれたりと

18
  笠嶋はいづこさ月のぬかり道   笠嶋はいつこさ月のぬかり道
     
 

14 武隈の松(たけくまのまつ)

  →【各段検討:武隈の松
     
  岩沼に宿る    岩沼宿
     
  武隈の松にこそめ覺る心地はすれ 武隈の松にこそ目覚る心地はすれ
  根は土際より二木にわかれて 根は土際より二木にわかれて
  昔の姿うしなはずとしらる むかしの姿うしなはすとしらる
     
  先能因法師思ひ出 先能因法師おもひ出
  往昔むつのかみにて下りし人 往昔むつのかみにて下りし人
  此木を伐て 此木を伐て
  名取川の橋杭にせられたる事などあればにや 名取川の橋杭にせられたる事なとあれはにや
  松は此たび跡もなしとは詠たり 松は此たひ跡もなしとはよみたり
  代〻あるは伐 代々あるはきり
  あるひは植繼などせし あるひは植次なとせし
  と聞に と聞に
  今将千歳のかたちとゝのほひて 今将千歳のかたちとゝのひて
  めでたき松のけしきになん侍し めてたき松のけしきになん侍し

19
  武隈の松みせ申せ遲櫻   たけくまの松みせ申せ遅桜
     
  と擧白と云ものゝ餞別したりければ   と挙白と云ものゝ餞別したりけれは

20
  櫻より松は二木を三月越   桜より松は二木を三月越シ
     
 

15 仙台・宮城野

  →【各段検討:宮城野
     
  名取川を渡て仙臺に入 名取川をわたつて仙台に入
  あやめふく日也 あやめふく日也
  旅宿をもとめて四五日逗留す 旅宿をもとめて四五日逗留す
     
  爰に畫工加右衞門と云ものあり 爰に画工加右衛門と云ものあり
  聊心ある者と聞て知る人になる 聊心あるものと聞て知る人になる
  この者年比さだかならぬ名どころを このもの年比さたかならぬ名ところを
  考置侍ればとて 考置侍れはとて
  一日案内す 一日案内す
     
  宮城野の萩茂りあひて 宮城野の萩茂りあひて
  秋の氣色思ひやらる 秋のけしきおもひやらる
  玉田よこ野つゝじが岡はあせび咲ころ也 玉田よこ野つゝしかおかはあせひ咲比也
  日影ももらぬ松の林に入て 日かけもゝらぬ松の林に入て
  爰を木の下と云とぞ 爰を木の下と云とそ
  昔もかく露ふかければこそ むかしもかく露ふかけれはこそ
  みさぶらひみかさとはよみたれ みさふらひみかさとはよみたれ
     
  藥師堂・天神の御社など拜て 薬師堂天神の御社なとおかみて
  其日はくれぬ 其日はくれぬ
     
  猶松嶋・塩がまの所〻畫に書て送る 猶松嶋塩かまの所〳〵画にかきて送る
  且紺の染緒つけたる草鞋二足餞す 且紺の染緒つけたる草鞋二束はなむけす
  さればこそ風流のしれもの されはこそ風流のしれもの
  爰に至りて其實を顯す 爱に至りて其実をあらはす

21
  あやめ草足に結ん草鞋の緒   あやめ草足に結ん草鞋の緒
     
  かの畫圖にまかせてたどり行ば 彼画図にまかせてたとり行は
  おくの細道の山際に おくの細道の山際に
  十苻の菅有今も年々 十苻の菅有今も年々
  十苻の菅菰を調て 十苻の菅菰を調て
  國守に獻ずと云り 国守に献すと云り
     
 

16 壺の碑(つぼのいしぶみ)

  →【各段検討:壺の碑
     
    壺碑  市川村多賀城に有   壺碑 市川村多賀城二有
     
  つぼの石ぶみは つほの石ふみは
  高サ六尺餘横三尺 高さ六尺余横三尺
  苔を穿て文字幽也 苔を穿て文字幽也
  四維國界之數里をしるす 四維国界之数里を印ス
  此城神龜元年 此城神亀元年
  按察使鎭守苻将軍
大野朝臣東人之所里也
按察使鎮守苻将軍
大野朝臣東人之所里也
  天平宝字六年 天平宝字六年
  參議東海東山莭度使同将軍
惠美朝臣獦【けものへん萬】修造而
参議東海東山節度使同将軍
恵美朝臣修造而
  十二月朔日 十二月一日
  と有 と有
     
  聖武皇帝の御時に當れり 聖武皇帝の御時にあたれり
  むかしよりよみ置る哥枕 むかしよりよみ置る歌枕
  おほく語傳ふといへども 多くかたり伝ふといへとも
  山崩川流て道あらたまり 山崩川流て道あらたまり
  石は埋て土にかくれ 石は埋て土にかくれ
  木は老て若木にかはれば 木は老て若木にかはれは
  時移り代變じて 時移り代変して
  其跡たしかならぬ事のみ 其跡たしかならぬ事乃み
  爰に至りて疑なき千歳の記念 爰至りてうたかひなき千歳の記念
  今眼前に古人の心を閲す 今眼前に古人の心を閲す
  行脚の一徳存命の悦び 行脚の一徳存命の悦
  羇旅の勞をわすれて 羈旅の労をわすれて
  泪も落るばかり也 泪も落るはかり也
     
 

17 末の松山(すえのまつやま)

  →【各段検討:末の松山
     
  それより 野田の玉川 沖の石を尋ぬ それより野田の玉川沖の石を尋ぬ
  末の松山は寺を造て末松山といふ 末の松山は寺を造りて末-松-山と云
     
     
  松のあひ/\皆墓はらにて 松のあひ〳〵皆墓原にて
  はねをかはし枝をつらぬる契の末も はねをかはし枝をつらぬる契りの末も
  終はかくのごときと 終にはかくのこときと
  悲しさも増りて かなしさも増りて
  塩がまの浦に入相のかねを聞 塩かまの浦に入逢のかねを聞
  五月雨の空聊はれて 五月雨の空聊はれて
  夕月夜幽に 夕月夜かすかに
  籬が嶋もほど近し 籬か嶋も程ちかし
  蜑の小舟こぎつれて あまの小舟こきつれて
  肴わかつ聲/″\に 肴わかつこゑ〳〵に
  つなでかなしも 綱手かなしも
  よみけん心もしられて よみけむ歌のこへろもしられて
  いとゞ哀也 いとゝあはれ也
     
  其夜 其夜
  目盲法師の琵琶をならして 目盲法師の琵琶をならして
  奧上るりと云ものをかたる 奥上るりと云ものをかたる
  平家にもあらず舞にもあらず 平家にもあらす舞にもあらす
  ひなびたる調子うち上て ひなひたる調子打上て
  枕ちかうかしましけれど 枕ちかうかしましけれと
  さすがに邊土の遺風忘れざるものから さすかに辺国の遺風わすれさるものから
  殊勝に覺らる 殊勝に覚らる
     
 

18 塩竃(しおがま)

  →【各段検討:塩竃
     
  早朝 塩がまの明神に詣 早朝塩竈の明神に詣ッ
  國守再興せられて 国守再興改られて
  宮柱ふとしく 宮柱ふとしく
  彩椽きらびやかに 彩-橡きらひやかに
  石の階九仞に重り 石の階九尋に重り
  朝日あけの玉がきを かゝやかす 朝日あけの玉かきをかゝやかす
  かゝる道の果塵土の境まで かゝる道の果塵土のさかひまて
  神靈あらたにましますこそ 神霊あらたにましますこそ
  吾國の風俗なれといと貴けれ 吾国の風俗なれといと貴
     
  神前に古き 宝燈有 神前に古き宝-燈有
  かねの戸びらの面に かねの戸ひらのおもてに
  文治三年 和泉三郎奇進と有 文治三年和泉の三郎奇進と有
  五百年來の俤 五百年来の佛
  今目の前にうかびて 今目の前にうかひて
  そゞろに珍し そゝろに珍し
  渠は勇義忠孝の士也 渠は勇義忠孝の士也
  佳命今に至りてしたはずといふ事なし 佳命今に至りてしたはすと云事なし
  誠人能道を勤 誠人能道を勤
  義を守べし 義を守て佳命をおもふへし
  名もまた是にしたがふと云り 名も又これにしたかふと云り
     
  日既午にちかし 日既午にちかし
  船をかりて松嶋にわたる 舟をかりて松嶋に渡ル
  其間二里餘 其間二里余
  雄嶋の磯につく 小嶋の礒につく
     
 

19 松島

  →【各段検討:松島
     
  ことふりにたれど
  松嶋は扶桑第一の好風にして 松嶋は扶桑第一の好風にして
  凡 洞庭・ 西湖を恥ず をよそ洞庭西湖を恥す
  東南より海を入て 東南より海を入て
  江の中三里 江の中三里
  浙江の潮をたゝふ 浙(セツ)江の潮(ウシホ)をたゝふ
  嶋/″\の數を盡して 嶋〳〵の数を尽して
  欹ものは天を指 欹(ソハタツ)ものは天を指
  ふすものは波に匍匐 ふすものは波に圃(ハラ)匐(ハウ)
  あるは二重にかさなり三重に疊みて あるは二重にかさなり三重に畳(タヽミ)て
  左にわかれ右につらなる 左りにわかれ右につらなる
  負るあり抱るあり 負るあり抱(イタケ)るあり
  兒孫愛すがごとし 児-孫愛すかことし
  松の緑こまやかに 松のみとりこまやかに
  枝葉汐風に吹たはめて 枝-葉汐風に吹たはめて
  屈曲をのづからためたるがごとし 窟-曲をのつからためたるかことし
  其氣色窅然として 美人の顏を粧ふ 其気色窅(ヨウ)然として美人の顔を粧ふ
     
  ちはや振神のむかし 千早振神のむかし
  大山ずみのなせるわざにや 大山すみのなせるわさにや
  造化の天工 造-化乃天工
  いづれの人か筆をふるひ詞を盡さむ いつれの人か筆をふるひ詞を雲尽さむ
     
  嶋が磯は地つゞきて海に出たる嶋也 嶋ヵ礒は地つゝきて海に成出たる嶋也
  雲居禪師の別室の跡 雲居禅師の別室の跡
  坐禪石など有 坐禅石なと有
  将松の木陰に 将松の木陰に
  世をいとふ人も稀/\見え侍りて 世をいとふ人も稀〳〵見え侍りて
  落穗・松笠など打けぶりたる草の庵 落ほ松笠なと打煙たる草の庵
  閑に住なし 閒に住なし
  いかなる人とはしられずながら いかなる人とはしられすなから
  先なつかしく立寄ほどに 先なつかしく立寄ほとに
  月海にうつりて晝のながめ又あらたむ 月海に移りて昼のなかめ又あらたむ
  江上に歸りて宿を求れば 江上に帰りて宿を求れは
  窓をひらき二階を作て 窓を開二階を作て
  風雲の中に旅寝するこそ 風雲の中に旅寝するこそ
  あやしきまで妙なる心地はせらるれ あやしきまてたへなる心地はせらるれ

22
  松嶋や靍に身をかれほとゝぎす 曾良   松島や鶴に身をかれほとゝきす 曽良
     
  予は口をとぢて眠らんとしていねられず 予は口をとちて眠らむとしていねられす
  旧庵をわかるゝ時 旧庵をわかるゝ時
  素堂 松嶋の詩あり 素堂松嶋の詩有
  原安適松がうらしまの和哥を贈らる 原安適松かうらしまの和歌を送らる
  袋を解てこよひの友とす 袋を解てこよひの友とす
  且杉風・ 濁子が發句あり 且杉風濁子発句あり
     
 

20 瑞巌寺(ずいがんじ)

  →【各段検討:瑞巌寺
     
  十一日瑞岩寺に詣 十一日瑞岩寺に詣
  當寺三十二世の昔 当寺三十二世の昔
  眞壁の平四郎出家して 真壁の平四郎出家して
  入唐歸朝の後開山す 入唐帰朝の後開山す
     
  其後に雲居禪師の徳化に依て 其後雲居禅師の徳化に仍て
  七堂甍改りて 七堂甍改りて
  金 壁莊嚴光を 輝 金壁荘厳光を輝シ
  仏土成就の大伽監とはなれりける 仏土成就の大伽監とはなれりける
  彼 見仏聖の寺はいづくにやとしたはる 彼見仏聖の寺はいつくにやとしたはる
     
 

21 石巻

  →【各段検討:石巻
     
  十二日平和泉と心ざし 十二日平和泉と心指
  あねはの松・ 緒だえの橋など聞傳て あねはの松緒たえの橋なと聞伝えて
  人跡稀に 人跡稀に
  雉兎蒭蕘の往かふ道そこともわかず 雉兎蒭-蕘の往かふ道そこ共わかす
  終に路ふみたがえて 終に道ふみたかへて
  石の卷といふ湊に出 石の巻といふ湊に出ス
     
  こがね花咲とよみて奉たる金花山 こかね花咲とよみて奉りたる金花山
  海上に見わたし 海上に見渡シ
  數百の 𢌞 船入江につどひ 数百の廻船入江につとひ
  人家地をあらそひて竈の煙立つゞけたり 人家地をあらそひて竈のけふり立つゝけたり
  思ひかけず斯る所にも來れる哉と おもひかけすかゝる処にも来れる哉と
  宿からんとすれど更に宿かす人なし 宿からんとすれと更宿かす人なし
     
  漸まどしき小家に一夜をあかして 漸々まとしき小家に一夜を明して
  明れば又しらぬ道まよひ行 明れは又しらぬ道まよひ行
  袖のわたり 袖のわたり
  尾ぶちの牧 尾ふちの牧
  まのゝ萱はらなどよそめにみて まのゝかやはらなとよそめにみて
  遙なる 堤を行 はるかなる堤を行
     
  心細き 長沼にそふて 心ほそき長沼にそふて
  戸伊广と云所に一宿して 戸伊摩と云所に一宿して
  平泉に到る 平泉に至る
  其間廿余里ほどゝおぼゆ 其間二十余里程と覚ゆ
     
 

22 平泉

  →【各段検討:平泉
     
  三代の榮耀一睡の中にして 三代の栄耀一睡の中にして
  大門の跡は一里こなたに有 大門の跡は一里こなたに有
  秀衡が跡は田野に成て 秀衡か跡は田野になりて
  金鷄山のみ形を殘す 金鶏山のみ形を残す
     
  先 高舘にのぼれば 先高舘にのほれは
  北上川南部より流るゝ大河也 北上川南部より流るゝ大河也
  衣川は 和泉が城をめぐりて 衣川は和泉か城をめくりて
  高舘の下にて大河に落入 高舘の下にて大河に落入
  康衡等が旧跡は 康衡等か旧跡は
  衣が関を隔て南部口をさし堅め 衣か関を隔てヽ南部口を指かため
  夷をふせぐとみえたり ゑそをふせくと見えたり
  偖も義臣すぐつて此城にこもり 扱も義臣すくつて此城に籠り
  功名一時の叢となる 功名一時の草村となる
  國破れて山河あり城春にして草青みたり 国破れて山河あり城春にして青々たり
  と笠打敷て時のうつるまで泪を落し侍りぬ と笠打敷て時のうつるまてなみたを落し侍りぬ

23
  夏草や兵どもが夢の跡   夏艸や兵共か 夢 乃 跡

24
  卯の花に兼房みゆる白毛かな 曾良   卯花に兼房みゆる白毛哉 曽良
     
  兼て耳驚したる 二堂開帳す 兼て耳驚したる二堂開帳す
  經堂は 三将の像をのこし 経堂は三将の像を残し
  光堂は三代の棺を納め 光堂は三代の棺を納メ
  三尊の佛を安置す 三躰(尊)の仏を安直す
  七宝散うせて珠の扉風にやぶれ 七宝散うせて玉の扉風に破れ
  金の柱霜雪に朽て 金の柱霜雪に朽て
  既頽廢空虚の叢と成べきを 既頹廃空虚の草村となるへきを
  四面新に圍て 四面新に囲て
  甍を覆て風雨を凌 甍を覆て風雨を凌
  暫時千歳の記念とはなれり 暫時千歳の記念とはなれり

25
  五月雨の降のこしてや光堂   五月雨や年〳〵降て五百たひ

    蛍火の昼は消つゝ柱の札【私見。通説柱かな】
     
 

23 尿前の関(しとまえのせき)

  →【各段検討:尿前の関
     
  南卩道遙にみやりて 南部道はるかに見やりて
  岩手の里に泊る 岩手の里に泊る
  小黒崎・みづの小嶋を過て 小黒崎水の小嶋を過て
  なるごの湯より 尿前の関にかゝりて なるこの湯より尿(シト)前の関にかゝりて
  出羽の國に越んとす 出羽の国に越むとす
  此路旅人稀なる所なれば 此道旅人稀なる処なれは
  関守にあやしめられて漸として関をこす 関守にあやしめられて漸にして関をこす
  大山をのぼつて日既暮ければ 大山をのほつて日既暮けれは
  封人の家を見かけて舍を求む 封-人の家を見かけて舎リを求ム
  三日風雨あれて 三日風-雨あれて
  よしなき山中に逗留す よしなき山中に逗留す

26
  蚤虱馬の尿する枕もと   蚤虱馬の尿(バリ)する枕もと
     
  あるじの云 あるしの云
  是より出羽の國に大山を隔て これより出羽の国に大山を隔てヽ
  道さだかならざれば 道さたかならされハ
  道しるべの人を頼て越べきよしを申 道しるへの人を頼みて越へきよしを申
  さらばと云て人を頼侍れば さらはと云て人を頼侍れは
  究竟の若者反脇指をよこたえ 究-竟の若もの脇指をよこたへ樫の杖を携て
  樫の杖を携て我/\が先に立て行 我〳〵か先に立て行
  けふこそ必あやうきめにもあふべき日なれと けふこそ必あやうきめにもあふへき日なれと
  辛き思ひをなして後について行 辛きおもひをなして後について行
     
  あるじの云にたがはず あるしの云にたかはす
  高山森〻として 一鳥聲きかず 高山森〳〵として一鳥声きかす
  木の下闇茂りあひて夜る行がごとし 木の下闇茂りあひて夜ル行かことし
  雲端につちふる心地して 雲端に土ふる心地して
  篠の中踏分/\ 篠の中踏分〳〵
  水をわたり岩に 蹶て 水をわたり岩につまついて
  肌につめたき汗を流して 肌(ハタヘ)につめたき汗を流して
  最上の庄に出づ 最上乃庄に出ス
  かの案内せしおのこの云やう 彼案内せしおのこの云やう
  此みち必不用の事有 この道必不用の事有
  恙なうをくりまいらせて仕合したりと つゝかなう送りまいらせて仕合したりと
  よろこびてわかれぬ よろこひてわかれぬ
  跡に聞てさへ 跡に聞てさへ
  胸とゞろくのみ也 胸とゝろくのみ也
     
 

24 尾花沢(おばなざわ)

  →【各段検討:尾花沢
     
  尾花澤にて 清風と云者を尋ぬ 尾花沢にて清風と云ものを尋ぬ
  かれは富るものなれども かれは冨るものなれとも心さし
  いやしからず さすかにいやしからす
  都にも折〻かよひて 都にも折々かよひて
  さすがに旅の情をも知たれば 旅の情をもしりたれは
  日比とゞめて長途のいたはり 日比とゝめて長途のいたはり
  さま/″\にもてなし侍る さま〳〵ともてなし侍る

27
  凉しさを我宿にしてねまる也 涼しさを我宿にしてねまる也

28
  這出よかひやが下のひきの聲 這出よかいやか下のひきのこゑ

29
  まゆはきを俤にして紅粉の花 まゆはきを梯にして紅粉の 花

30
  蠶飼する人は古代のすがた哉  曾良 子飼する人は古代の姿哉   曽良
     
 

25 立石寺(りゅうしゃくじ/りっしゃくじ)

  →【各段検討:立石寺
     
  山形領に立石寺と云山寺あり 山形領に立石寺と云山寺有
  慈覺大師の開基にして 慈覚大師の開記にして
  殊清閑の地也 殊清閑の地也
     
  一見すべきよし人〻のすゝむるに依て 一見すへきよし人々のすゝむるに仍て
  尾花澤よりとつて返し其間七里ばかり也 尾花沢よりとつて返し其間七里計なり
  日いまだ暮ず 日いまた暮す
  麓の坊に宿かり置て山上の堂にのぼる 麓の坊に宿かり置て山上の堂に登ル
  岩に巖を重て山とし松柏年旧 岩に岩尾を重て山とし松栢年ふり
  土石老て苔滑に 土石老て苔なめらかに
  岩上の院〻扉を閉て物の音きこえず 岩上の院々【一説:院に】扉を閉て物の音きこへす
  岸をめぐり岩を這て佛閣を拜し 岸をめくり岩を這て仏閣を拝し
  佳景寂莫として心すみ行のみおぼゆ 佳景寂莫としてこゝろすみ行のみ覚ゆ

31
  閑さや岩にしみ入蝉の聲   閑さや岩にしみ入蟬の声
     
 

26 最上川(もがみがわ)

  →【各段検討:最上川
     
  最上川のらんと もかみ川乗らんと
  大石田と云所に日和を待 大石田と云処に日和を待
  爰に 古き誹諧の種こぼれて 爱に古き俳諧のたね落こほれて
  忘れぬ花のむかしをしたひ わすれぬ花のむかしをしたひ
  芦角一聲の心をやはらげ此道にさぐりあしして 芦角一声の心をやはらけ此道にさくりあしして
  新古ふた道にふみまよふといへども 新古ふた道にふみまよふといへとも
  みちしるべする人しなければと 道しるへする人しなけれはと
  わりなき 一卷殘しぬ わりなき一巻を残しぬ
  このたびの風流爰に至れり このたひの風流爱にいたれり
     
  最上川はみちのくより出て山形を水上とす 最上川はみちのくより出て山形を水上とす
  ごてん・はやぶさなど云おそろしき難所有 ごてんはやぶさなと云おそろしき難所有
  板敷山の北を流て果は酒田の海に入 板敷山の北を流て果は酒田の海に入
  左右山覆ひ茂みの中に船を下す 左-右山おほひ茂みの中に舟を下ス
  是に稻つみたるをや いな船といふならし これをいなふねと云
     
  白糸の瀧は青葉の隙/\に落て 白糸の滝は青葉の隙〳〵に落て
  仙人堂岸に臨て立 仙人堂岸に臨て立
  水みなぎつて舟あやうし 水みなきつて舟あやうし

32
  五月雨をあつめて早し最上川   さみたれをあつめて早し最上川
     
 

27 出羽三山(でわさんざん)

  →【各段検討:出羽三山
     
  六月三日羽黒山に登る 六月三日羽黒山に登る
  圖司左吉と云者を尋て 図司左吉と云ものを尋て
  別當代 會覺阿闍利に謁す 別当代会覚阿闍利に謁す
  南谷の 別院に舍して 南谷の別院に舎して
  憐愍の情こまやかにあるじせらる 憐愍の情こまやかにあるしせらる
     
  四日本坊にをゐて 誹諧興行 四日於本坊俳諧興行

33
  有難や雪をかほらす南谷   有難や雪をかほらす南谷
     
  五日 權現に詣 五日権現に詣
  當山開闢 能除大師は 当山開闢能除大師は
  いづれの代の人と云事をしらず いつれの代の人と云事をしらす
  延喜式に羽州里山の神社と有 延喜式に羽州里山の神社と有
  書寫黒の字を里山となせるにや 書泻黒の字誤て里山となせるにや
  羽州黒山を中略して羽黒山と云にや 羽州黒山を中略して羽黒山と云にや
  出羽といへるは  
  鳥の毛羽を此國の貢に献ると
風土記に侍とやらん
 
  月山 湯殿を合て三山とす 月山湯殿を合て三山とす
  當寺 武江東叡に屬して 当寺武-江東-叡に属して
  天台止觀の月明らかに 天-台止-観の月明らかに
  圓頓融通の法の灯かゝげそひて 円-頓融-通の法の燈かゝけそひて
  僧坊棟をならべ修驗行法を勵し 僧坊棟をならへ修-験行-法を励し
  㷌山靈地の驗效人貴且恐る 霊-山霊-地の校-験人貴ヒ且恐ル
  繁榮長にしてめで度御山と謂つべし 繁-栄 長(トコシナへ) にして目出度御山と可謂
     
  八日 月山にのぼる 八日月-山に登ル
  木綿しめ身に引かけ寶冠に頭を包 木綿しめ身に引かけ宝-冠に頭を包
  強力と云ものに道びかれて 強-力と云ものに道ひかれて
  雲霧山氣の中に氷雪を踏でのぼる事八里 雲-霧山-気の中に氷-雪を踏てのほる事八里
  更に日月行道の雲関に入かとあやしまれ 更に日-月行-道の雲-関に入かとあやしまれ
  息絶身こゞえて頂上に臻れば 息絶身こへえて頂-上に至れは
  日沒て月顯る 日没(ホツシ)て月あらはる
  笹を舖篠を枕として臥て明るを待 笹を鋪篠を枕として臥て明るを待
  日出て雲消れば湯殿に下る 日出て雲消れは湯殿に下ル
     
  谷の傍に 鍛冶小屋と云有 谷の傍に鍛冶小屋と云有
  此國の鍛冶靈水を撰て 此国の鍛-冶霊-水を撰て
  爰に潔齋して釵を打 爱に潔-斉して釵を打
  終月山と銘を切て世に賞せらる 終月-山と銘を切て世に棠せらる
  彼 龍泉に釵を淬とかや 彼竜-泉に釵を淬(ニラグ)とかや
  干将・莫耶のむかしをしたふ 干将莫耶の昔をしたふ
  道に勘能の執あさからぬ事しられたり 道に堪能の執あさからぬ事しられたり
  岩に腰かけてしばしやすらふほど 岩に腰かけてしはしやすらふ程
  三尺ばかりなる 櫻のつぼみ半ばひらけるあり 三尺計なる桜のつほみ半(ナカハ)にひらけるあり
  ふり積雪の下に埋て ふり積雪の下に埋て
  春を忘れぬ遲ざくらの花の心わりなし はるをわすれぬ遅桜の花の心わりなし
  炎天の梅花爰にかほるがごとし 炎天の梅-花爰にかほるかことし
  行尊僧正の哥の哀も爰に思ひ出て 行尊親王の歌の哀も
  猶まさりて覺ゆ 増りて覚ゆ
  惣而此山中の微細 惣而此山-中の微-細
  行者の法式として他言する事を禁ず 行者の法式として他言する事を禁す
  仍て筆をとゞめて記さず 仍て筆をとゝめてしるさす
     
  坊に歸れば 坊に帰れは
  阿闍 𮤠 の需に依て 阿闍利の求に仍て
  三山順礼の句〻 三ー山順-礼の句々
  短册に書 短尺に書

34
  凉しさやほの三か月の羽黒山   涼しさやほの三か月の羽黒山

35
  雲の峰幾つ崩て月の山   雲の峯幾つ崩て月の山

36
  語られぬ湯殿にぬらす袂かな   語られぬ湯殿にぬらす袂哉

37
  湯殿山錢ふむ道の泪かな 曾良                 曽良
      湯殿山銭ふむ道のなみた哉
     
 

28 酒田

  →【各段検討:酒田
     
  羽黒を立て鶴が岡の城下 羽黒を立て鶴か岡の城下
  長山氏重行と云物のふの家にむかへられて 長山氏重行と云ものゝふの家にむかへられて
  誹諧一卷有 俳諧一巻有
  左吉も共に送りぬ 左吉も共に送りぬ
  川舟に乗て酒田の湊に下る 川舟に乗て酒田のみなとに下ル
  淵庵不玉と云 淵庵不玉と云
  醫師の許を宿とす 医師の許を宿とス

38
  あつみ山や吹浦かけて夕すゞみ   あつみ山や吹浦かけて夕すゝみ

39
  暑き日を海にいれたり最上川   暑き日を海に入レたる最上川
     
 

29 象潟(きさかた)

  →【各段検討:象潟
     
  江山水陸の風光數を盡して 江-山水-陸の風光数を尽して
  今 象㵼 に方寸を責 今象泻ニ方寸を責(セム)
     
  酒田の湊より東北の方 酒田の湊より東ー北の方
  山を越磯を傳ひ 山を越礒をつたひ
  いさごをふみて其際十里 いさこを踏て其際十里
  日影やゝかたぶく比 日影やゝかたふく比
  汐風眞砂を吹上 汐風真砂を吹上
  雨朦朧として 鳥海の山かくる 雨朦-朧として鳥海の山かくる
  闇中に莫作して 闇-中に莫-作して
  雨も又奇也とせば 雨も又奇なりとせは
  雨後の晴色又頼母敷と 雨後の晴-色又頼母敷と
  蜑の笘屋に膝をいれて 蜑の笘屋に膝を入て
  雨の晴を待 雨の晴るゝを待
     
  其朝天能霽て 其朝天能晴て
  朝日花やかにさし出る程に 朝日花やかに指出る程に
  象㵼 に舟をうかぶ 象泻に舟をうかふ
  先能因嶌に舟をよせて 先能因嶋に舟をよせて
  三年幽居の跡をとぶらひ 三年幽居の跡をとふらひ
  むかふの岸に舟をあがれば むかふの岸に舟をあかれは
  花の上こぐとよまれし櫻の老木 花の上こくとよまれし桜の老木
  西行法師の記念をのこす 西行法師の記念を残ス
  江上に御陵あり 江上に御陵あり
  神功后宮の御墓と云 神功后宮乃御墓と云
  寺を干滿珠寺と云 寺を干満珠寺と云
  此處に行幸ありし事いまだ聞ず この処に御幸ありし事いまたきかす
  いかなる事にや いかなる故ある事にや
     
  此寺の方丈に座して簾を捲ば 此寺乃方丈に坐して簾を捲は
  風景一眼の中に盡て 風景一眼の中に尽て
  南に鳥海天をさゝえ 南に鳥海天をさゝへ
  其陰うつりて江にあり 其陰うつりて江に有
  西はむや/\の関路をかぎり 西ハむや〳〵の関路をかきり
  東に堤を築て秋田にかよふ道遙に 東に堤を築て秋田にかよふ道遥に
  海 北にかまえて浪打入る所を汐ごしと云 海北にかまへて波打入るゝ処を汐こしと云
  江の縱横一里ばかり 江の縦横(シウヲウ)一里はかり
  俤松嶋にかよひて又異なり 俤松嶋にかよひて又 異(コト)なり
  松嶋は笑ふが如く 松しまはわらふかことく
  象㵼はうらむがごとし 象泻はうらむかことし
  寂しさに悲しみをくはえて さひしさにかなしひをくはへて
  地勢魂をなやますに似たり 地勢魂をなやますに似たり

40
  象㵼や雨に 西施がねぶの花   象泻や雨に西施かねふの花

41
  汐越や鶴はぎぬれて海凉し   汐越や鶴はきぬれて海涼し
     
      祭禮     祭礼      曽良

42
  象㵼や料理何くふ神祭 曾良   象泻や料理何くふ神祭
        みのゝ國の商人 低耳         美濃国商人 低耳

43
  蜑の家や戸板を敷て夕凉   蜑の家や戸板を敷て夕すゝみ
     
      岩上に雎鳩の巣をみる    岩上に雎鳩の巣を見る
                       曽良

44
  波こえぬ契ありてやみさごの巣 曾良   波こえぬ契ありてやみさこの巣
     
 

30 越後路(えちごじ)

  →【各段検討:越後路
     
  酒田の余波日を重て 酒田の余波(ナコリ)日を重て
  北陸道の雲に望 北陸道の雲に望
  遙〻のおもひ胸をいたましめて 遥遥のおもひ胸をいたましめて
  加賀の府まで百卅里と聞 加賀の苻まて百三十里と聞
  鼠の関をこゆれば 鼠の関をこゆれは
  越後の地に歩行を改て 越後の地に歩行を改て
  越中の國一ぶりの関に到る 越中の国一ふりの関に至る
  此間九日 此間九日
  暑濕の勞に神をなやまし 暑湿の労に神をなやまし
  病おこりて 事をしるさず 病をこりて事をしるさす

45
  文月や六日も常の夜には似ず   文月や六日も常の夜には似ス

46
  荒海や佐渡によこたふ天河   荒海や佐渡によこたふ天河
     
 

31 市振(いちぶり)

  →【各段検討:市振
     
  今日は 親しらず・子しらず・ けふは親しらす子しらす
  犬もどり・駒返しなど云 犬もとり駒返しなと云
  北國一の難所を越てつかれ侍れば 北国一の難所を越てつかれ侍れは
  枕引よせて寢たるに 枕引よせて寝たるに
  一間隔て 面の方に 一間隔て面の方に
  若き女の聲二人斗ときこゆ 若きをんなの声二人計ときこゆ
  年老たるおのこの聲も交て物語するをきけば 年老たるおのこの声も交て物語するをきけは
  越後の國新潟と云所の遊女成し 越後の国新泻と云処の遊女成し
  伊勢參宮するとて 伊勢に参宮するとて
  此関までおのこ送りて 此関まておのこの送りて
  あすは古郷にかへす文したゝめ あすは古里にかへす文したゝめ
  はかなき言傳などしやる也 はかなき言伝なとしやる也
     
  白浪のよする汀に身をはふらかし 白波のよする汀に身をはふらかし
  あまのこの世をあさましう下りて あまのこの世をあさましう下りて
  定めなき契 定めなき契
  日〻の業因いかにつたなしと 日々の業因いかにつたなしと
  物云をきく/\寢入て 物云を聞〳〵寝入て
  あした旅立に あした旅たつに
  我/\にむかひて 我〳〵にむかひて
  「行衞しらぬ旅路のうさ 行末しらぬ旅路のうさ
  あまり覺束なう悲しく侍れば あまり覚束なう悲しく侍れは
  見えがくれにも御跡をしたひ侍ん 見えかくれにも御跡をしたひ侍らん
  衣の上の御情に大慈のめぐみをたれて 衣の上の御情に大慈のめくみをたれて
  結縁せさせ給へ 結縁せさせ給へ
  と泪を落す となみたを落す
     
  不便の事には侍れども 不便の事にはおもひ侍れ共
  我/\は所〻にてとゞまる方おほし 我〳〵は所〳〵にてとゝまる方おほし
  只人の行にまかせて行べし 唯人の行にまかせて行へし
  神明の加護かならず恙なかるべし 神明の加護必つゝかなかるへし
  と云捨て出つゝ と云捨て出つゝ
  哀さしばらくやまざりけらし あはれさしはらくやまさりけらし

47
  一家に遊女もねたり萩と月   一家に遊女も寝たり萩と月
     
  曾良にかたれば書とゞめ侍る 曽良にかたれは書とゝめ侍る
     
 

32 越中路(えっちゅうじ)

  →【各段検討:越中路
     
  くろべ四十八か瀬とかや くろへ四十八ケ瀬とかや
  數しらぬ川をわたりて 数しらぬ川をわたりて
  那古と云浦に出 那古と云浦に出
  擔籠の藤浪は春ならずとも 担籠の藤波は春ならす共
  初秋の哀とふべきものをと 初秋のあはれとふへものをと
  人に尋れば 人に尋れは
  是より五里いそ傳ひして 是より五里礒つたひして
  むかふの山陰にいり むかふの山陰に入
  蜑の苫ぶきかすかなれば 蜑の芦ふきかすかなれは
  蘆の一夜の宿かすものあるまじ 一夜の宿かすものあるまし
  といひをどされてかゞの國に入 と云ィおとされてかゝの国に入

48
  わせの香や分入右は有磯海   わせの香や分入右は有そ海
     
 

33 金沢

  →【各段検討:金沢
     
  卯の花山・ くりからが谷をこえて 卯の花山くりからか谷をこえて
  金澤は 七月中の五日也 金沢は七月中の五日也
  爰に大坂よりかよふ商人 爱に大坂よりかよふ商人
  何處と云者有 何処と云ものあり
  それが旅宿をともにす それか旅宿をともにす
     
  一笑と云ものは 一笑と云ものは
  此道にすける名のほの/″\聞えて 此道にすける名乃ほの〳〵聞へて
  世に知人も侍しに 世に知人も侍しに
  去年の冬早世したりとて 去年の冬早世したりとて
  其兄追善を催すに 其兄追善を催スに

49
  塚も動け我泣聲は秋の風   塚もうこけ我泣声は秋の風
     
      ある草庵にいざなはれて    ある草庵にいさなはれて

50
  秋凉し手毎にむけや瓜茄子   秋すゝし手毎にむけや瓜天茄
     
      途中唫    途中唫

51
  あか/\と日は難面もあきの風   あか〳〵と日は難面も秋の風
     
      小松と云所にて    小松と云処にて

52
  しほらしき名や小松吹萩すゝき   しほらしき名や小松吹萩薄
     
 

34 多太神社(ただじんじゃ)

  →【各段検討:多太神社
     
  此所 太田の神社に詣 此所太田の神社に詣
  眞盛が甲・錦の切あり 斎藤別当真盛か甲錦の切あり
  往昔源氏に屬せし時 其昔源氏に属せし時
  義朝公より給はらせ給とかや 義朝公より給はらせ給ふとかや
  げにも平士のものにあらず けにも平士のものにあらす
  目庇より吹返しまで 目庇より吹返しまて
  菊から草のほりもの金をちりばめ 菊から艸のほりもの金をちりはめ
  龍頭に鍬形打たり 竜頭に鍬形打たり
  眞盛討死の後 真盛射死の後
  木曾義仲願状にそへて 木曽義仲願状にそへて
  此社にこめられ侍よし 此社にこめられ侍るよし
  樋口の次郎が使せし事共 樋口の次郎か使せし事共
  まのあたり縁紀にみえたり まのあたり縁記に見えたり

53
  むざんやな甲の下のきり/″\す   むさむやな甲の下のきり〳〵す
     
 

35 山中(やまなか)

  →【各段検討:山中
     
  山中の温泉に行ほど 山中の温泉に行ほと
  白根が嶽跡にみなしてあゆむ 白根か嶽跡に見なしてあゆむ
  左の山際に觀音堂あり 左りの山際に観音堂有
  花山の法皇 花山の法皇
  三十三所の順禮とげさせ給ひて後 三十三所の順礼とけさせ給ひて後
  大慈大悲の像を安置し給ひて 大慈大悲の像を安置し給ひて
  那谷と名付給ふと也 那谷と名付給ふと也
  那智谷組の二字をわかち侍しとぞ 那智谷組の二字をわかち侍しとそ
  奇石さま/″\に古松植ならべて 奇-石さま〳〵に古-松植ならへて
  萱ぶきの小堂岩の上に造りかけて 萱ふきの小堂岩の上に造りかけて
  殊勝の土地也 殊勝の土地也

54
  石山の石より白し秋の風   石山の石より白し秋の風
     
  温泉に浴す 温泉に浴す
  其功 有明に次と云 其功有間に次と云

55
  山中や菊はたおらぬ湯の匂   山中や菊はたをらぬ湯の匂
     
  あるじとする物は あるしとするものは
  久米之助とていまだ小童也 久米之助とていまた小童也
  かれが父誹諧を好み かれか父俳諧を好て
  洛の貞室若輩のむかし爰に來りし比 洛の貞室若輩のむかし爱に来りし比
  風雅に辱しめられて洛に歸て 風雅に辱られて洛に帰りて
  貞徳の門人となつて世にしらる 貞徳の門人となつて世にしらる
  功名の後 功名の後
  此一村判詞の料を請ずと云 此一村判詞の料を請すと云
  今更むかし語とはなりぬ 今更むかし物かたりとは成ぬ
     
 

36 別離

  →【各段検討:別離
     
  曾良は腹を病て 曽良は腹を病て
  伊勢の國 長嶋と云所にゆかりあれば 伊勢の国長嶋と云処にゆかりあれは
  先立て行に 先立て旅立行に

56
  行/\てたふれ伏とも萩の原 曾良   ゆき〳〵てたふれ伏共萩の原
     
  と書置たり と書置たり
  行ものゝ悲しみ 行ものゝ悲しみ
  殘ものゝうらみ 残るものゝうらみ
  隻鳧のわかれて雲にまよふがごとし 隻鴨のわかれて雲にまよふかことし
     
  予も又 予も又

57
  今日よりや書付消さん笠の露   けふよりや書付消さん笠の露
     
 

37 全昌寺(ぜんしょうじ)

  →【各段検討:全昌寺
     
  大聖持の城外 大聖持の城外
  全昌寺といふ寺にとまる 全昌寺と云寺に泊る
  猶加賀の地也 猶かゝの地也
  曾良も前の夜此寺に泊て 曽良も前の夜此寺に泊りて

58
  終宵秋風聞やうらの山   終夜秋風聞やうらの山
     
  と殘す と残ス
     
  一夜の隔 千里に同じ 一夜の隔千里におなし
  吾も秋風を聞て 我も秋風を聴て
  衆寮に臥ば 主(衆)寮に
  明ぼのゝ空近う 明ほのゝ空ちかふ
  讀經聲すむまゝに 讀經 聞ユ【通説:読経聞ゆるに
  鐘板鳴て食堂に入 板鐘鳴て食堂に入
     
  けふは越前の國へと けふは越前の国へと
  心早卒にして堂下に下るを 心早卒にして堂下に下ル
  若き僧ども紙硯をかゝえ 若き僧共紙硯をかゝへて
  階のもとまで追來る 階のもとまて追来ル
  折節庭中の柳散れば 折節庭中の柳散れは

59
  庭掃て出ばや寺に散柳   庭掃て出はや寺に散柳
     
  とりあへぬさまして とりあへぬ一句
  草鞋ながら書捨つ 草鞋なから書捨ッ
     
 

38 汐越の松(しおこしのまつ)

  →【各段検討:汐越の松
     
  越前の境 越前の境
  吉崎の入江を舟に棹して 吉崎の入江を舟に棹指て
  汐越の松を尋ぬ 汐越の松を尋
                  西行

60
  終宵嵐に波をはこばせて
  月をたれたる汐越の松  西行
  終夜嵐に波をはこはせて
  月をたれたる汐越の松
     
  此一首にて數景盡たり この一首にて数景尽たり
  もし 一辨を加るものは 若一弁を加ルものは
  無用の指を立るがごとし 無用の指を立るかことし
     
 

39 天龍寺・永平寺

  →【各段検討:天龍寺・永平寺
     
  丸岡 天龍寺の 長老 丸岡天竜寺の長老
  古き因あれば尋ぬ 古き因あれは尋ぬ
  又金澤の 北枝といふもの 又金沢の北枝と云もの
  かりそめに見送りて かりそめに見送りて
  此處までしたひ來る 此処まてしたひ来ル
  所〻の風景過さず思ひつゞけて 所々の風景過さすおもひつゝけて
  折節あはれなる作意など聞ゆ 折節あはれなる作意なと聞ゆ
  今既別に望みて 今既別に望みて

61
  物書て扇引さく餘波哉   物書て扇引割名残哉
     
  五十丁山に入て 永平寺を礼す 五十丁山に入て永平寺を礼す
  道元禪師の御寺也 道元禅師の御寺也
  邦機千里を避て 邦機千里を避て
  かゝる山陰に跡をのこし給ふも かゝる山陰に跡を残し給ふも
  貴きゆへ有とかや 貴き故有とかや
     
 

40 福井

  →【各段検討:福井
     
  福井は三里計なれば 福井は三里計なれは
  夕飯したゝめて出るに 夕飯したためて出るに
  たそかれの路たど/\し たそかれの道たと〳〵し
  爰に 等栽と云古き隱士有 爱に等栽と云古き隠子有
     
  いづれの年にか江戸に來りて いつれの年にや江戸に来りて
  予を尋 予を尋
  遙十とせ餘り也 遥十とせ余り也
  いかに老さらぼひて有にや いかに老さらほひて有にや
  将死けるにやと人に尋侍れば 将死けるにやと人に尋侍れは
  いまだ存命してそこ/\と教ゆ いまた存命してそこ〳〵とをしゆ
     
  市中ひそかに引入て 市中ひそかに引入て
  あやしの小家に あやしの小家に
  夕貌へちまのはえかゝり 夕顔へちまのはかゝり
  鷄頭はゝ木ゞに戸ぼそをかくす 鶏頭はゝ木ゝに戸ほそをかくす
     
  さては此うちにこそと門を扣ば 扔は此うちにこそと門を扣は
  侘しげなる女の出て 侘しけなる女の出て
  いづくよりわたり給ふ道心の御坊にや いつくよりわたり給ふ道心の御坊にや
  あるじは此あたり何がしと云ものゝ方に行ぬ あるしはこのあたり何某と云ものゝ方に行ぬ
  もし用あらば尋給へ」といふ もし用あらは尋給へと云
  かれが妻なるべしとしらる かれか妻なるへしとしらる
     
  むかし物がたりにこそかゝる風情は侍れと むかし物かたりにこそかゝる風情は侍れと
  やがて尋あひて やかて尋あひて
  その家に二夜とまりて 其家に二夜とまりて
  名月はつるがのみなとにとたび立 名月はつるかの湊にと旅立
     
  等栽も共に送らんと裾おかしうからげて 等栽も共に送らんと裾おかしうからけて
  路の枝折とうかれ立 道の枝折とうかれ立
     
 

41 敦賀

  →【各段検討:敦賀
     
  漸白根が嶽かくれて 漸白根か嶽かくれて
  比那が嵩あらはる 比那か嵩あらはる
  あさむづの橋をわたりて あさむつの橋をわたりて
  玉江の蘆は穗に出にけり 玉江の芦は穂に出けり
  鶯の関を過て 湯尾峠を越れば 鶯の関を過て湯尾峠を越れは
  燧が城かへるやまに初鴈を聞て 火打か城かへる山に初雁を聞て
  十四日の夕ぐれつるがの津に宿をもとむ 十四日の夕暮つるかの津に宿をもとむ
     
  その夜月殊晴たり 其夜月殊晴たり
  あすの夜もかくあるべきにやといへば あすの夜もかくあるへきにやといへは
  越路の習ひ猶明夜の陰晴はかりがたしと 越路のならひ明夜の陰晴はかり難しと
  あるじに酒すゝめられて あるしに酒すゝめられて
  けいの明神に夜參す けいの明神に夜参ス
  仲哀天皇の御廟也 仲哀天皇の御廟也
     
  社頭神さびて 社頭神さひて
  松の木の間に月のもり入たる 松の木間に月のもり入たる
  おまへの白砂霜を敷るがごとし おまへの白砂霜を敷るかことし
  往昔遊行二世の上人 往昔遊行二世の上人
  大願發起の事ありて 大願発起の事ありて
  みづから草を刈土石を荷ひ みつから葦を刈土石を荷
  泥渟をかはかせて 泥渟をかはかせて
  參詣往來の煩なし 参詣往来の煩なし
     
  古例今にたえず神前に眞砂を荷ひ給ふ 古例今にたえす神前に真砂を荷ひ給ふ
  これを遊行の砂持と申侍る これを遊行砂持と申侍ると
  と亭主のかたりける 亭主のかたりける

62
  月清し遊行のもてる砂の上   月清し遊行のもてる砂の上
     
  十五日亭主の詞にたがはず雨降 十五日亭主の詞にたかはす雨降

63
  名月や北國日和定なき   名月や北国日和定なき
     
 

42 種の浜(いろのはま)

  →【各段検討:種の浜
     
  十六日空霽たれば 十六日空晴たれは
  ますほの小貝ひろはんと ますほの小貝ひろはんと
  種の濱に舟を走す 種の浜に舟を走ス
  海上七里あり 海上七里あり
  天屋何某と云もの 天屋何某と云もの
  破籠小竹筒など 破籠さゝへなと
  こまやかにしたゝめさせ こまやかにしたゝめさせ
  僕あまた舟にとりのせて 僕また舟にとりのせて
  追風時のまに吹着ぬ 追風時の間に吹付ぬ
  濱はわづかなる海士の小家にて 浜はわつかなる蜑の小家にて
  侘しき 法花寺あり 侘しき法華寺有
  爰に茶を飮酒をあたゝめて 爱にちやをのみ酒をあたゝめて
  夕ぐれのさびしさ感に堪たり 夕暮のさひしさ感に堪たり

64
  寂しさや須广にかちたる濱の秋   さひしさやすまに勝たる浜の秋

65
  浪の間や小貝にまじる萩の塵   波の間や小貝にましる萩の塵
     
  其日のあらまし等栽に筆をとらせて 寺に殘す 其日の日記等栽に筆をとらせて寺に残ス
     
     
 

43 大垣

  →【各段検討:大垣
  露通も此みなとまで出むかひて 露通もこのみなと迄出むかひて
  みのゝ國へと伴ふ みのゝ国へと伴ふ
  駒にたすけられて大垣の庄に入ば 駒をはやめて大垣の庄に入は
  曾良も伊勢より來り合 曽良も伊勢よりかけ合
  越人も馬をとばせて 越人も馬をとはせて
  如行が家に入集る 如行か家に入集る
     
  前川子・ 荊口父子其外したしき人〻 前川子荊口父子其外したしき人々
  日夜とぶらひて 日夜とふらひて
  蘇生のものにあふがごとく ふたたひ蘇生のものにあふかことく
  且悦び且いたはる 且よろこひ且なけきて
     
  旅の物うさもいまだやまざるに 旅のものうさもいまたやまさるに
  長月六日になれば 長月六日になれは
  伊勢の迁宮おがまんと又舟にのりて 伊勢の遷宮おかまんと又ふねに乗て

66
  蛤のふたみにわかれ行秋ぞ   蛤のふたみに別行秋そ
     
 

44 素龍の跋(ばつ)

  →【各段検討:
   
     
  からびたるも  
  艶なるも  
  たくましきも  
  はかなげなるも  
  おくの細みちみもて行に  
  おぼえずたちて手たゝき  
  伏て村肝を刻む  
  一般は簑をきる/\かゝる旅せまほしと思立  
  一たびは坐してまのあたり奇景をあまんず  
  かくて百般の情に 鮫人が玉を翰にしめしたり  
  旅なる哉  
  器なるかな  
  只なげかしきは  
  かうやうの人のいとかよはげにて  
  眉の霜のをきそふぞ  
     
  元祿七年初夏  
  素龍書