枕草子67段 草の花は

草は 枕草子
上巻中
67段
草の花は
集は

(旧)大系:67段
新大系:64段、新編全集:65段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず、混乱を招くので、三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:70段
 


 
 草の花は 撫子(なでしこ)、唐のはさらなり、大和のもいとめでたし。をみなへし(女郎花)。桔梗(ききやう)。あさがほ(朝顔)。かるかや(刈萱)。菊。つぼすみれ(壺菫)。竜胆(りんだう)は、枝ざしなどもむかしけれど、こと花どものみな霜がれたるに、いとはなやかなる色あひにてさし出でたる、いとをかし。また、わざととりたてて人めかすべくもあらぬさまなれど、かまつかの花らうたげなり。名もうたてあなる。雁の来る花とぞ文字には書きたる。かにひの花、色は濃からねど、藤の花とよく似て、春秋と咲くがをかしきなり。
 

 萩、いと色ふかう、枝たをやかに咲きたるが、朝露にぬれてなよなよとひろごりふしたる、さ牡鹿のわきて立ち馴らすらむも、心ことなり。八重山吹。
 

 夕顔は、花のかたちも朝顔に似て、いひつぐけたるに、をかしかりぬべき花の姿に、実のありさまこそ、いとくちをしけれ。などさはた生ひ出でけむ。ぬかづきなどいふもののやうにだにあれかし。されど、なほ夕顔といふ名ばかりはをかし。しもつけの花。葦の花。
 

 これに薄(すすき)を入れぬ、いみじうあやしと人いふめり。秋の野のおしなべたるをかしさは薄こそあれ。穂先の蘇芳にいと濃きが、朝露にぬれてうちなびきたるは、さばかりの物やはある。秋のはてぞ、いと見どころなき。色々にみだれ咲きたりし花の、かたちもなく散りたるに、冬の末まで、かしらのいとしろくおほどれたるも知らず、昔思ひ出顔に、風になびきてかひろぎ立てる、人にこそいみじう似たれ。よそふる心ありて、それをしもこそ、あはれと思ふべけれ。