竹取物語~帝

 
 「さてかぐや姫かたち世に似ずめでたきことを、帝聞しめして」から、「御歌を詠みてつかはす」まで。
 
 

本文

       
和歌   竹取物語
(國民文庫)
竹とりの翁物語
(群書類從)
       
  〔805〕 さてかぐや姫かたち
世に似ずめでたきことを、
扨かぐや姫かたちの
世ににずめでたき事を。
  〔806〕 帝聞しめして、 御門聞しめして。
  〔807〕 内侍中臣のふさ子にの給ふ、 ないしなかとみのふさこにの給。
  〔808〕 「多くの人の身を徒になして
あはざンなるかぐや姫は、
多くの人の身を徒になして
あはざなる[イ无]かぐや姫は。
  〔809〕 いかばかりの女ぞ。」と、
「罷りて見て參れ。」との給ふ。
いかばかりの女ぞと
・(まかりてイ)見てまいれとの給ふ。
       
  〔810〕 ふさ子承りてまかれり。 ふさこ承てまかれり。
  〔811〕 竹取の家に 竹取の家に。
  〔812〕 畏まりて請じ入れてあへり。 畏てしやうじ入てあへり。
       
  〔813〕 嫗に内侍のたまふ、 女にないしの給。
  〔814〕 「仰ごとに、 仰ごとに。
  〔815〕 かぐや姫の容いうにおはすとなり。 かぐや姫のかたちいうにおはすなり。
  〔816〕 能く見て參るべきよしの給はせつるに
なん參りつる。」といへば、
よくみてまいるべきよしの給はせつるに
なむまいりつるといへば。
  〔817〕 「さらばかくと申し侍らん。」といひて入りぬ。 さらばかくと申侍らんといひて入ぬ。
       
  〔818〕 かぐや姫に、 かぐや姫に。
  〔819〕 「はやかの御使に對面し給へ。」といへば、 はやかの御使に對面し給へといへば。
       
  〔820〕 かぐや姫、 かぐや姫。
  〔821〕 「よき容にもあらず。 よきかたちにもあらず。
  〔822〕 いかでか見まみゆべき。」といへば、 いかでか見ゆべきといへば。
  〔823〕 「うたてもの給ふかな。 うたてもの給ふ物哉。
  〔824〕 帝の御(み)使をば
いかでか疎にせん。」といへば、
帝の御使をば
いかでかをろかにせむといへば。
  〔825〕 かぐや姫答ふるやう、 かぐや姫こたふるやう。
  〔826〕 「帝の召しての給はんこと 御門のめしての給はん事。
  〔827〕 かしこしとも思はず。」といひて、 かしこしともおもはずといひて。
  〔828〕 更に見ゆべくもあらず。 更にみゆべくもあらず。
       
       
  〔829〕 うめる子のやうにはあれど、 うめるこの樣にあれど。
  〔830〕 いと心恥しげに
疎(おろそか)なるやうにいひければ、
いと心はづかしげに
疎かなるやうにいひければ。
  〔831〕 心のまゝにもえ責めず。 心の儘にもえせめず。
       
  〔832〕 嫗、内侍の許にかへり出でて、 女ないしのもとにかへり出て。
  〔833〕 「口をしくこの幼き者は
こはく侍るものにて、
口惜き此おさなきものは
こはく侍る物にて。
  〔834〕 對面すまじき。」と申す。 たいめんすまじきと申。
       
  〔835〕 内侍、 ないし。
  〔836〕 「『必ず見奉りて參れ。』と、
仰事ありつるものを、
必見たてまつりてまいれと
おほせごとありつるものを。
  〔837〕 見奉らでは
いかでか歸り參らん。
見たてまつらでは
いかでかかへりまいらん。
  〔838〕 國王の仰事を、 國王の仰ごとを。
  〔839〕 まさに世に住み給はん人の
承り給はではありなんや。
まさに世にすみたまはむ人の
承り給はでありなんや。
  〔840〕 いはれぬことなし給ひそ。」と、 いはれぬ事なし給ひそと。
  〔841〕 詞はづかしくいひければ、 言葉はづかしくいひければ。
       
  〔842〕 これを聞きて、 是を聞て。
  〔843〕 ましてかぐや姫きくべくもあらず。 ましてかぐや姫聞べくもあらず。
  〔844〕 「國王の仰事を背かば 國王の仰事を背かば。
  〔845〕 はや殺し給ひてよかし。」といふ。 はやころし給ひてよかしといふ。
       
       
  〔846〕 この内侍歸り參りて、このよしを奏す。 此內侍歸りまいりて此由をそうす。
  〔847〕 帝聞しめして、 御門聞食て。
  〔848〕 「多くの人を殺してける心ぞかし。」
との給ひて、
多くの人をころしてける心ぞかし
との給てやみにける。
  〔849〕 止みにけれど、猶思しおはしまして、 されど猶思しおはして。
  〔850〕 「この女(をうな)のたばかりにやまけん。」
と思しめして、
竹取の翁を召して仰せたまふ、
此女のたばかりにやまけむ
とおもほして
仰給ふ。
  〔851〕 「汝が持て侍るかぐや姫を奉れ。 なんぢがもちてはんべるかぐや姫奉れ。
  〔852〕 顔容よしと聞しめして、
御使をたびしかど、
かほかたちよしと聞食て
御使をたびしかど。
  〔853〕 かひなく見えずなりにけり。 かひなく見えず成にけり。
  〔854〕 かくたい\〃/しくやはならはすべき。」
と仰せらる。
かくたい〴〵しくやはならはすべき
と仰らる。
       
  〔855〕 翁畏まりて御返事申すやう、 翁かしこまりて御かへり事申樣。
  〔856〕 「この女の童は、 此めのわらはは。
  〔857〕 絶えて宮仕(つかう)
奉まつるべくもあらず侍るを、
たえて宮づかへ
仕べくもあらず侍るを。
  〔858〕 もてわづらひ侍り。 もてわづらひ侍る。
  〔859〕 さりとも罷りて仰せ給はん。」と奏す。 さりともまかりて仰給はんと奏す。
       
  〔860〕 是を聞し召して仰せ給ふやう、 是を聞召て仰給ふやう。
  〔861〕 「などか翁の手におほしたてたらんものを、
心に任せざらん。
などか翁の手におほしたてたらん物を
心にまかせざらむ。
  〔862〕 この女(め)もし奉りたるものならば、 此女もし奉りたる物ならば。
  〔863〕 翁に冠(かうぶり)をなどかたばせざらん。」 翁にかふむり・[をイ]などかたばせざらん。
       
       
  〔864〕 翁喜びて家に歸りて、 翁喜て家に歸りて。
  〔865〕 かぐや姫にかたらふやう、 かぐや姫にかたらふやう。
  〔866〕 「かくなん帝の仰せ給へる。 かくなむ帝の仰給へる。
  〔867〕 なほやは仕う奉り給はぬ。」といへば、 なをやはつかふまつり給はぬといへば。
       
  〔868〕 かぐや姫答へて曰く、 かぐや姫答ていはく。
  〔869〕 「もはらさやうの宮仕(つかう)奉まつらじ
と思ふを、
もはらさやうの宮づかへつかふまつらじ
と思ふを。
  〔870〕 強ひて仕う奉らせ給はゞ
消え失せなん。
しゐてつかふまつらせたまはゞ
消うせなむず。
  〔871〕 御(み)司冠つかう奉りて
死ぬばかりなり。」
みつかさかふぶりつかふまつりて
しぬばかり也。
       
  〔872〕 翁いらふるやう、 翁いらふるやう。
  〔873〕 「なしたまひそ。 なし給そ。
  〔874〕 官(つかさ)冠も、
我子を見奉らでは何にかはせん。
つかさかふぶりも
我こを見たてまつらでは何にかせむ。
  〔875〕 さはありとも さはありとも。
  〔876〕 などか宮仕をし給はざらん。 などか宮づかへをしたまはざらん。
  〔877〕 死に給ふやうやはあるべき。」といふ。 しに給ふべきやうやあるべきと云。
       
  〔878〕 「『なほそらごとか。』と、仕う奉らせて なをそらごとかとつかまつらせて。
  〔879〕 死なずやあると見給へ。 しなずやあるとみたまへ。
  〔880〕 數多の人の志疎(おろか)ならざりしを、 あまたの人の志をろかならざりしを。
  〔881〕 空しくなしてしこそあれ、 むなしくなしてしこそあれ。
  〔882〕 昨日今日帝のの給はんことにつかん、 きのふ今日帝の宣はん事につかむ。
  〔883〕 人ぎきやさし。」といへば、 人聞やさしといへば。
       
  〔884〕 翁答へて曰く、 翁こたへていはく。
  〔885〕 「天の下の事はとありともかゝりとも、 天下の事はとありともかゝりとも。
  〔886〕 御(おん)命の危きこそ
大なるさはりなれ。
身(御イ)命のあやうさこそ
大きなるさはりなれば。
  〔887〕 猶仕う奉るまじきことを
參りて申さん。」とて、
なをかうつかふまつるまじき事を
まいりて申さむとて。
       
       
  〔888〕 參りて申すやう、 まいりて申樣。
  〔889〕 「仰の事のかしこさに、 仰ごとのかしこさに。
  〔890〕 かの童を參らせん
とて仕う奉れば、
かのわらはをまいらせむ
とてつかふまつれば。
  〔891〕 『宮仕に出したてなば死ぬべし。』とまをす。 宮仕に出奉候はゞしぬベしと申。
  〔892〕 造麿が手にうませたる子にてもあらず、 宮つこまろがてにうませたるこにてあらず。
  〔893〕 昔山にて見つけたる。 昔山にて見つけたる。
  〔894〕 かゝれば心ばせも世の人に似ずぞ侍る。」
と奏せさす。
かゝれば心操もよの人ににずぞ侍る
と奏せさす。
       
  〔895〕 帝おほせ給はく、 御門仰給はく。
  〔896〕 「造麿が家は山本近かンなり。 宮つこまろが家は山本ちかくなり。
  〔897〕 御(み)狩の行幸(みゆき)し給はん
やうにて見てんや。」とのたまはす。
御狩行幸し給はん
やうにて見てむやとのたまはす。
       
  〔898〕 造麿が申すやう、 宮つこまろが申樣。
  〔899〕 「いとよきことなり。 いとよき事也。
  〔900〕 何か心もなくて侍らんに、 何か心もなくて侍らむに。
  〔901〕 ふと行幸して御覽ぜられなん。」
と奏すれば、
ふと御幸して御覽ぜられなん
と奏すれば。
       
       
  〔902〕 帝俄に日を定めて、御狩にいで給ひて、 御門俄に日を定て御狩に出給ひて。
  〔903〕 かぐや姫の家に入り給ひて見給ふに、
光滿ちてけうらにて居たる人あり。
かぐや姫の家に入給ふて見給ふに
光みちてけうらにてゐたる人あり。
  〔904〕 「これならん。」とおぼして、
近くよらせ給ふに、
是ならんと思して。
       
  〔905〕 逃げて入る、袖を捕へ給へば、 にげて入袖をとりてをさへ給へば。
  〔906〕 おもてをふたぎて候へど、 面をふたぎて候へど。
  〔907〕 初よく御覽じつれば、 始よく御覽じつれば。
  〔908〕 類なくおぼえさせ給ひて、 たぐひなくめでたくおぼえさせ給ひて。
  〔909〕 「許さじとす。」とて ゆるさじとすとて。
  〔910〕 率ておはしまさんとするに、 ゐておはしまさむとするに。
       
  〔911〕 かぐや姫答へて奏す、 かぐや姫こたへてそうす。
  〔912〕 「おのが身は をのが身は。
  〔913〕 この國に生れて侍らばこそ仕へ給はめ、 此國に生れて侍らばこそつかひ給はめ。
  〔914〕 いとゐておはし難くや侍らん。」と奏す。 いとゐておはしましがたくや侍らんとそうす。
       
       
  〔915〕 御門。
  〔916〕 「などかさあらん。 などかさあらん。
  〔917〕 猶率ておはしまさん。」とて、 なをゐておはしまさむとて。
  〔918〕 御(おん)輿を寄せたまふに、 御こしをよせ給ふに。
  〔919〕 このかぐや姫きと影になりぬ。 此かぐや姫きとかげになりぬ。
       
  〔920〕 「はかなく、口をし。」とおぼして、 はかなく口惜とおぼして。
  〔921〕 「げにたゞ人にはあらざりけり。」とおぼして、 げにたゞ人にあらざりけりとおぼして。
  〔922〕 「さらば御供には率ていかじ。 さらば御ともにはゐていかじ。
  〔923〕 もとの御かたちとなり給ひね。 もとの御かたちとなり給ひね。
  〔924〕 それを見てだに歸りなん。」と仰せらるれば、 それをみてだにかへりなんと仰らるれば。
  〔925〕 かぐや姫もとのかたちになりぬ。 かぐや姫もとのかたちに成ぬ。
       
  〔926〕 帝なほめでたく思し召さるゝこと
せきとめがたし。
御門猶めでたくおぼしめさるゝ事
せきとめがたし。
  〔927〕 かく見せつる造麿を悦びたまふ。 かくみせつる宮つこまろを悅給ふ。
       
       
  〔928〕 さて仕うまつる百官の人々に、
あるじいかめしう仕う奉る。
扨つかふまつる百官人に
あるじいかめしうつかふまつる。
  〔929〕 帝かぐや姫を留めて歸り給はんことを、
飽かず口をしくおぼしけれど、
御門かぐや姫をとゞめて歸りたまはむ事を
あかずくちおしくおぼしけれど。
  〔930〕 たましひを留めたる心地して
なん歸らせ給ひける。
魂をとゞめたる心ちして
なむかへらせ給ひける。
       
  〔931〕 御(おん)輿に奉りて後に、 御こしにたてまつりて後に。
  〔932〕 かぐや姫に、 かぐや姫に。
       
♪12 〔933〕 かへるさの
みゆき物うくおもほえて
かへるさの
御幸物うくおもほえて
 そむきてとまる
 かぐや姫ゆゑ
 背てとまる
 かくや姫ゆへ
       
  〔934〕 御返事を、 御返り事。
       
♪13 〔935〕 葎はふ
下にもとしは經ぬる身の
むくらはふ
下にもとしはへぬる身の
 なにかはたまの
 うてなをもみむ
 何かは玉の
 臺をは(もイ)見む
       
  〔936〕 これを帝御覽じて、 これを御門御覽じて。
  〔937〕 いとゞ歸り給はんそらもなくおぼさる。 いと[かイ]ゞ歸り給はむ空もなくおぼさる。
       
  〔938〕 御心は
更に立ち歸るべくもおぼされざりけれど、
御心は
更に立かへるべくもおぼされざりけれど。
  〔939〕 さりとて夜を明し給ふべきにもあらねば、 去とて夜をあかし給ふべきにもあらねば。
  〔940〕 歸らせ給ひぬ。 かへらせ給ひぬ。
       
  〔941〕 常に仕う奉る人を見給ふに、 常につかふまつる人をみ給ふに。
  〔942〕 かぐや姫の傍(かたはら)に
寄るべくだにあらざりけり。
かぐや姫の傍に
よるべくだにあらざりけり。
  〔943〕 「こと人よりはけうらなり。」
とおぼしける人の、
こと人よりもけうらなり
とおぼしける人の。
  〔944〕 かれに思しあはすれば かれにおぼしあはすれば。
  〔945〕 人にもあらず。 人にもあらず。
  〔946〕 かぐや姫のみ御心にかゝりて、 かぐや姫のみ御心にかゝりて。
  〔947〕 たゞ一人過したまふ。 唯獨すご(みイ)し給ふ。
       
  〔948〕 よしなくて御方々にもわたり給はず、 よしなくて御かた〴〵にもわたり給はず。
  〔949〕 かぐや姫の御(おん)許にぞ
御文を書きて通はさせ給ふ。
かぐや姫の御もとにぞ
御文を書てかよはさせ給ふ。
  〔950〕 御返事さすがに憎からず
聞えかはし給ひて、
御かへりさすがににくからず
きこえかはし給ひて。
  〔951〕 おもしろき木草につけても、 おもしろき木草につけても。
  〔952〕 御歌を詠みてつかはす。 御歌を讀てつかはす。