竹取物語~不死の薬

羽衣 竹取物語
不死の薬
   


 「その後翁・嫗、血の涙を流して惑へどかひなし」〔1214〕から、「その煙いまだ雲の中へたち昇るとぞいひ傳へたる」〔1248〕まで。
 
 
 目次
 
 ・本文 ・解説
 
 

本文

       
和歌  文章
 番号
竹取物語
(國民文庫)
竹とりの翁物語
(群書類從)
       
  〔1214〕 その後 そののち。
  〔1215〕 翁・嫗、血の涙を流して
惑へどかひなし。
翁女ちのなみだをながして
まどひけれどかひなし。
       
  〔1216〕 あの書きおきし文を
讀みて聞かせけれど、
あの書をきし文を
よみてきかせけれど。
  〔1217〕 「何せんにか命も惜しからん。 何せむにか命もおしからむ。
  〔1218〕 誰が爲にか何事もようもなし。」
とて、藥もくはず、
たがためにかなに事もようもなし
とて藥もくはず。
  〔1219〕 やがておきもあがらず病みふせり。 やがておきもあがらずやみふせり。
       
       
  〔1220〕 中將人々引具して歸り參りて、 中將人々引ぐして歸まいりて。
  〔1221〕 かぐや姫をえ戰ひ留めず
なりぬる事を
かぐや姫をえたゝかひとゞめず
なりぬることを。
  〔1222〕 こま\〃/と奏す。 こま〴〵とそうす。
  〔1223〕 藥の壺に御文そへて參らす。 藥のつぼに御ふみそへてまいらす。
       
  〔1224〕 展げて御覽じて、 ひろげて御覽じて。
  〔1225〕 いたく哀れがらせ給ひて、 いといたくあはれがらせたまひて。
  〔1226〕 物もきこしめさず、 ものもきこしめさず。
  〔1227〕 御遊等などもなかりけり。 御あそびなどもなかりけり。
       
  〔1228〕 大臣・上達部(かんだちめ)を召して、 大じむかんだちめをめして。
  〔1229〕 「何(いづれ)の山か天に近き。」
ととはせ給ふに、
いづれの山かてんにちかき
ととはせ給ふに。
       
  〔1230〕 或人奏す、 ある人そうす。
  〔1231〕 「駿河の國にある山なん、 するがの國にあるなるやまなん。
  〔1232〕 この都も近く 此みやこもちかく。
  〔1233〕 天も近く侍る。」と奏す。 天もちかくはむべるとそうす。
       
  〔1234〕 是をきかせ給ひて、 これをきかせ給ひて。
       
♪15 〔1235〕 あふことも
涙にうかぶわが身には
逢事も
なみたに浮ふわか身には
 しなぬくすりも
 何にかはせむ
 しなぬ藥も
 なにゝかはせむ
       
  〔1236〕 かの奉る
不死の藥の壺に、
御文具して
かのたてまつる
ふしの藥にまたつぼ[のつぼに
御文イ]ぐして。
  〔1237〕 御使に賜はす。 御つかひにたまはす。
       
       
  〔1238〕 勅使には ちよくしには。
  〔1239〕 調岩笠(つきのいはかさ)
といふ人を召して、
月のいはがさ
といふ人をめして。
  〔1240〕 駿河の國にあンなる
山の巓いたゞきに
もて行くべきよし仰せ給ふ。
するがの國にあなる
山のいたゞきに
もてつ[ゆイ]くべきよしおほせ給ふ。
       
  〔1241〕 峰にてすべきやう
教へさせたもふ(*ママ)。
岑にてすべきやう
をしへさせ給ふ。
  〔1242〕 御文 御ふみ。
  〔1243〕 ・不死の藥の壺 ふしのくすりのつぼ。
  〔1244〕 ならべて、火をつけてもやすべき
よし仰せ給ふ。
ならべて火をつけてもやすべき
よしおほせ給ふ。
       
  〔1245〕 そのよし承りて、 そのよしうけたまはりて。
  〔1246〕 兵士(つはもの)どもあまた具して
山へ登りけるよりなん、
つはものどもあまたぐして
山へのぼりけるよりなむ。
  〔1247〕 その山をふしの山とは名づけゝる。 そのやまをふじのやまとなづけける。
  〔1248〕 その煙いまだ雲の中へたち昇る
とぞいひ傳へたる。
そのけぶりいまだ雲の中へたちのぼる
とぞいひつたへけ(たイ)る。
       

解説

 
 
 〔1215〕翁・嫗、血の涙を流して/翁女ちのなみだをながして
 →翁、目、血の涙を流して。
 

 根拠:冒頭の「妻の嫗(めの女)にあづけて養はす」〔13〕
 
 この物語は、明確に前後で記述を連結させて書いている。そしてこのような指摘は皆無。
 全体像がわかる人なら、考えて欲しい。
 

 前提になる〔13〕の記述を比較すると、原文では「めの女」としか書いていないとみれる。もっといえば「めのめ」。
 そしてこの「め」「女」を、妻の女、つまりおうな(嫗)と解釈するに足る独自の記述は何もない。つまり愛情表現がない。
 「めの女にあづけて養はす」。これだけで妻と言えるか。金だけ渡して養わす。そして自分では何にも養わず。
 それを普通はしため(下女)とは言わないか。これと妻をどうやって区別できるのか?
 

 家にいる、近くにいるから、妻やら俺の女やらと思い込む。そういう相手の気持ちを一切考えない男達を拒絶する物語ではなかったか。
 切に「否」といふことなれば、えしひぬはことわりなり。〔472〕
 これが断りの理なり。だから求婚云々は関係ない。婚姻の意思がない。だから絶対不能条件を出している。それ自体が断り。
 
 誰もが、そういうかぐやの気持ちを一切考えない。それどころか地上を恋しがっているという。あの、一体どこにそんな記述が?
 泣いているのは、地上が穢れているから、そういう文脈以外ない。何のために何人も拒絶させ、最後はダメ押しで襲わせてまでいるのか。
 なんでこんな所にいなきゃならんのか。泣きたい、早く帰りたい。でもそんなこと、そこが里である人達に言う訳にはいかない。それが天人の配慮。
 

 富士山の上の「しなぬ薬」は、士を抜いて、富士山の上の富山の置き薬。
 富士と富山の間には信濃もある。
 
 不死の薬には実質的な意味もあるが(immortality)、そんなことは誰も聞く耳もたない。
 壷をつ○ぼとかけて漬ける薬なし。しかし薬がきかなくても方法はある。
 聞かなくても見ることならできる。だから書き置いた。
 ここでの薬とは知識のことである。
 不死とは不滅のことであり、不滅とは霊魂の性質のことである。それで影になっている。