枕草子125段 むとくなるもの

はづかしき 枕草子
上巻下
125段
むとくなる
修法は

(旧)大系:125段
新大系:120段、新編全集:121段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず、混乱を招くので、三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:129, △110段(かなり異なる)
 


 
 むとくなるもの 潮干の潟にをる大船。おほきなる木の風に吹き倒されて、根をささげ横たはれ臥せる。えせ者の従者かうがへたる。聖の足もと。髪みじかき人の、物とりおろして、髪けづりたるうしろで。翁のもとどり放ちたる。相撲の負けてゐるうしろで。人の妻のすずろなる物怨じしてかくれたるを、かならずたづねさわがむものぞと思ひたるに、さしもあらず、のどかにもてなしたれば、さてもえ旅だちゐたらねば、心と出で来たる。
 

 なま心おとりしたる人の知りたる人と、心なることいひむつかりて、ひとへにも臥さじと身じろぐを、ひき寄すれど、強ひてこはがれば、あまりになりては、人もさはれとて、かいくくみて臥しぬる、後に、冬などは、単衣ばかりをひとつ着たるも、あやにくがりつるほどこそ、寒さも知られざりつれ、やうやう夜の更くるままに、寒くもあれど、おほかたの人もみな寝たれば、さすがに起きてもえいかで、ありつる折にぞ寄りぬべかりけると、目も合はず思ひ臥したるに、いとど奥の方より、もののひしめき鳴るもいとおそろしくて、やをらよろぼひ寄りて、衣をひき着るほどこそむとくなれ。人はたけくおもふらむかし、そら寝して知らぬ顔なるさまよ。