徒然草85段 人の心すなほならねば:原文

法顕三蔵 徒然草
第三部
85段
人の心
惟継中納言

 
 人の心すなほならねば、いつはりなきにしもあらず。
されども、おのづから正直の人、などかなからむ。
おのれすなほならねど、人の賢を見てうらやむは世の常なり。
いたりて愚かなる人は、たまたま賢なる人を見て、これを憎む。
「大きなる利を得むがために少しきの利を受けず、いつはり飾りて名を立てむとす」とそしる。
おのれが心にたがへるによりて、この嘲りをなすにて知りぬ。
この人は下愚の性うつるべからず、いつはりて小利をも辞すべからず、かりにも賢を学ぶべからず。
狂人のまねとて大路を走らば、すなはち狂人なり。
悪人のまねとて人を殺さば悪人なり。
驥をまなぶは驥のたぐひ、舜をまなぶは舜の徒なり。
いつはりても賢をまなばむを賢といふべし。