紫式部日記 25 小少将の君の文おこせたまへる 逐語対訳

水鳥の歌 紫式部日記
第二部
小少将の君と文
土御門邸行幸
目次
冒頭
1 小少将の君の文おこせたまへる返り事
2 また空の気色も心地さわぎて
3 ♪雲間なく(小少将の君)
4 ♪ことわりの(紫式部)

 

原文
(黒川本)
現代語訳
(渋谷栄一)
〈適宜当サイトで改め〉
注釈
【渋谷栄一】
〈適宜当サイトで補注〉

1

 小少将の君の
文おこせ
たまへる
返り事
書くに、
 小少将の君が
手紙をおよこし
になった
返事を
書いていると、
小少将の君】-源時通の娘、雅信の孫。『絵詞』には「少将のきみ」とあるが、「小」の脱字。〈前出
【おこせたまへる】-底本「おこせたる」『絵詞』は「おこせ給へる」とある。『全注釈』『集成』『新大系』は「おこせたまへる」と改める。『新編全集』と『学術文庫』は底本のまま。
時雨れの
さと
かきくらせば、
時雨が
さっと
降ってきて空も暗くなったので、
 
使ひも
急ぐ。
使者も
返事を催促する。
 

2

「また空の
気色も心地
さわぎて
なむ」
「わたし同様に空の
状態も気分が
落ち着かない様子
でして」
【心地さわぎて】-底本は「うちさはきて」『絵詞』「心ちさはきて」とある。『全注釈』と『新大系』は「心ちさわぎて」と改める。『集成』『新編全集』『学術文庫』は底本のまま。
とて、
腰折れたることや
書きまぜたり
けむ。
〈といって、
腰砕けなことを
書き込んだか
どうだったか〉。
×と書いて、拙い歌を書き添えたのであろうか(渋谷)
×拙い腰折れ歌を書きまぜてあげたかしら(全集)
×腰折れの一首でも中に書いておいたのでしょう(全注釈)
  〈つまりそれだけで終わった〉  学説は一致して「腰折れ」を三・四の句の接続が悪い拙い歌でそれを別に書き入れたとするが、そもそも書いた内容自体が「腰折れ」でそれを「書きまぜ」たものと見る(独自)。また自分が書いたことを他人事のように疑問形や推測にする説も不適当。全集は「拙い腰折れ歌」としつつそれを「書きまぜてあげたかしら」となぜか恩着せがましくするのも不適当。
「腰折れ」を「腰砕け」としたのも独自だが、これは後が続かなくなるという慣用句で、文脈上それで問題なく通る。問題ないどころかその方が通る。上記学説の説明は文面それ自体でおかしくないか。

3

暗うなりにたるに、
たちかへり、
暗くなったころに、
折り返し、
 
いたう
霞みたる
濃染紙に、
たいそう
濃くぼかした
紫色の紙に、
【霞みたる】-底本「かすめたる」とある。『絵詞』には「かすみたる」とある。『全注釈』は「霞みたる」と校訂するが、『集成』『新大系』『新編全集』『学術文庫』は底本「かすめ」(下二段活用、「霞む」の他動詞形)のままとする。
  〈小少将の君がよこしてきた歌は、以下の通りである〉 【雲間なくながむる空もかきくらしいかにしのぶる時雨れなるらむ】-小少将の君の返歌。『紫式部集』第一一五段。題詞「時雨する日、小少将の君、里より」とある。『新勅撰集』(冬 三八〇)に題詞「里に出でて時雨しける日、紫式部に遣はしける」作者「上東門院小少将」として入集。
 なお『絵詞』には初句「くもりなく」とあるが、従わない。
雲間なく
 ながむる空も
 かきくらし
 いかにしのぶる
 時雨れなるらむ
絶え間なく
 物思いに耽って眺めている空も
〈急に〉曇ってきて雨が降り出しました
〈さてここで問題です。式部もいつも暗いですが、これは①いつまで彼女の気分が晴れるのを待てばよく、②何を思った
 時雨なのでしょ~うか(例の音)。何?腰折れちゃうわ。(姉さんまだマイク入ってます…)〉
×時雨は何を恋い忍んで降るのでしょう、実はあなたを思ってなのですよ(渋谷)
×何をあんなに恋しのんで降る雨なのでしょうか。―それはあなた恋しさゆえの私の涙の時雨とご存じでしょうか(全集。新大系同旨)→え?知らない…
×雲の切れ間がないように絶えずあなたを恋しく思っていますと、その空も一面にかき曇って時雨が降り出しましたが、わたしと違ってあの空は、何を一体あのように恋しがって涙をながすのでしょうか(全注釈)→知らんがな
△今までどれほどこらえていた時雨なのでしょう。それはあなたが恋しくてたえきれず流れる涙のようです(集成)
    〈学説は当然のように小少将が恋慕う涙というレズ物に仕立てるが、文脈にも文言にも一切恋という根拠がない。雨を擬人化するが、本日記は小学校の教科書ではない〉

4

 書きつらむこと
もおぼえず、
〈なんやねんこいつらと
書いたはずのこと〉
も思い出せず、
×書き贈った歌(渋谷)
〈つ らむ:…た(の) だろう。…てしまった だろう。
おぼゆ(覚ゆ):思われる、感じる、思い出す〉
    【ことわりの時雨れの空は雲間あれどながむる袖ぞ乾く間もなき】-紫式部の返歌。『紫式部集』第一一六段。題詞『返し」とある。『新勅撰集』(冬 三八一)に題詞「返し」作者「紫式部」、第五句「乾く世もなき」として入集。
ことわりの
 時雨れの空は
 雲間あれど
 ながむる袖ぞ
 乾く間もなき
季節どおりに降る
 時雨れの空には
 雲間もあるが
〈それを眺める(わいの)長い袖は
 池面に呼び留められ結ばれるまで、乾く間もない(わい)〉
△物思いに耽っているわたしは袖の乾く間もありません(渋谷)→忠実だが「長い」がない
×式部が物思いの多い心情を述べて薄幸の小少将の君を慰めた歌(全集)→薄幸・慰めたは文言に根拠がない
×あなたを思って物思いする私の袖(集成)→あなたを思った根拠がない
×物思いに沈む私の袖は、あなた恋しさの涙でかわく間とてない(新大系)→前段と後段前半がかみあってない。全集・集成のように物思い説もあるようにあなた恋しさの涙という必然がない。そもそも同性の友達恋しさで泣くとは最早病気。なら会いに行けばいい。
〈ながむ:①眺める、ぼんやり見る。②物思いに沈む。学説は②ばかりいうが①が基本。また長いに掛ける。未亡人だから単に袖ということはない〉
  〈答:①天気は晴れますが、私の気分は晴れません。②一々いわすなって。女恋しさの涙って何だよ。んだよこの。おじさんはもういいよ。
 小少将の君:わかりづれーよw 誰一人正解なしじゃねーか。もう徹子だ徹子。徹子の局。とっととトットちゃんの人呼びなさいよ。え、今私に笑いの神舞い降りた…?😃〉
〈袖が乾かない、で涙というのは一つ覚えで泣く文脈がない。ここでは天気に掛け、いつまでも私の気分は晴れず暗いままという象徴表現と解く、その心は左の①②。独自〉