枕草子222段 祭のかへさ、いとをかし

行幸に 枕草子
中巻下
222段
祭のかへさ
五月ばかり

(旧)大系:222段
新大系:205段-8、新編全集:206段-8
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず混乱を招くので、以後最も索引性に優れる三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:203段-5
 


 
 祭のかへさ、いとをかし。
 昨日はよろづのうるはしくして、一条の大路の広うきよげなるに、日のかげも暑く、車にさし入りたるもまばゆければ、扇してかくし、ゐなほり、ひさしく待つもくるしく、汗などもあへしを、今日はいととくいそぎいでて、雲林院、知足院などのもとに立てる車ども、葵かづらどももうちなびきて見ゆる。
 日は出でたれども、空はなほうち曇りたるに、いみじう、いかで聞かむと、目をさまし起きゐて待たるるほととぎすの、あまたさへあるにやと鳴きひびかすは、いみじうめでたしと思ふに、鶯の老いたる声してかれに似せむとををしううち添へたるこそ、にくけれどまたをかしけれ。
 

 いつしかと待つに、御社のかたより赤衣うち着たる者どもなどのつれだちて来るを、「いかにぞ。ことなりぬや」といへば、「まだ、無期」などいらへ、御輿などもてかへる。かれに奉りておはしますらむもめでたく、けだかく、いかでさる下衆などの近く候ふにか、とぞおそろしき。
 

 はるかげにいひつれど、ほどなく還らせ給ふ。扇よりはじめ、青朽葉どものいとをかしう見ゆるに、所の衆の、青色に白襲をけしきばかりひきかけたるは、卯の花の垣根ちかうおぼえて、ほととぎすもかげにかくれぬべくぞ見ゆるかし。
 

 昨日は車一つにあまた乗りて、二藍のおなじ指貫、あるは狩衣などみだれて、簾解きおろし、もの狂ほしきみまで見えし君達の、斎院の垣下にとて、日の装束うるはしうして、今日は一人づつさうざうしく乗りたる後に、をかしげなる殿上童乗せたるもをかし。
 

 わたり果てぬる、すなはちは心地もまどふらむ、我も我もとあやふくおそろしきまでさきに立たむといそぐを、「かくないそぎそ」と扇をさし出でて制するに、聞きも入れねば、わりなきに、すこしひろき所にてしひてとどめさせて立てる、心もとなくにくしとぞ思ひたるべきに、ひかへたる車どもを見やりたるこそをかしけれ。
 男車の誰とも知らぬが後にひきつづきて来るも、ただなるよりはをかしきに、ひき別るる所にて、「峰にわかるる」といひたるもをかし。なほあかずをかしければ、斎院の鳥居のもとまで行きて見るをりもあり。
 

 内侍の車などのいとさわがしければ、異かたの道より帰れば、まことの山里めきてあはれなるに、うつぎ垣根といふものの、いとあらあらしくおどろおどろしげに、さし出でたる枝どもなどおほかるに、花はまだよくもひらけはてず、つぼみたるがちに見ゆるを折らせて、車のこなたかなたにさしたるも、かづらなどのしぼみたるがくちをしきに、をかしうおぼゆ。いとせばう、えも通るまじう見ゆる行く先を、近う行きもて行けば、さしもあらざりけることをかしけれ。
 
 

行幸に 枕草子
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祭のかへさ
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