枕草子294段 今朝はさしも見えざりつる空の

つねに文 枕草子
下巻下
294段
今朝は
きらきらし

(旧)大系:294段
新大系:275段、新編全集:275段-3
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず混乱を招くので、以後は最も索引性に優れ三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:273段
 

旧全集段冒頭:ただ朝は、さしもあらざりつる空の


 
 今朝はさしも見えざりつる空の、いと暗うかき曇りて、雪のかきくらし降るに、いと心ぼそく見出だすほどもなく、白うつもりて、なほいみじう降るに、随身めきてほそやかなる男の、かささして、そばのかたなる塀の戸より入りて、文をさし入れたるこそをかしけれ。

 いと白きみちのくに紙、白き色紙の結びたる、上に引きわたしける墨のふと凍りにければ、末薄になりたるをあけたれば、いとほそく巻きて結びたる、巻目はこまごまとくぼみたるに、墨のいと黒う、薄く、くだりせば、裏表かきみだりたるを、うち返しひさしう見るこそ、何事なからむと、よそに見やりたるもをかしけれ。

 まいて、うちほほゑむ所はいとゆかしけれど、遠うゐたるは、黒き文字などばかりぞ、さなめりとおぼゆるかし。

 額髪長やかに、面やうよき人の、暗きほどに文を得て、火ともすほども心もとなきにや、火桶の火をはさみあげて、たどたどしげに見ゐたるこそをかしけれ。
 
 

つねに文 枕草子
下巻下
294段
今朝は
きらきらし