伊勢物語 110段:魂結び あらすじ・原文・現代語訳

第109段
人こそあだに
伊勢物語
第四部
第110段
魂結び
第111段
まだ見ぬ人

 
 目次
 

 ・あらすじ(大意)
 

 ・原文
 

 ・現代語訳(逐語解説)
 
  みそかにかよふ女(二条の后)
 
   かよふ みそかに 
 
  ♀こよひ夢に 
 
  ♂魂むすび 
 
 
 
 

あらすじ

 
 
 この段は、95段における「二条の后に仕うまつる男」=むかし男(著者)と、二条の后の話の続き。
 95段では、后が心細い時に、男が物語などをして気を紛らわせる話相手になっていたが(いとしのびて)、でも夜はやめようねと諌めていた。
 

 すると本段では、
 后から「今夜夢に見えてくれる?」
 (こよひ夢になむ見え給ひつる?)と言ってきた(つまり日中に)。
 
 (あ~、なんてけなげなと思い)
 

 思ひあまり 出でにし魂の あるならむ
  夜深く見えば 魂むすびせよ

 
 思い余れば 出る玉もあるという 
 夜深くに見えれば 玉結びしてちょうだいな
 
 (せよ=しタマえ。お願いね)
 

 そうだね、夢の世界で会うには、夜は深いほどいいからね。
 もし夜深くに(夢で)見えたなら、魂結びしてちょうだい。
 
 つなぎとめてね。そうしないと、夢はうつつで、うつろっちゃうから。
 強く思うほど、思い余って出て行くってね。
 

 あれ、この話は107109段で、有常の娘が、敏行に呼ばわれ家を出て行ったことと掛かっているな。
 
 
 
 

原文

男女
及び
和歌
定家本 武田本
(定家系)
朱雀院塗籠本
(群書類従本)
  第110段 魂結び
   
 むかし、男、  昔、おとこ、  昔男。
  みそかにかよふ女ありけり。 みそかにかよふ女ありけり。 しのびてかよふ女有けり。
  それがもとより、 それがもとより、 それがもとより。
  こよひ夢になむ見え給ひつる こよひゆめになむ見えたまひつる、 こよひなん夢に見えつる
  といへりければ、男、 といへりければ、おとこ、 といへりければ。おとこ。
       

189
 思ひあまり
 出でにし魂のあるならむ
 おもひあまり
 いでにしたまのあるならむ
 戀わひて(思ひあまり一本)
 出にしたまの有ならん
  夜深く見えば
  魂むすびせよ
  夜ふかく見えば
  たまむすびせよ
  夜深くみえは
  たま結ひせよ
   

現代語訳

 
 

みそかにかよふ女

 

むかし、男、
みそかにかよふ女ありけり。

 
 
むかし男
 むかし男(と)
 
 著者。
 

みそかにかよふ女ありけり
 密かに通う女がいた。
 
 このような描写は直近では、二条の后。
 

かよふ

 
 95段で男の所に人目を忍んで来て、話相手・物語などしていた。それが男の役割。
 
 男が通うのではない。そんなことをしたらよくてクビ。
 
 むかし、二条の后に仕うまつる男ありけり。
 女の仕うまつるを、つねに見かはして、よばひわたりけり。…
 女、いとしのびて、ものごしに逢ひにけり。物語などして、男

 

 男は二条の后に仕えている女方の男。(だから業平ではない。噂が立てられただけ。後述)
 恋愛関係とはしていない。対外的には付人に過ぎない。
 
 「よばひ」は夜這いではなく、呼ばひであることは、107段で示している(男が女の家に呼びに来て文通する)。

 「かよふ」は、ただ移動する意味。言い寄るや求婚の意味はない。そう言うには他の描写が必要。本段でそれはない。純粋な移動。

 「みそかに」のこれまで使用された経緯からそう言える。
 

みそかに

 
 まず一つが5段(関守)。
 むかし、男ありけり。 ひんがしの五条わたりにいと忍びていきけり。
 みそかなる所なれば、 門よりもえ入らで、 わらべのふみあけたる築泥のくづれより、通ひけり。…
 二条の后に忍びてまゐりけるを、世の聞えありければ、せうとたちのまもらせ給ひけるとぞ

 

 一番有名な段だが、五条にいる二条の后というのは、通らない。
 だから五条に参る二条の后、それに男が付き添って一緒に通っていた。
 この数字は段数との符合と、全体との整合性からも確実にそういう表現。
 そして4段では五条で葬儀をしたとある。
 だから夜這い話ではないが、そう噂されたというのが5段の「世の聞えありければ」と6段の内容。
 
 これ以降、男は「二条の后」をしばらく封印する(地位が安泰になる76段まで。その一環で匿名)。
 
 二つ目の「みそか」が64段(玉すだれ)
 
 むかし、男、みそかに語らふわざもせざりせば、いづくなりけむ、怪しさによめる。
 吹く風に わが身をなさば 玉すだれ…
 返し、
 取りとめぬ 風にはありとも玉すだれ…

 
 ここで相手を一切示していないが、実は二条の后だったと。
 内容は、玉簾に例え、(風に吹かれ)どっちつかず・暖簾に腕押しの関係だねと。
 男女で近くにいるのに、そうじゃないと言ってて(やっぱ)怪しいね、と大体そのようなこと。
 
 因みに、後宮の男は、古来玉を取られて名誉を剥奪された賤しい男の役目。それが玉すだれにも出ている。
 しかし著者は玉なしではない。だから「男」。
 105段『玉にぬくべき 人もあらじを』といへりければ、いとなめしと思ひけれど、こころざしはいやまさりけり
 ただし「身はいやし」(84段)かつ、名誉もない。業平に散々のっとられて。
 
 そしてこの玉が、後述の魂(たま)に掛かるのだから、以上は、全て確実な解釈。
 
 

こよひ夢に

 

それがもとより、
こよひ夢になむ見え給ひつる、といへりければ、

 
 
それがもとより
 それが許より、
 (二条の后のもとより)
 
 それ呼ばわりだが、以上の、みそかに・忍んでいる文脈。
 

こよひ夢になむ見え給ひつる
 今夜、夢に見えてくれる?
 

 これは95段の続き。
 物語などして、男、
 彦星に 恋はまさりぬ天の河 へだつる関を いまはやめてよ

 
 これは、彦星といえども(姫が大事でも)、天の川ほど隔たった関には勝てない。
 今は夜は、まずいからやめよう。
 辛かったら、寝れば朝になるって。そしたらまた会えるから。そういう趣旨。
 
 それで本段では、
 今夜は私の夢に来てくれる? 直接会えなくても、寝たら会えるかなあ?
 

といへりければ
 と言ってきたので、
 
 

魂むすび

 

男、
 
思ひあまり 出でにし魂の あるならむ
 夜深く見えば 魂むすびせよ

 

 

思ひあまり 出でにし魂(たま)の あるならむ
 思い余って 出る魂も あるという
 

夜深く見えば 魂むすびせよ
 夜深くに見えれば 魂(夢の世界)で玉結びをしよう
 (心深くでつながろう)
 
 思いがあまれば(強く思えば)、夜深くにでも一緒に会えるものね、
 それじゃあ夜が深くなったら、玉結びしよう? 
 
 おわり。
 
 これは玉の緒などの「玉」が、魂を意味していることを表わした答え合わせの意味もある。
 
 したがって、次の段の下紐もそういう意味。みえない繋がり。