宇治拾遺物語:伏見修理大夫の許へ殿上人共行き向かふ事

四宮河原地蔵 宇治拾遺物語
巻第五
5-2 (71)
伏見修理大夫
以長物忌

 
 これも今は昔、伏見修理大夫のもとへ、殿上人二十人ばかり押し寄せたりけるに、にはかにさわぎけり。肴物とりあへず、沈地の机に、時の物ども色々、ただ推し量るべし。盃、たびたびになりて、おのおのはぶれ出でけるに、厩に、黒馬の額すこし白きを、二十疋たてたりけり。移の鞍二十具、鞍掛にかけたりけり。殿上人、酔みだれて、おのおのこの馬に移の鞍置きてのせて返しにけり。
 

 つとめて、「さても昨日、いみじくしたる物かな」と言ひて、「いざ、また、押し寄せん」と言ひて、また、二十人、押し寄たりければ、このたびは、さる体にして、にはかなるさまは昨日にかはりて、炭櫃をかざりたりけり。厩を見れば黒栗毛なる馬をぞ、二十疋まで立てたりける。これも額白かりけり。
 

 大かた、かばかりの人はなかりけり。これは宇治殿の御子におはしけり。されども、公達おほくおはしましければ、橘の俊遠と言ひて、世中の徳人ありけり、其子になして、かかるさまの人にぞ、なさせ給ひたりけるとか。