宇治拾遺物語:了延に実因湖水の中より法文の事

永超僧都 宇治拾遺物語
巻第四
4-16 (68)
了延房阿闍梨
慈恵僧正

 
 これも今は昔、了延房阿闍梨、日吉の社へ参りて帰る。
 唐崎の辺を過ぐるに、「有相安楽行、此依観思」といふ所を誦したりければ、浪中に、「散心誦法花、不入禅三昧」と、末の句をば誦する声あり。
 不思議の思ひをなして、「いかなる人のおはしますぞ」と問ひければ、具房僧都実因と名のりければ、汀にゐて法文を談じけるに、少々僻事ども答へければ、「これは僻事なり。いかに」と問ひければ、「よく申すとこそ思ひ候へども、生を隔てぬれば、力及ばぬ事なり。我なればこそ、これ程も申せ」と言ひけるとか。