枕草子39段 節は五月にしく月はなし

池は 枕草子
上巻上
39段
節は
木の花ならぬは

(旧)大系:39段
新大系:36段、新編全集:37段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず、混乱を招くので、三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:46段
 


 
 節は五月にしく月はなし。菖蒲、蓬などのかをりあひたる、いみじうをかし。九重の御殿の上をはじめて、いひしらぬ民のすみかまで、いかでわがもとにしげく葺かむと葺きわたしたる、なほいとめづらし。いつかは、ことをりにさはしたりし。
 

 空のけしき、くもりわたりたるに、中宮などには、縫殿より御薬玉とて、色々の糸を組み下げて参らせたれば、御帳たてたる母屋のはしらに、左右につけたり。
 九月九日の菊を、あやしき生絹のきぬにつつみて参らせたるを、おなじはしらにゆひつけて月頃ある薬玉にときかへてぞ棄つめる。また、薬玉は、菊のをりまであるべきにやあらむ。されど、それはみな糸をひきとりて、ものゆひなどして、しばしもなし。
 

 御節供参り、若き人々菖蒲のさしぐしさし、物忌つけなどして、さまざまの唐衣、汗衫などに、をかしき折枝ども、ながき根にむら濃の組してむすびつけたるなど、めづらしういふべきことならねど、いとをかし。さて、春ごとに咲くとて、桜をよろしう思ふ人やはある。
 

 つちありくわらはべなどの、ほどほどにつけて、いみじきわざしたりと思ひて、つねに袂まぼり、人のにくらべなど、えもいはずと思ひたるなどを、そばへたる小舎人童などに、ひきはられて泣くもをかし。
 

 むらさきの紙に楝の花、あをき紙に菖蒲の葉、ほそくまきてゆひ、また、しろき紙を、根してひきゆひたるもをかし。
 いとながき根を、文のなかに入れなどしたるを見る心地ども、艶なり。
 返りごと書かむといひあはせ、かたらふどちは見せかはしなどするも、いとをかし。
 人の女、やむごとなきに所々に、御文など聞こえ給ふ人も、けふは心ことにぞなまめかしき。夕暮れのほどに、ほととぎすの名のりてわたるも、すべていみじき。