源氏物語 須磨:巻別和歌48首・逐語分析

花散里 源氏物語
和歌一覧
各巻別内訳
12帖 須磨
明石

 
 源氏物語・須磨の巻の和歌48首を抜粋一覧化し、現代語訳と歌い手を併記、原文対訳の該当部と通じさせた。

 

 内訳:28()、3(紫上)、2×5(花散里、朧月夜、藤壺、六条御息所、頭中将)、1×7(大宮、右近の将監の蔵人、王命婦、良清、民部大輔、前右近尉、五節)※最初最後
 

須磨・和歌の対応の程度と歌数
和歌間の文字数
即答 24首  40字未満
応答 15首  40~100字未満
対応 5首  ~400~1000字+対応関係文言
単体 4首  単一独詠・直近非対応

※分類について和歌一覧・総論部分参照。

 

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 上下の句に分割したバージョン。見やすさに応じて。
 なお、付属の訳はあくまで通説的理解の一例なので、訳が原文から離れたり対応していない場合、より精度の高い訳を検討されたい。
 


  原文
(定家本校訂)
現代語訳
(渋谷栄一)
170
鳥辺山
燃えし
まがふやと
海人の塩焼く
浦見にぞ行く
〔源氏〕あの鳥辺山で
火葬にした妻の煙に
似てはいないかと
海人が塩を焼く
煙を見に行きます
171
亡き人の
別れやいとど
隔たらむ
となりし
雲居ならでは
〔大宮〕亡き娘との仲も
ますます
遠くなってしまうでしょう
娘が煙となった
都の空から居なくなってしまうのでは
172
身はかくて
さすらへぬとも
君があたり
去らぬ
は離れじ
〔源氏〕たとえわが身は
このように流浪しようとも
鏡に映った影は
あなたの元を
離れずに残っていましょう
173
別れても
だにとまる
ものならば
を見ても
慰めてまし
〔紫上〕お別れしても
せめて影だけでもとどまっていて
くれるものならば
鏡を見て
慰めることもできましょうに
174
月影の
宿れる袖は
せばくとも
とめても見ばや
あかぬ光を
〔花散里〕月の【面影】が
映っているわたしの袖は
狭いですが
そのまま留めて置きたいと思います、
見飽きることのない光を
175
行きめぐり
つひにすむべき
月影の
しばし雲らむ
空な眺めそ
〔源氏〕大空を行きめぐって、
ついには澄むはずの
月の【陰影】ですから
しばらくの間曇っているからといって
悲観なさいますな
176
逢ふなき
涙の河
沈みしや
るる澪の
初めなりけむ
〔源氏〕あなたに逢えないことに
涙を流したことが

流浪する身の上となる
きっかけだったのでしょうか
177
涙河
浮かぶ水泡も
消えぬべし
れて後の
をも待たずて
〔朧月夜〕涙川に
浮かんでいる水泡も
消えてしまうでしょう
生きながらえて再び
お会いできる日を待たないで
178
見しはなく
あるは悲しき
の果てを
背きしかひも
なくなくぞ経る
〔藤壺〕お連れ添い申した院は亡くなられ、
生きておいでの方は悲しいお身の上の
世の末を
出家した甲斐も
なくわたしは泣きの涙で暮らしています
179
別れしに
悲しきことは
尽きにしを
またぞこの
憂さはまされる
〔源氏〕父院にお別れした折に
悲しい思いを
尽くしたと思ったはずなのに
またもこの世の
さらに辛いことに遭います
180
ひき連れて
葵かざしし
そのかみ
思へばつらし
賀茂の瑞垣
〔右近の将監の蔵人〕お供をして
葵を頭に挿した
御禊の日のことを
思うと御利益がなかったのかとつらく思われます、
賀茂の神様
181
憂き世をば
今ぞ別るる
とどまらむ
名をば糺の
にまかせて
〔源氏〕辛い世の中を
今離れて行きます、
後に残る
噂の是非は、糺の
神にお委ねして
182
亡き影や
いかが見るらむ
よそへつつ
眺むる月も
雲隠れぬる
〔源氏〕亡き父上は
どのように御覧になっていらっしゃることだろうか
父上のように思って
見ていた月の光も
雲に隠れてしまった
183
いつかまた
春の都の
を見む
時失へる
山賤にして
〔源氏〕いつ再び
春の都の
花盛りを見ることができましょうか
時流を失った
山賤のわが身となって
184
代答
咲きてとく
散るは憂けれど
ゆく春は
花の都
立ち帰り見よ
〔王命婦〕咲いたかと思うとすぐに
散ってしまう桜の花は悲しいけれども
再び都に戻って来て
春の都を
御覧ください
185
生ける世の
別れを知らで
契りつつ
を人に
限りけるかな
〔源氏〕生きている間にも
生き別れというものがあるとは知らずに
命のある限りは
一緒にと
信じていましたことよ
186
惜しからぬ
に代へて
目の前の
別れをしばし
とどめてしがな
〔紫上〕惜しくもない
わたしの命に代えて、
今のこの別れを
少しの間でも
引きとどめて置きたいものです
187
唐国に
名を残しける
人よりも
行方知られぬ
をやせむ
〔源氏〕唐国で
名を残した
人以上に
行方も知らない
侘住まいをするのだろうか
188
故郷を
峰の霞は
隔つれど
眺むる空は
同じ雲
〔源氏〕住みなれた都の方を
峰の霞は遠く隔てているが
わたしが悲しい気持ちで眺めている空は
都であの人が眺めているのと
同じ空なのだ
189
松島
海人の苫屋も
いかならむ
須磨浦人
しほたるるころ
〔源氏〕私の帰りを待っていらっしゃる
出家されたあなた様は
いかがお過ごしでしょうか
わたしは須磨の浦で
涙に泣き濡れております今日このごろです
190
こりずまの
のみるめの
ゆかしきを
焼く海人
いかが思はむ
〔源氏〕性懲りもなく

お逢いしたく思っていますが
あなた様は
どう思っておいででしょうか
191
垂るる
ことをやくにて
松島
年ふる海人
嘆きをぞつむ
〔藤壺〕涙に濡れて
いるのを仕事として

出家したわたしも
嘆きを積み重ねています
192
浦にたく
海人だにつつむ
恋なれば
くゆる煙よ
行く方ぞなき
〔朧月夜〕須磨の浦の
海人でさえ人目を隠す
恋の火ですから
人目多い都にいる思いはくすぶり続けて
晴れようがありません
193
贈:
浦人
潮くむ袖に
比べ見よ
波路へだつる
夜の衣を
〔紫上→源氏〕あなたの
お袖と
お比べになってみてください
遠く波路を隔てた都で
独り袖を濡らしている夜の衣と
194
うきめかる
伊勢をの海人
思ひやれ
塩垂るてふ
須磨にて
〔六条御息所〕辛く淋しい思いを致してます
伊勢の人を
思いやってくださいまし
やはり涙に暮れていらっしゃるという
須磨の浦から
195
伊勢島や
潮干の潟に
漁りても
いふかひなきは
我が身なりけり
〔六条御息所〕伊勢の海の
干潟で
貝取りしましても
何の生き甲斐もないのは
このわたしです
196
伊勢人の
波の上
漕ぐ小舟にも
うきめは刈らで
乗らましものを
〔源氏〕伊勢人が
波の上を
漕ぐ舟に一緒に乗ってお供すればよかったものを
須磨で浮海布など刈って
辛い思いをしているよりは
197
海人がつむ
なげきのなかに
塩垂れて
いつまで須磨
眺め
〔源氏〕海人が積み重ねる
投げ木の中に
涙に濡れて
いつまで須磨の浦に
さすらっていることでしょう
198
贈:
荒れまさる
軒のしのぶを
眺めつつ
しげくも露の
かかる袖かな
〔花散里→源氏〕荒れて行く
軒の忍ぶ草を
眺めていますと
ひどく涙の露に
濡れる袖ですこと
199
恋ひわびて
泣く音にまがふ
浦波は
思ふ方より
風や吹くらむ
〔源氏〕恋いわびて
泣くわが泣き声に交じって
波音が聞こえてくるが
それは恋い慕っている都の方から
風が吹くからであろうか
200

恋しき人の
列なれや
旅の空飛ぶ
声の悲しき
〔源氏〕初雁は
恋しい人の
仲間なのだろうか
旅の空を飛んで行く
声が悲しく聞こえる
201
かきつらね
昔のことぞ
思ほゆる
はその世の
友ならねども
〔良清〕次々と
昔の事が懐かしく
思い出されます
雁は昔からの
友達であったわけではないのだが
202
心から
常世を捨てて
鳴く
雲のよそにも
思ひけるかな
〔民部大輔=惟光(全集)〕自分から
常世を捨てて
旅の空に鳴いて行く雁を
ひとごとのように
思っていたことよ
203
常世出でて
旅の空なる
がねも
列に遅れぬ
ほどぞ慰む
〔前右近尉〕常世を出て
旅の空にいる
雁も
仲間に外れないでいる
あいだは心も慰みましょう
204
見るほどぞ
しばし慰む
めぐりあはむ
月の都
遥かなれども
〔源氏〕見ている間は
暫くの間だが心慰められる
また廻り逢おうと思う
月の都は、
遥か遠くではあるが
205
憂しとのみ
ひとへにものは
思ほえで
左右にも
るる袖かな
〔源氏〕辛いとばかり
一途に
思うこともできず
恋しさと辛さとの両方に
濡れるわが袖よ
206
琴の音に
弾きとめらるる
綱手
たゆた
君知るらめや
〔五節:筑紫の五節(全集)〕琴の音に
引き止められた
綱手縄のように
ゆらゆら揺れているわたしの心を
お分かりでしょうか
207
ありて
引き手の綱
たゆたはば
うち過ぎましや
須磨
〔源氏〕わたしを思う心があって
引手綱のように
揺れるというならば
通り過ぎて行きましょうか、
この須磨の浦を
208
山賤の
庵に焚ける
しばしばも
言問ひ来なむ
恋ふる里人
〔源氏〕賤しい山人が
粗末な家で焼いている
柴のようにしばしば
便りを寄せてほしい
わが恋しい都の人よ
209
いづ方の
雲路に我も
迷ひなむ
月の見るらむ
ことも恥づかし
〔源氏〕どの方角の
雲路にわたしも
迷って行くことであろう
月が見ているだろうことも
恥ずかしい
210
友千鳥
諸声に鳴く
暁は
ひとり寝覚の
床も頼もし
〔源氏〕友千鳥が
声を合わせて鳴いている
明け方は
独り寝覚めて
泣くわたしも心強い気がする
211
いつとなく
大宮人
恋しきに
桜かざしし
今日も来にけり
〔源氏〕いつと限らず
大宮人が
恋しく思われるのに
桜をかざして遊んだ
その日がまたやって来た
212
故郷を
いづれの春か
行きて見む
うらやましきは
帰るがね
〔源氏〕ふる里を
いつの春にか
見ることができるだろう
羨ましいのは
今帰って行く雁だ
213
あかなくに
の常世を
立ち別れ
花の都に
道や惑はむ
〔頭中将〕まだ飽きないまま
雁は常世を
立ち去りますが
花の都への
道にも惑いそうです
214
近く
飛び交ふ鶴も
空に見よ
我は春日の
曇りなき身ぞ
〔源氏〕雲の近くを
飛びかっている鶴よ、
雲上人よ、はっきりとご照覧あれ
わたしは春の日のように
いささかも疚しいところのない身です
215
たづかなき
居にひとり
音をぞ鳴く
翼並べし
友を恋ひつつ
〔頭中将〕頼りない
雲居にわたしは独りで
泣いています
かつて共に翼を並べた
君を恋い慕いながら
216
知らざりし
大海の原に
流れ来て
ひとかたにやは
ものは悲しき
〔源氏〕見も知らなかった
大海原に
流れきて
人形に一方ならず
悲しく思われることよ
217
八百よろづ
もあはれと
思ふらむ
犯せる罪の
それとなければ
〔源氏〕八百万の
神々もわたしを哀れんで
くださるでしょう
これといって犯した罪は
ないのだから