源氏物語 明石:巻別和歌30首・逐語分析

須磨 源氏物語
和歌一覧
各巻別内訳
13帖 明石
澪標

 
 源氏物語・明石巻の和歌30首を抜粋一覧化し、現代語訳と歌い手を併記、原文対訳の該当部と通じさせた。

 明石(明石の君、明石の御方、明石の上)個人の和歌一覧はリンク先参照。

 

 内訳:17(源氏)、6(明石)、3(明石入道)、2(紫上)、1×2(朱雀帝、五節)※最初最後
 

明石・和歌の対応の程度と歌数
和歌間の文字数
即答 13首  40字未満
応答 6首  40~100字未満
対応 6首  ~400~1000字+対応関係文言
単体 5首  単一独詠・直近非対応

※分類について和歌一覧・総論部分参照。

 

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 上下の句に分割したバージョン。見やすさに応じて。
 なお、付属の訳はあくまで通説的理解の一例なので、訳が原文から離れたり対応していない場合、より精度の高い訳を検討されたい。
 


  原文
(定家本校訂)
現代語訳
(渋谷栄一)
218
贈:
風や
いかに吹くらむ
思ひやる
袖うち濡らし
波間なきころ
〔紫上→源氏〕須磨の浦では
どんなに激しく風が吹いていることでしょう
心配で
袖を涙で濡らしている
今日このごろです
219
海にます
の助けに
かからずは
潮の八百会に
さすらへなまし
〔源氏〕海に鎮座まします
神の御加護が
なかったならば
潮の渦巻く遥か沖合に
流されていたことであろう
220
贈:
遥かにも
思ひやるかな
知らざりし
よりをちに
伝ひして
〔源氏→紫上〕遥か遠くより
思いやっております
知らない
浦からさらに遠くの
浦に流れ来ても
221
あはと見る
路の島の
あはれさへ
残るくまなく
澄める夜の月
〔源氏〕ああと、しみじみ眺める
淡路島の
悲しい情趣まで
すっかり照らしだす
今宵の月であることよ
222
一人寝は
君も知りぬや
つれづれと
思ひ明かし
さびしさを
〔明石入道〕独り寝は
あなた様もお分かりになったでしょうか
所在なく
物思いに夜を明かしている明石の
浦の心淋しさを
223
旅衣
うら悲しさに
明かしかね
草の枕は
夢も結ばず
〔源氏〕旅の生活の
寂しさに
夜を明かしかねて

安らかな夢を見ることもありません
224
をちこちも
知らぬ雲居
眺めわび
かすめし宿の
梢をぞ訪ふ
〔源氏〕何も
わからない土地に
わびしい生活を送っていましたが
お噂を耳にして
お便りを差し上げます
225
眺むらむ
同じ雲居
眺むるは
思ひも同じ
思ひなるらむ
〔明石入道〕物思いされながら眺めていらっしゃる
空を同じく
眺めていますのは
娘もきっと同じ
気持ちだからなのでしょう
226
いぶせくも
にものを
悩むかな
やよやいかに
問ふ人もなみ
〔源氏〕悶々として
心の中で
悩んでおります
いかがですかと
尋ねてくださる人もいないので
227
思ふらむ
のほどや
やよいかに
まだ見ぬ人の
聞きか悩まむ
〔明石〕思って下さるとおっしゃいますが、
その真意は
いかがなものでしょうか
まだ見たこともない方が
噂だけで悩むということがあるのでしょうか
228
秋の夜の
月毛の駒よ
我が恋ふる
雲居を翔れ
時の間も見む
〔源氏〕秋の夜の
月毛の駒よ、
わが恋する
都へ天翔っておくれ
束の間でもあの人に会いたいので
229
むつごとを
りあはせむ
人もがな
憂き世の
なかば覚むやと
〔源氏〕睦言を
語り合える
相手が欲しいものです
この辛い世の夢が
いくらかでも覚めやしないかと
230
明けぬ夜に
やがて惑へる
心には
いづれを
わきてらむ
〔明石〕闇の夜に
そのまま迷っております
わたしには
どちらが夢か現実かと
区別してお話し相手になれましょう
231
しほしほと
まづぞ泣かるる
かりそめの
みるめは海人の
すさびなれども
〔源氏〕あなたのことが思い出されて、
さめざめと泣けてしまいます
かりそめの
恋は海人のわたしの
遊び事ですけれども
232
うらなくも
思ひけるかな
契りしを
より波は
越えじものぞと
〔紫上〕固い約束をしましたので、
何の疑いもなく
信じておりました
末の松山のように、
心変わりはないものと
233
このたびは
立ち別るとも
塩焼く
煙は同じ
方になびかむ
〔源氏〕今は
いったんお別れしますが、
藻塩焼く
煙が同じ
方向にたなびいているようにいずれは一緒に暮らしましょう
234
かきつめて
海人のたく
思ひにも
今はかひなき
恨みだにせじ
〔明石〕あれこれと
何とも悲しい気持ちで
いっぱいですが
今は申しても甲斐のないことですから、
お恨みはいたしません
235
なほざりに
頼め置くめる
一ことを
尽きせぬ音にや
かけて偲ばむ
〔明石〕軽いお気持ちで
おっしゃるお言葉でしょうが
その一言を
悲しくて泣きながら
心にかけて、お偲び申します
236
逢ふまでの
かたみに契る
中の緒

調べはことに
変はらざらなむ
〔源氏〕今度逢う時までの
形見に残した
琴の中の緒の
調子のように二人の仲の愛情も、
格別変わらないでいて欲しいものです
237
うち捨てて
立つも悲しき
浦波の
名残いかにと
思ひやるかな
〔源氏〕あなたを置いて
明石の浦を
旅立つわたしも悲しい気がしますが
後に残ったあなたはさぞや
どのような気持ちでいられることかお察しします
238
年経つる
苫屋も荒れて
憂き波の
返る方にや
身をたぐへまし
〔明石〕長年住みなれた
この苫屋も、あなた様が立ち去った後は荒れはてて
つらい思いをしましょうから、
いっそ打ち返す波に
身を投げてしまおうかしら
239
寄る波に
立ちかさねたる

しほどけしとや
人の厭はむ
〔明石〕ご用意致しました

旅のご装束は
寄る波の涙に濡れていまので、
お厭いになられましょうか
240
かたみにぞ
換ふべかりける
逢ふことの
日数隔てむ
中の
〔源氏〕お互いに形見として
着物を交換しましょう
また逢える
日までの間の
二人の仲の、この中の衣を
241
世をうみ
ここらしほじむ
身となりて
なほこの岸を
えこそ離れね
〔明石入道〕世の中が嫌になって
長年この海浜の汐風に吹かれて
暮らして来たが
なお依然として子の故に此岸を
離れることができずにおります
242
都出でし
春の嘆きに
劣らめや
年経る浦を
別れぬる秋
〔源氏〕都を立ち去った
あの春の悲しさに
決して劣ろうか
年月を過ごしてきたこの浦を
離れる悲しい秋は
243
わたつ
しなえうらぶれ
蛭の児の
脚立たざりし
年は経にけり
〔源氏〕海浜で
うちしおれて落ちぶれながら
蛭子のように
立つこともできず
三年を過ごして来ました
244
宮柱
めぐりあひける
時しあれば
別れし春の
恨み残すな
〔朱雀帝〕こうして
めぐり会える
時があったのだから
あの別れた春の
恨みはもう忘れてください
245
贈:
嘆きつつ
明石浦に
朝霧の
立つやと人を
思ひやるかな
〔源氏→明石〕お嘆きになりながら
暮らしていらっしゃる明石の浦には
嘆きの息が朝霧となって
立ちこめているのではないか
と思いやっています
246
須磨の浦に
心を寄せし
舟人の
やがて朽たせる
を見せばや
〔五節〕須磨の浦で
好意をお寄せ申した
舟人が
そのまま涙で朽ちさせてしまった
袖をお見せ申しとうございます
247
帰りては
かことやせまし
寄せたりし
名残に
干がたかりしを
〔源氏〕かえって
こちらこそ愚痴を言いたいくらいです、
ご好意を寄せていただいて
それ以来涙に濡れて袖が
乾かないものですから