大君(八の宮長女)の和歌 13首:源氏物語の人物別和歌

柏木 源氏物語
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 大君(八の宮長女・浮舟の姉)の和歌全13首(贈2、答9、唱和2)。相手内訳(薫9、中の君1.2、匂宮1、八の宮0.1。唱和を0.1とした)

 薫に対して答えることが多い。対して妹の中の君は匂宮に答えることが多い。

 

 なお、唱和の三人以上という定義からすると、以下の649の「君が折る」は贈答という認定になるが(全集6・587p)、返しなどの文言がなく和歌が直接連続しているので(これが唱和歌の特徴)、意思の連絡としての和歌ではなく、同一の話題について詠まれた和歌として唱和と見るべきものと思う。

 この点、一人二人三人という杓子定規な区分を絶対視することは不適当で、そういう自分達で決めた固定観念で生の描写の人定を誤るというこを、妹の中の君のページで論じる。

 

  原文
(定家本)
現代語訳
(渋谷栄一)
 

橋姫 3/13首

620
いかでかく
 巣立ちけるぞと
 思ふにも
 憂き水鳥の
 契りをぞ知る
〔八の宮+大君+中の君=父姉妹〕どうしてこのように大きくなったのだろうと思うにも
水鳥のような辛い運命が思い知られます
627
雲のゐる
 峰のかけ
 秋
 いとど隔つる
 ころにもあるかな
〔薫→〕雲のかかっている山路を秋霧が
ますます隔てているこの頃です
629
さしかへる
 宇治の河長
 朝夕の
 しづく
 朽たし果つらむ
〔薫→〕棹さして何度も行き来する宇治川の渡し守は朝夕の雫に
濡れてすっかり袖を朽ちさせていることでしょう
 
 

椎本(しいがもと) 5/21首

639
代答
涙のみ
 りふたがれる
 山里
 籬に鹿
 諸声に鳴く
〔匂宮→中の君の代作〕涙ばかりで霧に塞がっている山里は
籬に鹿が声を揃えて鳴いております
642
色変はる
 袖
をば露の
 宿りにて
 わが身ぞさらに
 置き所なき
〔薫→〕喪服に色の変わった袖に露はおいていますが
わが身はまったく置き所もありません
644
君なくて
 岩のかけ道
 絶えしより
 をも
 なにとかは見る
〔中の君←〕父上がお亡くなりになって岩の険しい山道も絶えてしまった今
松の雪を何と御覧になりますか
646
雪深き
 山
のかけはし
 君ならで
 またふみかよふ
 跡を見ぬかな
〔薫←〕雪の深い山の懸け橋は、あなた以外に
誰も踏み分けて訪れる人はございません
649
唱:贈
君が折る
 峰の蕨と
 見ましかば
 知られやせまし
 春のしるしも
〔大君+中の君〕父宮が摘んでくださった峰の蕨でしたら
これを春が来たしるしだと知られましょうに
 
 

総角(あげまき) 5/31首

654
ぬきもへず
 もろき涙の
 玉の緒
 長き契りを
 いかがばむ
〔薫→〕貫き止めることもできないもろい涙の玉の緒に
末長い契りをどうして結ぶことができましょう
656
鳥の音も
 聞こえぬ山と
 思ひしを
 世の憂きことは
 訪ね来にけり
〔薫→〕鳥の声も聞こえない山里と思っていましたが
人の世の辛さは後を追って来るものですね
658
山姫
 むる心は
 わかねども
 移ろふ方や
 深きなるらむ
〔薫→〕山姫が染め分ける心はわかりませんが
色変わりしたほうに深い思いを寄せているのでしょう
662
かたがたに
 くらす
 思ひやれ
 人やりならぬ
 に惑はば
〔薫→〕それぞれに思い悩むわたしの気持ちを思ってみてください
自分勝手に道にお迷いならば
665
隔てなき
 心ばかり
 通ふとも
 馴れとは
 かけじとぞ思ふ
〔薫→〕隔てない心だけは通い合いましょうとも
馴れ親しんだ仲などとはおっしゃらないでください