古事記 天照の武装~原文対訳

第一次神逐 古事記
上巻 第二部
アマテラスの受難
天照の武装
誓約①
原文 書き下し
(武田祐吉)
現代語訳
(武田祐吉)
故於是
速須佐之男命
言。
 かれここに
速須佐の男の命、
言まをしたまはく、
 そこで
スサノヲの命が
仰せになるには、
然者。 「然らば 「それなら

天照大御神
將罷。
天照らす大御神に
まをして
罷りなむ」と言まをして、
天照らす大神おおみかみに
申しあげて
黄泉よみの國に行きましよう」
乃參上天時。 天にまゐ上りたまふ時に、 と仰せられて
天にお上りになる時に、
山川悉動。 山川悉に動とよみ 山や川が悉く鳴り騷ぎ
國土皆震。 國土皆震ゆりき。 國土が皆振動しました。
     

天照大御神
聞驚而。
ここに
天照らす大御神
聞き驚かして、
それですから
天照らす大神が
驚かれて、
詔りたまはく、  
我那勢命之
上來由者。
「我が汝兄なせの命の
上り來ます由ゆゑは、
「わたしの弟おとうとが
天に上つて來られるわけは
必不善心。 かならず
善うるはしき心ならじ。
立派な心で來るのでは
ありますまい。
欲奪
我國耳。
我が國を奪はむと
おもほさくのみ」
と詔りたまひて、
わたしの國を奪おうと
思つておられるのかも知れない」
と仰せられて、
     
即解御髮。 すなはち
御髮みかみを解きて、
髮をお解きになり、

御美豆羅而。
御髻みみづらに
纏かして、
左右に分けて
耳のところに輪に
お纏まきになり、
乃於左右
御美豆羅亦
左右の御髻にも、 その左右の
髮の輪にも、
於御鬘亦。 御鬘かづらにも、 頭に戴かれる
鬘かずらにも、
於左右御手。 左右の御手にも、 左右の御手にも、
各纒持
八尺
勾璁之
五百津之
美須麻流之珠
而。
みな
八尺やさかの
勾璁まがたまの
五百津いほつの
御統みすまるの珠を
纏き持たして、

大きな
勾玉まがたまの
澤山ついている
玉の緒を
纏まき持たれて、
〈自美至流四字
以音下效此〉
   
曾毘良邇者
負千入之靫。
背そびらには
千入ちのりの
靫ゆきを負ひ、
背せには
矢が千本も入る
靱ゆぎを負われ、
〈訓入云能理。下效此。
自曾至邇者。以音〉
   

五百入之
靫。
平ひらには
五百入いほのりの
靫ゆきを附け、
胸にも
五百本入りの
靱をつけ、
亦臂

伊都〈此二字以音〉之
竹鞆而。
また臂ただむきには
稜威いづの
高鞆たかともを
取り佩ばして、
また
威勢のよい
音を立てる鞆ともを
お帶びになり、
弓腹
振立而。
弓腹ゆばら
振り立てて、
弓を
振り立てて力強く
堅庭者。 堅庭は 大庭を
於向股
蹈那豆美。
〈三字以音〉
向股むかももに
蹈みなづみ、
お踏みつけになり、
如沫雪
蹶散而。
沫雪なす
蹶くゑ散はららかして、
泡雪あわゆきのように
大地を蹴散らかして
伊都〈二字以音〉之
男建〈訓建云多祁夫〉
稜威の
男建をたけび、
勢いよく
叫びの
蹈建而。 蹈み建たけびて、 聲をお擧げになつて
待問。 待ち問ひたまひしく、 待ち問われるのには、
何故
上來。
「何とかも
上り來ませる」
と問ひたまひき。
「どういうわけで
上のぼつて來こられたか」
とお尋ねになりました。
     
爾。
速須佐之男命
答白。
ここに
速須佐の男の命
答へ白したまはく、
そこで
スサノヲの命の
申されるには、
僕者
無邪心。
「僕あは
邪きたなき心無し。
「わたくしは
穢きたない心はございません。
唯大御神之命以。 ただ大御神の命もちて、 ただ父上の仰せで
問賜
僕之哭
伊佐知流之事故。
僕が哭き
いさちる事を
問ひたまひければ、
わたくしが哭き
わめいていることを
お尋ねになりましたから、
白都良久。
〈三字以音〉
白しつらく、  
僕欲
往妣國以哭。
僕は
妣ははの國に往いなむとおもひて
哭くとまをししかば、
わたくしは
母上の國に行きたいと思つて
泣いております
と申しましたところ、
爾大御神詔
汝者。
ここに大御神
汝みましは
父上は
不可在
此國而。
この國にな住とどまりそ
と詔りたまひて、
それではこの國に住んではならない
と仰せられて
神夜良比
夜良比
賜故。
神逐かむやらひ
逐ひ賜ふ。
追い拂いましたので
以爲請
將罷往之状。
かれ罷りなむとする状さまを
まをさむとおもひて
お暇乞いに
參上耳。 參ゐ上りつらくのみ。 參りました。
無異心。 異けしき心無し」
とまをしたまひき。
變つた心は
持つておりません」
と申されました。
第一次神逐 古事記
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アマテラスの受難
天照の武装
誓約①