古今和歌集 巻五 秋下:歌の配置・コメント付

巻四:秋上 古今和歌集
巻五
秋歌下
巻六:冬
目次
  249
文屋
250
文屋
251
淑望
252
不知
253
不知
254
不知
255
勝臣
256
貫之
257
敏行
258
忠岑
259
不知
260
貫之
261
元方
262
貫之
263
忠岑
264
不知
265
友則
266
不知
267
是則
268
業×
269
敏行
270
友則
271
千里
272
道真
273
素性
274
友則
275
友則
276
貫之
277
躬恒
278
不知
279
貞文
280
貫之
281
不知
282
関雄
283
奈良?
284
柿?
285
不知
286
不知
287
不知
288
不知
289
不知
290
不知
291
関雄
292
遍昭
293
素性
294
業×
295
敏行
296
忠岑
297
貫之
298
兼覧
299
貫之
300
深養
301
興風
302
是則
303
列樹
304
躬恒
305
躬恒
306
忠岑
307
不知
308
不知
309
素性
310
興風
311
貫之
312
貫之
313
躬恒
 
 
※先頭連続。この他連続は恋二の小町、物名の敏行の三者のみ。秋と恋は最重要の2トップ。それが古今の客観的配分。これでランダムの帰結ということはありえない。
 加えて業平は恋三で敏行により連続が崩される。敏行は業平の義弟で年下かつ明確に格下。つまり貫之は業平を明確に否定している。それが古今の先頭を孫の元方にしていることにも表わされる。詞書に示されるように、古今は伊勢から絶大な影響を受けているにもかかわらず。つまり貫之は業平を伊勢の歌い手と認めていない。一般の業平認定を配置で否定している。否定は貫之でもできなかった。しても無意味だった。そういう所(思い込みのスローガンで突き進み当を得た批判に全く聞く耳もたない)が、この国の(公の)文化というのは、誰もが認めるところだろう(公系統の人を除いて)。
 そういう表現は源氏物語にもあり確実なこと。
 「在五中将の名をば、え朽たさじ」とのたまはせて、宮、
 「みるめこそ うらふりぬらめ年経にし 伊勢をの海人の名をや沈めむ」
 かやうの女言にて乱りがはしく争ふに、一巻に言の葉を尽くして、えも言ひやらず(つまり伊勢を通して説明できない。ごく一部だけ都合よく見て語る)。ただ、あさはかなる若人どもは、死にかへりゆかしがれど、主上のも宮のも片端をだにえ見ず(つまり伊勢を。なので)、いといたう秘めさせたまふ」
 秘めさせたのは、紫的には言っても無意味だからで、公側からみれば、余計なこと=体制の見解に都合の悪いことは言うなという、今でもお決まりの封殺。
 内容でもそうなのに、紫が言えばさらに危うい。無視しきれなくなる。
 
 貫之が上記の配置配分を操作していることは、仮名序と貫之のみ100首という突出したキリ番で、他の撰者はランダムということからも明らか。
 貫之が文屋を立てたことは、8に名にあて直下の9に貫之を配置することから明らか(人麻呂と赤人の関係とパラレル)。
 したがって、仮名序の一般的解釈は端的に誤り。前後の掛かりを読めていないだけ。言葉は巧みなのに身に負わないではない。匂わせないという意味(ひけらかさない)。
 だから匿名の伊勢の昔男(それが源氏の「伊勢をの海人の名」)。光源氏も名がない。名称が形容詞。そんな主人公はないだろう。つまり昔男がモデル。それ以外ない。文屋の子、朝康と掛けて夕霧(だから源氏唯一の正式な嫡男なのに存在感がない)。妻(梓弓の女=葵)は早世し、彼女といざこざが起きた六条御息所は、普通に見れば二条の后。そうではないというのはただナンセンス。ただ読めていないだけ。伊勢も源氏も片端も。

 
 

巻五:秋下

   
   0249
詞書 これさたのみこの家の歌合のうた
作者 文屋やすひて(文屋康秀)
原文 吹くからに 秋の草木の しをるれは
 むへ山かせを あらしといふらむ
かな ふくからに あきのくさきの しをるれは
 うへやまかせを あらしといふらむ
コメ 百人一首22
ふくからに あきのくさきの しをるれば
 むべやまかぜを あらしといふらむ
/吹くからに 秋の草木の しをるれば
 むべ山風を 嵐といふらむ
   
  0250
詞書 これさたのみこの家の歌合のうた
作者 文屋やすひて(文屋康秀)
原文 草も木も 色かはれとも わたつうみの
 浪の花にそ 秋なかりける
かな くさもきも いろかはれとも わたつうみの
 なみのはなにそ あきなかりける
   
  0251
詞書 秋の歌合しける時によめる
作者 紀よしもち(紀淑望)
原文 紅葉せぬ ときはの山は 吹く風の
 おとにや秋を ききわたるらむ
かな もみちせぬ ときはのやまは ふくかせの
 おとにやあきを ききわたるらむ
   
  0252
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 霧立ちて 雁そなくなる 片岡の
 朝の原は 紅葉しぬらむ
かな きりたちて かりそなくなる かたをかの
 あしたのはらは もみちしぬらむ
   
  0253
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 神な月 時雨もいまた ふらなくに
 かねてうつろふ 神なひのもり
かな かみなつき しくれもいまた ふらなくに
 かねてうつろふ かみなひのもり
   
  0254
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 ちはやふる 神なひ山の もみちはに
 思ひはかけし うつろふものを
かな ちはやふる かみなひやまの もみちはに
 おもひはかけし うつろふものを
   
  0255
詞書 貞観御時、綾綺殿のまへに梅の木ありけり、
にしの方にさせりける
えたのもみちはしめたりけるを
うへにさふらふをのことものよみける
ついてによめる
作者 藤原かちおむ(藤原勝臣)
原文 おなしえを わきてこのはの うつろふは
 西こそ秋の はしめなりけれ
かな おなしえを わきてこのはの うつろふは
 にしこそあきの はしめなりけれ
   
  0256
詞書 いしやまにまうてける時、
おとは山のもみちを見てよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 秋風の ふきにし日より おとは山
 峰のこすゑも 色つきにけり
かな あきかせの ふきにしひより おとはやま
 みねのこすゑも いろつきにけり
   
  0257
詞書 これさたのみこの家の歌合によめる
作者 としゆきの朝臣(藤原敏行)
原文 白露の 色はひとつを いかにして
 秋のこのはを ちちにそむらむ
かな しらつゆの いろはひとつを いかにして
 あきのこのはを ちちにそむらむ
   
  0258
詞書 これさたのみこの家の歌合によめる
作者 壬生忠岑
原文 秋の夜の つゆをはつゆと おきなから
 かりの涙や のへをそむらむ
かな あきのよの つゆをはつゆと おきなから
 かりのなみたや のへをそむらむ
   
  0259
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あきのつゆ いろいろことに おけはこそ
 山のこのはの ちくさなるらめ
かな あきのつゆ いろいろことに おけはこそ
 やまのこのはの ちくさなるらめ
   
  0260
詞書 もる山のほとりにてよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 しらつゆも 時雨もいたく もる山は
 したはのこらす 色つきにけり
かな しらつゆも しくれもいたく もるやまは
 したはのこらす いろつきにけり
   
  0261
詞書 秋のうたとてよめる
作者 在原元方
原文 雨ふれと つゆももらしを かさとりの
 山はいかてか もみちそめけむ
かな あめふれと つゆももらしを かさとりの
 やまはいかてか もみちそめけむ
   
  0262
詞書 神のやしろのあたりをまかりける時に
いかきのうちのもみちを見てよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 ちはやふる 神のいかきに はふくすも
 秋にはあへす うつろひにけり
かな ちはやふる かみのいかきに はふくすも
 あきにはあへす うつろひにけり
コメ 参照:伊勢71段(神のいがき)。
ちはやぶる 神のいがきも 越えぬべし
 大宮人の 見まくほしさに」
   
  0263
詞書 これさたのみこの家の歌合によめる
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 あめふれは かさとり山の もみちはは
 ゆきかふ人の そてさへそてる
かな あめふれは かさとりやまの もみちはは
 ゆきかふひとの そてさへそてる
   
  0264
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 よみ人しらす
原文 ちらねとも かねてそをしき もみちはは
 今は限の 色と見つれは
かな ちらねとも かねてそをしき もみちはは
 いまはかきりの いろとみつれは
   
  0265
詞書 やまとのくににまかりける時、
さほ山にきりのたてりけるを見てよめる
作者 きのとものり(紀友則)
原文 たかための 錦なれはか 秋きりの
 さほの山辺を たちかくすらむ
かな たかための にしきなれはか あききりの
 さほのやまへを たちかくすらむ
   
  0266
詞書 是貞のみこの家の歌合のうた
作者 よみ人しらす
原文 秋きりは けさはなたちそ さほ山の
 ははそのもみち よそにても見む
かな あききりは けさはなたちそ さほやまの
 ははそのもみち よそにてもみむ
   
  0267
詞書 秋のうたとてよめる
作者 坂上是則
原文 佐保山の ははその色は うすけれと
 秋は深くも なりにけるかな
かな さほやまの ははそのいろは うすけれと
 あきはふかくも なりにけるかな
   
  0268
詞書 人のせんさいに
きくにむすひつけてうゑけるうた
作者 在原なりひらの朝臣(在原業平)
(※問題あり)
原文 うゑしうゑは 秋なき時や さかさらむ
 花こそちらめ ねさへかれめや
かな うゑしうゑは あきなきときや さかさらむ
 はなこそちらめ ねさへかれめや
コメ 出典:伊勢51段(前栽の菊)。
「むかし、男、人の前栽に菊植ゑけるに、
『植ゑしうゑば 秋なき時や 咲かざらむ
 花こそ散らめ 根さへ枯れめや』」
これは業平の歌ではない。文屋の歌。
人の庭に植えた菊はどっちのものになるもんかね、という歌(その心はハナから意味ない想定)。判事だった経験と定着物という法的論点。
伊勢での「むかし男」は、12段(武蔵野)を除き、全て著者を意味している。
そして著者は業平足り得ない。それは今では常識。説のレベルではない。伊勢の文面を見ればそうでしかありえない。
しかしかつてはそう見られていなかった(読解力がなさすぎて、というより噂だけで認定した)。だからこういう認定になっている。
つまり伊勢は知らないが、みなが業平の歌集と言っているということで認定されている。この国の公には基本的に主体性はない。責任を嫌う。
在五、在原なりける男は、伊勢63段・65段で言及され、いずれも強く非難され、主人公でも著者でもあり得ない。
かつ名前にからめて言及した時点で、昔男でもない。昔男は最初から最後まで一貫している。著者はそこまで阿保レベルではない。
兄の行平は端的にしかも問題の人物とセットで二度も言及しているので(79段・101段)、直接言及しないのはあまりに憚られるからである。
   
  0269
詞書 寛平御時きくの花をよませたまうける
/この歌は、また殿上ゆるされさりける時にめしあけられてつかうまつれるとなむ
作者 としゆきの朝臣(藤原敏行)
原文 久方の 雲のうへにて 見る菊は
 あまつほしとそ あやまたれける
かな ひさかたの くものうへにて みるきくは
 あまつほしとそ あやまたれける
   
  0270
詞書 これさたのみこの家の歌合のうた
作者 きのとものり(紀友則)
原文 露なから をりてかささむ きくの花
 おいせぬ秋の ひさしかるへく
かな つゆなから をりてかささむ きくのはな
 おいせぬあきの ひさしかるへく
   
  0271
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 大江千里
原文 うゑし時 花まちとほに ありしきく
 うつろふ秋に あはむとや見し
かな うゑしとき はなまちとほに ありしきく
 うつろふあきに あはむとやみし
   
  0272
詞書 おなし御時せられけるきくあはせに、
すはまをつくりて
菊の花うゑたりけるにくはへたりけるうた、
ふきあけのはまのかたに
きくうゑたりけるによめる
作者 すかはらの朝臣(菅原道真)
原文 秋風の 吹きあけにたてる 白菊は
 花かあらぬか 浪のよするか
かな あきかせの ふきあけにたてる しらきくは
 はなかあらぬか なみのよするか
   
  0273
詞書 仙宮に菊をわけて人のいたれるかたをよめる
作者 素性法師
原文 ぬれてほす 山ちの菊の つゆのまに
 いつかちとせを 我はへにけむ
かな ぬれてほす やまちのきくの つゆのまに
 いつかちとせを われはへにけむ
   
  0274
詞書 菊の花のもとにて人の人まてるかたをよめる
作者 とものり(紀友則)
原文 花見つつ 人まつ時は しろたへの
 袖かとのみそ あやまたれける
かな はなみつつ ひとまつときは しろたへの
 そてかとのみそ あやまたれける
   
  0275
詞書 おほさはの池のかたにきくうゑたるをよめる
作者 とものり(紀友則)
原文 ひともとと 思ひしきくを おほさはの
 池のそこにも たれかうゑけむ
かな ひともとと おもひしきくを おほさはの
 いけのそこにも たれかうゑけむ
   
  0276
詞書 世中のはかなきことを思ひけるをりに
きくの花を見てよみける
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 秋の菊 にほふかきりは かさしてむ
 花よりさきと しらぬわか身を
かな あきのきく にほふかきりは かさしてむ
 はなよりさきと しらぬわかみを
   
  0277
詞書 しらきくの花をよめる
作者 凡河内みつね(凡河内躬恒)
原文 心あてに をらはやをらむ はつしもの
 おきまとはせる 白菊の花
かな こころあてに をらはやをらむ はつしもの
 おきまとはせる しらきくのはな
コメ 百人一首29
こゝろあてに をらばやをらむ はつしもの
 おきまどはせる しらぎくのはな
/心あてに 折らばや折らむ 初霜の
 置きまどはせる 白菊の花
   
  0278
詞書 これさたのみこの家の歌合のうた
作者 よみ人しらす
原文 いろかはる 秋のきくをは ひととせに
 ふたたひにほふ 花とこそ見れ
かな いろかはる あきのきくをは ひととせに
 ふたたひにほふ はなとこそみれ
   
  0279
詞書 仁和寺にきくのはなめしける時に
うたそへてたてまつれとおほせられけれは、よみてたてまつりける
作者 平さたふん(平貞文)
原文 秋をおきて 時こそ有りけれ 菊の花
 うつろふからに 色のまされは
かな あきをおきて ときこそありけれ きくのはな
 うつろふからに いろのまされは
   
  0280
詞書 人の家なりけるきくの花を
うつしうゑたりけるをよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 さきそめし やとしかはれは 菊の花
 色さへにこそ うつろひにけれ
かな さきそめし やとしかはれは きくのはな
 いろさへにこそ うつろひにけれ
   
  0281
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 佐保山の ははそのもみち ちりぬへみ
 よるさへ見よと てらす月影
かな さほやまの ははそのもみち ちりぬへみ
 よるさへみよと てらすつきかけ
   
  0282
詞書 みやつかへひさしうつかうまつらて
山さとにこもり侍りけるによめる
作者 藤原関雄(ふじわらのせきお)
原文 おく山の いはかきもみち ちりぬへし
 てる日のひかり 見る時なくて
かな おくやまの いはかきもみち ちりぬへし
 てるひのひかり みるときなくて
   
  0283
詞書 題しらす/この歌は、ある人、
ならのみかとの御歌なりとなむ申す
作者 よみ人しらす
(一説、ならのみかと(平城天皇?))
原文 竜田河 もみちみたれて 流るめり
 わたらは錦 なかやたえなむ
かな たつたかは もみちみたれて なかるめり
 わたらはにしき なかやたえなむ
   
  0284
詞書 題しらす/又は、あすかかはもみちはなかる(此歌右注人丸歌、他本同)
作者 よみ人しらす(一説、人丸(柿本人麻呂))
原文 たつた河 もみちは流る 神なひの
 みむろの山に 時雨ふるらし
かな たつたかは もみちはなかる かみなひの
 みむろのやまに しくれふるらし
   
  0285
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 こひしくは 見てもしのはむ もみちはを
 吹きなちらしそ 山おろしのかせ
かな こひしくは みてもしのはむ もみちはを
 ふきなちらしそ やまおろしのかせ
   
  0286
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 秋風に あへすちりぬる もみちはの
 ゆくへさためぬ 我そかなしき
かな あきかせに あへすちりぬる もみちはの
 ゆくへさためぬ われそかなしき
   
  0287
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あきはきぬ 紅葉はやとに ふりしきぬ
 道ふみわけて とふ人はなし
かな あきはきぬ もみちはやとに ふりしきぬ
 みちふみわけて とふひとはなし
   
  0288
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 ふみわけて さらにやとはむ もみちはの
 ふりかくしてし みちとみなから
かな ふみわけて さらにやとはむ もみちはの
 ふりかくしてし みちとみなから
   
  0289
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 秋の月 山辺さやかに てらせるは
 おつるもみちの かすを見よとか
かな あきのつき やまへさやかに てらせるは
 おつるもみちの かすをみよとか
   
  0290
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 吹く風の 色のちくさに 見えつるは
 秋のこのはの ちれはなりけり
かな ふくかせの いろのちくさに みえつるは
 あきのこのはの ちれはなりけり
   
  0291
詞書 題しらす
作者 せきを(藤原関雄)
原文 霜のたて つゆのぬきこそ よわからし
 山の錦の おれはかつちる
かな しものたて つゆのぬきこそ よわからし
 やまのにしきの おれはかつちる
   
  0292
詞書 うりむゐんの木のかけにたたすみてよみける
作者 僧正へんせう(遍昭、良岑宗貞)
原文 わひ人の わきてたちよる この本は
 たのむかけなく もみちちりけり
かな わひひとの わきてたちよる このもとは
 たのむかけなく もみちちりけり
   
  0293
詞書 二条の后の春宮のみやす所と申しける時に、
御屏風にたつた河にもみちなかれたるかたをかけりけるを題にてよめる
作者 そせい(素性法師)
原文 もみちはの なかれてとまる みなとには
 紅深き 浪や立つらむ
かな もみちはの なかれてとまる みなとには
 くれなゐふかき なみやたつらむ
   
  0294
詞書 二条の后の春宮のみやす所と申しける時に、
御屏風にたつた河にもみちなかれたるかたをかけりけるを題にてよめる
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※問題あり)
原文 ちはやふる 神世もきかす 竜田河
 唐紅に 水くくるとは
かな ちはやふる かみよもきかす たつたかは
 からくれなゐに みつくくるとは
コメ

出典:伊勢106段(龍田川)。
「むかし、男、親王たちのせうえうし給ふ所にまうでて、龍田川のほとりにて。」
『ちはやぶる 神代も聞かず 龍田川
 から紅に 水くくるとは』 百人一首17
 この歌は業平の歌ではない。業平を非難した歌。
 伊勢の著者である文屋が業平に対し堪忍袋の尾が切れたことを表した歌。
 定家がこれを選定したのは、古今で業平とされる約30の歌で、唯一伊勢から離れた詞書の歌ということを確実に考慮している。
 定家は伊勢と源氏の写本の大家で、伊勢が業平を非難し、源氏も同様に業平を認めず、無名の著者を擁護した表現は確実に(普通に)読めた筈。
 つまり定家は伊勢と業平を別にしている。伊勢が業平のものと一般ど同様に堂々認めているなら、あえて唯一この微妙で過激な歌を選定しない。
 しかし離れているのは屏風なだけで、あとは全て伊勢にあるのであるが。
 しかもその屏風すら、一つ上の素性と完全に同一の詞書。業平にはオリジナル要素が全くない。この詞書でオリジナルと喜べるならかなりのもの。
 ちはやぶるとは、古事記の「道速振」という、怒りに満ち荒ぶる神の枕詞(一言で表わす言葉)に因む。
 万葉では表記がぶれるが、古事記は人麻呂(=安万侶)が示したブレない表記で、かつ文脈も示されているので、こちらの言葉が何より優先する。
 古事記は基本的に音を当てているのであり、字それ自体に意味を持たせていることはそこまで多くない(例えば天照が後者で、前者が須佐之男)。
 その文脈を受けていることを神代で表わしている。つまり古代の文脈(神語)。神代もきかずとは、前代未聞、つまりありえねーヨという意味。
 先頭にちはやぶる(怒り荒ぶる)がある以上、この歌が恋歌やみやびな歌であることはない。これは説ではない。和歌の、言葉の基本的なルール。
 古語の解釈は、後の人々の説(往々にして文字から離れた思い込みの解釈)で決まらない。素直な字義、前後の文言との符合、大きな文脈で決まる。
 そして「道速振」の音の掛かりは上記に示した通りであり、それ以外の文脈に見ることは実質不可能。それ以上の掛かりを示せるなら教えて欲しい。
 このは自らに描け、かつ「くくる」とは括るにかかる。それでその問いかけで考えて欲しい。
 絞りのくくり→意味不明。大前提の枕詞の方向性も無視している。もみじがくぐる→もみじは浮かぶ。くぐらない。
 一々いわせんなよ、自ら括れよ、けじめつけろよそういう意味。「けぢめ見せぬ心」の在五に(伊勢63段)。これで主人公とはどういうことだよ、そういう意味。実に素直な解釈。何の無理もない。その文脈がわからないから、絞りとかもみじとかになるし、素性も利用できる。
 古事記の荒ぶる文脈は、すぐ命をとったとられたの野蛮な様を表わしている。そんな世界でも聞いたことねーヨ、○おかしすぎる。これは説。

   
  0295
詞書 これさたのみこの家の歌合のうた
作者 としゆきの朝臣(藤原敏行)
原文 わかきつる 方もしられす くらふ山
 木木のこのはの ちるとまかふに
かな わかきつる かたもしられす くらふやま
 ききのこのはの ちるとまかふに
   
  0296
詞書 これさたのみこの家の歌合のうた
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 神なひの みむろの山を 秋ゆけは
 錦たちきる 心地こそすれ
かな かみなひの みむろのやまを あきゆけは
 にしきたちきる ここちこそすれ
   
  0297
詞書 北山に
紅葉をらむとてまかれりける時によめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 見る人も なくてちりぬる おく山の
 紅葉はよるの にしきなりけり
かな みるひとも なくてちりぬる おくやまの
 もみちはよるの にしきなりけり
   
  0298
詞書 秋のうた
作者 かねみの王(兼覧王)
原文 竜田ひめ たむくる神の あれはこそ
 秋のこのはの ぬさとちるらめ
かな たつたひめ たむくるかみの あれはこそ
 あきのこのはの ぬさとちるらめ
   
  0299
詞書 をのといふ所にすみ侍りける時
もみちを見てよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 秋の山 紅葉をぬさと たむくれは
 すむ我さへそ たひ心ちする
かな あきのやま もみちをぬさと たむくれは
 すむわれさへそ たひここちする
   
  0300
詞書 神なひの山をすきて竜田河をわたりける時に、もみちのなかれけるをよめる
作者 きよはらのふかやふ(清原深養父)
原文 神なひの 山をすき行く 秋なれは
 たつた河にそ ぬさはたむくる
かな かみなひの やまをすきゆく あきなれは
 たつたかはにそ ぬさはたむくる
   
  0301
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 ふちはらのおきかせ(藤原興風)
原文 白浪に 秋のこのはの うかへるを
 あまのなかせる 舟かとそ見る
かな しらなみに あきのこのはの うかへるを
 あまのなかせる ふねかとそみる
   
  0302
詞書 たつた河のほとりにてよめる
作者 坂上これのり(坂上是則)
原文 もみちはの なかれさりせは 竜田河
 水の秋をは たれかしらまし
かな もみちはの なかれさりせは たつたかは
 みつのあきをは たれかしらまし
   
  0303
詞書 しかの山こえにてよめる
作者 はるみちのつらき(春道列樹)
原文 山河に 風のかけたる しからみは
 流れもあへぬ 紅葉なりけり
かな やまかはに かせのかけたる しからみは
 なかれもあへぬ もみちなりけり
コメ 百人一首32
やまがはに かぜのかけたる しがらみは
 ながれもあへぬ もみぢなりけり
/山川に 風のかけたる しがらみは
 流れもあへぬ 紅葉なりけり
   
  0304
詞書 池のほとりにてもみちのちるをよめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 風ふけは おつるもみちは 水きよみ
 ちらぬかけさへ そこに見えつつ
かな かせふけは おつるもみちは みつきよみ
 ちらぬかけさへ そこにみえつつ
   
  0305
詞書 亭子院の御屏風のゑに、
河わたらむとする人のもみちのちる木のもとにむまをひかへてたてる
をよませたまひけれは、つかうまつりける
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 立ちとまり 見てをわたらむ もみちはは
 雨とふるとも 水はまさらし
かな たちとまり みてをわたらむ もみちはは
 あめとふるとも みつはまさらし
   
  0306
詞書 是貞のみこの家の歌合のうた
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 山田もる 秋のかりいほに おくつゆは
 いなおほせ鳥の 涙なりけり
かな やまたもる あきのかりいほに おくつゆは
 いなおほせとりの なみたなりけり
   
  0307
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 ほにもいてぬ 山田をもると 藤衣
 いなはのつゆに ぬれぬ日そなき
かな ほにもいてぬ やまたをもると ふちころも
 いなはのつゆに ぬれぬひそなき
   
  0308
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 かれる田に おふるひつちの ほにいてぬは
 世を今更に 秋はてぬとか
かな かれるたに おふるひつちの ほにいてぬは
 よをいまさらに あきはてぬとか
   
  0309
詞書 北山に僧正へんせうと
たけかりにまかれりけるによめる
作者 そせい法し(素性法師)
原文 もみちはは 袖にこきいれて もていてなむ
 秋は限と 見む人のため
かな もみちはは そてにこきいれて もていてなむ
 あきはかきりと みむひとのため
   
  0310
詞書 寛平御時
ふるきうたたてまつれとおほせられけれは、
たつた河もみちはなかるといふ歌をかきて、そのおなし心をよめりける
作者 おきかせ(藤原興風)
原文 み山より おちくる水の 色見てそ
 秋は限と 思ひしりぬる
かな みやまより おちくるみつの いろみてそ
 あきはかきりと おもひしりぬる
   
  0311
詞書 秋のはつる心をたつた河に思ひやりてよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 年ことに もみちはなかす 竜田河
 みなとや秋の とまりなるらむ
かな としことに もみちはなかす たつたかは
 みなとやあきの とまりなるらむ
   
  0312
詞書 なか月のつこもりの日大井にてよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 ゆふつく 夜をくらの山に なくしかの
 こゑの内にや 秋はくるらむ
かな ゆふつくよ をくらのやまに なくしかの
 こゑのうちにや あきはくるらむ
   
  0313
詞書 おなし(なか月)つこもりの日よめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 道しらは たつねもゆかむ もみちはを
 ぬさとたむけて 秋はいにけり
かな みちしらは たつねもゆかむ もみちはを
 ぬさとたむけて あきはいにけり