古今和歌集仮名序~原文読解及び解説

詞書の分析 古今和歌集
仮名序
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 ここでは、古今和歌集仮名序の原文を整理して解説する。
 古事記万葉、伊勢竹取、そしていろはの参照。
 仮名序の核心は歌仙評。配置でもそういえる。
 これは竹取の記述様式を明確に受けている、前後の掛かり。
 しかし一般に全く見出されていないし、竹取自体でも見出されていない。つまり掛かりを全く知らない。一般のいう掛詞ではない。それは最狭義の掛かり。
 業平と文屋の接続は特に微妙(慎重)にしている。そこが肝心。
 

目次
仮名序原文(仮名序の序)
神代と人代(古事記参照)
難波津の歌(歌の父母)
人の心
柿本人麻呂(人①:歌聖。歌の神)
山部赤人(人②:人麻呂の下を固める)
→古今8・9の文屋と貫之とパラレル
古を知る人と六人の有名
 わずかに一人二人
=文屋と小町=二人で一人
二人の仲を根拠づける貫之の詞書(938)
 ・遍昭 ・業平
 ・文屋 ・喜撰
 ・小町 ・黒主
業平評は当時の無難な伊勢評。
しかし業平は伊勢の著者たりえない。
根拠:
文屋・小町・敏行のみ巻先頭連続
秋下・恋二・物名。
業平は恋三で敏行により連続を崩す
つまり文屋と小町のみ別格
業平を否定する絶対の配置
それが上記配置の意味。
かつ文屋が三河に行ったとする小町の歌は
伊勢の東下りを確実に根拠づけている
他方で業平に東に行った記録はないとされる
そういう記録以前に伊勢は業平を否定している
 ・古今和歌集の趣旨
 ・むすび
解説

 
 歌仙評の読解には前後上下の掛かりを見る必要がある(竹取の難題と同じ構造)。掛かりこそ古事記や伊勢竹取の神髄。紫のいう神がかり。
 それを見れないのはただの無知で無理解。一般の解釈は単純に誤り。全員否定するなら古を立てた意味が全くないし、道義的にもない。
 
 古(古代)は神代。それを知るとは、古事記以前の理解。神の理解。
 一般は一般に神の実在を認めず天皇とするが誤り。当然だが天皇は神ではないしそういうのは摂理に反している。だから人間宣言。そして今はヒト。
 人麻呂が天皇を神と称えているというお決まりの解釈も字面だけの誤解釈。古事記の誤解釈(高光る日の御子)。神の実在を認めない人達の解釈。
 そういう典型的御用系=追従系の人が、独創性に富む歌物語・神話を描けることなどない。ただ参照するのが関の山。そういう自分達の視点で見ただけ。
 古事記の序で安万侶(つまり人麻呂)が一番最初に称えた皇族は、神を敬った存在(即覺夢而敬神祇。所以稱賢后)。しかも后。
 
 

仮名序原文


 
 やまとうたは、人のこゝろをたねとして、よろづのことのはとぞなれりける。
 よの中にあるひとことわざしげきものなれば、心におもふ事を、みるものきくものにつけていひいだせるなり。
 はなになくうぐひす、みづにすむかはづのこゑをきけば、いきとしいけるものいづれかうたをよまざりける。
 ちからをもいれずしてあめつちをうごかし、めに見えぬおにかみをもあはれとおもはせ、をとこをむなのなかをもやはらげ、たけきものゝふのこゝろをもなぐさむるはうたなり。
 

 「あめつちうごかし」は古事記。「おにかみもあはれ」をとこをむなのなかは伊勢物語(鬼は6段)、たけきものゝふのこゝろをもなぐさむるは竹取を暗示。
 
 序盤「よろづのことのは」は、万葉ともいえるが、端的には竹取序盤の言葉(野山にまじりて、竹をとりつゝ萬の事につかひけり)。
 「たけきもの(のふ)」が竹取の「腹だたしきことも慰みけり。翁竹をとること久しくなりぬ。勢猛の者になり」に由来。つまり勢猛の解釈の意識。
 これは一般に有力者になったと語義を無視して解されるが、成金になった自然の成行きで(=いきおい)野蛮になったという意味。これが掛かり。
 
 

神代と人代

 
 
 このうた、あめつちのひらけはじまりける(時)よりいできにけり。
 しかあれども、よにつたはれることは、ひさかたのあめにしては、したてるひめにはじまり、あらがねのつちにしては、すさのをのみことよりぞおこりける。
 ちはやぶるかみよには、うたのもじもさだまらず、すなほにして、ことのこゝろわきがたかりけらし。
 人のよとなりて、すさのをのみことよりぞ、みそもじあまりひともじはよみける。
 

 注:(時)は表記ママ。冒頭は古事記の天地開闢。古事記は歌物語。
 その意味で万葉が最古の歌集というのは違う。古事記や伊勢は広義では歌集。むしろ古歌こそ権威ある古典の神髄。
 「したてるひめ」は大国主の娘の「下照比賣」。「ちはやぶる」も古事記(此國 道速振荒振國神等之多在)。
 また細かいが貫之はスサノオを出してはいるが立ててはいない。その先に出したのが天照ではなく権力者の娘の下照ということもその表れ。
 

 かくてぞはなをめで、とりをうらやみ、かすみをあはれび、つゆをかなしぶこゝろことばおほく、さま〴〵になりにける。
 とほきところもいでたつあしもとよりはじまりて年月をわたり、たかき山もふもとのちりひぢよりなりて、あまぐもたなびくまでおひのぼれるごとくに、このうたもかくのごとくなるべし。
 
 

難波津の歌

 
 
 なにはづのうたは、みかどのおほむはじめなり。
 あさかやまのことばゝうねめのたはぶれよりよみて、このふたうたは歌のちゝはゝのやうにてぞ、(て)ならふ人のはじめにもしける。
 そも〳〵歌のさまむつなり。からのうたにもかくぞあるべき。
 

 
 そのむくさのひとつにはそへ歌。
 おほさゝきのみかどをそへたてまつれるうた
 なにはづに さくやこのはな ふゆごもり いまははるべと さくやこのはな
 といへるなるべし。
 


 ふたつにはかぞへうた
 さくはなに 思ひつくみの あぢきなさ みにいたづきの いるもしらずて
 といへるなるべし。
 

 
 みつにはなずらへうた
 きみにけさ あしたのしもの おきていなば こひしきごとに きえやわたらむ
 といへるなるべし。
 

 
 よつにはたとへうた
 わがこひは よむともつきじ ありそうみ のはまのまさごは よみつくすとも
 といへるなるべし。
 

 
 いつゝにはたゞことうた
 いつはりの なきよなりせば いかばかり 人のことのは うれしからまし
 といへるなるべし。
 

 
 むつにはいはひうた
 このとのは むべもとみけり さきくさの みつばよつばに とのづくりせり
 といへるなるべし。
 
 

人の心

 
 
 いまのよの中、いろにつき人のこゝろはなになりにけるより、あだなるうたはかなきことのみいでくれば、いろごのみのいへにむもれぎの人しれぬことゝなりて、まめなるところにははなすすきほにいだすべき事にもあらずなりにたり。
 そのはじめをおもへばかゝるべく〔も〕なむあらぬ。
 
 いにしへのよゝのみかど、春のはなのあした、あきの月のよごとにさぶらふ人〴〵をめして、ことにつけつゝ歌をたてまつらしめたまふ。
 あるははなをそふとてたよりなきところにまどひ、あるは月をおもふとて、しるべなきやみにたどれるこゝろ〴〵をみたまひて、さかしおろかなりとしろしめしけむ。
 しかあるのみにあらず、さゞれいしにたとへ、つくばやまにかけてきみをねがひ、よろこびみにすぎ、たのしびこゝろにあまり、ふじのけぶりによそへて人をこひ、まつむしのねにともをしのび、たかさごすみのえのまつもあひおひのやうにおぼえ、をとこやまのむかしをおもひいでゝ、をみなへしのひとゝきをくねるにも歌をいひてぞなぐさめける。
 又春のあしたにはなのちるをみ、あきのゆふぐれにこのはのおつるをきゝ、あるはとしごとに、かゞみのかげにみゆるゆきとなみとをなげき、くさのつゆみづのあわをみて、わがみをおどろき、あるはきのふはさかえおごりて、〔今日は〕ときをうしなひよにわび、したしかりしもうとくなり、あるはまつ山のなみをかけ、野なかの(し)みづをくみ、あきはぎのしたばをながめ、あか月のしぎのはねがきをかぞへ、あるはくれたけのうきふしを人にいひ、よしのがはをひきてよの中をうらみきつるに、いまはふじのやまもけぶりたゝずなり、ながらのはしもつくるなりときく人は、うたにのみぞこゝろをばなぐさめける。
 

 注:「ふじのけぶりによそへて人をこひ」「いまはふじのやまもけぶりたゝず」は、当然竹取の最後にかけている。
 (そのけぶりいまだ雲の中へたちのぼるとぞいひつたへける)
 
 

柿本人麻呂(人①)

 
 
 いにしへよりかくつたはれるうちにも、ならのおほむ時よりぞひろまりにける。
 かのおほむよや、うたのこゝろをしろしめしたりけむ。
 かの御時に、おほきみ(み)つのくらゐ、かきのもとの人まろなむうたのひじりなりける。これはきみも人もみをあはせたりといふなるべし。
 あきのゆふべたつたがはにながるゝもみぢをば、みかどの御めににしきとみたまひ、春のあしたよしの山のさくらは、人まろが心には雲かとのみなむおぼえける。
 
 

山部赤人(人②)

 
 
 又山のへのあか人といふ人ありけり〔と〕。うたにあやしうたへなりけり。

 人まろはあか人がかみにたゝむことかたく、あか人はひとまろがしもにたゝむことかたくなむありける。
 

 注:この投影が、古今8・9(文屋・貫之)の配置。文屋の名前に8をあて。強くかたく支持している。
 つまり赤人の説明というより、二人の関係・実力的位置づけの認識を例えるための表現。
 
 

 この人々をおきて又すぐれたる人も、くれたけのよにきこえ、かたいとのより〳〵にたえずぞありける。
 これよりさきの歌をあつめてなむまえふしふとなづけられたりける。
 
 

古を知る人と六人の有名

 
 
 こゝにいにしへのことをも歌のこゝろをもしれる人、わづかにひとりふたりなりき。
 しかあれど これかれえたるところえぬところ たがひになむある。
 

 注:このひとりふたりは文屋と小町。上の二人と対比させて。
 小町針という逸話があるように二人は縫殿で一緒。メインは文屋。
 だから小町の歌には量のわりに不自然に説明がない。なぜなら作詞は文屋で、小町は歌手だから。
 
 

 かのおほむときよりこのかた、としはもゝとせあまり、よはとつぎになむなりにける。
 いにしへの事をもうたをもしれる人よむ人おほからず。
 いまこのことをいふに、つかさくらゐたかき人をばたやすきやうなればいれず。
 

 注:この時点で卑官の文屋と小町に決定している。大伴は家名以外実力要素がない。
 その他とあるから違うとかいうのはナンセンス。評価基準が違くなる理由がない。
 
 

 そのほかにちかきよにその名きこえたる人は、すなはち、
 
 

僧正遍昭(良岑宗貞)

 
 
 そうじやうへぜうは歌のさま(末尾の黒主参照)はえたれども、まことすくなし。たとへばゑにかけるをむなを見ていたづらにをうごかすがごとし。
 
 

在原業平

 
 
 ありはらのなりひらは、そのこゝろあまりてことばたらず。しぼめるはなのいろなくてにほひのこれるがごとし。
 

 注:前段は一般の伊勢評。後段はいろは。いろはにほへどちりぬるを。
 いろはは伊勢24段を受けているので。しかし伊勢は業平のものではない。
 いろはも天才的知性がないと詠みようがないことは素人目にも自明。ア○なのになぜか上手いというレベルでは詠みようがない。
 和歌は頭がよろしくないのに洗練されていることはありえない。文章レベルの極限だから。そう言える人はその程度でしか詠めない。
 
 

文屋康秀

 
 
 ふんやのやすひではことばゝたくみにてそのさまみにおはず(匂い残らない=におわせない)いはゞあき人のよきゝぬをきたらむがごとし。
 

 

 注:業平の匂い残れると対比し、上手さを匂わせない。これみよがしでない。前後の明確な掛かりからこのように解するしかない。
 掛かりはこのように前後で用い対で配置するのが高度な(本来的)用法。古典はこれを根拠にして読む。しかし無視。それらは思い込み。
 

 後段はいわば商人なのに良い衣を着てないかのようだ。きぬを衣と着ぬにかけ、衣は縫殿の文屋の象徴。伊勢の狩衣・唐衣。ふくからに。
 売るほどあるのにミセない(売り物にしない・ひけらかさない)、質素にしているという意味。
 つまり裏返せは一般貴族はこれみよがしでアピールしまくる。そういう描写は源氏にもあり(かどかどしく今めきたまへる)、現代まで通じる。
 あき人は秋にも掛けた言葉(後述の喜撰参照)。あきよき。つまり人麻呂の系譜。
 

 「らむ」は文脈によって真逆になりうる繊細な古の言葉。ここだけ分解しようとただの一般論。具体的意味は文脈・全体を見ないとわからない。
 ここでの文脈は匂いを残さないこと。匂いも残らないでは服をどう解しようと通らない。結局、匂いが否定される以上、華やかにしていないしかない。
 

 この非常に微妙な文章は、掛かりを全く見れない人々により、彼が一方的に卑しめられてきたことを象徴させる文章。つまりひっかけ。
 微妙な表現であるのは、文屋を表立って褒めれないということがある。つまり大勢に卑しめられていた(現状のように)。
 その名誉回復が貫之の絶対の配置で、源氏物語の冒頭。時めいて貶められ死んだ桐壺。先の世の深い契りで生まれた光る源氏(色男)。
 
 

喜撰法師

 
 
 うぢやまのそうきせんはことばゝかすかにして、はじめをはりたしかならず。いはゞあきの月をみるに、あかつきのくもにあへるがごとし。
 よめるうた、おほくきこえねば、かれこれをかよはしてよくしらず。(つまり文屋(と小町)はよく知っているし、歌もそれ以上に多い。つまり伊勢)
 
 

小野小町

 
 
 をのゝこまちは、いにしへのそとほりひめのりうなり(衣通姫は古事記の姫。光る姫。かぐやも古事記の姫)。
 あはれなるやうにてつよからず。いはゞよきをむなのなやめるところあるにゝたり。つよからぬはをうなのうたなればなるべし
 

 注:このような描写であるから、小町は出たがりではない。この時代に歌を詠む女性というのは決して普通ではない。
 したがって背後に文屋がいた。出たがりでない文屋の恋歌を小町が頼まれて歌っていた。それで面倒が起こって秋田に流れた。その面倒な話が竹取。
 万葉で女性が多いのは実際ではない。人麻呂バイアス。常に女性を立てた人麻呂の習性(先述で古事記の序でまず后を先にした記述も)。それは古今の女性の少なさで裏づけられる。
 
 

大伴黒主

 
 
 おほとものくろぬしは、そのさまいやし。いはゞたきゞおへるやまびとのはなのかげにやすめるがごとし。
 
 

 このほかの人々、そのなきこゆるのべにおふるかづらのはひゝろごり、はやしにしげきこのはのごとくにおほかれど、うたとのみおもひて、そのさましらぬなるべし。
 

 注:つまり以上は、歌い手不足で母集団が少ない中から選ばれた訳ではない。以上の一人二人は群を抜いた存在である。
 
 

古今和歌集の趣旨

 
 
 かゝるにいますべらぎのあめのしたしろしめすことよつのときこゝのかへりになむなりぬる。
 あまねき御うつくしみのなみ〔のかげ〕やしまのほかまでながれ、ひろき御めぐみのかげ、つくばやまのふもとよりもしげくおはしまして、よろづのまつりごとをきこしめすいとま、もろ〳〵のことをすてたまはぬあまりに、いにしへのことをもわすれじ、ふりにしことを(も)おこしたまふとて、いまもみそなはし、のちのよにもつたはれとて、延喜五年四月十八日に、大内記きのとものり、御書所のあづかりきのつらゆき、さきのかひのさう官おふしかうちのみつね、右衞門のふしやうみぶのたゞみねらにおほせられて、萬葉集にいらぬふるきうた、みづからのをも、たてまつらしめたまひてなむ、 それがなかに、むめをかざすよりはじめて、ほとゝぎすをきゝ、もみぢをゝり、ゆきをみるにいたるまで、又つるかめにつけてきみをおもひ、人をもいはひ、あきはぎなつくさをみてつまをこひ、あふさか山にいたりてたむけをいのり、あるは春夏あき冬にもいらぬくさ〳〵の歌をなむ、えらばせたまひける。
 すべて千うたはたまき、なづけて古今和歌集といふ。
 
 

貫之ら(筆頭)

 
 
 かくこのたびあつめえらばれて、山したみづのたえず、はまのまさごのかずおほくつもりぬれば、いまはあすかゞはのせになるうらみもきこえず、さゞれいしのいはほとなるよろこびのみぞあるべき。
 それまくらことば、はるのはなにほひすくなくして、むなしきなのみあきのよのながきをかこてれば、かつは人のみゝにおそり、かつはうたの心にはぢおもへど、たなびくゝものたちゐ、なくしかのおきふしは、つらゆきらが、このよにおなじくむまれて、この事のときにあへるをなむよろこびぬる。
 
 

むすび

 
 
 人まろなくなりにたれど、うたのことゝどまれるかな。
 たとひときうつりことさりたのしびかなしびゆきかふとも、このうたのもじあるをや。
 あをやぎのいとたえず、まつのはのちりうせずして、まさきのかづらながくつたはり、とりのあとひさしくとゞまれらば、うたのさまを(も)しり、ことのこゝろをえたらむ人は、おほぞらの月をみるがごとくに、いにしへをあふぎていまをこひざらめかも。
 
 

解説

 
 
 仮名序は歌学のさきがけとされるが、形式分類はそこまで大事ではない。現状からするとむしろ弊害。
 肝心なのはその心。肝心の読みは腎なのにあえて心にする。肝(きも)は気持ちにかかり、気持ち=心持ちこそ肝心。